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大須 (名古屋市)

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出典検索?"大須" 名古屋市 – ニュース · 書籍 · スカラー · CiNii · J-STAGE · NDL · dlib.jp · ジャパンサーチ · TWL
(2020年11月)
日本 > 愛知県 > 名古屋市 > 中区 > 大須
大須
大須交差点と門前町通 (2022年(令和4年)5月)
大須交差点と門前町通
(2022年(令和4年)5月)
大須の位置
愛知県の地図を表示
大須 (名古屋市)
名古屋市の地図を表示
北緯35度9分36.252秒 東経136度54分6.142秒 / 北緯35.16007000度 東経136.90170611度 / 35.16007000; 136.90170611
日本の旗 日本
都道府県 愛知県の旗 愛知県
市町村 名古屋市
中区
町名制定[1] 1969年(昭和44年)10月21日
人口
(2020年(令和2年)10月1日現在)[WEB 1]
 • 合計 8,958人
等時帯 UTC+9 (日本標準時)
郵便番号
460-0011[WEB 2]
市外局番 052 (名古屋MA)[WEB 3]
ナンバープレート 名古屋

大須(おおす)は、愛知県 名古屋市 中区中心部の繁華街。現行行政地名は大須一丁目から大須四丁目。住居表示実施区域[WEB 4]

名古屋市の代表的な繁華街商店街の一つである。また、秋葉原日本橋とともに日本三大電気街としても知られている。現在は、老若男女様々な人々が集う活気ある商店街として、またシャッター街から再生し更なる発展を遂げた稀な商店街の1つとして知られており、多数の寺社や多様な店舗があることなどから、名古屋屈指の観光地ともなっている。

地理

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行政地名としての大須は名古屋市中区の中央部に位置し、東は千代田一〜二丁目、西は中村区 名駅南三丁目、南は松原一丁目・門前町上前津一丁目、北は一〜三丁目に接する[2] 。東西を新堀川堀川、南北を大須通若宮大通に囲まれている。

地域概念としての「大須」は、大須通(南側)、大津通(東側)、伏見通(西側:国道19号国道22号)、若宮大通(北側)の4つの道路に囲まれた二〜三丁目エリアを指す事が多く、この範囲は「大須商店街」として知られる[WEB 5] 。ただし繁華街・商店街としては、上前津駅南東側に古書店街があったり、大津通の東側の大須四丁目に地元資本以外の店が多くある。更に地代上昇などにより大須一丁目南部・東部に小規模な個人店舗が開かれるなど、前述の大須商店街より少し広い範囲で店舗が多数あるため、これらも含めて「大須」と一括にされることも多い。

歴史

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大須観音
萬松寺

起源

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地名の由来となった大須観音は、1324年(元亨4年)に後醍醐天皇により尾張国 中島郡長庄大須[注釈 1] 北野天満宮が創建され、1333年(元弘3年)に同社の別当寺として僧能信が創建した真福寺が始まりとされている。

大須の街としての始まりは、1610年(慶長15年)の名古屋開府による名古屋城築城及び城下町の整備(いわゆる清洲越し)からとなる。大須一帯は城下町のメインストリートとなる本町通が貫くこととなった。旧那古野城の南側(現在の中区及び丸の内二・三丁目付近)にあった萬松寺(織田信秀が開基)が現在地に移転。1612年(慶長17年)には美濃国 中島郡 [注釈 2] 長岡庄大須郷[注釈 1] にあった真福寺寶生院(大須観音)が徳川家康の命により現在地に移転されるなど、名古屋城築城に合わせ現在の大須及び周辺に南寺町[注釈 3] として多数の寺社が集められた。こうした寺社への参詣者や街道を往来する人びとを相手にした商店・宿屋・芝居小屋も多数開かれて門前町となり、特に第7代尾張藩徳川宗春の芸能振興策により大きく発展した。

