[フレーム]

岡本法律事務所のブログ

岡山市北区にある岡本法律事務所のブログです。 1965年創立、現在2代めの岡本哲弁護士が所長をしています。 電話086-225-5881 月〜金 0930〜1700 電話が話中のときには3分くらいしてかけなおしください。

2019年10月

納税者の租税法規上の遡及的地位の変更を認めた最高裁平成23年判決

通知処分取消請求事件 租税法判例百選第6版3事件【首藤】

最高裁判所第1小法廷判決/平成21年(行ツ)第73号

平成23年9月22日

【判示事項】長期譲渡所得に係る損益通算を認めないこととした平成16年法律第14号による改正後の租税特別措置法31条の規定をその施行日より前に個人が行う土地等又は建物等の譲渡について適用するものとしている平成16年法律第14号附則27条1項と憲法84条

【判決要旨】所得税に係る長期譲渡所得の金額の計算上生じた損失の金額につき他の各種所得の金額から控除する損益通算を認めないこととした平成16年4月1日施行に係る平成16年法律第14号による改正後の租税特別措置法31条の規定を,同年1月1日以後に個人が行う同条1項所定の土地等又は建物等の譲渡について適用するものとしている平成16年法律第14号附則27条1項の規定は,憲法84条の趣旨に反しない。

【参照条文】憲法84

租税特別措置法(平16法14号改正前)31-1

租税特別措置法(平16法14号改正前)31-2

租税特別措置法(平16法14号改正前)31-4

租税特別措置法(平16法14号改正前)31-5

租税特別措置法31-1

租税特別措置法31-3

所得税法69-1

所得税法等の一部を改正する法律附則27-1

国税通則法15-2

【掲載誌】 最高裁判所民事判例集65巻6号2756頁

裁判所時報1540号321頁

判例タイムズ1359号75頁

判例時報2132号34頁

税務訴訟資料261号順号11771

LLI/DB 判例秘書登載

【評釈論文】自治研究90巻7号117頁

ジュリスト1436号8頁

ジュリスト1441号110頁

ジュリスト1444号132頁

税研178号34頁

判例時報2151号148頁

法曹時報66巻6号1541頁

民商法雑誌147巻4〜5号409頁

主 文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理 由

上告代理人山田二郎,同小池信行,同井上康一の上告理由について

1 本件は,平成16年法律第14号(以下「改正法」という。)による租税特別措置法(以下「措置法」という。)31条の改正により,同条1項所定の長期譲渡所得の金額の計算上生じた損失の金額を他の各種所得の金額から控除する損益通算を認めないこととされ,上記改正後の同条の規定は平成16年1月1日以後に行う土地等又は建物等の譲渡について適用するものとされたこと(改正法附則27条1項)につき,同月30日にその所有する土地の売買契約を締結するなどして同年分の長期譲渡所得の金額の計算上損失を生じた上告人が,改正法がその施行日である同年4月1日より前にされた土地等又は建物等の譲渡についても上記損益通算を認めないこととしたのは納税者に不利益な遡及立法であって憲法84条に違反する等と主張し,所轄税務署長が上告人に生じた上記損失について上記損益通算を認めず上告人の同年分の所得税に係る更正の請求に対し更正をすべき理由がない旨の通知処分をしたのは違法であるとして,その取消しを求める事案である。

2 改正法による改正前の措置法(以下「改正前措置法」という。)31条においては,個人がその有する土地等又は建物等でその年1月1日において所有期間が5年を超えるものの譲渡(以下「長期譲渡」という。)をした場合には,これによる譲渡所得については他の所得と区分し,その年中の長期譲渡所得の金額から同条4項に定める特別控除額を控除した金額に対して所得税を課する分離課税を行うこととされ(同条1項),長期譲渡が平成10年1月1日から同15年12月31日までの間にされた場合の長期譲渡所得に係る所得税の税率は20%とされていた(同条2項)。他方,長期譲渡所得の金額の計算上生じた損失の金額がある場合には,当該金額を他の各種所得の金額から控除する損益通算が認められていた(同条5項2号,所得税法69条1項。以下,この損益通算を「長期譲渡所得に係る損益通算」という。)。

これに対し,上記改正後の措置法(以下「改正後措置法」という。)31条においては,長期譲渡所得に係る所得税の税率が15%に軽減される一方で,上記特別控除額の控除が廃止され,また,長期譲渡所得の金額の計算上生じた損失の金額がある場合に,所得税法その他所得税に関する法令の規定の適用については,当該損失の金額は生じなかったものとみなすものとされ,長期譲渡所得に係る損益通算を認めないこととされた(同条1項,3項2号。以下,この損益通算の廃止を「本件損益通算廃止」という。)。そして,改正法は平成16年4月1日から施行されたが,上記改正後の同条の規定は同年1月1日以後に行う土地等又は建物等の譲渡について適用するものとされた(改正法附則27条1項。以下,同項の規定のうち本件損益通算廃止に係る部分を「本件改正附則」という。)。

3 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。

(1) 平成12年以降,政府税制調査会や国土交通省の「今後の土地税制のあり方に関する研究会」等において,操作性の高い投資活動等から生じた損失と事業活動等から生じた所得との損益通算の制限,地価下落等の土地をめぐる環境の変化を踏まえた税制及び他の資産との均衡を失しない市場中立的な税体系の構築等について検討の必要性が指摘されていたところ,平成15年12月17日に取りまとめられた与党の平成16年度税制改正大綱では,平成16年分以降の所得税につき長期譲渡所得に係る損益通算を廃止する旨の方針が決定され,翌日の新聞で上記方針を含む上記大綱の内容が報道された。そして,平成16年1月16日には上記大綱の方針に沿った政府の平成16年度税制改正の要綱が閣議決定され,これに基づいて本件損益通算廃止を改正事項に含む法案として立案された所得税法等の一部を改正する法律案が,同年2月3日に国会に提出された後,同年3月26日に成立して同月31日に改正法として公布され,同年4月1日から施行された。

なお,平成16年分以降の所得税につき長期譲渡所得に係る損益通算を廃止する旨の方針を含む上記大綱の内容について上記の新聞報道がされた直後から,資産運用コンサルタント,不動産会社,税理士事務所等が開設するホームページ上に次々と,値下がり不動産の平成15年中の売却を勧める記事が掲載されるなどした。

(2) 上告人は,平成5年4月以来所有する土地を譲渡する旨の売買契約を同16年1月30日に締結し,これを同年3月1日に買主に引き渡した。

上告人は,平成17年9月,平成16年分の所得税の確定申告書を所轄税務署長に提出したが,その後,上記譲渡によって長期譲渡所得の金額の計算上生じた損失の金額については他の各種所得との損益通算が認められるべきであり,これに基づいて税額の計算をすると還付がされることになるとして,更正の請求をした。これに対し,所轄税務署長は,平成18年2月,更正をすべき理由がない旨の通知処分をし,上告人からの異議申立て及び審査請求はいずれも棄却された。

4(1) 所得税の納税義務は暦年の終了時に成立するものであり(国税通則法15条2項1号),措置法31条の改正等を内容とする改正法が施行された平成16年4月1日の時点においては同年分の所得税の納税義務はいまだ成立していないから,本件損益通算廃止に係る上記改正後の同条の規定を同年1月1日から同年3月31日までの間にされた長期譲渡に適用しても,所得税の納税義務自体が事後的に変更されることにはならない。しかしながら,長期譲渡は既存の租税法規の内容を前提としてされるのが通常と考えられ,また,所得税が1暦年に累積する個々の所得を基礎として課税されるものであることに鑑みると,改正法施行前にされた上記長期譲渡について暦年途中の改正法施行により変更された上記規定を適用することは,これにより,所得税の課税関係における納税者の租税法規上の地位が変更され,課税関係における法的安定に影響が及び得るものというべきである。

