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2025年5月
2025年5月30日 (金)
【池上鐘音】全国バラマキ合戦
▼東京都大田区が、コロナ禍で区立中学校の修学旅行に行けなかった今年度20歳となる区民に1人1万円分の旅行券か金券を配る方針を決めた。鈴木晶雅区長が28日の定例記者会見で発表したもので、6月18日開会の区議会に5000万円前後の補正予算案を提出するという▼外に出ると、6月13日に告示される東京都議会選のポスター掲示場が設置され始めている。日程を確認するまでもなく、選挙を目前にしたバラマキの臭いがぷんぷんする▼言うまでもなく修学旅行は、特別活動の「旅行・集団宿泊的行事」として行われる教育活動である。「コロナ禍を乗り越えて得た経験を将来につなげるとともに、新たな絆をつくる機会を創出するため」という理由は、教育と何の関係もない。「子育てNo.1都市の実現に向けた独自の取組」の一環だという説明も、むなしく響く▼かつての都議選で鈴木区長とともに掲示板に並んでいた鈴木章浩議員は過日、自民党東京都連の裏金問題で幹事長経験者として頭を下げていた。2014年、都議会で当時の塩村文夏議員に「早く結婚」のヤジを飛ばして謝罪した御仁だ。区内には裏金問題が発覚する前から、高市早苗衆院議員との2連ポスターがあふれている▼修学旅行の中止は、当時の安倍晋三首相が要請した全国一斉休校によるものだ。政府専門家会議の構成員はもちろん、萩生田光一文部科学相の慎重姿勢を押し切った政治判断だった。萩生田氏は昨年10月の総選挙で安倍派の裏金問題を理由に党公認を得られなかったが、当選後は徐々に復権しつつある▼掲示場に灰色のシートが貼られた掲示板が2枚あるのは、夏の参院選用だろうか。25年度の政府予算では、自民・公明と日本維新の会の3党で合意した高校授業料無償化の所得制限撤廃が盛り込まれた。単年度限りの臨時措置であり、超富裕層の扱いや志願者減が見込まれる公立高校への支援策などは今後検討するという。やはり「教育」は後回しだ▼国も地方も票目当てのバラマキ合戦に、有権者はよくよく注意した方がいい。納税者である本社としても、無視することはできない。
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2025年5月18日 (日)
【池上鐘音】今も挑み続ける
▼講談社のホームページ(HP)を見ると『画文集 挑む』は定価が374円(本体340円)となっている 。全110ページの薄さとはいえ主要作品40点以上のカラー図版が入っている文庫が、今も1977年当時の値段で出せるはずはない。絶版にはしないが増刷するつもりもない、ということなのだろう▼ここには岡本太郎(1911〜96)の人生観と芸術観のエッセンスが、ぎっしりと詰まっている。気軽に手に取れ、かつTAROを理解するのに必要十分な好著がいまだに再刊されないのは返す返すも残念だ▼代表作である「太陽の塔」(大阪府吹田市)が、重要文化財に指定された。「高度経済成長期の日本を象徴する大阪万博の記念碑となるレガシーとして貴重である」という理由は「建造物」種別での指定なら妥当と言うしかないが、あくまで芸術作品として見るなら留保を付けねばなるまい▼確かに塔が高度成長の産物であることは確かだ。「人類の進歩と調和」をテーマに掲げた70年万博で、丹下健三(1913〜2005)設計の大屋根をぶち抜いて進歩の「対極」にある「ベラボーなもの」をぶつける暴挙は、その後のバブル期を除けば通用するものではない▼当時盛り上がった万博反対運動に関連して「一番の反博は太陽の塔だよ」とTAROは言い放った。いま大阪市内で行われている万博に、そんな存在はあるのか▼『―挑む』の最終章は「太陽の塔」と題しているが、「明日の神話」からの流れで2ページ半余りを割くだけだ。しかし最後の5行だけで岡本芸術の本質を十二分に現しており、かつ現代に対する「にらめっこ」でもあろう。「あれは孤独で、太陽に向かい、大地に向かって挑みつづけるだろう。/私自身、これからもわが運命を、私の〝挑み〟の意志の実験台にしてやる、とますます決意している。(中略)だが死に対面した時にこそ、生の歓喜がぞくぞくっとわきあがるのだ。血を流しながら、にっこり笑おう」
