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- 第9回 越境大気汚染〜広域的な光化学オゾン汚染の現状と要因
研究最前線第9回「越境大気汚染〜広域的な光化学オゾン汚染の現状と要因」
毎年、春から秋にかけて、北日本を除く全国の広い範囲で、光化学オゾン(オキシダント)汚染が発生します。日本では、さまざまな大気汚染対策によって、多くの大気汚染問題が改善されつつあります。しかし、光化学オゾン汚染については、改善するどころか、悪化しつつあります。今回は、最近の研究成果をもとにして、広域的に発生する光化学オゾン汚染の現状と原因について解説します。
光化学オゾンの発生
火力発電所・工場・自動車による化石燃料の燃焼などによって、窒素酸化物(NOx)や硫黄酸化物(SOx)、揮発性有機化合物(VOC)のような汚染物質が大量に大気中に放出されます。地表近くのオゾンは、大気中に放出されたNOxとVOCが太陽からの日射(紫外線)を受けて光化学反応を起こすことによって生成されます。光化学反応は、紫外線が強く高温の時に活発となるため、季節的には春から夏にかけてオゾンができやすくなります。一方、光化学オキシダントは光化学反応によって生成される酸化性物質の総称で、光化学スモッグの指標とされていますが、その大部分はオゾンです。オゾンは、ぜんそくなどの健康影響、農作物や森林の生育阻害、大気放射への影響などをもたらします。
日本における光化学オゾンの上昇
日本の地上オゾン濃度は1980年代後半から上昇しています。日本全国の大気汚染測定局で測定されたオゾン(正確には光化学オキシダント)の年平均濃度は、1985〜2004年度の20年間に年率約1%で増加しました。また、光化学スモッグ注意報(光化学オキシダント濃度が120ppbを継続して超過すると判断される場合に発令)を発令した都道府県数は増加し続け、2007年には28都府県に達して過去最多となり、汚染が広域化していることを示しています。さらに、離島や山岳などの清浄地域でも、オゾンの上昇が観測されています。
一方、オゾンの原因物質であるNOxとVOCは発生源対策によって国内では減少しています。すなわち、原因物質が減少しているのに、オゾンが増加しているという奇妙な現象が起こっています。この原因として、大気汚染物質の排出量が急増しているアジア大陸からの越境汚染の影響が増加していることが考えられます。
アジアにおける大気汚染物質排出量の増加
中国やインドでは、急速な経済成長に伴ってエネルギー消費量が増加し、大気汚染物質の排出が急増しています。燃料消費量などの統計データや排出規制などのデータをもとに、アジア地域の人間活動によって発生するNOx排出量を推計した結果、1980〜2003年の間に、アジア全体で約3倍、中国では約4倍に増加したことがわかりました。さらに、中国における2020年のNOx排出量は、2000年に比べて、最大で2.3倍に増加すると予測されます(下図)。ちなみに、最近の燃料消費量や衛星観測結果などから判断すると、現在のNOx排出量はすでに2020年のこの予測値を超えている可能性があります。
光化学オゾンの越境汚染シミュレーション
中国の太平洋岸地域には、北京・上海などの巨大都市や大規模な石炭火力発電所・工場などの多数の汚染発生源が存在し、NOxやVOCを大量に大気中に放出しています。これらの汚染物質によって生成したオゾンは、大陸から西風が吹いている場合には、東シナ海や黄海などの海上を通過して日本上空まで運ばれ、越境汚染を引き起こします。
2007年5月8〜9日にかけて、九州から西日本を中心とする広い範囲で光化学スモッグ注意報が発令され、近くに大きな発生源がない九州北部の離島でも光化学オゾンが高濃度となり、大きな社会問題となりました。下図は、コンピュータ・シミュレーションによって計算された地上オゾン濃度分布を示します。東シナ海に位置する高気圧の北側の西風で、中国東岸から流れ出した汚染気塊が、朝鮮半島南部を経て、九州北部から東日本の広い範囲に高濃度のオゾン域を形成する様子が表現されています。この時の中国の影響は、北日本以外で20〜50%程度と推計されました。また、別の計算結果によると、地上オゾンの4月平均濃度は、本州を含む日本海周辺地域の広い範囲で日本の環境基準(1時間平均濃度で60ppb)を超過しており、そのうちの10〜20%程度が中国や韓国起源であることが判明しています。さらに、コンピュータ・シミュレーションによって、地上オゾンの1980〜2000年の変化を計算すると、東アジアの広い範囲でオゾンが増加し、その影響が日本にも及んでいることがわかりました。また、2020年には東アジアの広い地域でオゾンが急増し、日本への影響も増大することが懸念されます。
今後の課題
日本の大気質は、アジア大陸からのオゾンや微小粒子状物質、酸性ガスなどによる越境汚染の影響を強く受けていると考えられます。しかし、未知の問題・課題も残されています。例えば、日本のオゾンは、成層圏からの流入、ヨーロッパ・北米からの大陸間輸送、および自国から放出される原因物質による生成などの影響を受けています。最近の研究結果によると、北日本ではシベリア森林火災の影響が大きいことも明らかになってきました。オゾン汚染対策を検討するためには、このようなさまざまな発生原因の割合を定量的に把握する必要がありますが、まだ十分に解明されていません。
一方、東アジア地域の広域大気汚染問題を解決するためには、国際的な大気環境管理に向けた取り組みを早急に実施する必要があり、そのためには、越境大気汚染対策およびその副次的効果としての地球温暖化対策を考慮しながら、国際的な合意形成に向けた戦略を構築することが重要です。
目次ページの図は、東アジアにおける地上オゾン年平均濃度の変化-2020年は、現状推移シナリオの場合
- 研究最前線
- 第16回 日本における洋上風力発電実現に向けて
- 第15回 気候変動枠組条約締約国会合に参加して〜研究機関の役割を考える
- 第14回 生物多様性を育むマングローブ林の現実
- 第13回 リモートセンシングを利用した絶滅危惧種の分布マップ作り
- 第12回 中国の水環境の現状と日本からの技術協力支援
- 第11回 ミジンコを用いたバイオアッセイ
- 第10回 リサイクル法の見直しをめぐって
- 第9回 越境大気汚染〜広域的な光化学オゾン汚染の現状と要因
- 第8回 ライダーネットワークによる黄砂の3次元構造と輸送状態の把握
- 第7回 脱温暖化2050プロジェクト 〜低炭素社会を実現するための方策とは?
- 第6回 国立環境研究所のアウトリーチ活動 〜研究成果をいかに一般市民に伝えるか
- 第5回 地球温暖化をめぐる国際交渉
- 第4回 地球温暖化が日本にもたらす影響〜温暖化影響総合予測プロジェクト
- 第3回 オゾン層回復が気候に与える影響
- 第2回 日本のカエルが危ない?〜カエルツボカビ症の現状
- 第1回 紫外線をとりまく国内外の情勢
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