(2) 憲法84条は,課税要件及び租税の賦課徴収の手続が法律で明確に定められるべきことを規定するものであるが,これにより課税関係における法的安定が保たれるべき趣旨を含むものと解するのが相当である(最高裁平成12年(行ツ)第62号,同年(行ヒ)第66号同18年3月1日大法廷判決・民集60巻2号587頁参照)。そして,法律で一旦定められた財産権の内容が事後の法律により変更されることによって法的安定に影響が及び得る場合における当該変更の憲法適合性については,当該財産権の性質,その内容を変更する程度及びこれを変更することによって保護される公益の性質などの諸事情を総合的に勘案し,その変更が当該財産権に対する合理的な制約として容認されるべきものであるかどうかによって判断すべきものであるところ(最高裁昭和48年(行ツ)第24号同53年7月12日大法廷判決・民集32巻5号946頁参照),上記(1)のような暦年途中の租税法規の変更及びその暦年当初からの適用によって納税者の租税法規上の地位が変更され,課税関係における法的安定に影響が及び得る場合においても,これと同様に解すべきものである。なぜなら,このような暦年途中の租税法規の変更にあっても,その暦年当初からの適用がこれを通じて経済活動等に与える影響は,当該変更の具体的な対象,内容,程度等によって様々に異なり得るものであるところ,上記のような租税法規の変更及び適用も,最終的には国民の財産上の利害に帰着するものであって,その合理性は上記の諸事情を総合的に勘案して判断されるべきものであるという点において,財産権の内容の事後の法律による変更の場合と同様というべきだからである。

したがって,暦年途中で施行された改正法による本件損益通算廃止に係る改正後措置法の規定の暦年当初からの適用を定めた本件改正附則が憲法84条の趣旨に反するか否かについては,上記の諸事情を総合的に勘案した上で,このような暦年途中の租税法規の変更及びその暦年当初からの適用による課税関係における法的安定への影響が納税者の租税法規上の地位に対する合理的な制約として容認されるべきものであるかどうかという観点から判断するのが相当と解すべきである。

(3) そこで,以下,本件における上記諸事情についてみることとする。

まず,改正法による本件に係る措置法の改正内容は前記2のとおりであるところ,上記改正は,長期譲渡所得の金額の計算において所得が生じた場合には分離課税がされる一方で,損失が生じた場合には損益通算がされることによる不均衡を解消し,適正な租税負担の要請に応え得るようにするとともに,長期譲渡所得に係る所得税の税率の引下げ等とあいまって,使用収益に応じた適切な価格による土地取引を促進し,土地市場を活性化させて,我が国の経済に深刻な影響を及ぼしていた長期間にわたる不動産価格の下落(資産デフレ)の進行に歯止めをかけることを立法目的として立案され,これらを一体として早急に実施することが予定されたものであったと解される。また,本件改正附則において本件損益通算廃止に係る改正後措置法の規定を平成16年の暦年当初から適用することとされたのは,その適用の始期を遅らせた場合,損益通算による租税負担の軽減を目的として土地等又は建物等を安価で売却する駆け込み売却が多数行われ,上記立法目的を阻害するおそれがあったため,これを防止する目的によるものであったと解されるところ,平成16年分以降の所得税に係る本件損益通算廃止の方針を決定した与党の平成16年度税制改正大綱の内容が新聞で報道された直後から,資産運用コンサルタント,不動産会社,税理士事務所等によって平成15年中の不動産の売却の勧奨が行われるなどしていたことをも考慮すると,上記のおそれは具体的なものであったというべきである。そうすると,長期間にわたる不動産価格の下落により既に我が国の経済に深刻な影響が生じていた状況の下において,本件改正附則が本件損益通算廃止に係る改正後措置法の規定を暦年当初から適用することとしたことは,具体的な公益上の要請に基づくものであったということができる。

そして,このような要請に基づく法改正により事後的に変更されるのは,上記(1)によると,納税者の納税義務それ自体ではなく,特定の譲渡に係る損失により暦年終了時に損益通算をして租税負担の軽減を図ることを納税者が期待し得る地位にとどまるものである。納税者にこの地位に基づく上記期待に沿った結果が実際に生ずるか否かは,当該譲渡後の暦年終了時までの所得等のいかんによるものであって,当該譲渡が暦年当初に近い時期のものであるほどその地位は不確定な性格を帯びるものといわざるを得ない。また,租税法規は,財政・経済・社会政策等の国政全般からの総合的な政策判断及び極めて専門技術的な判断を踏まえた立法府の裁量的判断に基づき定立されるものであり,納税者の上記地位もこのような政策的,技術的な判断を踏まえた裁量的判断に基づき設けられた性格を有するところ,本件損益通算廃止を内容とする改正法の法案が立案された当時には,長期譲渡所得の金額の計算において損失が生じた場合にのみ損益通算を認めることは不均衡であり,これを解消することが適正な租税負担の要請に応えることになるとされるなど,上記地位について政策的見地からの否定的評価がされるに至っていたものといえる。

以上のとおり,本件損益通算廃止に係る改正後措置法の規定の暦年当初からの適用が具体的な公益上の要請に基づくものである一方で,これによる変更の対象となるのは上記のような性格等を有する地位にとどまるところ,本件改正附則は,平成16年4月1日に施行された改正法による本件損益通算廃止に係る改正後措置法の規定を同年1月1日から同年3月31日までの間に行われた長期譲渡について適用するというものであって,暦年の初日から改正法の施行日の前日までの期間をその適用対象に含めることにより暦年の全体を通じた公平が図られる面があり,また,その期間も暦年当初の3か月間に限られている。納税者においては,これによって損益通算による租税負担の軽減に係る期待に沿った結果を得ることができなくなるものの,それ以上に一旦成立した納税義務を加重されるなどの不利益を受けるものではない。

(4) これらの諸事情を総合的に勘案すると,本件改正附則が,本件損益通算廃止に係る改正後措置法の規定を平成16年1月1日以後にされた長期譲渡に適用するものとしたことは,上記のような納税者の租税法規上の地位に対する合理的な制約として容認されるべきものと解するのが相当である。したがって,本件改正附則が,憲法84条の趣旨に反するものということはできない。また,以上に述べたところは,法律の定めるところによる納税の義務を定めた憲法30条との関係についても等しくいえることであって,本件改正附則が,同条の趣旨に反するものということもできない。以上のことは,前掲各大法廷判決の趣旨に徴して明らかというべきである。所論の点に関する原審の判断は,以上の趣旨をいうものとして,是認することができる。論旨は採用することができない。

なお,論旨は,上告人がした長期譲渡につき,本件改正附則によって本件損益通算廃止に係る改正後措置法の規定を適用することの違憲をもいうが,その実質は本件改正附則自体の法令としての違憲をいうものにほかならず,それとは別に違憲をいう前提を欠くものであって,民訴法312条1項及び2項に規定する事由のいずれにも該当しない。

よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 金築誠志 裁判官 宮川光治 裁判官 櫻井龍子 裁判官 横田尤孝 裁判官 白木 勇)

納税者の租税法規上の地位の遡及的変更 千葉補足意見あり

最高裁判所第2小法廷判決/平成21年(行ツ)第173号

平成23年9月30日

【判示事項】長期譲渡所得に係る損益通算を認めないこととした平成16年法律第14号による改正後の租税特別措置法31条の規定をその施行日より前に個人が行う土地等又は建物等の譲渡について適用するものとしている平成16年法律第14号附則27条1項と憲法84条

【判決要旨】所得税に係る長期譲渡所得の金額の計算上生じた損失の金額につき他の各種所得の金額から控除する損益通算を認めないこととした平成16年4月1日施行に係る平成16年法律第14号による改正後の租税特別措置法31条の規定を,同年1月1日以後に個人が行う同条1項所定の土地等又は建物等の譲渡について適用するものとしている平成16年法律第14号附則27条1項の規定は,憲法84条の趣旨に反しない。

【参照条文】憲法84

租税特別措置法(平16法14号改正前)31-1

租税特別措置法(平16法14号改正前)31-2

租税特別措置法(平16法14号改正前)31-4

租税特別措置法(平16法14号改正前)31-5

租税特別措置法31-1

租税特別措置法31-3

所得税法69-1

所得税法等の一部を改正する法律附則27-1

国税通則法15-2

【掲載誌】 最高裁判所裁判集民事237号519頁

裁判所時報1540号323頁

判例タイムズ1359号75頁

判例時報2132号34頁

税務訴訟資料261号順号11778

LLI/DB 判例秘書登載

【評釈論文】自治研究90巻7号117頁

横浜国際社会科学研究17巻1号55頁

判例時報2151号148頁

日本大学大学院法学研究年報43号1頁

民商法雑誌147巻4〜5号409頁

主 文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理 由

上告代理人山田二郎,同小池信行,同井上康一の上告理由について

1 本件は,平成16年法律第14号(以下「改正法」という。)による租税特別措置法(以下「措置法」という。)31条の改正により,同条1項所定の長期譲渡所得の金額の計算上生じた損失の金額を他の各種所得の金額から控除する損益通算を認めないこととされ,上記改正後の同条の規定は平成16年1月1日以後に行う土地等又は建物等の譲渡について適用するものとされたこと(改正法附則27条1項)につき,同年2月26日にその共有する土地及び建物を譲渡する旨の売買契約に基づく代金を受領して,同年分の長期譲渡所得の金額の計算上損失を生ずるなどした上告人らが,改正法がその施行日である同年4月1日より前にされた土地等又は建物等の譲渡についても上記損益通算を認めないこととしたのは納税者に不利益な遡及立法であって憲法84条に違反する等と主張し,所轄税務署長が上告人に生じた上記損失について上記損益通算を認めず上告人らの同年分の所得税に係る更正の請求に対し更正をすべき理由がない旨の通知処分をしたのは違法であるなどとして,その取消しを求める事案である。

