大気中の粒子成長の鍵となるプロセスを解明(お知らせ)
(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ同時配付)
国立研究開発法人 国立環境研究所
環境計測研究センター
反応化学計測研究室
主任研究員 江波進一
背景
大気中に浮遊する粒子(大気エアロゾル)※(注記)2は地球の気候変動と生体の両方に重要な影響を与えています。例えば気候変動に関する政府間パネル(IPCC)によると大気エアロゾルは負の放射強制力※(注記)3を持ち、地球の冷却化に寄与していると考えられています。またPM2.5に代表されるように、大気エアロゾルはヒトの呼吸器の奥深くまで侵入し、人体に悪影響を与えていると考えられています。これらの大気エアロゾルの多くは揮発性有機化合物(VOC)※(注記)4の光化学的反応を経て2次的に発生します。大気エアロゾルは大気中で成長し、変質していくことが知られていますが、そのプロセスの詳細なメカニズムはまだよくわかっていません。特に大気エアロゾルの気液界面に生成することが予想されているクリーギー中間体※(注記)1が、どのようにこれらのプロセスに関与しているかはわかっていませんでした。その理由の一つには、厚さ1nm(ナノメートル, 10-9メートル)ほどしかない空気—エアロゾルの気液界面に生成し、しかも非常に不安定なクリーギー中間体の反応機構を直接調べる手法がこれまで無かった点が挙げられます。
研究手法・成果
上記のように、気液界面に生成するクリーギー中間体の反応性を詳細に解明することは、大気エアロゾルが気候変動と生体に与える影響を理解する上で極めて重要です。本研究では気液界面に生成する化学種を選択的に検出できる手法を用いて、クリーギー中間体が関与する反応機構を解明することに成功しました。代表的な植物起源のVOCであるα-フムレン(ビールの材料であるホップの香り成分)もしくはβ-カリオフィレン(松などの香り成分)と塩化ナトリウムをアセトニトリル:水(4:1体積比)の溶媒に溶かし、ネブライザー(霧吹き)によってマイクロジェット(液体の噴流)として噴霧します(図1)。
その垂直方向からオゾンガスを噴射し、マイクロジェットの気液界面で反応を起こします。瞬時に気液界面に発生するクリーギー中間体と水分子、クリーギー中間体とカルボン酸※(注記)5の反応生成物を質量分析計で検出します(図2)。
本研究によって、クリーギー中間体と水分子の気液界面における反応によって生成物P1(図2)が生成することが明らかになりました。また気液界面に生成するクリーギー中間体は、ヘキサン酸などの界面活性※(注記)6なカルボン酸と選択的に反応し、揮発性の低い生成物P2(図2)を生成することが明らかになりました。一方、界面活性の低い酢酸などのカルボン酸とはほとんど反応しないことがわかりました。本実験で用いたクリーギー中間体の「反応性」は、反応相手のカルボン酸Rn-COOHの鎖の長さ(n)に応じて高くなることがわかりました(図3)。
3.今後の予定
本結果は、気液界面におけるクリーギー中間体の反応は、反応相手が界面活性であればあるほど優勢になることを示唆しています。またこれまでの想定とは異なり、実際の大気エアロゾルの条件によっては、クリーギー中間体は大気エアロゾルの気液界面に存在する水分子とはほとんど反応しない可能性が初めて示唆されました。本研究で明らかになった気液界面におけるクリーギー中間体の反応メカニズムを図4に示します。
波及効果
本研究で解明された気液界面で起こるクリーギー中間体の反応機構によって、クリーギー中間体がこれまで想定されてきたよりも多くの粒子生成を促進している可能性が示唆されました(図5)。気液界面に生成するクリーギー中間体は、ヘキサン酸やオクタン酸などの界面活性なカルボン酸と選択的に反応し、揮発性の低い生成物を生成するため、大気エアロゾルの成長を大きく促進することが予想されます。本成果により、なぜ従来の大気モデルシミュレーションが大気エアロゾルの生成量を過小評価してしまうのかが説明できるようになるかもしれません。今後、本成果を考慮した大気モデルシミュレーションによって、大気エアロゾルが気候変動に与える影響の予測の精度が向上することが期待されます。
今後の予定
今回の研究によって気液界面に生成するクリーギー中間体は界面活性であるカルボン酸と選択的に反応することが明らかになりました。今後、実際の大気エアロゾル中に含まれている様々な酸の中でも、具体的にどの酸との反応が最も粒子の成長に寄与するのかを調べる必要があります。また今回用いたα-フムレンやβ-カリオフィレン由来以外のクリーギー中間体が同様の反応性を示すのかを調べる必要があります。また本結果を考慮した大気モデルシミュレーションによって、本成果が気候変動や健康影響に与えるインパクトを定量的に評価していくことが必要です。
参考文献
タイトル「Criegee Chemistry on Aqueous Organic Surfaces」著者名:Shinichi Enami (江波進一、国立環境研究所環境計測研究センター反応化学計測研究室 主任研究員), Agustín J. Colussi(米国カリフォルニア工科大学 客員研究員)
雑誌名:The Journal of Physical Chemistry Letters
J. Phys. Chem. Lett. 2017, volume 8, pages 1615−1623
http://dx.doi.org/10.1021/acs.jpclett.7b00434
Published: March 20, 2017
関連新着情報
- 2025年4月25日更新情報「離島にある大気汚染観測の"すごい施設"とは?」記事を公開しました【国環研View LITE】
- 2025年4月1日更新情報「福江島の大気環境観測施設を訪れました!事務職員の国内出張レポート vol.1(後編)」記事を公開しました【国環研View DEEP】
- 2025年3月31日更新情報「福江島の大気環境観測施設を訪れました!事務職員の国内出張レポート vol.1(前編)」記事を公開しました【国環研View DEEP】
-
2023年1月24日報道発表陸域生態系火災起源のバイオマス燃焼による
全球の微量気体等放出量のデータセットを公開しました(筑波研究学園都市記者会、環境記者会、環境省記者クラブ同時配付) -
2022年3月31日報道発表「二次有機エアロゾル中の低揮発性成分の生成過程に関する研究」(平成30〜令和2年度)
国立環境研究所研究プロジェクト報告の刊行について
(お知らせ)(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会同時配付) -
2022年2月24日報道発表21世紀後半までの降水量変化予測の不確実性を
低減することに初めて成功しました(文部科学記者会、科学記者会、大学記者会、筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会同時配付) -
2020年6月30日報道発表エアロゾルのエイジングを研究する
大気中のエアロゾル粒子はどのように変質していくのか?
