日本銀行の金融システムの安定に向けた取組み
- 1.日本銀行と「金融システムの安定」
- 2.金融機関等に対する考査・モニタリング
- 3.金融システム全体のリスク分析・評価
- 4.金融システムの安定に必要な措置・制度の実施
- 5.国際的な金融規制・監督を巡る議論への参画
- 6.金融庁との連携
- 7.セミナー等を通じた金融機関向けの情報発信
1.日本銀行と「金融システムの安定」
「金融システムの安定」とは
「お金」は、人々の経済活動にとって、なくてはならない大事な役割を果たしています。「お金」の受け払いや貸し借りを行うしくみは、全体として「金融システム」と呼ばれており、さまざまな金融市場や多数の金融機関から成り立っています。「金融システムの安定」とは、こうした金融システムが正常に機能し、企業や国民の皆さんなどの利用者が安心して「お金」を使用できる状態にあることをいいます。
金融システム安定にかかる日本銀行の目的と機能
「金融システムの安定」を確保することは、「物価の安定」を図ることと並ぶ日本銀行の目的の1つです(日本銀行法では、第1条第2項において、「信用秩序の維持に資すること」と定められています。)。
これは、日本銀行が、(1)銀行の銀行として金融機関の間の資金決済サービスを提供し、わが国の資金決済の中核に位置していること、(2)わが国において強制通用力のある通貨の発行者として、銀行券や日本銀行当座預金という支払完了性(ファイナリティ)のある決済手段や、最後の貸し手として一時的な資金の貸付を行う等、金融システムの安定を図るために不可欠な機能を有していることによるものです。
また、日本銀行が、物価の安定を通じて、わが国経済の健全な発展に貢献していくうえで、経済活動の動脈ともいうべき金融システムの安定は大前提となっています。物価の安定と金融システムの安定は、いずれも「お金」の価値を守っていくうえで欠かせないものである点が共通しています。
こうしたもとで、日本銀行では、金融システムの安定を図るために、様々な取組みを行っています(主な取組みについては、2.〜7.を参照)。
ミクロプルーデンスとマクロプルーデンス
金融システムの安定を図るためには、個々の金融機関が抱えるリスクを把握し、経営の改善を促すといった「ミクロプルーデンス」の視点が重要です。同時に、金融システムを全体として捉えてリスクの所在を分析・評価する「マクロプルーデンス」の視点も踏まえた対応が重要です。
「金融システムレポート」は、金融システムの脆弱性について、マクロプルーデンスの視点から分析を行っているものです。また、考査・モニタリングその他の取組みにおいても、ミクロプルーデンスだけでなく、マクロプルーデンスの視点を重視して行っています。
掲載日 | 資料名 |
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2011年10月18日 | 日本銀行のマクロプルーデンス面での取組み [PDF 207KB] |
2.金融機関等に対する考査・モニタリング
金融機関は、資金や証券の受け渡しを行う「決済機能」を担っています。また、受け入れた預金をもとに、貸出や証券の購入などを行い、資金やリスクを配分する「金融仲介機能」を果たしています。このように重要な役割を果たしている金融機関の経営が健全に行われていることは、金融システムの安定のための重要な条件の一つです。
日本銀行は、銀行や証券会社など、日本銀行の取引先に対して、業務運営の実態や各種リスクの管理状況、自己資本の充実度や収益力についての実態把握を行うための考査やオフサイト・モニタリングといった調査を行い、経営の健全性の維持・向上を促しています。
考査
考査は、日本銀行が、取引先金融機関等の業務・財産の状況を把握することを目的として、取引先との契約に基づいて行う立入調査です。考査では、経営実態の把握に加えて、リスク管理体制を点検し、必要に応じてそれらの改善を促すことを通じて、金融システムの安定性の確保に貢献しています。考査は、日本銀行法上、「最後の貸し手」としての業務の適切な実施および適切な実施に備えるものとして位置づけられています(日本銀行法第44条)。
日本銀行は、考査の基本的な考え方、考査実施上の重点ポイントなどを記載した毎年度の実施方針等を政策委員会で決定し、公表しています。
掲載日 | 資料名 |
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2024年 3月12日 | 2024年度の考査の実施方針等について [PDF 645KB] |
オフサイト・モニタリング
