日本企業がはまる落とし穴は?行動経済学者が教えるプライシング講座
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企業の利益に直結する「価格」には、さまざまなバイアス、癖が存在する。特集『最強の武器「経済学」』(全13回)の#8では、行動経済学とデータサイエンスを専門とし、多くの企業と共同研究を行う星野崇宏・慶應義塾大学教授に「間違いだらけの価格決定」について寄稿してもらった。コンシューマー製品だけでなく、法人向け製品についても誤解があるという。
ビジネス現場で誤解されている
効果的な「値決め」の方法
ビジネスの現場において、最も収益に直結しながらも多くの誤解が存在するのがプライシング(値決め)である。幅広く行われているプライシングの方法として、原価に一定の利益を加えて価格を決めるコストプラス法やマークアップ法がある。しかし一般にこの種の値決めでは価格を低めに設定してしまい、結果として短期的な利益が失われるだけでなく、後に述べるような長期的な問題を孕む可能性がある。
実はこれまでの行動経済学の先行研究の中で、ビジネスに最も直接貢献できるのがプライシングである。ここでは"行動プライシング"と呼ばれる、人々の持つ価格に対する特定のバイアスを踏まえた値決めを行う分野の、ごく一端を説明する。なお、伝統的な経済学でも「競合の価格への対応」をゲーム理論などで分析してきたし、近年ではこれに行動経済学の要素と、競合の反応を加味したさまざまなモデルや知見が知られているが、今回は文字数の都合上取り上げない。
消費者の価格に対する反応については膨大な研究知見があるが、最も重要なのは「参照価格」(用語解説)と呼ばれる現象である。例えば以下の問題を考えてみよう。
あなたはとある商圏での値決めを任されているとする。ある商品が900円で1日100個売れているが、販促の目的で1カ月間100円の値引きをしたところ、1日150個売れるようになった。
ここで問題である。
Q 値引きをやめて900円にした場合、売り上げはどうなるだろうか?季節要因や景気要因は統計的な方法で排除できるとする。以下の三つから選んでほしい。
(1)この地域で消費者の認知を得たので、100〜150個の間で推移する。
(2)元の900円で買いたいという消費者が1日100人なのだから、1日100個に戻る。
(3)1日100個以下になってしまう。
過去の購買価格の記憶に基づいて形成される参照価格は、「内的参照価格」と呼ばれる。ほかにも売り場での別商品との比較や、最近では売り場でスマートフォンで価格比較サイトを調べることもあるが、これらは「外的参照価格」といわれる。いずれにせよ消費者は、一般に参照価格と面前の価格の比較をすることで思考を簡便化している。また価格以外にも何らかの分かりやすい基準(参照点)を形成することを参照点形成(reference formation)と呼び、人事評価から経営判断、プロスポーツでの選手評価まで、さまざまな分野で人々が参照点に基づいて判断していることが近年の実証研究で知られている。
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