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小田和正 夏の日の奇跡 2023・8・2横浜アリーナ

[ 2023年8月4日 08:30 ]

横浜アリーナのステージを走る小田和正(C)岩佐篤樹
Photo By 提供写真

【牧 元一の孤人焦点】そこに「今」があった。アンコールの1曲目は「what’s your message?」。黒いTシャツ姿でエレキギターを持ち、それまでおよそ2時間にわたって歌い続けてきたとは思えないほど涼しげな表情で歌い始めた。客席から自然に起きた手拍子が大きく熱い。

なぜ「今」を感じるのか。それはこの歌が新曲で、7月20日に始まったドラマ「この素晴らしき世界」の主題歌だからだ。木曜夜10時にフジテレビ系にチャンネルを合わせると、タイトルバックや若村麻由美、沢村一樹らの芝居の後ろで温かく流れる。歌がわれわれの日常とつながっている。

フジテレビのドラマ主題歌と言えば「東京ラブストーリー」(1991年)の「ラブ・ストーリーは突然に」を思い出す。鈴木保奈美、織田裕二らの芝居の後ろで流れる歌は鮮烈だった。それが懐かしい「昔」だとすれば「what’s your message?」は現実味のある「今」だ。

この歌は深く胸に染みこんでくる。♪ずっと 心の中にあった 想いが 自分への メッセージになった──。生きていれば自分を見失う時がある。悩んで答えをどこかから探そうとする。しかし、その答えはほかのどこでもない、自身の胸の内にある。何より大切なのは自分の本心。そんな考え方をこの歌は教えてくれる。

8月2日夜に横浜アリーナで行われた小田和正(75)のアリーナツアー最終公演を見た。

この公演はどこか集大成的なものを感じさせた。6曲目に「Moon River」を歌い、その後、「言葉にできない」「たしかなこと」「キラキラ」と続けたためだろう。「Moon River」は小田が音楽に強い関心を持つきっかけとなった曲だ。オードリー・ヘプバーンが主演した映画「ティファニーで朝食を」(1961年)の主題歌。この日の曲紹介でも説明していたが、小田は映画館でこの曲を耳にして感銘を受け、いくつかのレコード店に足を運んでオリジナルサウンドトラックを探し求めた。長年のファンによく知られている逸話だ。2作目のソロアルバム「BETWEEN THE WORD&THE HEART」(1988年)でもカバーしていたこの曲を、この日は「ヘプバーンになったつもりで歌う」と言って観客を笑わせ、ピアノの弾き語りで披露した。

11曲目の「Yes─No」、それに続く「ラブ・ストーリーは突然に」、16曲目の「今日もどこかで」、それに続く「こんど、君と」は観客との大合唱となった。コロナ禍の公演にはなかった光景だ。昨年のNHK「みんなのうた」放送開始60年記念ソング「こんど、君と」には、♪声を合わせて あの歌を いつか みんなでまた うたおう──という歌詞がある。昨年9月の横浜アリーナ公演では観客と一緒に歌うことができなかったが、この日はツアータイトル「こんどこそ、君と!!」に込めた願いを果たす形となった。小田は「みんなの歌う声が本当によく聞こえた。どうもありがとう」と感無量の表情を見せた。

特筆すべきは、やはり歌声のことだろう。いまだに高音が出る、という単純な話ではない。音楽の世界には高い声が出る人はたくさんいる。問題は、それが繊細で美しく、人の心に染み入るかどうかだ。この日の5曲目「愛の唄」はオフコースのアルバム「ワインの匂い」(1975年)の収録曲。小田が20代の時に歌った、優しい曲調のラブソングだ。♪ふるえてた あなたの ぬくもりさえ よみがえる この手に──というサビ後半の歌詞がみずみずしい。75歳で「ラブ・ストーリーは突然に」を歌うより、この曲を歌う方が難度が高いのではないかと思わせる。ところが、この日の歌声は、50年近く前のこの曲のきらめきを十二分に伝えてきた。

記者を生業とする身として本当はこの言葉を使いたくない。でも、いくら頭をひねってみても、この言葉以上に的確なものが浮かんでこなかった。「奇跡」。75歳にしてあのように繊細で美しい高音を出せることが信じられない。どのようにしてその声を維持しているのかも分からない。この日はオフコース時代の曲「夏の日」も歌ったが、まさに夏の日に奇跡を目の当たりにした思いだ。

公演は2時間30分を超え、曲数は計25曲に及んだ。トリプルアンコールで2回目の「こんど、君と」を歌い終えた後、特別な言葉を発することはなくステージを降りた。それはこのツアー最終公演が集大成などではなく一つの通過点に過ぎないということを如実に物語っているようだった。

だいやまーく牧 元一(まき・もとかず) 編集局総合コンテンツ部専門委員。テレビやラジオ、映画、音楽などを担当。

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