オフサイト・モニタリングは、金融機関の役職員との面談や電話でのヒアリング、金融機関から提出を受けた各種経営資料の分析などを日常的かつ継続的に行うことを通じて、金融機関の資金繰り、当面の業務運営、収益状況といった経営動向について、幅広くかつタイムリーに把握するために行う活動です。取引先への立入調査を行わない点で、考査と異なります。
考査とオフサイト・モニタリングの一体的運営
近年、考査とオフサイト・モニタリングを一体的に運営することの重要性は増しています。第1に、グローバル金融危機の経験を踏まえて、国際的に金融システム上重要な銀行(GSIBs)と認定された大手金融機関については、金融当局がその健全性やリスク管理の実態をより迅速かつ継続的に把握することが不可欠となっています。第2に、個別金融機関の健全性だけでなく、マクロプルーデンスの観点から金融システム全体の変化を早期に把握するために、金融システムレポートによる金融システム全体の分析、オフサイト・モニタリングによる各金融機関や業態別に横串を刺した水平的なレビュー、考査による個別金融機関に対する詳細な点検を組み合わせた多面的な検証の有効性が強く認識されています。第3に、新型コロナウイルス感染症の経験やデジタル化の進展等の社会の構造的な変化を踏まえて、考査・モニタリングの双方において、必要な調査深度を確保しつつ、効率化と金融機関の負担軽減が求められています。
こうした点を踏まえ、日本銀行では、考査とオフサイト・モニタリングをその特性に応じてバランスを取りつつ、双方の実効性を向上させる観点から、両者を一体的に運営するよう工夫しています。例えば、考査に際しては、オフサイト・モニタリングを通じて日常的かつ継続的に得ている金融機関に関する情報を、立入調査の着眼点を予め明確にするための資料として活用しています。重要な課題の存在が窺われる場合には、その情報をもとに考査を機動的に、また重点を絞って実施することもあります。逆に、考査結果は、その後のオフサイト・モニタリングにおいても活用しています。特に、考査において、経営体力や収益力、リスク管理に関する重要な課題があることが判明した場合には、その後の改善状況に関する定期的なフォローアップ報告を求め、オフサイト・モニタリングにおいて確認を行っていくこととなります。このように考査とオフサイト・モニタリングは、連続的なプロセスであると考えています。
また、大手金融機関については、重要なテーマに関する金融庁との共同調査として、特定のトピックについて横串を刺した詳細な検証を行うとともに、その部分については考査の対象範囲から除外することで、金融機関の負担軽減と重複の回避に努めています。
他の取組みとの関係
日本銀行では、考査・モニタリングを通じて得られた様々なミクロ情報は、金融システムレポートの分析など金融システム全体のリスク評価にとって重要なインプットとなっているほか、様々な金融システムの安定のための政策の検討・実施の判断にも役立てています。さらに、国際的な金融規制・監督を巡る議論や、海外の中央銀行・監督当局との連携・協力においても、金融庁等とともに、考査・モニタリングを通じた情報や金融機関等との対話を踏まえて、わが国金融システムの安定に資する情報や意見の発信に取り組んでいます。
加えて、日本銀行では、考査・モニタリングを通じて得られた知見を、個々の金融機関等との対話だけでなく、レポートやセミナーの開催等を通じて還元するなど、金融機関の経営課題への対応の後押し・情報発信にも努めています。
なお、金融政策の運営にあたっては、個々の金融機関の経営状況にかかる情報を含めた金融システムの安定性やリスクに関する評価は、重要な点検項目の1つとして位置付けられています。また、日本銀行が金融調節のために行うオペレーション等の対象先の適格性判定においては、考査等から得られた情報に照らして、信用力が十分であるかを確認しています。
3.金融システム全体のリスク分析・評価
「金融システムレポート」
「金融システムレポート」は、わが国金融システムの安定性を評価するとともに、安定確保に向けた課題について関係者とのコミュニケーションを深めることを目的として、年2回公表しているものです。
レポートの主な内容としては、(1)国内外の金融市場の動向を確認し、金融市場からみたリスクの所在について点検しています。また、(2)わが国の金融仲介活動として、金融機関(銀行・信用金庫)の金融仲介活動、機関投資家の資金運用動向、家計の金融資産運用動向、金融市場を通じた金融仲介の状況等のほか、これらの金融経済活動において行き過ぎた動きがないかも点検しています。そのうえで、(3)わが国の金融システムの安定性を様々な角度から評価し、マクロプルーデンスの視点からみたわが国金融機関の課題を示しています。そこでは、金融システム全体におけるリスク・プロファイル(リスク蓄積の大きさやその速さ、分布・偏在)を確認し、それとの対比でみた金融機関の財務基盤の充実度(自己資本、資金流動性)を点検しています。また、具体的なストレス事象を想定して金融機関の自己資本の目減りを試算するマクロ・ストレステストにより、金融システムのストレス耐性の動学的な検証も行っています。
