二十歳前だった昭和の女帝が右翼青年に導かれ、迷い込んだ「けものみち」の残酷
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【前回までのあらすじ】昭和の女帝は19歳のころ、芸能界を目指しつつも、新橋のバーで女給をしていた。彼女はバーで、政治家や官僚、経営者らと会話を交わす中で、「権力」の魔力に見せられていく。(『小説・昭和の女帝』#4)
悩める昭和の女帝に、芸能マネージャーが紹介した男とは
七夕の日、北京郊外の盧溝橋付近で日本軍と中国軍が衝突し、本格的な戦争が始まった。加山鋭達がバーに現れてから2カ月後のことだった。
レイ子は、兵隊になった加山が大陸に渡り行軍する姿を想像したが、彼の顔に軍服は何とも似合わず、思わず苦笑いしてしまった。
実は、加山と同様、レイ子も人生の転機を迎えていた。所属していたコーラスグループは歌劇団の一部だったが、軍部から求められた国威発揚の音楽をやる一派と、初志貫徹でオペラを志向する一派とに分裂することになったのだ。
レイ子は軍歌が嫌いだったので、後者のグループに入りたかった。しかし、そうもいかない事情があった。後者を選ぶのは音大出身の裕福な人が多いが、彼女にそのような経済的な余裕はなかった。母の結婚相手は、レイ子の芸能活動に非協力的だった。コーラスからオペラに格上げとなれば、衣装代やレッスン代もこれまで以上にかさむ。それは、ホステスの仕事でどうにかなる金額ではなかった。
しかも、レイ子には、家を出ていけという圧力がかかっていた。朝早くから働く新聞配達店の実家に、バーで働く彼女の生活は馴染まなかった。たばことアルコールの臭いをさせて深夜に帰宅すると、継父から露骨に嫌な顔をされた。
ただ、そうした圧力は渡りに船でもあった。継父に親しみを覚えることはなかった。それどころか、最近は、いやらしい視線を感じることもあった。レイ子がそれに気づいた素振りをしても、じっとりと視線が張り付いてくる。汚らわしく、許し難いことだった。母もそれに気づいていたが見て見ぬふりをした。
レイ子は年を重ねるにしたがって、母との性格の違いを認識せずにはいられなかった。母は意見を表に出さず、長い物に巻かれる。そんな母に反発を覚えてきたが、いよいよ許せないほどになっていた。
家を出て、自由になりたい。だが、下宿をすれば出費が増える。経済事情からすれば、オペラに挑戦するなど夢のまた夢だった。
彼女は、歌劇団のマネージャーに家の事情を打ち明けた。マネージャーとはぶつかることも多かったが、酸いも甘いも噛み分けているようなところがあり、信頼していた。
マネージャーは、彼女の話を聞くと、「それなら、ちょうどいい話がある」とニヤリと笑い、日本橋である人物に会うように言った。「オーディションではないので、地味な服で行ったほうがいい」と助言した。そこで、レイ子が出会う人物こそ、彼女の運命を変えることになる鬼頭紘太、その人であった。
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