事務所のデッキから舞根湾を背景に、地域再生の想いを語る副理事長 畠山信さんの写真
事務所のデッキから舞根湾を背景に、地域再生の想いを語る副理事長 畠山信さん
震災で生まれた湿地を活かした、
森と海をつなぐ地域再生の新しい試み
『川が運ぶ森の養分が植物プランクトンを育て、生命にあふれた豊かな海の環境を創る。』森は海の恋人は、こうした考えから、宮城県気仙沼市で牡蠣の養殖を行う事業者と、上流の農家が協力して森づくり活動を推進しています。また、毎年500名以上の子供たちが牡蠣養殖の現場で森と海のつながりについて学ぶ体験学習を実施するなど、流域全体をつなぐ活動はひろがっています。
気仙沼市は2011年の東日本大震災で発生した大津波により、大きな被害を受けました。団体のある舞根地区では宅地・農地が海面下に没して、川沿いに塩性湿地が出現しました。「日本では塩性湿地の大半は開発により失われましたが、生物多様性の観点から、川と海をつなぐ塩性湿地は大変重要です。震災をきっかけにしてこの汽水域を再生することができれば、新しい自然資本の創出につながると考え、活動に取り組んでいます。」(畠山さん)
震災で出現した塩性湿地の保全に取り組むにあたり、環境省が絶滅危惧種に指定する二ホンウナギを、環境再生の一つの指標に設定し、活動が進められました。
しかし、この活動の前に高い壁が立ちはだかりました。洪水氾濫を防ぐための河川護岸の存在です。護岸は西舞根川と震災湿地を分断しており、海水・淡水の循環を妨げ、生態系を蘇らせる障害となります。ウナギを呼び戻すためには、この護岸を一部開削し、水循環を確保する必要がありました。
「河川護岸の開削には行政や地域住民の説得と理解が不可欠ですが、これが難題でした。防災のためにつくられた護岸を壊すなんてとんでもない話と思われたのです。古くからの住民には、ウナギではなく、捕まえて遊んだ思い出のあるメダカの保護と伝えた方が理解を得やすかったですし、行政は震災前のデータとの比較など、論理的な準備が必要でした。データを集め、塩性湿地の重要性を客観的に表現しながら、説得を続けていきました。」(畠山さん)
行政や地域住民の説得には、研究者との協働が不可欠でした。「私を含めた研究者たちは、震災直後から環境調査で舞根湾を訪れていました。調査の結果、ミナミメダカやニホンウナギ等の生物データのほか、物理・化学・土木等の多様な視点を持った豊富なデータを蓄積することができました。こうしたデータが、行政や地域を説得するために役立ったと思います。」(横山さん)
研究者と協働した多様な活動を続けるために重要だったのが、助成金の活用でした。人件費や調査旅費など、助成金は研究者と協働するための"足"となったのです。
潮目が変わったのは、震災から5年の復興期間が過ぎた頃でした。「行政のマインドが明らかに変わってきて、こちらの考えに理解を示す市の職員も増えてきました。この時、防災上影響の少ない護岸の開削場所と規模を検討し、水の循環を促進する構造上の工夫を提案することで、3カ所の護岸を開削する事業の認可を受けることができたのです。」(畠山さん)
護岸を開削後、震災湿地ではニホンウナギやミナミメダカ、河川ではアユやヤマメが多数確認されるようになりました。これは活動の大きな成果の一つとなっています。
活動にあたり、この場所には50を超える地権者がいることがわかりました。土地利用の合意を得るために一人ずつ会いに行き、相手の心を動かす"スイッチ"を探りながら、トライ&エラーを繰り返しました。"スイッチ"が見つからず、門前払いにあったことも。もちろん震災前の畑地に戻したいという声もありました。最終的には合意を得ることができましたが、諦めない強い気持ちと相手の琴線に触れる"スイッチ"を見つけられたのは大きなポイントでした。継続は力です。(畠山信さん)
畠山さんたちは、震災湿地のさらなる活用を進めることで、被災地域の復興に弾みをつけようとしています。まず、震災湿地で気仙沼市内の学校を中心とした体験学習を受け入れ、全国各地の学校の教員を対象とした環境教育研修会を実施するなど、生きた環境教育が進んでいます。今後は湿地に木道を設置して環境教育をさらに進め、流域の荒廃した針葉樹林を広葉樹林に転換する森づくりに取り組むなど、自然と調和した地域の活性化に取り組んでいく予定です。
「私たちは、震災湿地の活用にとどまらず、数十年という歳月をかけて森や海との共生を進めてきました。この活動を継続し、SDGsの開発目標『14. 海の豊かさを守ろう』『15. 陸の豊かさも守ろう』の具体化に取り組んでいければと思います。」(畠山さん)
NPO法人「森は海の恋人」、その活動は自然を活用する地域づくりのモデルケースとして、全国へ、未来へとひろがっていきます。
湿地を活かした環境教育や森づくりを推進の写真
気仙沼市や地域住民との良好な協働体制の構築は、丁寧なコミュニケーションとデータの積み重ねの成果であり、相手により説明手法を変えるなど、合意形成の段取りにも学ぶ点が多くあると感じています。汽水域の再生を中心に、自然を活用した新たな地域づくりのモデルとなることを期待しています。(地球環境基金 秋山)