歓楽街の時代

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幕末1858年(安政5年)に、玉屋町(現在の中区錦)の宿屋・笹野屋庄兵衛の上願により、大須観音の北にあたる北野新地(現在の北野神社付近)に役者芸人の宿が置かれ、後に遊女を置く私娼も現れた。明治維新後の1874年(明治7年)10月、北野新地が公認の遊廓に指定されたが、敷地が狭く、拡張もできないため、1875年(明治8年)に西大須に移転した。新しい遊郭は北野新地があった日之出町に因んで「旭廊(旭遊廓)」と名付けられたが、1923年(大正12年)に現在の中村区 大門(おおもん)地区に移転して中村遊廓となった[3]

こうして幕末期〜明治時代は遊郭としても発展したが、1892年(明治25年)の大須大火により衰退。これを受けて1912年(大正元年)に萬松寺が寺領の山林を一般の商業用地として開放。これは現在の大須三丁目の大半にあたるほど広大な土地であり、ここへ劇場演芸場映画館などが数多く作られ、名古屋市内随一の歓楽街として復活。第二次世界大戦前までは東京の浅草・大阪の千日前と並び、日本三大繁華街と称されるほど栄えた。

しかし、第二次世界大戦末期のアメリカ軍戦略爆撃(いわゆる名古屋大空襲)のうち、1945年3月12、19日の空襲によって大須は壊滅的な被害を受けた。

電気街・電脳街として

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赤門通
マルチナボックス

終戦後の大須の復興は早かった。終戦直後から闇市が立ち、終戦翌年の1946年(昭和21年)に商店主らが「大須盛り場同盟」を結成。更に引揚者や地方から出てきたものが商売を始めたり、名古屋市内の他の場所で開業した店が移転してきたりなどしていった[注釈 4] 。戦後復興期には、名物の土産物屋などが再建したり大須球場ができたり、名古屋の繊維街・家具街・仏壇仏具街ともなり、歓楽街としても域内の映画館が14館に及ぶなど復活を遂げた[注釈 5]

しかしその後は、都市計画によってデパート百貨店地下街が整備された名駅地区や地区に客が流れた。大須は古くからの繁華街であったが故にそうした開発をされず、栄の繁栄に圧迫されるようになった。その栄とも100m道路により分断されると人の流れも断絶。さらに1972年に名古屋劇場が火災で焼失した事や、大須まであった市電が廃止、多数あった映画館がテレビの普及で次々と潰れたこと、モータリゼーションの波に乗れなかったなども重なって大いに寂れ、昭和40年代になるとシャッター商店街と化した。全国でも先駆けで当時としては非常に珍しいことであったが、その閑散ぶりは凄まじく、僅かな人通りは年配の参拝者くらいで、休日昼間のアーケード下でキャッチボールすら可能だったと伝わっている。

1975年に、こうした状況に危機感を抱いた名城大学の助教授・学生が、「アクション大須」を実施。閑散とした商店街を再び人の集う場所へと、大道芸人の芸の場としてや学生祭の延長会場にしたようなお祭りであったが、大盛況を収めた。これに刺激を受けた若手商店主達により第二回アクション大須、更に大須大道町人祭と続く。また「ラジオセンターアメ横ビル(現 第一アメ横ビル)」を建設し、ここへ秋葉原から招致した家電店パソコンショップなどが入居した。同年に名古屋市営地下鉄 鶴舞線が開通し、周辺・遠方とのアクセスも良くなり、上前津駅に加えて大須観音駅もできた。これらを契機として客の足が大須に向くようになり、更に商店街へ電器店やパソコンショップが集まって、秋葉原(東京)、日本橋(大阪)に次ぐ電気街 [注釈 6] として発展し、日本三大電気街の一つに数えられるようになった。その後、秋葉原同様に、電子街、電脳街、オタク街としても発展していった。