2 改正法による改正前の措置法(以下「改正前措置法」という。)31条においては,個人がその有する土地等又は建物等でその年1月1日において所有期間が5年を超えるものの譲渡(以下「長期譲渡」という。)をした場合には,これによる譲渡所得については他の所得と区分し,その年中の長期譲渡所得の金額から同条4項に定める特別控除額を控除した金額に対して所得税を課する分離課税を行うこととされ(同条1項),長期譲渡が平成10年1月1日から同15年12月31日までの間にされた場合の長期譲渡所得に係る所得税の税率は20%とされていた(同条2項)。他方,長期譲渡所得の金額の計算上生じた損失の金額がある場合には,当該金額を他の各種所得の金額から控除する損益通算が認められていた(同条5項2号,所得税法69条1項。以下,この損益通算を「長期譲渡所得に係る損益通算」という。)。

これに対し,上記改正後の措置法(以下「改正後措置法」という。)31条においては,長期譲渡所得に係る所得税の税率が15%に軽減される一方で,上記特別控除額の控除が廃止され,また,長期譲渡所得の金額の計算上生じた損失の金額がある場合に,所得税法その他所得税に関する法令の規定の適用については,当該損失の金額は生じなかったものとみなすものとされ,長期譲渡所得に係る損益通算を認めないこととされた(同条1項,3項2号。以下,この損益通算の廃止を「本件損益通算廃止」という。)。そして,改正法は平成16年4月1日から施行されたが,上記改正後の同条の規定は同年1月1日以後に行う土地等又は建物等の譲渡について適用するものとされた(改正法附則27条1項。以下,同項の規定のうち本件損益通算廃止に係る部分を「本件改正附則」という。)。

3 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。

(1) 平成12年以降,政府税制調査会や国土交通省の「今後の土地税制のあり方に関する研究会」等において,操作性の高い投資活動等から生じた損失と事業活動等から生じた所得との損益通算の制限,地価下落等の土地をめぐる環境の変化を踏まえた税制及び他の資産との均衡を失しない市場中立的な税体系の構築等について検討の必要性が指摘されていた。そして,平成15年12月15日に公表された政府税制調査会の平成16年度の税制改正に関する答申では,長期譲渡所得に係る損益通算の廃止については盛り込まれていなかったが,他方,同月17日に取りまとめられた与党の平成16年度税制改正大綱では,平成16年分以降の所得税につき上記損益通算を廃止する旨の方針が決定され,翌日の新聞で上記大綱の要旨が報道され,そのうちの一紙は当該廃止に係る定めが平成16年分以後の所得税について適用される旨報じた。そして,平成16年1月16日には上記大綱の方針に沿った政府の平成16年度税制改正の要綱が閣議決定され,これに基づいて本件損益通算廃止を改正事項に含む法案として立案された所得税法等の一部を改正する法律案が,同年2月3日に国会に提出された後,同年3月26日に成立して同月31日に改正法として公布され,同年4月1日から施行された。

なお,平成16年分以降の所得税につき長期譲渡所得に係る損益通算を廃止する旨の方針を含む上記大綱の内容について上記の新聞報道がされた直後から,資産運用コンサルタント,不動産会社,税理士事務所等が開設するホームページ上に,値下がり不動産の平成15年中の売却を勧める記事が掲載されるなどした。

(2) 上告人ら及びAは,昭和55年ないし同57年以来共有する土地及び建物を譲渡する旨の売買契約を平成15年12月26日に締結し,これを同16年2月26日に買主に引き渡して,その代金を受領した。

上告人ら及びAは,平成17年3月,平成16年分の所得税の確定申告書を所轄税務署長に提出したが,その後,上記譲渡によって長期譲渡所得の金額の計算上生じた損失の金額については他の各種所得との損益通算が認められるべきであり,これに基づいて税額の計算をすると還付がされることになるとして,更正の請求をした。これに対し,所轄税務署長は,同年5月,更正をすべき理由がない旨の通知処分をし,上告人ら及びAからの異議申立て及び審査請求はいずれも棄却された。Aは本件訴訟の第1審係属中に死亡し,上告人らがその訴訟を承継した。

4(1) 所得税の納税義務は暦年の終了時に成立するものであり(国税通則法15条2項1号),措置法31条の改正等を内容とする改正法が施行された平成16年4月1日の時点においては同年分の所得税の納税義務はいまだ成立していないから,本件損益通算廃止に係る上記改正後の同条の規定を同年1月1日から同年3月31日までの間にされた長期譲渡に適用しても,所得税の納税義務自体が事後的に変更されることにはならない。しかしながら,長期譲渡は既存の租税法規の内容を前提としてされるのが通常と考えられ,また,所得税が1暦年に累積する個々の所得を基礎として課税されるものであることに鑑みると,改正法施行前にされた上記長期譲渡について暦年途中の改正法施行により変更された上記規定を適用することは,これにより,所得税の課税関係における納税者の租税法規上の地位が変更され,課税関係における法的安定に影響が及び得るものというべきである。

(2) 憲法84条は,課税要件及び租税の賦課徴収の手続が法律で明確に定められるべきことを規定するものであるが,これにより課税関係における法的安定が保たれるべき趣旨を含むものと解するのが相当である(最高裁平成12年(行ツ)第62号,同年(行ヒ)第66号同18年3月1日大法廷判決・民集60巻2号587頁参照)。そして,法律で一旦定められた財産権の内容が事後の法律により変更されることによって法的安定に影響が及び得る場合,当該変更の憲法適合性については,当該財産権の性質,その内容を変更する程度及びこれを変更することによって保護される公益の性質などの諸事情を総合的に勘案し,その変更が当該財産権に対する合理的な制約として容認されるべきものであるかどうかによって判断すべきものであるところ(最高裁昭和48年(行ツ)第24号同53年7月12日大法廷判決・民集32巻5号946頁参照),上記(1)のような暦年途中の租税法規の変更及びその暦年当初からの適用によって納税者の租税法規上の地位が変更され,課税関係における法的安定に影響が及び得る場合においても,これと同様に解すべきものである。なぜなら,このように暦年途中に租税法規が変更されその暦年当初から遡って適用された場合,これを通じて経済活動等に与える影響は,当該変更の具体的な対象,内容,程度等によって様々に異なり得るものであるところ,これは最終的には国民の財産上の利害に帰着するものであって,このような変更後の租税法規の暦年当初からの適用の合理性は上記の諸事情を総合的に勘案して判断されるべきものであるという点において,財産権の内容を事後の法律により変更する場合と同様というべきだからである。

したがって,暦年途中で施行された改正法による本件損益通算廃止に係る改正後措置法の規定の暦年当初からの適用を定めた本件改正附則が憲法84条の趣旨に反するか否かについては,上記の諸事情を総合的に勘案した上で,このような暦年途中の租税法規の変更及びその暦年当初からの適用による課税関係における法的安定への影響が納税者の租税法規上の地位に対する合理的な制約として容認されるべきものであるかどうかという観点から判断するのが相当と解すべきである。

