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2012年8月22日 (水)
高校教育〈3〉 「市民性」中心に大胆な「コア」を
中央教育審議会の高校教育部会が「課題の整理と検討の視点」をまとめ、10日の会議から具体的な検討に入った。といっても初回は引き続き茶飲み話のようなもので、この1年足らずの議論を聞いていると果たして突っ込んだ検討ができるか不安になる。まずは具体論で拙速を急がず、学習指導要領の次期改訂を視野に「コア」について大胆な方向性を打ち出すことを期待したい。
課題整理では、全ての生徒に最低限必要な能力を「コア」として修得させた上で、学校ごとに生徒が修得すべき内容を明らかにして確実に修得させるという方向性を打ち出している。さらにコアについては、全員が「未来の主権者」であるという前提に立ち、市民性を育む教育について考慮することが必要だとしている。具体例として、▽社会経済活動の基盤を担うために必要な資質・能力▽社会でリーダーシップを発揮し、グローバル社会で国際的に活躍するために必要な資質・能力▽自立して社会生活・職業生活を営むための基礎的な資質・能力――などを挙げる。
方向性としては大いに賛成したい。とりわけコアを、社会における資質・能力レベルで捉えているところに注目すべきだろう。
これまでコアといえば、どうしても必履修科目をどう設定するかという技術的な話に終始してきた。その教科・科目にしても、学問領域を前提とした従来の枠組みや内容を足したり引いたり構成し直したりしてきただけだ。必履修科目をすべて修得すれば本当に「国家及び社会の形成者として必要な資質」(学校教育法)が養われるものなのか、本格的な検証がなされてこなかったのが実態ではなかったか。
そもそも単位数の設定自体、週当たり授業時数という大枠の下で大学入試の準備や資格取得という現実から関係者の駆け引きで決まってきたにすぎない。「単位積み上げ方式」では社会が求める人材の育成に限界が来ていることは、大学と同様であろう。
コアを議論する際には先にも指摘した通り、改めて「高校教育とは何か、何をするところか」も徹底的に突き詰めてほしい。課題整理では「義務教育化」を目指さない方向性を明確に打ち出しているが、進学率が98%に達し、授業料も無償化された高校が既に準義務教育機関化していることは否定しようもない。実態として義務教育が社会に出るための「完成教育」であり得なくなった以上、高校がその「教育責任」を負わなければならない。
各教科・科目の意味も根本的に問い直される必要がある。指導要領の目標はそれなりに練られた設定になっているとは思うが、教員の意識は依然として「学問の基礎」を教えるという意識が強いであろう。その学問領域に興味がなく、入試科目にも選ばない生徒にとって真面目に学ぼうという意欲が起こらなくて当然だ。ましてや学んだことが社会で生かせるという意識が起こるわけはない。
だからこその「市民性」である。理科の学習が「理科のため」にとどまってはならないことは先に指摘した通りだし、選挙権の18歳引き下げが現実味を帯びてくれば公民科の重要性がいっそう切実になってこよう。グローバル化する社会に出ていくためには地歴科が不可欠だ。男女共同参画社会や高齢化社会への対応のみならず消費者教育が喫緊の課題になっている中では、家庭科もおろそかにできない。市民として思考・判断する基礎に国語や数学が重要であることは言うまでもなかろう。
肝心なのは必修のコア部分について、各教科・科目の内容構成を思い切って再編成することだ。そこで求められるのは、あくまで「市民」としての資質・能力である。学問や職業の基礎は選択教科・科目の役割、とするぐらいの割り切りをしてもいいのではないか。
こうした提案は、実は高校現場にも歓迎されるのではないかという気がしている。必履修教科・科目をぐっと軽量化すれば、その分、大学受験準備などに割ける時間が増えるからだ。
ただ、それで本当に高校「教育」になるのかどうかは疑問を呈しておこう。そもそも大学入試自体が今後、大幅に変わらざるを得ないことは繰り返し指摘したところである。いつまでも「社会や卒業生の期待」を口実に出口指導に終始していて、高校が持つのか。狭い意味での「教科の専門性」にこだわり過ぎては将来的に進学校ほど教育が崩壊していく―と言ったら奇異に聞こえるかもしれないが、本社は本気で心配している。もっとも伝統や実績に安住する進学校など消えてなくなったところで、社会全体から見れば痛くもないのであるが。
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2012年8月22日 (水) 社説 | 固定リンク
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