共同発表機関のロゴマーク
大気汚染物質を生成する「ホンモノ」と生成しない「ニセモノ」を見分ける〜二次有機エアロゾル生成に関わるテルペン二量体を正確に検出〜
(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会、文部科学記者会、科学記者会同時配付)
国立研究開発法人 国立環境研究所
環境計測研究センター 反応化学計測研究室
室長 猪俣 敏
公立大学法人横浜市立大学
大学院生命ナノシステム科学研究科
物質システム科学専攻
准教授 関本 奏子
本研究の成果は、令和2年2月26日付でWileyから刊行される質量分析分野の学術誌「Journal of Mass Spectrometry」のApplication Noteとして掲載されました。
1.研究成果のポイント
2.研究の背景
質量分析技術は近年急速に発展し、大気汚染に関わる個々の化学種を高感度かつ高時間分解能で測定できるようになっています。その顕著なものがオンライン化学イオン化質量分析法(on-line Chemical Ionization Mass Spectrometry; on-line CI-MS)で、特異的なイオン化反応を用いることにより、大気に含まれる多種多様の化学種を個別にリアルタイムに測定することが可能です。この特徴により、本手法は、大気中揮発性有機化合物(Volatile Organic Compound; VOC)の光化学酸化過程で生成する大気汚染物質の一つ、二次有機エアロゾル(Secondary Organic Aerosol; SOA)の生成機構の解明にも貢献しています。
植物から放出されるVOCのモノテルペン*1とオゾン等の反応からは、多くのSOAが生成することが知られていますが、その生成源として、幾つかの酸素原子が付加したモノテルペン(テルペン酸化体)が二つ、共有結合することで形成される「テルペン二量体」が注目されています(図1a)。on-line CI-MSでも、二量体の質量数領域にイオンピークが検出されるため、それらのピーク強度を用いてテルペン二量体の生成速度やSOA生成機構が議論されています。
一方、on-line CI-MSのように大気圧下の大気試料を質量分析計の高真空領域に導入する際、テルペン酸化体同士が水素結合で結びついた二量体(装置由来のアーティファクト)が生成することが知られています(図1b)。これはSOAの生成に全く関与しませんが、共有結合性の二量体と同じ質量を持つため、共有結合性化合物のピークに被って検出されてしまいます。しかし、on-line CI-MSを用いた過去の研究では、二量体の質量数として検出されたピーク強度のうち、何%がSOA生成に寄与する共有結合性の二量体であるのかといった検証はされてきませんでした。
3.本研究の方法と結果
本研究では上記を検証するために、Q Exactive Focus四重極−オービトラップ型質量分析計(Thermo Fisher Scientific社)によるon-line CI-MSによって、モノテルペンの一種であるα-ピネンとオゾンの反応によって生成するテルペン二量体を質量分析し、さらに衝突誘起解離法(Collision-Induced Dissociation; CID)*2を用いて二量体の分解反応を調べました。分解の度合いやフラグメントイオンの種類と強度を精査することで、共有結合系と水素結合系が定量的に判別され、今回の実験系では、SOA生成に関与する共有結合性のピーク強度は僅か1〜9%で、残りの大部分(91〜99%)は水素結合性のアーティファクトに由来することが分かりました。
従来のon-line CI-MSでは、大気圧下または真空領域での生成物がそのまま検出されますが(図2a)、今回CIDを導入することにより、結合が弱い水素結合性アーティファクトを選択的にテルペン酸化体に分解させることができるため(図2b)、共有結合性の二量体を正確に定量計測することが可能となりました。
on-line CI-MSを用いたテルペン二量体の生成速度に関する過去の報告では、二量体の質量領域に現れるピークは全て共有結合性化合物に由来するとされていました。しかし本研究の結果を踏まえると、共有結合性の二量体は10%程度以下しか含まれていなかった可能性があり、そうであれば、過去に報告されてきたテルペン二量体の生成速度値は1〜2桁過大評価されていることが示唆されます。ただし、アーティファクトの生成割合は使用する実験系(質量分析計の内部の構造など)に依存するため、先ずは装置の特徴を正確に把握することも重要です。
4.今後の展開
近年、高性能な計測装置が市販化され、研究者は膨大なデータを簡単に取得することが可能になりました。しかし、そのデータの意味するところを間違って解釈すると、自然界で起こっている現象を誤って理解することになります。装置の特徴を精密かつ正確に捉え、得られたデータを正しく解析する手法を構築しながら、自然現象の解明に貢献していきたいと思います。
5.用語説明
6.研究助成
本研究は、国立環境研究所環境計測研究分野の研究の一環として実施されました。また科研費基盤Cの支援を受けて実施されました。
7.発表論文
8.問い合わせ先
【研究に関する問い合わせ】