(3) そこで,以下,本件における上記諸事情についてみることとする。

まず,改正法による本件に係る措置法の改正内容は前記2のとおりであるところ,上記改正は,長期譲渡所得の金額の計算において所得が生じた場合には分離課税がされる一方で,損失が生じた場合には損益通算がされることによる不均衡を解消し,適正な租税負担の要請に応え得るようにするとともに,長期譲渡所得に係る所得税の税率の引下げ等とあいまって,使用収益に応じた適切な価格による土地取引を促進し,土地市場を活性化させて,我が国の経済に深刻な影響を及ぼしていた長期間にわたる不動産価格の下落(資産デフレ)の進行に歯止めをかけることを立法目的として立案され,これらを一体として早急に実施することが予定されたものであったと解される。また,本件改正附則において本件損益通算廃止に係る改正後措置法の規定を平成16年の暦年当初から適用することとされたのは,その適用の始期を改正法施行後とした場合,本件損益通算廃止の方針を報道や法案の審議過程等を通じて知った納税者によって,損益通算による租税負担の軽減を目的として改正法施行前に土地等又は建物等を安価で売却する駆け込み売却が多数行われ,上記立法目的を阻害するおそれがあったため,本件損益通算廃止に係る定めを平成16年の暦年当初から適用する方針を改正案に盛り込むことによって,上記の駆け込み売却の防止を図るものであったと解される。実際にも,平成16年分以降の所得税に係る本件損益通算廃止の方針を決定した与党の平成16年度税制改正大綱の内容が新聞で報道された直後から,資産運用コンサルタント,不動産会社,税理士事務所等によって平成15年中の不動産の売却の勧奨が行われるなどしていたことをも考慮すると,具体的に上記のおそれが認められる状況にあったというべきである。そうすると,長期間にわたる不動産価格の下落により既に我が国の経済に深刻な影響が生じていた状況の下において,本件改正附則が本件損益通算廃止に係る改正後措置法の規定を暦年当初から適用することとしたことは,公益上の要請に基づくものであったということができる。

そして,このような要請に基づく法改正により事後的に変更されるのは,上記(1)によると,納税者の納税義務それ自体ではなく,特定の譲渡に係る損失により暦年終了時に損益通算をして租税負担の軽減を図ることを納税者が期待し得る地位にとどまるものである。納税者にこの地位に基づく上記期待に沿った結果が実際に生ずるか否かは,当該譲渡後の暦年終了時までの所得等のいかんによるものであって,当該譲渡が暦年当初に近い時期のものであるほどその地位は不確定な性格を帯びるものといわざるを得ない。また,租税法規は,財政・経済・社会政策等の国政全般からの総合的な政策判断及び極めて専門技術的な判断を踏まえた立法府の裁量的判断に基づき定立されるものであり,納税者の上記地位もこのような政策的,技術的な判断を踏まえた裁量的判断に基づき設けられた性格を有するところ,本件損益通算廃止を内容とする改正法の法案が立案された当時には,長期譲渡所得の金額の計算において損失が生じた場合にのみ損益通算を認めることは不均衡であり,これを解消することが適正な租税負担の要請に応えることになるとされるなど,上記地位について政策的見地からの否定的評価がされるに至っていたものといえる。

以上のとおり,本件損益通算廃止に係る改正後措置法の規定の暦年当初からの適用が具体的な公益上の要請に基づくものである一方で,これによる変更の対象となるのは上記のような性格等を有する地位にとどまるところ,本件改正附則は,平成16年4月1日に施行された改正法による本件損益通算廃止に係る改正後措置法の規定を同年1月1日から同年3月31日までの間に行われた長期譲渡について適用するというものであって,暦年の初日から改正法の施行日の前日までの期間をその適用対象に含めることにより暦年の全体を通じた公平が図られる面があり,また,その期間も暦年当初の3か月間に限られている。納税者においては,これによって損益通算による租税負担の軽減に係る期待に沿った結果を得ることができなくなるものの,それ以上に一旦成立した納税義務を加重されるなどの不利益を受けるものではない。

(4) これらの諸事情を総合的に勘案すると,本件改正附則が,本件損益通算廃止に係る改正後措置法の規定を平成16年1月1日以後にされた長期譲渡に適用するものとしたことは,課税関係における法的安定に影響を及ぼし得るものではあるが,上記のような納税者の租税法規上の地位に対する合理的な制約として容認されるべきものと解するのが相当である。したがって,本件改正附則が,憲法84条の趣旨に反するものということはできない。また,以上に述べたところは,法律の定めるところによる納税の義務を定めた憲法30条との関係についても等しくいえることであって,本件改正附則が,同条の趣旨に反するものということもできない。以上のことは,前掲各大法廷判決の趣旨に徴して明らかというべきである。所論の点に関する原審の判断は,以上の趣旨をいうものとして,是認することができる。論旨は採用することができない。

なお,論旨は,上告人ら及びAがした長期譲渡につき,本件改正附則によって本件損益通算廃止に係る改正後措置法の規定を適用することの違憲をもいうが,その実質は本件改正附則自体の法令としての違憲をいうものにほかならず,それとは別に違憲をいう前提を欠くものであって,民訴法312条1項及び2項に規定する事由のいずれにも該当しない。

よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官須藤正彦,同千葉勝美の各補足意見がある。

裁判官須藤正彦の補足意見は,次のとおりである。

私は,法廷意見に賛成するものであるが,納税者の経済活動等における法的安定性や予測可能性などの観点から,少しく補足しておきたい。

1 課税要件及び租税の賦課徴収手続が法律で明確に定められなければならないとする租税法律主義の下で,国民は,現在の租税法規に基づく課税関係に依拠して経済活動等を行うものであるから,そこにおける法的安定性や予測可能性を保護すべきことは,これを規定する憲法84条の趣旨から導かれる。そして,憲法は,個人の尊厳を基本理念として幸福追求の権利を規定し(13条),また,個人の財産権を保障している(29条)のであるから,個人が現行の租税法規を信頼し課税されるか否かを判断して経済活動等を行い,このことを通じて幸福を追求する自由がみだりに侵されてはならず,また,国等と個人との間の租税に係る財産上の権利義務関係がみだりに覆されてはならないというべきである。したがって,本件損益通算廃止の暦年当初からの適用を定めた本件改正附則が,納税者の経済活動等における法的安定性や予測可能性に関する租税法規上の地位の合理的な制約として容認されるかどうかは,上記の視点にも留意した上で判断されるべきである。

2 所得税は,暦年の終了時に納税義務が成立するいわゆる期間税であって,長期譲渡所得に係る損益通算がなされる場合の所得税額は,暦年末日までに累積した各種所得金額についてこれを行うことによって定まる。この場合,暦年末日との間隔で,それに近い時点であるほどに,各種所得の累積結果の見通しは確定的になるといえるから,所得税額の見通しもまた確定的になり,納税者の長期譲渡所得に係る損益通算に関しての期待的地位は,いわば納税義務が成立したときに準ずる状態として形成されて来るといえ,納税者の経済活動等も当然これに対応したものになると思われる。このような場合には,納税者は,この損益通算が廃止され,しかもそれが暦年当初から適用されるような立法などがなされることはないだろうと信頼してもいよう。そうすると,暦年末日に近い時期,例えば,11月か12月頃に,それまでの格別の周知が施されていない状況下で,そのような立法をなすことは,通常,納税者の経済活動等における法的安定性や予測可能性を著しく害する上,法に対する国民の信頼を失わしめ,個人の尊厳や財産権の保障の趣旨に背馳するともいえるから,憲法84条の趣旨及び憲法13条,29条の視点に照らして重大な疑義がある。損益通算廃止規定を暦年当初から適用することによって保護される公益などが厳格に明らかにされない限り,そのような立法は,裁量の範囲を逸脱するものとして,憲法84条に反し,憲法13条,29条の視点からみてもそぐわないことになり得るというべきである。また,その変更の時期が年央(6,7月頃)であるような場合も,半年という経済活動等の期間は一つのまとまりをなし,そこで各種所得の累積結果に従って所得税額の見通しも立って来ているといえようから,損益通算廃止を暦年当初から適用することによって保護される公益などの一層の具体性が要求され,これが明らかにされないと違憲の疑いが生じることがあるというべきである。

3 しかるところ,本件改正附則を含む改正法は平成16年3月に成立し,施行日を同年4月1日とするものであるから,立法の時期が暦年の末日の近接日あるいは年央であるがゆえに違憲であるとの疑いは生じない。のみならず,改正法の法律案は,同年2月3日に国会に提出されたものであるから,暦年初日(1月1日)からその国会提出日までの1か月と3日ほどの間は,長期譲渡所得に係る損益通算を前提に行動している納税者の経済活動等における法的安定性や予測可能性を損なうことは否めないものの,その国会提出日以降は,本件損益通算廃止の暦年当初からの適用の旨が客観的に明らかにされているといえるから,同法案が根本的な修正を受け,あるいは廃案となるであろうことが確実に予想されるなどの特段の事情が認められない限り,納税者は,その日以降は損益通算廃止を前提として行動し,不測の不利益が生じないで済むということが可能になるともいえる。他方において,同法の適用時期をその施行日以降とした場合は,法律案の国会提出日以降法律施行日までの間の駆け込み売却を防止できないことになるであろうし,法律案国会提出日に先立ってなるべく長期間にわたって周知すれば,今度は周知期間中の駆け込み売却を招来させることになるであろうから,いずれの方法も採り得ないであろう。しかも,その2月3日までの時点で予測されている暦年末日までの各種所得の累積結果に従った所得税額はいまだ不確定的で,それについての信頼を保護しなければならない程度は必ずしも大きくはないともいい得るから,長期譲渡所得に係る損益通算を前提に経済活動等をしている納税者の法的安定性や予測可能性を損なう程度も大きいとはいえないと評価し得る。のみならず,本件損益通算廃止を含む改正法の立法目的は,わが国経済の活性化にある。雇用の場が確保され,福祉が充実することは,国民が健康で文化的な生活を営むために不可欠であり,経済が活性化することはその必須の前提基盤であるから,措置法の改正は,重要な公共的利益を図るものであり,その趣旨は法廷意見に記され,相当程度に具体的に明らかにされているというべきである。しかも,同一年度の所得税課税が,損益通算が適用される場合とされない場合とが生じるとなると,実務上の混乱が避け難いであろうし,納税者間の不公平感を醸成することにもなるであろう。