日本銀行は、金融システムレポートの分析結果を、日本銀行の金融システムの安定確保のための施策立案や、考査・モニタリング等を通じた金融機関への指導・助言に活用しています。また、国際的な規制・監督・脆弱性評価に関する議論にも役立てています。さらに、金融政策運営面でも、マクロ的な金融システムの安定性評価を、中長期的な視点も含めた経済・物価動向のリスク評価を行ううえで重要な要素の1つとしています。
掲載日 | 資料名 |
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2024年10月24日 | 金融システムレポート(2024年10月号) |
金融システムに関するリサーチ
日本銀行では、金融システムレポート以外にも、金融システムに関する幅広いテーマについてリサーチを行っています。また、特定のテーマや課題について掘り下げた分析、追加的な調査等を不定期に行い、金融システムレポートを補完するものとして、金融システムレポート別冊シリーズを公表しています。
4.金融システムの安定に必要な措置・制度の実施
日本銀行は、考査・モニタリングを通じた金融機関等の対話や金融システムレポート等による金融システムのリスクの評価・分析等に加えて、金融システムの安定に必要と判断される場合には、「最後の貸し手」としての資金供給などの措置や制度等を実施することがあります。
信用秩序維持に資するための資金供給:「最後の貸し手」機能
システミック・リスクとは、一つの金融機関の破綻や特定の市場または決済システム等の混乱が原因となって、他の金融機関や他の市場または金融システム全体に連鎖的な混乱と機能低下をもたらすリスクをいいます。日本銀行は、このようなシステミック・リスクの顕在化を回避するために、必要に応じて、信用秩序の維持を目的とした「最後の貸し手(レンダー・オブ・ラスト・リゾート)」機能を発揮し、一時的に資金が不足した金融機関等に対し、資金供給を行うことがあります。
日本銀行による最後の貸し手としての資金の供給は、通常は国債等を担保として行われます(日本銀行法第33条)。ただし、コンピュータ・システムの故障など偶発的な原因で、金融機関が予見できない一時的な支払資金の不足が生じた場合(日本銀行法第37条)には担保をとらないで貸付けを行うことがあります。また、政府(内閣総理大臣および財務大臣)からの要請を受けて、政策委員会が金融システムの安定のため特に必要があると判断する場合には、「特別の条件による資金の貸付けその他の信用秩序の維持のために必要と認められる業務」を行うことができます(日本銀行法第38条。いわゆる特融とは、こうした特別の条件による資金の貸付けのことを指します。)。
また、わが国金融機関の外貨流動性に対するバックストップとしては、本行保有外貨資産や海外中銀との間の為替スワップ取極に基づいて引き出した外国通貨を原資とした緊急時外貨資金供給の枠組みも整備しています(対象通貨:米ドル、豪ドル、シンガポールドル、人民元、タイバーツ)。
なお、日本銀行は、金融システムの安定を図る観点から、預金保険機構とも密接に連携をしています。預金保険機構がその業務に必要な一時的なつなぎ資金を供給する目的で、預金保険法等の法令に基づき、日本銀行が預金保険機構への貸付けを行いうるとされています。
その他
そのほか金融システム安定のための措置・制度として、金融機関からの株式買入れ(2002年11月〜2004年9月まで、および、2009年2月〜2010年4月までの間に実施)、劣後特約付貸付(2012年6月29日をもって完了)、地域金融強化のための特別当座預金制度(対象期間を3年間(2020〜22年度)の時限措置として2021年3月に制度開始)を実施しています。
このほか内外の金融システムを巡る情勢等を踏まえて、金融機関のリスク管理等に関する日本銀行の取組み方針や考え方または談話などを公表しています。
5.国際的な金融規制・監督を巡る議論への参画
金融活動のグローバル化が進むなか、金融システムの安定確保を図るためには、国際的な取組みの必要性が一段と高まっています。日本銀行は、海外の中央銀行や銀行監督当局との間で、金融システムの課題についての連携・協力を行うとともに、国際金融システムの頑健性を高めるための金融規制・監督を巡る国際的な議論にも、積極的に参画しています。