国立研究開発法人国立環境研究所 環境計測研究センター
反応化学計測研究室 室長 猪俣 敏
公立大学法人横浜市立大学 大学院生命ナノシステム科学研究科
物質システム科学専攻 准教授 関本 奏子
【報道に関する問い合わせ】
国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室
kouhou0(末尾に@nies.go.jp をつけてください)
029-850-2308
公立大学法人横浜市立大学 研究・産学連携推進課
kenkyupr(末尾に@yokohama-cu.ac.jp をつけてください)
045-787-2527
関連新着情報
-
2025年8月26日報道発表森林と大気のガス交換を「渦」で捉える
—半世紀前に考案された理論を実用化—
(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会、京都大学記者クラブ、文部科学記者会、科学記者会同時配布) -
2025年4月25日報道発表「いぶき2号」(GOSAT-2)による温室効果ガスと大気汚染物質の同時観測を利用した大都市におけるメタンと一酸化炭素の排出量推定
—衛星観測により大都市毎の排出量推定が可能に—(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会同時配付) - 2025年4月25日更新情報「離島にある大気汚染観測の"すごい施設"とは?」記事を公開しました【国環研View LITE】
- 2025年4月1日更新情報「福江島の大気環境観測施設を訪れました!事務職員の国内出張レポート vol.1(後編)」記事を公開しました【国環研View DEEP】
- 2025年3月31日更新情報「福江島の大気環境観測施設を訪れました!事務職員の国内出張レポート vol.1(前編)」記事を公開しました【国環研View DEEP】
-
2024年11月7日報道発表太平洋における秋季の酸素放出を
大気観測結果の解析により推定(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会同時配付) -
2023年12月6日報道発表大気の水循環を追跡する高解像度シミュレーション
—次世代の水同位体・大気大循環モデルの開発—(筑波研究学園都市記者会、環境記者会、環境問題研究会、文部科学記者会、科学記者会、大学記者会(東京大学)同時配付) -
2023年1月24日報道発表陸域生態系火災起源のバイオマス燃焼による
全球の微量気体等放出量のデータセットを公開しました(筑波研究学園都市記者会、環境記者会、環境省記者クラブ同時配付) -
2022年3月31日報道発表「二次有機エアロゾル中の低揮発性成分の生成過程に関する研究」(平成30〜令和2年度)
国立環境研究所研究プロジェクト報告の刊行について
(お知らせ)(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会同時配付) -
2022年2月24日報道発表21世紀後半までの降水量変化予測の不確実性を
低減することに初めて成功しました(文部科学記者会、科学記者会、大学記者会、筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会同時配付) - 2021年4月22日報道発表我が国における金属由来の粒子酸化能の大気中濃度について、初めて予測に成功し、発生源別の寄与率を評価しました—健康影響の低減に効果的な大気汚染物質の削減に向けて—(筑波研究学園都市記者会、気象庁記者クラブ、自動車産業記者会、環境省記者クラブ、環境記者会、文部科学記者会、科学記者会、京都大学記者クラブ同時配布)
-
2021年3月26日報道発表「大気中の有機粒子の各種毒性に対する
発生源別寄与の解明」(平成29〜令和元年度)
国立環境研究所研究プロジェクト報告の刊行について
(お知らせ)(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会同時配付) -
2020年11月5日報道発表大気観測が捉えた新型ウイルスによる中国の
二酸化炭素放出量の減少
〜波照間島で観測されたCO2とCH4の変動比の解析〜(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会、文部科学記者会、科学記者会同時配布) -
2020年9月10日報道発表霞ヶ浦流域の大気中アンモニア濃度分布を初調査 湖面沈着量も推計
冬季に濃度高い傾向 富栄養化対策に継続的観測を
(文部科学記者会、科学記者会、環境省記者クラブ、環境記者会、茨城県政記者クラブ、筑波研究学園都市記者会、京都大学記者クラブ同時配布) -
2020年7月10日報道発表公開シンポジウム2020
『あなたの都市の環境問題 -いま何が起きているか-』
オンライン開催のお知らせ -
2020年6月30日報道発表エアロゾルのエイジングを研究する
大気中のエアロゾル粒子はどのように変質していくのか?
国立環境研究所「環境儀」第77号の刊行について(筑波研究学園都市記者会、環境記者会、環境省記者クラブ同時配付) -
2020年4月18日報道発表PM2.5濃度上昇が心停止の発生に影響?