本件改正附則は,以上の意味において,納税者の租税法規上の地位に対する合理的な制約として容認され得るというべきである。

裁判官千葉勝美の補足意見は,次のとおりである。

私は,本件改正附則が憲法84条の趣旨に反するものでないとする法廷意見に賛成するものであるが,税制改正との関係で,次の点を補足しておきたい。

1 長期譲渡所得に係る損益通算を認める措置は,今回の改正後措置法により廃止されるまで歴年にわたり認められてきた制度である。したがって,居住用以外の不動産を所有する者にとっては,それを長期譲渡として売却処分をするかどうか,いつ処分するかについては,処分により損失が生ずる場合には,それを損益通算できることを前提に判断してきたはずである。

年度途中であっても,当該不動産につき長期譲渡の売却処分がされる時点でそれによる損失は明らかになるので,その年度において他に所得の発生することが見込まれている者は,損益通算の処理によりその分の課税が軽減されるという利益がその時点で確実なものとなっているのである。したがって,売却処分後に租税特別措置法が改正され,長期譲渡所得に係る損益通算の廃止が,年度当初の1月1日に遡って適用された場合は,いわば既得の利益が遡及的に立法により奪われるのに等しい状況が生ずることになる。また,納税者は,通常,売却処分時点で施行されている税制を前提にして,課税対象所得を計算し,損益通算による利益を考慮の上で経済活動を選択するのであり,損益通算の制度が売却処分より前の暦年当初に遡って廃止されることは,このような納税者に予期せぬ損害を被らせることになり,その額も多額に及ぶこともあり,その点で財産権を事後的に立法によって変更された場合と類似した状況となる。

2 もっとも,所得税がいわゆる期間税であり,暦年終了時に課税額が確定することから,本件損益通算廃止は,法律に基づき一旦成立した財産権を事後的に変更する場合と全く同じとはいえない。また,制度として長期譲渡所得につき損益通算を認めるか否かは,課税対象となる不動産の長期譲渡所得の範囲を定めるに際して損失をどう扱うかという税制上の政策的な判断により決められるものであるから,この制度は,その時点の社会的,経済的諸情勢,特に,不動産の価格の動向等の変動する諸要素により影響を受けるものであり,本来,恒常的なものではない。その意味で,この制度が改廃されることは予想され得るところであり,それが年度途中に改廃がされることもあり得るところであって,想定の範囲を超えるものとはいえない。これらの点を考慮すると,それが暦年当初からの遡及的な改廃であっても,このことが直ちに憲法84条の租税法律主義の趣旨に反するとはいえない。

3 しかしながら,法廷意見の述べるとおり,本件損益通算廃止を平成16年1月1日から適用するという政策決定は,その間の駆け込み売却により不動産価格の下落に拍車をかけ,我が国の不動産市況や経済の安定等に悪影響を与えるという事態を避けるためのものである。そうであれば,このような政策決定がされることについては,事前に周知させる必要があり,そうでなければ駆け込み売却の防止策としては意味のないことになろう。ところが,本件損益通算廃止は,平成15年12月18日の新聞による与党の平成16年度税制改正大綱についての報道記事の一部で紹介され,そのうちの一紙が,当該廃止に係る定めは平成16年分以後の所得税等について適用する趣旨が小さく報じられたのが最初であるが,その内容等からして,事前の周知としては甚だ不完全なものである。次に,同年1月16日に上記大綱の方針に沿った政府の同年度税制改正の要綱が閣議決定され,これに基づいて本件政策決定を盛り込んだ所得税等の一部を改正する法律案が国会に提出されたのは,同年2月3日である。納税者に対し本件損益通算廃止とそれが同年1月1日から適用になる旨を周知させ,そのような法改正が行われる蓋然性を踏まえて長期譲渡を行うべきか否かを検討するための十分な機会を与えたといえるのは,早くても2月3日の法案提出によってであろう。そうすると,1月1日から2月2日までの間の長期譲渡は,本件損益通算がされることを想定してされたもので上記の駆け込み売却には当たらない可能性があり得るところであり,そのような場合にまで本件損益通算廃止を適用することには,合理性,必要性に疑義が生じないではない。

しかし,租税法規の適用は,客観的,形式的,画一的に平等に行うことが基本的に要請されるところであり,事案ごとに駆け込み売却かどうかを個別に判断して適用の有無を決めるといった判断が求められるような事態が生ずるのは避けるべきものである。また,法廷意見の述べるとおり,所得税は期間税としての性格を有し,暦年の全体を通じた公平を図るという要請もある。これらの点を考えると,暦年当初から本件損益通算廃止を適用したことに合理性,必要性がないとはいえないであろう。

朝鮮の声 日本語 2019年10月31日 木 0800〜0830JST
11865 入感せず 9650 34443 ICOM IC756PRO3 25mH DP
0800は第2サイクル
0600泳ぎ0700は入感せず
0803 不滅の革命賛歌キムイルソン将軍の歌
0805 不滅の革命賛歌キムジョンイル将軍の歌
0808 ニュース
敬愛する最高指導者金正恩委員長にロシア連邦青年活動局から贈り物が送られました

パク・ポンジュ副委員長がピョンアン南道内の電力、石炭工業部門の実態を現地で把握しました

改築されたクジャン・セメント工場の竣工式が行われました

全国自然保護部門科学技術発表会が行われました

2019年国際重量挙げ連盟世界重量挙げ選手権大会と2019年世界レスリング選手権大会で優勝した選手、監督のための宴会が催されました

青年同盟中央委員会委員長がロシア連邦青年活動局代表団に会いました

青年同盟中央委員会委員長と世界民主青年連盟委員長との会談が行われました

世界民主青年連盟委員長一行が到着しました

南朝鮮軍部好戦勢力が「護国」訓練を強行しました

0820 音楽


不任意の自白に基づいて発見押収された証拠物に関する書証の証拠能力に関する大阪高裁昭和52年判決

検察官控訴を認めたもので、人権感覚からは疑問と昭和50年代から言われてはいました。

傷害、窃盗、爆発物取締罰則違反、建造物損壊、器物損壊、(建造物損壊、器物損壊についての変更後の訴因激発物破裂)被告事件

大阪高等裁判所判決/昭和51年(う)第758号

昭和52年6月28日

【判示事項】不任意の自白に基づいて発見押収された証拠物に関する書証の証拠能力

【判決要旨】1、自白獲得手段の違法性が、拷問、暴行、脅迫等乱暴な直接的人権侵害を伴うものではなく、かつ、その自白に由来する証拠が重大な法益を侵害するような重大な犯罪の解明にとつて必要不可欠なものである場合には、当初から計画的に、違法手段により獲得する自白を犠牲にしてでも、その自白に基づく派生的第二次証拠を獲得しようとの意図のもとに、違法な手段による自白獲得行為に出たというような特段の事情がない限り、その自白獲得手段の違法性は、派生的第二次証拠たる不任意の自白に基づいて発見押収された証拠物に関する審証にまでは証拠排除の波及効を及ぼさない。

2、不任意自白に由来して得られた派生的第2次証拠に証拠の排除効が及ぶ場合にあつても、その後これとは別個に任意自白という適法なソースと右派生的第2次証拠との間に新たなパイプが通じた場合には、右派生的第2次証拠は犯罪事実認定の証拠となし得る状態を回復するに至るものと解せられる。