しかし秋葉原、日本橋とは異なり、この地方では時計・カメラ系量販店(ウォッチマンアサヒドーカメラトップカメラ)が家電・パソコン携帯電話などを販売していた他[注釈 7] 、大須自体がアーケード商店街がメインだったため、郊外型家電量販店の台頭に加え、名古屋駅前の大型店進出(ビックカメラ名古屋駅西店、ヤマダ電機LABI名古屋)により、秋葉原、日本橋の例と同様に電気街としては縮小傾向にある[WEB 6] 。また、電脳街としてもグッドウィル九十九電機などが店舗統・廃合するなど、名古屋駅近辺に進出したビックカメラグループ(ビックカメラ・ソフマップ)やヤマダ電機などの影響や業界再編の波で縮小傾向にある。なお、前述のグッドウィルや中京マイコン、アプライド(旧コムロード)では美少女ゲームに店舗独自特典を付けて販売する事でも知られる。

年表

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町名の沿革

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現状

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赤門交差点

大須商店街は不動産・住宅情報サイト「HOME'S」内の住宅トレンドニュースサイト「HOME'S PRESS(ホームズプレス)」にて、「愛知県民に聞いた好きな名古屋の商店街ランキング」で、1位を獲得している(2位は円頓寺商店街)[WEB 14]

中部地方のオタク街

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他の電気街と同様にオタク街としても発展しており、その歴史も長く、古くは同人ショップが全国化する10年以上前からDカルトが存在していた。メイド喫茶もあり、「お帰りなさいませ、ご主人様」のあいさつは大須の「M's Melody」が発祥とされる。東京の秋葉原や大阪の日本橋でメイド産業が発展していた2000年代のうちは大須のメイド喫茶はその店のみ、もしくはその店を含めて2 - 3店舗のみであった。しかし、2010年を過ぎたあたりから萌えりぃグループや妹喫茶「リトルシスター」の系列店舗などが複数オープンし、急激に店舗数が増加。男装喫茶や妹喫茶、ガンダムバーなどメイド以外のコンセプトカフェ、バーリフレ店もあり、2013年春の時点で15店舗前後ある。店舗が少なかった時期はスタッフの卒業(退店)=業界引退である事が多かったが、増えてからは秋葉原や日本橋ではあったものの、東海地方ではあまり見られなかった卒業→他店舗に移籍というケースも増えている。同年3月には秋葉原や日本橋など広域にわたり展開している「メイドカフェ めいどりーみん」が大須の招き猫前に名古屋地区で初めてオープンした。ライブアイドルが多数在籍するアイドルカフェもある。主に常設店舗元キャストやライブアイドルが一般の飲食店などを借りて1日限定や不定期カフェを開催する場合もある。なお、秋葉原や日本橋とは異なり、カフェでもチャージ料がかかる店舗が大半である(1時間500円程度の店が多い)。2013年あたりから30分500円程度でフリードリンク制を採用している店舗も増えている。

2010年からは地元大須を代表するローカルアイドルグループ「OS☆U」が活動を開始、以後、「CAMOUFLAGE」や「BSJプロジェクト」といったアイドルグループが続々と登場している。中でもOS☆Uは、月数回商店街で路上ライブを開催するなど、非常に人気を集めている。また、仁王門通ではSKE48のPV撮影が行われた。

名駅地区の「コミックとらのあな」(2013年4月に久屋大通より移転)・「メロンブックス」・「アニメイト」・「らしんばん」など、東京資本の店は大須以外に立地している。しかし、2005年には、「ゲーマーズ」名古屋店が栄地区から大須に移転し、2007年末には「まんだらけ」も名古屋店を大須に移転。2008年8月には「WonderGOO」、2014年には「ポポンデッタ」が進出。また「らしんばん」は2019年3月に名古屋駅西店を閉店し同年10月に大須店を開店するなど、大須への移転・開店も続いている(ただし「K-BOOKS」は2008年9月にが出店したが2010年5月に撤退。「コミックとらのあな」は2018年3月に大須店を開店したが2019年5月に閉店している)。

アイドルや漫画・アニメだけに限らず、フィギュア鉄道模型エアガンプラモデル、トレーティングカード、レトロゲームなどの専門店も出店していて、「ボークス」などの直営店や、関西以外で唯一の「ジョーシンスーパーキッズランド」もある。