〜日本全国規模の人を対象とした疫学研究の成果〜(文部科学記者会、科学記者会、厚生労働記者会、筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会、他同時配付) -
2018年10月25日報道発表大気汚染物質のリスク評価手法に関するセミナー
—今後の有害大気汚染物質の健康リスク評価のあり方について—【終了しました】(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会同時配布) -
2018年4月12日報道発表「スモッグの正体を追いかける-VOCからエアロゾルまで-」
国立環境研究所「環境儀」第68号の刊行について(お知らせ)(筑波研究学園都市記者会、環境記者会、環境省記者クラブ同時配付) -
2018年3月13日報道発表大気中のチリが雲に与える影響を正確に再現
-「京」を用いた高解像度の気候シミュレーション-(文部科学記者会、科学記者会、大阪科学・大学記者クラブ、兵庫県政記者クラブ、神戸市政記者クラブ、神戸民間放送記者クラブ、関西プレスクラブ、名古屋教育記者会+個別メディア、九州大学記者クラブ、環境省記者クラブ、環境記者会、筑波研究学園都市記者会同時配付) -
2018年2月16日報道発表第33回全国環境研究所交流シンポジウム
「平時/緊急時モニタリング」の開催について
【終了しました】(筑波研究学園都市記者会、環境記者会、環境省記者クラブ同時配付) -
2017年9月4日報道発表黄砂飛来の翌日に急性心筋梗塞が増える可能性
(文部科学記者会、科学記者会、熊本県内報道機関、筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、京都大学記者クラブ、大阪科学・大学記者クラブ同時配付) - 2017年8月1日更新情報環境GIS「大気汚染予測システム」をリニューアルしました
- 2017年7月4日更新情報環境展望台・環境技術解説「自動車排出ガス対策」を改訂しました
-
2017年4月7日報道発表大気中の粒子成長の鍵となるプロセスを解明(お知らせ)
(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ同時配付) - 2016年7月12日更新情報2015年のつくば大気質モニタリングデータを公開しました
-
2015年11月20日報道発表シベリアの森林火災によるPM2.5環境基準濃度レベルの超過について(お知らせ)
(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ同時配付) - 2015年10月13日更新情報環境GIS「大気汚染の常時監視結果」に2013年度データを追加しました
-
2015年8月19日更新情報環境数値データベース「大気環境データ」に
2013年度データを追加しました - 2015年4月8日更新情報2014年のつくば大気質モニタリングデータを公開しました
- 2015年4月1日更新情報環境GIS「大気汚染予測システム」をリニューアルしました
- 2014年12月3日更新情報環境GIS「大気汚染の常時監視結果(2012年度)」を追加しました
-
2014年10月6日報道発表「環境と人々の健康との関わりを探る〜環境疫学〜」
国立環境研究所「環境儀」第54号の刊行について(お知らせ)
(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ同時配付) - 2013年5月20日お知らせ「アジア地域における温室効果ガスとエアロゾルによる排出インベントリ・モデリング・気候影響に関する国際ワークショップ」開催のお知らせ【終了しました】
関連記事
関連研究報告書
-
表紙
2008年12月26日アジア自然共生研究プログラム(中間報告)
平成18〜19年度国立環境研究所特別研究報告 SR-85-2008 -
表紙
2006年12月28日大陸規模広域大気汚染に関する国際共同研究(特別研究)
平成13〜17年度国立環境研究所特別研究報告 SR-65-2006 -
表紙
2006年12月28日大気中微小粒子状物質(PM2.5)・ディーゼル排気粒子(DEP)等の大気中粒子状物質の動態解明と影響評価プロジェクト(終了報告)
平成13〜17年度国立環境研究所特別研究報告 SR-74-2006 -
表紙
2005年12月28日中国における都市大気汚染による健康影響と予防対策に関する国際共同研究
平成12〜16年度国立環境研究所特別研究報告 SR-64-2005 -
表紙
2003年9月30日大気汚染・温暖化関連物質監視のためのフーリエ変換赤外分光計測技術の開発に関する研究(革新的環境監視計測技術先導研究)
平成12〜14年度国立環境研究所特別研究報告 SR-52-2003 -
表紙
2001年9月28日大気エアロゾルの計測手法とその環境影響評価手法に関する研究(開発途上国環境技術共同研究)
平成8〜12年度国立環境研究所特別研究報告 SR-43-2001 -
表紙
2001年6月25日大気有害化学物質監視用自動連続多成分同時計測センサー技術の開発に関する研究(革新的環境監視計測技術先導研究)
平成9〜11年度国立環境研究所特別研究報告 SR-39-2001