【参照条文】憲法38-2

刑事訴訟法319-1

【掲載誌】 刑事裁判月報9巻5〜6号334頁

判例タイムズ357号337頁

判例時報881号157頁

刑事裁判資料230号338頁

刑事裁判資料230号629頁

刑事裁判資料226号219頁

刑事裁判資料224号366頁

刑事裁判資料256号751頁

【評釈論文】別冊ジュリスト74号154頁

別冊ジュリスト89号170頁

別冊ジュリスト119号158頁

別冊判例タイムズ10号174頁

主 文

原判決を破棄する。

本件を大阪地方裁判所に差し戻す。

理 由

〈前略〉第一 検察官の控訴趣意について。

一 論旨は、原判決は、「被告人は、(一) 昭和四七年五月五日ころ、大阪市住吉区杉本町四五九番地所在の大阪市立大学教養部化学実験室において、同大学教養部長浅野啓三管理のガラス瓶入り硝酸カリウム等の薬品類約四・一キログラムを窃取し、(二) 治安を妨げ、人の身体財産を害する目的をもつて、同年一二月二六日午前五時五〇分ころ、同区山之内町三丁目一〇六番地所在の大阪府住吉警察署杉本町派出所において、かねてカーリツトを主爆薬として製造した電気装置づきの爆発物一個を同所公かいに仕掛け、同日午前八時三八分ころこれを爆発させて使用し、同警察署長警視稲葉盈実が管理し、現に人の住居に使用せず、かつ、人の現在せざるを同派出所の天井、柱、壁等(修復見積金額約三六一、五〇〇円)を破壊して建造物を損壊するとともに、右爆発に伴い飛散した鉄片などで、折から同派出所前の公衆電話室に居合せた武田節子(当四八年)に対し、治療に二日間を要する右膝部外側切創の傷害を負わせ、日本電信電話公社所有の公衆電話北側ガラス一枚(修復見積金額約一一、五〇〇円)を損壊し、さらに右派出所前の靴販売業井上ノブエ所有の金属製シヤツター一枚及び陳列台ガラス一枚(修復見積額合計約一六、三〇〇円)を損壊し、もつてそれぞれ公共の危険を生ぜしめ、(三) 昭和四八年七月一五日午前一〇時三〇分ころ、同区山之内一丁目三一番地アパート婦美屋荘東側空地において、山岡正和(当二三年)に対し、同人がかねてから自己の交際中の葉山博子と深い間柄になつたことを憤激し、同人の顔面を足げりにし、さらに手拳で殴打したうえ、倒れた同人の腕や足を所携の鉄製パイプで数回殴打し、よつて同人に対し加療約一か月を要する顔面打撲挫創、左尺骨骨折、両前腕打撲擦過創、両下腿挫創等の傷害を負わせ、(四) 治安を妨げ、人の身体財産を害する目的をもつて、昭和四七年一一月下旬ころ、同区山之内町一丁目三一番地アパート婦美屋荘一二号室において、鉄パイプに白色火薬又はカーリツト及びパチンコ玉をつめ、起爆装置として硫酸入りガラスアンプル、雷管等を装填した爆発物である手投式鉄パイプ爆弾二個を製造し、昭和四八年七月三〇日までの間、前同所、同区杉本町四五九番地所在の大阪市立大学教養部構内の器機体操部室及び同市天王寺区南河堀町四三番地所在の大阪教育大学天王寺分校内の同大学本部学舎屋上等に右爆弾二個を隠匿して所持したものである。」との公訴事実に対し、(一)の窃盗の事実、(二)の爆発物取締罰則違反(使用罪)・激発物破裂・傷害の事実及び(三)の傷害の事実については、おおむね公訴事実どおり認定し(ただし、(二)については爆発物取締罰則違反の「人の身体を害する目的」を除く)、「被告人を懲役六年に処する。」旨を言渡したが、(四)の爆発物取締罰則違反(製造・所持)の事実については、犯罪の証明がないとしてこれを無罪とした。

原判決が、右(四)の爆弾の製造、隠匿所持の事実(以下本件爆弾の製造、所持の事実という)を無罪とした理由は、これを要約すると、検察官が原審公判廷で取調べを請求した被告人の司法警察員及び検察官に対する各供述調書のうち、前記(三)の傷害の公訴事実に関するものを除くその余の調書は、すべて被告人の捜査官に対する自白が任意性を欠く疑いがあるので、その証拠能力を認め難く、本件爆弾の製造、所持の事実については、右の任意性を欠く疑いのある自白に基づいて発見押収した本件爆弾二個及びその製造に使用された薬品等の材料残部の各証拠物並びに右証拠物について、その所在場所と所在状況を明らかにする捜査官作成の検証調書及びその性質、数量を明らかにする大阪府技術吏員作成の鑑定書についても、右の任意性を欠く疑いのある自白に直接由来するものであるから、右自白の証拠能力が否定される趣旨に照らし証拠として使用することは許されず、その意味において証拠能力がないものと解するのが相当であるので、結局右事実については、法廷における被告人の自白以外に他の補強証拠がないことに帰し、有罪を認定することはできないというのである。

しかしながら、原審が本件爆弾の製造、所持についての被告人の捜査官に対する自白の任意性を否定したのは、司法警察員の被告人に対する取調状況に関する事実を誤認し、かつ、憲法三八条二項、刑訴法三一九条一項の解釈適用を誤つたものであり、また、その結果として本件爆弾及びこれについて検証調書、鑑定書等の証拠能力までも否定したのは、刑訴法上の証拠法則についての解釈適用を誤つたものであつて、そのため当然証拠能力が認められるべき証拠を罪証に供しなかつた違法があり、右訴訟手続の法令違反は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は到底破棄を免れないというのである。

二 そこで記録を検討するに、1 原審における本件の証拠調手続の概要検察官は、原審第三回公判廷において、本件爆弾二個の製造、所持の事実を立証するため、次のとおり証拠の取調べを請求した。

(1) 大阪教育大学天王寺分校本部学舎屋上から押収した手投式鉄パイプ爆弾二個の関係で[1] 右爆弾が隠匿されていた場所の状況に関する司法警察員松本太一作成の検証調書((甲)検察官請求証拠目録(二)請求番号43)[2] 右爆弾を発見したときの状況に関する司法警察員鵜川正博作成の検証調書(請求番号44)[3] 右爆弾二個を差押えた状況に関する司法警察員鵜川正博作成の捜査差押調書(請求番号45)[4] 右爆弾の性質などに関し、大阪警察本部警備部警備第一課長から大阪府警察科科学捜査研究所長あて鑑定嘱託書(請求番号46)[5] 右爆弾の性質等についての大阪府警察科学捜査研究所技術吏員福田公郎作成の鑑定書(請求番号47)[6] 右爆弾の構造等に関する司法警察員北野耕作成の捜査復命書(請求番号48)(2) 大阪市立大学教養部構内から押収した右爆弾製造に使用された材料残部の関係で[7] 材料残部を差押えた状況に関する司法警察員関本輝雄作成の捜査差押調書(請求番号54)[8] 材料残部を写真撮影した状況に関する司法警察員飛田水義作成の鑑識結果復命書(請求番号55)[9] 材料残部の性質等に関し、大阪府警察本部警備部警備第一課長から前記科学捜査研究所長あて鑑定嘱託書(請求番号56)[10] 材料残部の性質等についての前記科学捜査研究所技術吏員山野宏ほか一名作成の鑑定書(請求番号57)これに対し、弁護人は、前記[5]及び[10]の各鑑定書並びに[6]の捜査復命書については、いずれも不同意としたが、その余の書証についてはすべて証拠とすることに同意したので、原審は同意のあつた各書証につき第六回公判廷ないし第七回公判廷においてそれぞれ証拠調べを行ない、また、不同意となつた前記書証中[5]及び[10]の各鑑定書も第六回公判廷ないし第七回公判廷で各鑑定人を尋問のうえ、検察官から刑訴法三二一条四項により取調請求され、弁護人の異議もなかつたので原審はこれらを証拠として採用、取調べを終えた。

また、検察官は、原審第三回公判廷及び第七回公判廷において、本件の全公訴事実についての被告人の司法警察員及び検察官に対する供述調書(自白調書)の取調べを請求したところ、弁護人はすべての調書の任意性を争つたので、検察官において、被告人の自白の任意性を立証するため、被告人の取調べに当つた大阪府警察本部警備部警備第一課巡査部長斉藤昭七、同課司法巡査中川紀明及び検察官丸谷日出男を証人として申請し、被告人を取調べた当時の状況について証言を求めた。