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2025年5月 4日 (日)
指導要領の改訂 「10年」先送りにしないために
4月25日に開催された中央教育審議会の教育課程企画特別部会(企特部会)では、委員の奈須正裕・上智大学教授から学習指導要領について注目すべき発言があった。「従来の教科ごとの枠組みや記述の仕方が、もう合っていない」と述べたことだ。
もっとも、驚くには当たらないかもしれない。これが奈須教授の持論であることは、教育課程の動向を注視している人なら重々承知していよう。しかし公式の場で、教育課程部会長が発言した意味は重い。
発言は、この日の議題の一つである「学びに向かう力、人間性等」に関連して植阪友理・東京大学大学院准教授の指摘を受けたものだった。奈須教授によると、指導要領の様式自体が1958年告示の「極めてコンテンツ(内容)ベースの指導要領の記述形態を取っている」。現行指導要領は目標を資質・能力(コンピテンシー)ベースに変えたが、構造は変えないままだった。だから学びに向かう力・人間性等のように領域固有ではない汎用的能力を、教科領域の文脈に埋め込むのが難しい。のみならず総則に「学習の基盤となる資質・能力」の一つと位置付けられた情報活用能力は「深刻だ」とさえ指摘した。
これは、もっと重く受け止めた方がいいかもしれない。58年指導要領といえば、教育課程の基準として初めて告示されたものだ。法令に準じる文書として法的拘束力を持つとされ、検定教科書と相まって実際に教育現場を「縛る」作用も働いた。そんな指導要領について、記述の仕方から変えるべきだというのだ。
改めて、2日に配信が終了した教育調査研究所主催の第9回ラウンドテーブルディスカッション(RTD)に着目しよう。中教審諮問の準備作業を担った「今後の教育課程、学習指導及び学習評価等の在り方に関する有識者検討会」座長だった天笠茂・千葉大学名誉教授は、諮問事項の「分かりやすく、使いやすい学習指導要領の在り方」を巡り、「歴史に学ぶ」べきだとして51年の「試案」指導要領にある「学習指導要領の使い方」を例示していた(『教育展望』4月号)。
これについては奈須教授も以前、指導要領の在り方について「私個人の意識としては、51(昭和26)年の指導要領一般編(試案、改訂版)が一つのスタンダードになると思っています。新指導要領(編注=現行指導要領)でも、総則をそっくり書き換えるに当たって、中教審のある委員と『試案みたいなイメージで考えればいいんだよね』とささやき合ったことがあります」と語っていた(拙著『学習指導要領「次期改訂」をどうする』2022年)。
「概念」に基づく指導要領の構造化と合わせて、別に表形式で示すだけでなく本体の記述自体も抜本的に変える――。具体的にどう表現するかにもよるが、授業改革に一定のインパクトをもたらすことが期待されよう。現場も記述の一言一句に拘泥する「指導要領の訓詁学的解釈」から脱し、自律的で創造的な授業を展開することが一層求められる。
次なる課題は、教科書だ。高校の国語教科書にみられるような「現場のニーズ」に応えていてばかりでは、いつまでも内容の網羅主義から脱却できない。教科書本体は「問い」を基本として、詳細なコンテンツを副教材など「外」に出すのも一考だ。
といっても、発行者単独では採択が気になって根底的な改革がしづらいだろう。教科書協会などが先導して現場とも対話し、新たな指導要領像に基づく新たな教科書像を今から模索してほしい。
教科書を変えれば、入試も変わらざるを得ない。既に少子化で、入試による学力担保は機能しなくなっている。改めて正式名称である「入学者選抜」に立ち戻るとともに、教育接続の側面を重視して資質・能力の伸長に力点を置くべきだ。
このように今般の指導要領改訂は、これまで続いてきた「常識」が通じなくなる可能性を秘めている。課題をこれ以上10年先送りにし続けないためにも、思い切った改訂に踏み込む必要がある。受け止める側にも、意識転換が必須だ。
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