なお、秋葉原名物となったおでん缶の元祖とも言える天狗缶詰は名古屋の企業であるが、秋葉原で名が知られるようになった頃は、まだ大須では販売されていなかった[WEB 15]

様々な施設と店舗がある街

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大須商店街(東仁王門通商店街)

寺町として現在でも大須及び周囲には、大須観音、万松寺、七寺、北野神社、若宮八幡社、栄国寺など多数の神社仏閣があり、寺社巡りや御朱印集めのスポットとしても人気がある。大須演芸場などもあって高齢者も多く訪れるので、これに向けた名物や中高齢者向け衣料品店などもある。

コメ兵矢場とん大須ういろ青柳ういろうの本店・本社も大須にあり、これらを始めとした中古品売買店、名物の飲食店や通常の飲食店、おみやげ物の店舗も多数ある。

古くには繊維街でもあっただけに、現在でも衣料品の店舗が多く、若者向けの衣料品店や古着屋も多く出店する。

名古屋の喫茶店文化発祥と言われるコンパル、天むすを広めた千寿も大須にあり、これを初めとした喫茶店、カフェなども多数ある。

また、大須の再生には若年者の起業が相次いでいる事も寄与している。他の商店街では店主の高齢化などにより店を閉めたり、品揃えをニーズの変動に合わせられず、商店街としての魅力などが低下し、それが客足を遠のかせ、更なる閉店を招く、という悪循環などでシャッター商店街になることが多々ある。大須商店街も1990年代後半から2000年頃は店主の高齢化とシャッターを閉めた店が目立つようになり、ここへ電気街としての衰退も合わさって活気を失い、オタク系の店を除けば半ばシャッター商店街と化していた。また再び大須は衰退の危機に直面した。

その一方で大須で店を持ちたい大須在住ではない若者は多数いた。名古屋の商業中心地である栄、若者文化中心地である矢場町(サカエミナミ)のすぐ近くで、古着店・アメカジがあるなど若い客も少なからずおり、小規模店舗が故に比較的少額の資金で自分の店を初められる大須は魅力的な場所だったのである。しかし他の商店街でもあることだが、ヨソ者、若者に対する警戒心などから、地主・店主・不動産会社の側は貸すことに消極的だった。

このため大須の商店街組合は、シャッターを閉めた店舗と店を持ちたい者を結びつける仕組みを構築。自らが審査者・仲介者などともなり、志とビジネスプランあれば拒まずと具体的かつ積極的な空き店舗対策・開業支援を行った。商店街組合の説得もあって、地主などの側も「ヨソの若者」に店を任せ、それまでの業態を継がず一変することも容認した。その一方で、地元以外資本のチェーン店、消費者金融窓口などの出店は抑制。 これらにより、インポート古着、セレクトショップなど、他ではあまり見ないような店が集中して多様に多数、しかも長年続く店や中高齢者向け店舗と並立してあるという、大須ならではの混沌とした店揃えを構築。また売れなければ商売替えしたり、果物屋がクレープを焼くなど品目の展開を行う店主も居た。この店揃えがそれぞれの店を目当てとした客だけでなく、珍しさと面白さを楽しむ客や店をハシゴする客も呼び込み、更に店を持ちたいという者を引きつけて新しい店が開かれたり、活気や客層に対応した店に変えさせ、それらを話題として客が集まるという、好循環を成している。

この好循環の結果、開店希望が集まりすぎて空き店舗が無い状態が続いたため、アーケード街の近傍にあった民家などが店舗に改装・建替されることも多発。電気街としての衰退を補って余りある活況を成し、商店街としての広がりも増している。アーケード街の外に新規に出来た店は商店街振興組合に加盟していないことも多いが、組合が作成・配布しているマップでは非組合加盟店も記載している[WEB 13]

これらにより、従来やや手薄だった非オタク層の若者や女性の来客も増え、文字通り老若男女が集う商店街となった。この客層の広さと活気から開店希望は変わらず多く、特にスイーツ系飲食店の東海地方初出店も多い。また、こういったヨソの人間を受け入れ支援する体制・仕組みから外国人店主も増えており、店舗の多国籍化・多彩化も進んでいる。