そして、原審は公判期日外である昭和五一年一月一二日、前記公訴事実(三)の傷害の事実についての被告人の司法警察員及び検察官に対する供述調書の任意性を認めたが、その余の公訴事実についての被告人の司法警察員及び検察官に対する供述調書合計三四通((乙)検察官請求証拠目録(二))は、すべて任意性を欠く疑いがあるとして、その取調請求を却下する旨決定した(以下原審の証拠決定という)。

検察官は、右決定に対し異議を申立てたが原審はその第二五回公判廷において右異議申立をも理由がないとしてこれを棄却した。

右のような証拠調手続の経過を経て、原審は、前記公訴事実(一)、(二)については補強証拠の存在と法廷における被告人の自白とにより、公訴事実(二)とともに有罪を認定したが、(四)の本件爆弾の製造、所持の公訴事実については、いつたん適法に証拠調べをした前記1ないし[5]及び[7]ないし[10]の各書証についても、判決において前記のとおりこれらの証拠は、被告人の自白に直接由来するもので、任意性を欠く疑いのある自白の証拠能力が否定される趣旨に照らし、いずれも証拠とすることが許されず、その意味において証拠能力を欠くと判示して、罪証に供せず、被告人の公判廷における自白の補強証拠が存しないことを理由に無罪を言渡した。

2 本件爆弾第二個の製造、所持の事実に関する自白に至る取調経過及び本件爆弾二個の捜索押収に至る経過被告人は、昭和四八年七月一八日本件公訴事実(三)の傷害事件の容疑で通常逮捕され、同月二〇日大阪地方裁判所裁判官の発した勾留状により代用監獄大阪府住吉警察署留置場に勾留されたが、同月二一日勾留場所を大阪拘置所に変更されて、同日より身柄は同拘置所に移監された。

そして右勾留後同月二五日までは、住吉警察署の司法警察員が右傷害事件につき被告人の取調べに当たつていたが、同月二六日から大阪府警備第一課勤務の巡査部長斉藤昭七が同課巡査部長京楽千年及び同課司法巡査中川紀明とともに右拘置所において被告人を取調べることとなり、同日午前九時三〇分ころからその取調べを開始したところ、同日午後四時ころには、右傷害事件について被告人が全面的に犯行を自白し、自白調書も作成された。

次いで同巡査部長らは、上司から被告人が杉本町派出所爆破事件の容疑者の一人として捜査線上に浮んでおり同事件についても被告人を取調べるよう指示されたことから同日午後六時ころから公訴事実(二)の杉本町派出所爆破事件の取調べに入つたが、被告人は同事件については黙秘した。

翌二七日被告人が大阪地方検察庁で右傷害事件について検察官の取調べを受けた後、午後六時ころから、斉藤巡査部長らが同拘置所で引き続き右爆破事件について被告人を取調べたところ、午後八時五〇分ころに至つて被告人は右事件につき犯行を自白したので、同巡査部長らは簡単な自白調書を作成し午後九時三〇分ころ同日の取調べを終えた。

ところが、被告人は翌二八日午前六時三〇分ころ、同拘置所内で母親や弟、友人らあての遺書を残して縊首自殺をしようとして、タオルと風呂敷を連結し鉄格子に両端を結んで輪を作り両手で輪を広げ頭部をまさに入れようとしたところを拘置所職員に発見阻止されたため、自殺行為の実行に至らずに終つた。

同日午前九時三〇分ころから同拘置所に赴いた斉藤巡査部長らが被告人の取調べを開始したところ、それまで捜査当局側に全く知られておらず、かつ被告人に対し取調べも追及もしていなかつたところの、杉本町派出所爆破事件とは別個の本件爆弾の製造、所持の犯行を犯したことをみずから明らかにし、現に大阪教育大学天王寺分校に右爆弾を隠匿所持しており、同所から右爆弾を早急に搬出処理するよう訴えた。

そこで同巡査部長はとりあえず本件爆弾製造、所持の事実についての供述調書を作成したところ、被告人は引き続き杉本町派出所爆破事件の動機などについても供述したので、これについても供述調書を作成した。

翌二九日、被告人は、大阪市立大学内に爆弾製造に使用した薬品等の材料残部を隠匿している事実についても自白したので、同巡査部長らにおいて右事実についての供述調書を作成した。

翌三〇日、警察は被告人の前記自白に基づいて大阪教育大学天王寺分校構内及び大阪市立大学教養部構内を捜索した結果、被告人の自白どおり天王寺分校から手投式鉄パイプ爆弾二個を、また、大阪市立大学から爆弾製造に使用した薬品等の残材料を発見押収した。

なお、同日検察官は、前記傷害事件につき被告人を大阪地方裁判所に公判請求し、警察は同日、被告人を右爆破事件で再逮捕して以後右事件について被告人に対する本格的な取調べが進められた。

3 原判決が引用する原審の証拠決定が被告人の捜査官に対する自白の任意

理由

原判決が引用する原審の証拠決定が、本件窃盗、杉本町派出所爆破及び爆弾の製造、所持の各事実に関する被告人の捜査官に対する自白は任意性を欠く疑いがあるとした理由の要旨は、(1) 被告人は、七月二六日午後六時ころから、斉藤巡査部長らによつて、本件爆破事件について被疑者として取調べを受けたが、その際被告人は、傷害事件により拘束を受けているのに、爆破事件について令状なしに取調べを受けることを不当として、その取調べを拒否し、直ちに勾留の場所(監房のこと、以下同じ)に戻すよう要求するとともに、尋問に対して黙秘する旨告げたのに対し、同捜査官らはそのまま同月二七日及び翌二八日の取調べを継続した。

(2) 同捜査官らは、右取調べにおいて被告人に対し、イ 本件現場の爆弾の破片から指紋が顕出された。

ロ 本件発生当時被告人と同棲していた女性が参考人として一切の事情を捜査官に供述した。

ハ 本件について逮捕令状が出かかつている。

ニ 被告人の弟が被告人の逮捕後、大阪教育大学天王寺分校や大阪市立大学に出入りしている。

旨述べて、本件について真実を供述するよう繰り返し求めたが、右イないしニの点はいずれも実在の事情とは認められない。

(3) 同捜査官は、右取調べにおいて、被告人に対し、爆発物取締罰則九条の規定の解釈を示し、本件については、犯人の親族でも、罪証湮滅の罪の成立を免れず、その罪が成立すれば逮捕できることを説明するとともに、被告人が本件について自白するならば、被告人の親族に累が及ぶ事態が避けられる旨言つて、黙秘を続けることをやめるよう説得した。

(4) 被告人は、本件について本格的に自白を始めた同月二八日以降は、右捜査官及び検察官の本件取調べに対し自白供述を渋滞させることなく、この間の右捜査官及び検察官の取調べは相前後して進行し、検察官の取調自体には、被告人の供述の任意性に対し消極的に作用する事情は皆無であつたが、右警察における捜査官の取調べにおいては、捜査官は被告人に対し被告人が黙秘権を行使せず、自白を維持して反省の態度を示し続けることにより起訴及び公判審理の各段階で寛大処分を受け得るものである旨を、いわゆる内ゲバ殺人事件の被疑者が傷害致死事件として処理されて執行猶予になつた例を引くなどして繰り返し説明した。

との事実が認められる。

そして、右の取調状況のうち、(1)については、当時被告人が本件の被疑者として、その身柄拘束の根拠となつていない本件の取調べのなされることを不当としてこれを拒否し、勾留の場所に戻すよう求めたたことは正当な要求というべきであり、したがつて、捜査官が右要求を無視して、そのまま被告人に対し本件の取調べを続行したことは、違法であることを免れない。

また、捜査官が本件について黙秘の被告人に対し、供述を求めるにあたり告げた事項のうち、前記(2)のイないしハの各事情が相互に関連して、被告人に対し本件についての有力な証拠がすでに捜査官のもとに蒐集ずみであるとの印象を抱かせ、その印象を強化する性格のものであるから、右は同捜査官が被告人に与えるかかる効果を意図してなした偽計と断ぜざるを得ず、かかる欺罔的手段の被告人の心理に及ぼした影響は、前示の違法な身柄拘束の利用関係と相まち、優に強制に準ずる程度に達していたものと認められる。

のみならず、これらの事項とともに、捜査官が被告人に告知した前記(2)のニの事情は、同(3)の説得内容と関連して、被告人をして自己の弟に爆発物取締罰則九条の罪により逮捕される事態が切迫しているものと誤信させるとともに、これを避けるためには、本件について黙秘の態度を解き、自白する外ないと決意させ自白に至らせたものの、被告人にその翌朝このことにより自殺を企図するまでの精神的煩悶を経験させたものであることが認められるから、右偽計は、被告人が本件について黙秘することをやめれば捜査官において、被告人の親族に対する追及を控えることを内容とする前示の暗黙の約束ないし利益誘導と相まち、被告人に対し高度の心理的強制を与え、加えて虚偽の自白を誘発するおそれが多分にあつたものということができる。