国立環境研究所「環境儀」第77号の刊行について(筑波研究学園都市記者会、環境記者会、環境省記者クラブ同時配付) - 2020年4月9日報道発表大気汚染物質を生成する「ホンモノ」と生成しない「ニセモノ」を見分ける〜二次有機エアロゾル生成に関わるテルペン二量体を正確に検出〜(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会、文部科学記者会、科学記者会同時配付)
-
2018年4月12日報道発表「スモッグの正体を追いかける-VOCからエアロゾルまで-」
国立環境研究所「環境儀」第68号の刊行について(お知らせ)(筑波研究学園都市記者会、環境記者会、環境省記者クラブ同時配付) -
2018年3月13日報道発表大気中のチリが雲に与える影響を正確に再現
-「京」を用いた高解像度の気候シミュレーション-(文部科学記者会、科学記者会、大阪科学・大学記者クラブ、兵庫県政記者クラブ、神戸市政記者クラブ、神戸民間放送記者クラブ、関西プレスクラブ、名古屋教育記者会+個別メディア、九州大学記者クラブ、環境省記者クラブ、環境記者会、筑波研究学園都市記者会同時配付) -
2018年2月16日報道発表第33回全国環境研究所交流シンポジウム
「平時/緊急時モニタリング」の開催について
【終了しました】(筑波研究学園都市記者会、環境記者会、環境省記者クラブ同時配付) -
2015年11月11日報道発表ガソリン自動車から駐車時および給油時に蒸発してくる揮発性有機化合物を成分ごとにリアルタイムに分析
(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ同時配付) - 2013年10月23日更新情報オンラインマガジン環環の10月号が公開されました
- 2013年5月20日お知らせ「アジア地域における温室効果ガスとエアロゾルによる排出インベントリ・モデリング・気候影響に関する国際ワークショップ」開催のお知らせ【終了しました】
- 2012年1月31日更新情報環境リスクインフォメーションワールド「Meiのひろば」に[トピックス解説・インタビュー]-"VOCsの発達期曝露による脳での炎症関連反応の修飾"ページ追加
- 2011年4月11日報道発表国立環境研究所の研究情報誌「環境儀」第40号「VOCと地球環境−大気中揮発性有機化合物の実態解明を目指して」の刊行について(お知らせ)(筑波研究学園都市記者会、 環境省記者クラブ同時配付 )
関連記事
関連研究報告書
-
表紙
2012年9月30日二次生成有機エアロゾルの環境動態と毒性に関する研究(特別研究)
平成21〜23年度国立環境研究所研究プロジェクト報告 SR-101-2012 -
表紙
2009年12月25日都市大気環境中における微小粒子・二次生成物質の影響評価と予測(特別研究)
平成18〜20年度国立環境研究所特別研究報告 SR-91-2009 -
表紙
2008年12月26日アジア自然共生研究プログラム(中間報告)
平成18〜19年度国立環境研究所特別研究報告 SR-85-2008 -
表紙
2006年12月28日大陸規模広域大気汚染に関する国際共同研究(特別研究)
平成13〜17年度国立環境研究所特別研究報告 SR-65-2006 -
表紙
2005年12月28日中国における都市大気汚染による健康影響と予防対策に関する国際共同研究
平成12〜16年度国立環境研究所特別研究報告 SR-64-2005 -
表紙
2001年9月28日都市域におけるVOCの動態解明と大気質に及ぼす影響評価に関する研究(特別研究)
平成10〜12年度国立環境研究所特別研究報告 SR-42-2001 -
表紙
2001年9月28日大気エアロゾルの計測手法とその環境影響評価手法に関する研究(開発途上国環境技術共同研究)
平成8〜12年度国立環境研究所特別研究報告 SR-43-2001