はじめに
IGESは、国際的な環境政策研究機関として、持続可能な未来へのグローバルな移行を促進するために、各国政府、国際機関、自治体、企業および市民団体と連携して様々な課題に取り組んでいます。そのような移行を実現するには、それぞれの課題を統合し、多様なステークホルダーを巻き込んでいくことが不可欠です。これは、パリ協定の1.5°C目標および持続可能な開発目標(SDGs)を達成するための中核的要素でもあります。IGESではこうした前提に立ち、以下のような提言を国連ハイレベル政治フォーラムで発信していきます。
1. 課題を統合する
SDGsとNDCsの統合:
気候と他の開発に関する優先課題を統合するための重要な第一歩となるのが国別約束草案(NDCs)です。SDGs間の相関に関するIGESの研究では、多様な国が気候目標とSDGsを達成する上で、社会的・経済的側面が重要であることが示されました。SDGsとNDCsの統合には幅広い分野が関わっています(Zhou and Moinuddin, 2017; Kainuma et al., 2017)。
排出削減指標としての「ライフスタイル・カーボンフットプリント」の活用:
気候と開発目標の統合が緊急に求められる分野の1つが、持続可能な消費パターンの促進とライフスタイルの選択肢です。IGESは海外の研究機関と共に「ライフスタイル・カーボンフットプリント」という新たな概念を考案し、1.5°C目標を達成するために必要な排出量削減レベル(80〜90%超)を提示しました。この境界を超えずに生活するには、政策決定者が現在の成長パラダイムを見直し、持続不可能な消費と生産パターンをロックインしている物理的・社会的インフラを改革する必要があります(Akenji et al., 2019)。
大気汚染対策と気候対策の統合:
緊急の行動が必要なもう1つの分野は、大気汚染と気候変動です。IGESも作成に貢献した報告書の中で、アジア地域の10億人が大気質の改善を享受し、短期的・長期的温暖化から気候を保護する25の対策が特定されました(CCAC and UNEP, 2018)。その後の追跡研究では、必要な制度改革、感化戦略、大気汚染防止策をNDCsに組み込むための具体的な行動などが提起されました(Akahoshi et al., 2019)。
総合的土地管理の支援:
IGESは、様々な経済的・社会的・環境的目標の達成につながる総合的土地管理の支援推進にも取り組んでいます。過去のIGESの研究は、温室効果ガスの抑制、適応能力の構築、生物多様性と生態系サービスの保護において、景観規模ならびに広範な地理的規模の革新的ガバナンス形態・制度が必要であることを指摘しています(Scheyvens, et al., 2017; Takahashi, et al., 2018)。これらのガバナンス形態は、意味のあるステークホルダーによる関与の機会を生み出すものでなければなりません。加えて、現地当事者のエンパワーメントとオーナーシップにも貢献することが不可欠で、そのような関与が実現すれば、現地のニーズに応じた政策が実施されやすくなります(Scheyvens, et al., 2017)。そのためには国境を超えた視点で地域の適応計画を推進する必要があり(Shaw, et al., 2016)、この分野におけるIGESとパートナーとの活動が増えてきています。
2. ステークホルダーを巻き込む
包摂的で持続可能な都市の構築における地方・地域政府の関与:
気候と他の開発に関する優先課題を効果的に統合するには、(特に都市における)多様なステークホルダーを参加させることが肝要です。IGESが日本とASEAN諸国の地方・地域政府(LRGs)と共に実施した研究では、SDGsを現地の実情に合わせることが不可欠であるものの、多くの点で課題が残っていることが明らかになりました(Teoh, 2018)。これらの課題には、既存のプラットフォームを用いて「フロントランナー」都市のSDG計画立案の経験を共有することで対処できます。また自発的国家レビューの自治体版として、SDGsの共通言語を用いた自発的自治体レビュー(VLR)の作成をLRGsに奨励するという方法もあります(Nakano, et al., 2018; Kataoka, et al., 2018; Ota, et al., 2018)。都市の包摂性と持続可能性の向上を図る上で、「VLRラボ」の創設や様々なツールと適切な研修の活用が重要なステップになるでしょう。
中央政府が垂直的・水平的政策統合において担う役割の認識:
IGESとASEAN LRGsとの協力により、垂直的・水平的政策統合の支援、促進的環境の整備、国家指針の発行、および収集データの活用において、中央政府が決定的な役割を担っていることが示されました。これらはすべて地方レベルでのより効果的な政策決定に有用です(Teoh, 2018)。
地方のリソースの動員と循環:
地域の収支改善手法をテーマに実施された15を超えるLRGs間のラーニングセッションの結果、地方のリソースを戦略的に動員・循環させると、より持続可能なライフスタイルとビジネスモデルへの移行が大きく促進されることが明らかになりました。