これらもあって店舗の新陳代謝は激しく、1年で7%程度が入れ替わるといわれている(ただし閉店する店も、矢場町・新栄など大須の近くに移転するのが少なくなく、広い客層・活気の中での試行や腕試し、知名度と常連客の獲得という面もあると見られる)。また、こうした経緯から、地元資本ではない全国規模の店はアーケード街には少ないことも、特徴的な商店街としての性格を保たせている。道路整備などにより陸の孤島と化した大須だったが、これが逆に小規模店舗が並び立つ状態と歩いての周遊に適した状態を保存し、現在の盛況を成すことになっている。

かつてはスガキコシステムズ(スガキヤ)の本社も大須にあったが、2010年に丸の内に移転している。逆にバッファローは一時大須から移転していたが、2010年に新社屋が完成したために大須へ再移転している。

そのほかに郵便局銀行があり、古着屋、アメカジ、格闘技用品店、中華・ブラジルなど各国料理店、飲み屋、家具屋、仏壇屋、ゲームセンターパチンコパチスロ店、銭湯ライブハウス、韓流ショップ、場外馬券舟券売り場、献血ルームなどがある。ただし、名駅・栄地区で盛んな百貨店、高級ブランド品直売店は無く、キャバクラ等の風俗店やホテルも少ない。

大須近辺には3台のからくり人形時計が存在する。万松寺の「信長」、若宮大通にある「三英傑」、大須観音の駐車場にある「宗春爛漫」である[WEB 16]

頻繁にイベントがある街

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大須再生の切掛の一つが大須大道町人祭だっただけあって、現在でもイベントは多数行われており、その頻度は10日に1回は、と言われるほど多い。特徴的なのは、こうしたイベントは企画のみならず作り物制作や餅つき等々を、商店主達自ら出来ることは最大限に行っている点にある。更には大須大道町人祭の実行委員長は毎年変わり一生に一回限りなど、責任ある立場に新しい視点やアイデアを取り込むことも行っている。大須観音の境内も、骨董市などの会場として使用されている。

何気なく行っても大道芸人が芸を披露していたり、つきたての餅を配布していたり、コスプレイヤーが練り歩いていたりするのも大須では珍しくない。

サブカルの街・観光地

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秋葉原と同様に、電子部品などの店やオタク系のショップに加えて、様々なサブカルチャーの街としても発展。外国人観光客増加期に「ナゴヤのアキバ」的な場所として認識されて外国人観光客が増加。これらが広く認識される前から「世界コスプレサミット」を開くなど、一部では秋葉原よりも先行している面がある。

また活気と客層の広さ、多国籍化などから、伝統的なものやオタク系以外でも様々な専門店があるエリアともなっており、からあげ、かき氷、レコード・CD、外国食材、ハラル食材、カプセルトイ、60年代・70年代ファッション、駄菓子、似顔絵、ハリウッド映画グッズ、名古屋グランパスグッズなどの専門店がある。

更には歴史ある寺社や名物から中古家電、メイド喫茶、名古屋めしもマニア向け店も若者に人気の飲食店もあるという、非常に様々な施設・店舗がある街として認知度が上がり、遠方からの買い物客や観光客も増加。それが食べ歩きに適した各国料理の屋台を増加させるなど、更に店舗の多様化を成すという状況にあり、こうした面でも秋葉原と同様に観光地化もしてきている。 大須商店街連盟も「観光商店街」と銘打ち、無料案内ボランティア「大須案内人」やマップの無料配布及び多言語化、商店街のカラー分け・交差点に略称を付けるなど、観光地化に対応している。ただし、整備が進んだ秋葉原と違い、下町的な雑多さも変わらず残っており、地元の人が毎日・毎週買いに来る街でもあり続けている。