そうすると、被告人が同年七月三〇日以降本件によつて逮捕勾留される前の段階でなした本件についての自白は、いずれも任意性を欠く疑いがあるものというべきである。

さらに、右の各自白後、これに引き続きなされた被告人の右捜査官及び検察官に対する各自白が前記(4)の事情下になされたものと認められる以上、前示前段階の取調の違法性の実質的影響を承継したものとして、そのすべてにつき、任意性を欠く疑いを免れないものである。

というのである。

三 当裁判所の判断当裁判所は記録に基づき次のとおり判断する。

1 まず第一に、原判決が引用する原審の証拠決定が任意性を欠く疑いがある事情として取りあげでいる各事実は、いずれも昭和四八年七月二六日、二七日に斉藤巡査部長らが被告人を杉本町派出所爆破事件で取調べをした際の出来事であることに注意しなければならない。

すなわち、被告人が同捜査官らから追及され、黙秘の態度を解くよう強く説得されていたのも、被告人が捜査官に対し身柄拘束の原因となつている公訴事実(三)の傷害事件とは別に令状なしに取調べを受けることの不当を訴えたのも、被告人が捜査官から有力な証拠がすでに捜査官のもとに蒐集ずみであるとの印象を抱かせられ、偽計による欺罔的手段により被告人が黙秘することをやめれば捜査官において親族に対する追及を控えることを内容とする暗黙の約束ないし利益誘導をされたというのも、すべて杉本町派出所爆破事件に関する取調べに対してであつて、被告人が捜査官の偽計に欺され、被告人の親族に対する追及を免れるため捜査官の約束、利益誘導に乗つて自白したとしても、そこで捜査官が取引として持ち出したものは、杉本町派出所爆破事件を自白することであるから、被告人が同事件につき自白しさえすれば親族に対する追及を免れることができるのであつて、被告人が自己犠牲として虚偽の自白をするおそれがあつたのは同事件に関してである。

言葉をかえていえば、原判決が問題とする身柄拘束の違法な利用関係、偽計、暗黙の約束ないし利益誘導などの違法な手段と因果関係がある自白は、杉本町派出所爆破事件に関してであつて、本件の爆弾の製造、所持の事実に関する自白との間には法律上の因果関係ありとは直ちには認められない。

そして、前記二、の2で明らかにしたように、被告人は同月二八日の日に、それまで捜査当局側に全く知られておらず、かつ、被告人に対し取調べも追及もされていなかつた本件手投式鉄パイプ爆弾二個の製造、所持の犯行をみずから自発的に明らかにし、隠匿場所である大阪教育大学天王寺分校からの右爆弾の早期搬出処理を訴えたのである。

その間の事情について、原審公判廷で、巡査部長斉藤昭七、司法巡査中川紀明は、「同月二八日の日に被告人本人は早く肩の荷を軽くして欲しい。

何もかも早く調べて欲しいということで、ほかにも爆弾があるので早く取り除いて下さいとみずから言い出し、もしも警察官がその爆弾を捜索に行つてそれが爆発してけが人を出してはいけないので、爆弾撤去について自分も行かせてくれと何回も頼まれた。

こういうことは警察に任せなさいといつて、その後爆撤去が無事に行つたことを告げると、被告人もありがとうございましたといつて、ほつとしていた。」と証言し、これに対し、被告人は、原審第一四回公判廷で、本件手投式鉄パイプ爆弾二個の製造、所持の犯行を自供するに至つた同月二八日の情況について、「この日午前九時か一〇時に取調べをはじめた。

斉藤巡査部長は、自殺未遂に関して、もう馬鹿なことをするな。

命を粗末にするな。これからが長いやないか、将来に希望を持て。

お前の辛い気持はよくわかるけれども、しかし、そんなお前を調べんならん。

お前も一寸くらいしんどかつてもしんぼうしてくれ。

といつて慰めてくれて取調べを始め、杉本町派出所爆破事件の爆弾の材料はどこに隠してあるのかと、証拠品の所在場所を追及された。

その時に、自分は実は教育大学と市大にこういうものがあるんだということで、本件手投式鉄パイプ爆弾二個を隠匿している事実を喋つた。

警察はまだ爆弾があるとまでは思つていなかつたらしくて、自分がそのことを喋つたので、爆弾を教育大学に隠匿している件で根掘り葉掘り聞かれ、先にその調書をとられた。

警察が教育大学に捜索に行くということを聞いたので、自分をそこに連れて行つてくれ、わからん者が行つたら危ないからと言つた。

それは現場に連れて行つてもらつたら、隙をみてその爆弾で警察官もろとも自爆してやろうというようなことを考えついて言つた。」(記録一六〇二丁、一六〇七丁)と供述しているのであつて、本件爆弾の製造、所持の事実に関して、被告人の方から積極的に自供したことが認められこそすれ、捜査官が偽計、約束、利益誘導等違法な手段を用いてこの件に関して自白を獲得したものとは認められないのである。

原判決は、被告人の本件爆弾の製造、所持事実に関する自供は、自殺を企図するまでの精神的煩悶の下でなされたものであり、右精神的煩悶は、杉本町派出所爆破事件の取調べにおけるものとはいえ、捜査官の被告人に対する自白強制、身柄拘束状態の違法な利用関係、欺罔的手段、暗黙の約束ないし利益誘導によつてもたらされるものであるから、捜査官の違法な自白強制と本件爆弾の製造、所持事件の自供との間には因果関係があり、任意性に疑いがあることになるとするにあると考えられる。

しかしながら、右は単に条件的因果関係があるにとどまり、杉本町派出所爆破事件につき自白せざるを得なくなれば必然的に本件手投式鉄パイプ爆弾の製造、所持をも自白せざるを得なくなるというような関連性は認められないのである。

そして、被告人が自殺企図を持つに至つたのは、原審証拠決定三1(三)(前記二3(3))で認定するように捜査官から爆発物取締罰則九条の規定により親族でも罪証湮滅の成立を免れず、逮捕できることを説明され、被告人が杉本町派出所爆破事件を自供するならば、被告人の肉親に累が及ぶ事態が避けられる旨言われて、被告人としては敵対関係者や同志らの示唆によつて警察の取調べに対し完全黙秘を誓つていたのに、捜査官が追及する杉本町派出所爆破事件につき同志らの期待通り黙秘を貫こうとすれば、苦労をかけて来た母親や、弟にまで累が及ぶことになり、他方同事件を自白して肉親に迷惑がかからないようにしようとすれば同志の期待を裏切ることになるとして、その板ばさみになり、同月二七日の取調べにおいては結局肉親にかける情が勝つて、同事件を自白してしまつたものの、同日の取調べが終わり監房に戻るや、再び肉親と同志のいずれの側に立つべきか心理的葛藤をくりかえして思い悩むうち、このような苦しい立場からの逃避として自殺企図が生じたものと推認される。

被告人が自殺未遂後においてなお精神の動揺があつたとしてもそれは右心理的葛藤に基因するものであるから、そこでは肉親を犠牲にしてでも同志の期待に従いもとの黙秘の態度をとるべきか、あるいは肉親に累が及ばないようにすることを貫いて、前日自白してしまつた杉本町派出所爆破事件について引続き捜査官に自白し続けるかの二者択一を迫られて思い悩む点に被告人の苦悩があつたと認められるのであつて、被告人が捜査官の全く知らず、追及もされていなかつた本件爆弾の製造、隠匿所持までもみずから進んで自供する必要に迫られたというような関係は生じてこないのである。

そしてまた、自殺未遂という異常な事態自体から生ずる興奮、心神不安定状態が生じたことは容易に認められるけれども、前記二、の2で明らかなように被告人の自殺未遂というのも自殺の実行未遂ではなく着手未遂にとどまるし、自殺未遂を発見阻止されてから当日の被告人の取調べが始まる約三時間の間に相当程度鎮静化したと認められるうえ、前記被告人や斉藤昭七、中川紀明の原審各供述に照らしても、被告人が本件爆弾の製造、所持の犯行をみずから供述するに至つた時点においては、被告人の供述能力に何ら欠けるところはなく、かつまた心理的に追い結められてやむなく右犯行を自供するに至つたというような情況も認められない。

↑このページのトップヘ

traq

AltStyle によって変換されたページ (->オリジナル) /