企業の参加:
SDGsと気候変動に取り組むのは政府だけではありません。気候変動と持続可能な開発における多様な統合的アプローチ(例:統合型交通・廃棄物管理)に関するIGESの研究によって、統合的解決策に伴う様々な利害の調整を図るには、企業、とりわけ中小企業(SMEs)と共同組合も上記取り組みの多くに参加する必要があることが示されました(Elder and King, 2018; Zusman and Amanuma, 2018)。
企業の包摂性向上:
上記プロセスに企業を巻き込む必要があるのと同時に、企業自身も包摂性の向上に努めなければなりません。最近共同発表された研究によって、ダイバーシティ経営を促進する企業の取り組みがSDGsの達成に貢献することが実証されました(GCNJ and IGES, 2019)。ダイバーシティ経営が従業員の多様な能力を最大化することで、イノベーションが創出され、競争優位性が構築されます。また様々な才能を持つ人材を巻き込むことは、「誰一人取り残さない」という概念を職場で体現するための重要な手段といえます。
ジェンダー平等と女性のエンパワーメントの推進:
ダイバーシティ経営の基盤はジェンダー平等と女性のエンパワーメントです。ジェンダー平等を推進するにはそれを支援する法的制度が不可欠で、企業は関連法規制を順守し、ジェンダー平等政策を実施し、職場での無意識の偏見に対処しなければなりません。企業はさらに、市場やコミュニティのジェンダー平等推進にも取り組む必要があります。障害者や外国人労働者など弱い立場にある人々の包摂に関してはまだ多くの課題がありますが、多様性と包摂性の重要性を理解し、働き方改革を推進し、多様な労働者が働ける職場を作ることは、今後も経営の必須要件であり続けるでしょう(GCNJ and IGES, 2019)。
気候ファイナンスへの女性のアクセス向上:
環境的・社会的目標を達成するには、気候ファイナンスでもジェンダー・インクルーシブを目指さなければなりません。IGESの研究によって、気候変動へのレジリエンス構築や気候変動緩和に女性が極めて重要な役割を果たしていることが確認されました。女性のエネルギーを引き出し活用するには、気候関連の制度、政策、プロジェクトをよりジェンダーに配慮したものにすることが不可欠です(Lee and Zusman, 2019)。
低所得者層と小規模企業への支援:
気候変動の観点を取り入れながら、低所得者層や小規模企業が既存の金融システムにアクセスできるようにする方法が複数あります。18か国の中央銀行と金融規制機関を対象に行った調査(IGESが報告書の作成を支援)の結果、気候変動による貧困の悪化を防ぎ、低所得者層も適切な低炭素技術を利用できるようにするための手段として、「供給、促進、保護、防止」という4つのアプローチがあることが示されました(AFI, 2019)。
SDGsの環境問題への包括的アプローチ:
上記メッセージの多くは気候目標とSDGs両方の達成に貢献し、気候とSDGsの潜在的相乗効果だけでなく、社会的・環境的目標にも幅広く適用できます。ADBがアジア15か国を対象に最近実施した調査(IGESも協力)では、SDGの計画立案において(気候以外の)環境問題が十分考慮されていない危険性が指摘されました(ADB, 2019)。同報告書は、関連するステークホルダーが意思決定ツールを幅広く利用できるようになれば、SDGsの環境的側面を強化できると強調しています(ADB, 2019)。
3. 変革的SDG戦略へ
「GDPを超える」開発指標の必要性:
GDPだけでは、地球環境の限界内で人間の幸福と繁栄を実現することはできません(Akenji et. al. 2018)。GDPに代わる概念はいろいろありますが、その1つが「自然資本」で、発展の環境的・経済的・社会的側面の統合的アプローチを可能にするものとなるでしょう(Shivakoti 2019)。
SDGsが「世界を変える」には野心のレベルを高める必要がある:
すべての指標のあらゆるデータが揃うまで行動を待つ必要はありません。SDGsが扱う課題は目新しいものではなく、多くの解決策も以前から提案されているもので、すぐに実施が可能です。各国政府には、課税・資金拠出、財産権の配分・行使、規制・執行といった強力なツールがあり、それらを活用すれば、より持続可能な世界への移行を効果的に促進する環境を作ることができます。自発的行動は重要ですが、それだけでは不十分です(Elder and King, 2018)。
2019年7月6日
参考文献
- Alliance for Financial Inclusion. (2019). Inclusive Green Finance: A Survey of the Policy Landscape. Kuala Lumpur: AFI.