広大なアーケード商店街が広がり、平日・休日を問わず人通りが絶えない。老若男女・国籍人種も様々で県外から買い物に訪れる人も多い。また、アーケードを外れた裏道や入り組んだ路地にも様々な店舗があり、こうした店を発見するのも楽しみとなる。オタク系趣味の者の隣に若いカップルや高齢者が歩き、家族連れや外国人が店頭の商品を見ているという、「人類みな兄弟」とも言える光景を目にする事のできる街である。この大須のカオス的な良さは、小規模店舗を積極的に開いた事もあるが、隣接する栄地区が官製の計画により出来た街で、企業の本社・支社や百貨店が立ち並ぶ高級感もあるのに対して、違う商店街として発展しようとした面もあるといえる。また、何もせず変わらないでいたため衰退し滅びかけたこと、それを新たなものが打ち破ったことも、積極的にイベントを仕掛け異なるものを受け入れ、常に新しく変わり続けることの重要性を認識させたといえる。

近年、全国各地の商店街が衰退・縮小する中で、再生しさらなる発展を遂げた稀な例である[WEB 17]

アーケード街

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メインストリートとなる万松寺通

主な通りごとに万松寺通商店街、大須新天地通商店街、名古屋大須東仁王門通商店街、大須仁王門通商店街、大須観音通商店街、大須門前町商店街、大須本通商店街、赤門通商店街、赤門明王商店街が形成され、9つの商店街で約400店舗、地区全体では約1200店舗が集積し、全体で「大須商店街」を構成する[WEB 13] [WEB 18]

大須商店街の来訪者数は平日3万人、休日7万人から8万人。年末年始などの連休時や大型イベント時は更に人が多く、メインストリートをまっすぐ歩くことも困難なほどになる。

大須のアーケード街は、店舗の前1m - 1.5m程度を店側が自由に使えるスペースとなっており、商品を陳列したりオープンカフェ的なスペースとしたりして、間口が狭いが故の誘客の弱さを補っている。こういった点は100円商店街のヒントとなった。

なお、電子マネー楽天EdyiDのシステム導入に積極的であり、約半数の店がEdyやiDでの支払いが可能である。また一部の店ではmanacaなどの交通系電子マネーでの決済が可能である。

大須商店街は個人や少人数で経営している店がほとんどで、こうした店は昼から夕方が営業時間の中心で閉店時間が早めである。そして長時間営業しているフランチャイズ店や夜から深夜を主な営業時間とする風俗店・飲食店は少ないため、非常に多数の店舗がある割に開いている店が大きく減る時間がやや早い。

キャッチセールス・詐欺まがい行為

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大須では、名古屋駅地区や秋葉原と同様に、絵画商法デート商法恋愛商法と言われる悪質商法キャッチセールスが近年非常に多く報告されている(業者はそれぞれ別会社)。特に平日は比較的人が少ない事もあって、若い男性が一人で歩いていてカモにされやすい外見・行動であると、かなりの確率で声をかけられる事がある。また、一部のゲームセンターなどでは「声をかけてくる人はみんなキャッチセールスですので注意してください」という張り紙をしているほどである。

交通

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公共アクセスは地下鉄市バスとなるため、遠方から直接のアクセスはあまり良くないが、中部国際空港三河地方との接続拠点でもある金山駅中央線鶴舞駅からは乗り換え1回で上前津駅まで1 - 2駅。栄駅からは2駅、名古屋駅から地下鉄は乗り換え1回要するが3〜4駅、市バスなら直通で運行本数も多い。と主要なターミナルからのアクセスは良い。大須は同じ路線の駅に挟まれたエリアでもあるので、片方の駅から片方の駅まで歩き、来た路線で戻るということも可能である。

また、栄中心部 - 矢場町 - 大須と繁華街が連続している(距離も栄駅から2km程度)ということや、名古屋市科学館名古屋市美術館がある白川公園と隣接していることなどから、徒歩で訪れる人も少なくない。

守山区南部や名東区北部などの出来町通沿線であれば、名鉄バス(基幹バス)を利用して若宮大通の「矢場町」または「白川公園前」バス停からのアクセスが可能である[注釈 8]

駐車場は大通り沿いに駐車場ビル、各所にコインパーキングがある。また大型バス可な駐車場が、若宮大通の白川公園との間・久屋大通庭園フラリエの北・大須1丁目の北にあり、観光バスでの来訪も多い。

鉄道

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(注記) 名城線の矢場町駅(栄三丁目所在)が大須の北東端に近い。

道路

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商店街を外れた所にある、珍しい自動車・歩行者用一体型信号機(裏門前町通と赤門通の交差点に設置)
自動車・歩行者用一体型信号機(LED式信号更新前)
大須アメ横ビル
グッドウィルデジタルモール

南北の通り

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  • 大須表参道通
  • 大須弁天通
  • 文長通
  • 大須本通
  • 門前町通
  • 大須横丁通
  • 裏門前町通
  • 文殊通
  • 北新天地通
  • 新天地通

東西の通り

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  • 大須西通
  • 西赤門通
  • 赤門明王通
  • 赤門通
  • 大須観音通
  • 万松寺通
  • 仁王門通
  • 東仁王門通

主な施設

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大須一丁目

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大須二丁目

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かつて大須観音を凌ぐ賑わいを誇っていた大須を代表する寺勢だったが、戦争期の空襲で七堂伽藍を殆ど焼失し、現在は境内も縮小され、ひっそりとした小さな寺の様相となっている。

大須三丁目

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万松寺ビルに隣接する万松寺駐車場ビルとは別のビルである
ゲインビル。かつてコミュニティ放送局「Transamerica」(旧「FMダンボ」)が入居していた。
中公設市場跡地に矢作建設工業が整備した商業施設[新聞 1] 矢作地所の50年間の時限借地によるもの[新聞 1] 。延床面積は約3600平方メートルで、鉄骨3階建て[新聞 1] 。3階の一部にオフィスフロアがあり、それ以外のスペースにテナントが8店舗入居する[新聞 1]

大須四丁目

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旧久屋南KTビル。NOVAホールディングス名古屋本社(旧ジオスコーポレーション)といった英会話教室学習塾関係の企業が入居。

祭り・イベント

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出身有名人・関連人物

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出身有名人

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関連人物

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大須を舞台とした作品

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小説

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ドラマ

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アニメ

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漫画

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  • 『うみゃーがね!名古屋大須のみそのさん』(作:Swind 画:くりきまる)[WEB 24]
  • 『織部姉妹のいろいろ』(くも子)

その他

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日本郵便

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脚注

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注釈

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  1. ^ a b 現在の岐阜県羽島市桑原町大須
  2. ^ かつては尾張国中島郡だったが、1586年(天正4年)6月の木曽川氾濫による流路変更により、木曽川右岸となった地域が美濃国に編入された。
  3. ^ 作られた寺町の多分に漏れず、城の外の城としての性格もあった。大須付近の場合は、名古屋城と東海道(宮宿)との間にある。
  4. ^ これらのため、矢場とん、コメ兵、コンパルなどこの時期に開業した店は多い。
  5. ^ 名古屋で最も早く設置されたアーケードは、大須にある万松寺通りである。
  6. ^ 2006年7月の調査によると、電器店、パソコンショップ等の数は秋葉原、日本橋、大須の順で多い。
  7. ^ 但し、ウォッチマンは2006年に倒産し、アサヒドーカメラも2010年から家電・パソコン・携帯電話の販売を取り止めている。
  8. ^ とりわけ名鉄バスセンター行きの「矢場町」バス停からは目と鼻の先の距離と言って良いほど近い。