- Akahoshi, K. Zusman, E. Matsumoto, N. Wanwangwatana, S. Amann, M. and Borgford-Parnell, N. (2019) Integrating SLCPs into Asian NDCs: A survey with recommendations. Hayama: IGES.
- Akenji, L. Lettenmeier, M. Koide, R. Toivio, I. and Amellina, A. (2019). 1.5-Degree Lifestyles: Targets and options for reducing lifestyle carbon footprints. Hayama: IGES.
- Akenji, L. Elder, E. Bengtsson, M. Olsen, S. and King, P. (2018). Transformative Policy Approaches to Implement the Sustainable Development Goals in the Asia-Pacific Region. In Elder, M. and King, P., eds. Realising the Transformative Potential of the SDGs, pp. 15-51. Hayama: IGES.
- Asian Development Bank. (2019). Strengthening the Environmental Dimensions of the Sustainable Development Goals in Asia and the Pacific: Stocktake of National Responses to Sustainable Development Goals 12, 14, and 15. Manila: Asian Development Bank.
- CCAC and UNEP. (2018). Air Pollution in Asia and the Pacific: Science-based solutions, Nairobi: UNEP.
- Elder, M. and King, P. (2018). Realising the Transformative Potential of the SDGs. Hayama: IGES.
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- Kataoka, Y., Asakawa, K., and Fujino, J. (2018). Shimokawa Town the Sustainable Development Goals (SDGs) Report ?The Shimokawa Challenge: Connecting people and nature with the future, Hayama: IGES.
- Lee, S-Y and Zusman, E. (2018). Inclusive Climate Governance in Southeast Asia: Lessons learned from gender-responsive climate mitigation in Routledge Handbook on Climate Justice. Abington: Routledge.
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- Scheyvens, H., Shaw, R., Endo, I., Kawasaki, J., Pham, N.B., Shivakoti, B.R., Samejima, H., Mitra, B.K., and Takahashi, Y. (2017). Promoting the Landscape Approach in Asia-Pacific Developing Countries: Key Concepts and Ways Forward. Hayama: IGES.
- Shaw, R., Prabhakar, S.V.R.K., and Chiba, Y. (2016) SDGs, DRR and CCA: Potential for Strengthening Inter-linkages. Hayama: IGES.
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- Zhou, X. and Moinuddin, M. (2017). Sustainable Development Goals Interlinkages and Network Analysis: A practical tool for SDG integration and policy coherence. Hayama: IGES.
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