出典

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WEB

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  1. ^ "町・丁目(大字)別、年齢(10歳階級)別公簿人口(全市・区別)". 名古屋市 (2019年11月20日). 2020年12月17日閲覧。
  2. ^ a b "郵便番号検索 愛知県名古屋市中区の郵便番号一覧". 日本郵便. 2021年3月22日閲覧。
  3. ^ "市外局番の一覧". 総務省. 2019年1月6日閲覧。
  4. ^ "中区の町名一覧". 名古屋市 (2015年10月21日). 2020年12月17日閲覧。
  5. ^ 大須商店街のエリア紹介、大須商店街公式ホームページ「アット大須」
  6. ^ "<家電激戦区を歩く 〜ライバル激突で何が起きているのか〜>【愛知・名古屋市】vol.1 街の全体像〜名古屋駅前が家電の街に 再開発で新たな軸が生まれる". BCN Bizline. (2013年4月11日). https://www.weeklybcn.com/journal/distribution/detail/20130411_54202.html  
  7. ^ 愛知県図書館 郷土資料展
  8. ^ 龍影閣(旧名古屋博物館品評所)(文化財ナビ愛知)
  9. ^ a b 1. 東山前史|東山動植物園
  10. ^ 愛知縣商品陳列館の開館 - 名古屋商工会議所のあゆみ名古屋商工会議所
  11. ^ 明治時代の名古屋「商品陳列館」(Network2010.org)
  12. ^ 大須観音宝生院再建 (PDF)清水建設二百年作品集
  13. ^ a b c がんばる商店街77選:大須商店街連盟中小企業庁
  14. ^ "愛知県名古屋市の商店街ランキング、圧倒的1位は中区のあの商店街!". マイナビニュース. (2015年5月16日). https://news.mynavi.jp/article/20150516-a010/  
  15. ^ "真実のおでん缶(前編)". ASCII.jp. (2000年11月24日). http://ascii.jp/elem/000/000/318/318519/index-2.html  
  16. ^ "大須のからくり人形". www.ohsu.co.jp. 2020年2月11日閲覧。
  17. ^ 商店街活性化への取り組み 大須商店街(名古屋市中区)、B STYLE26月号(2007年9月11日発行)
  18. ^ 大須商店街連盟、大須商店街公式ホームページ「アット大須」
  19. ^ a b "名古屋人は名古屋本がお好き(?)。第4次名古屋本ブーム到来のワケ(大竹敏之)". Yahoo!ニュース. ヤフー株式会社 (2018年7月19日). 2019年6月26日閲覧。
  20. ^ "大須なもなもイレギュラーズ". 小説投稿エブリスタ. 株式会社エブリスタ. 2019年7月1日閲覧。
  21. ^ "名古屋の名物商店街を舞台に、真矢みきが『全力離婚相談』!". LOCATION JAPAN.net (2014年12月26日). 2019年1月19日閲覧。
  22. ^ "松下由樹:出身地・名古屋で大須の和菓子店の一人娘に 父役は岡崎出身・平泉成". 毎日新聞 (2018年11月14日). 2019年1月19日閲覧。
  23. ^ "名古屋名物 みそかつ「矢場とん」が落合福嗣・櫻井孝宏・沢城みゆき出演でアニメに! 大須を舞台にした人情コメディー". ねとらぼ. アイティメディア株式会社 (2019年10月5日). 2019年11月30日閲覧。
  24. ^ "うみゃーがね!名古屋大須のみそのさん / Swind くりきまる". ニコニコ静画 (マンガ). 株式会社ドワンゴ. 2019年7月1日閲覧。
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新聞

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文献

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  2. ^ 角川日本地名大辞典」編纂委員会 1989, p. 1478.
  3. ^ 名古屋市計画局 1992, p. 294.
  4. ^ a b c 荒俣宏監修 名古屋開府400年記念事業実行委員会『尾張名古屋大百科』114-115頁、ISBN 978-4835617619
  5. ^ 蟹江和子, 西川輝昭「愛知教育博物館関係史料の紹介と解説(その2) - 当時の新聞記事に見るその足跡 -」『名古屋大学博物館報告』第22号、名古屋大学博物館、2006年12月、267-276頁、doi:10.18999/bulnum.022.11ISSN 1346-8286NAID 120000976633 
  6. ^ 西川輝昭「愛知教育博物館関係史料の紹介と解説(その1)」『名古屋大学博物館報告』第21号、名古屋大学博物館、2005年、173-182頁、doi:10.18999/bulnum.021.12ISSN 13468286NAID 120000979418 

参考文献

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関連項目

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