バーゼル銀行監督委員会
バーゼル銀行監督委員会(BCBS、Basel Committee on Banking Supervision)は、銀行を対象とした国際金融規制を議論する場として設立された基準設定主体です(第1回会合は1975年に開催)。現在は、中央銀行総裁・銀行監督当局長官グループを上位機関とし、日本を含む28の国・地域の銀行監督当局および中央銀行により構成されています。日本からは、金融庁および日本銀行が参加しています。
バーゼル銀行監督委員会では、国際的に活動する銀行の自己資本比率や流動性比率等に関する国際統一基準(バーゼル合意)を策定・公表しており、日本を含む多くの国における銀行規制として採用されています。
バーゼル合意は、1988年に最初に策定され(バーゼルI)、2004年に改定されました(バーゼルII)。その後、2007年夏以降の世界的な金融危機を契機として、再度見直しに向けた検討が進められ、2017年に新しい規制の枠組み(バーゼルIII)について最終的な合意が成立しました。その後は、議論の焦点を規制の策定から規制の実施や影響評価、監督に移すとともに、金融のデジタル化、気候関連といった新たなリスクや脆弱性にも対応しています。
金融安定理事会(FSB)
金融安定理事会(FSB、Financial Stability Board)は、1999年に設立された金融安定化フォーラム(FSF、Financial Stability Forum)を前身とし、FSFを強化・拡大するかたちで2009年4月に設立されました。金融安定理事会では、(銀行に限らずより幅広い)金融システムの脆弱性への対応や金融システムの安定を担う当局間の協調の促進に向けた活動などが行われています。
金融安定理事会には、現在は、主要25か国・地域の中央銀行、金融監督当局、財務省、主要な基準策定主体、国際機関等の代表がメンバーとなっています。日本からは、金融庁、財務省、日本銀行が参加しています。
海外金融当局との連携
日本銀行では、海外中銀や監督当局などとの間で、グローバルに活動する金融機関について情報交換・議論を行う監督者会合(「監督カレッジ」と呼ばれています)・危機管理グループ(CMG)会合にも参加しているほか、様々な形での金融システムの安定に関する認識の共有や意見交換などを通じた連携・協力を図っています。
6.金融庁との連携
わが国の金融規制・監督当局である金融庁と、中央銀行である日本銀行は、かねてより、それぞれの目的・特性を補完しつつ、金融システムの安定のために、密接に連携して取組んでいます。
そうしたもとで、2014年6月以降、マクロプルーデンスにかかる金融庁と日本銀行の連携強化を図っていく観点から、金融システム・金融市場の諸情勢に関する意見交換を行うことを目的として、金融庁長官と日本銀行副総裁を含むメンバーからなる「金融庁・日本銀行連絡会」を、半年に1回程度開催しています。
さらに、近年、金融機関のリスク・プロファイルは複雑さを増しているほか、新型コロナウイルス感染症の影響などもあって、金融システムを取り巻く環境は大きく変化しています。こうしたもとで、金融庁と日本銀行が、一層の連携強化などを通じ、より質の高いモニタリングの実施と、金融機関の負担軽減に取り組むことがますます重要となっています。そのため、金融庁と日本銀行は、2021年3月に公表した「金融庁・日本銀行の更なる連携強化に向けた取り組み」を踏まえ、様々な取組みを実行しています。
7.セミナー等を通じた金融機関向けの情報発信
日本銀行は、各種セミナーの開催や論文の公表などを通じて、各取引先等によるリスク管理・経営管理手法の改善などの取組みを、幅広く後押ししています。
金融高度化センターでは、金融技術・リスク管理手法等の高度化の動きに対応し、金融仲介機能をより有効に発揮していくための各金融機関の取組みを支援しています。具体的には、(1)セミナーやワークショップの開催を通じた金融機関との対話の促進や、(2)先進的な金融技術や金融仲介機能の向上のための各金融機関の取組状況等に関する調査・研究とその成果の公表(論文、講演等)などの活動を行っています。
また、地域経済を支える地域金融機関の経営基盤強化に向けた取組みを幅広く後押しする観点から、地域金融に関する情報発信を一段と強化していくため、金融機構局内に「地域金融サポートユニット」を設置しています。地域金融サポートユニットでは、金融高度化センターのみならず、考査・モニタリングや金融システムに関するリサーチ活動等とも協働し、それぞれの知見を活かして、(1)経営・リスク管理、(2)地域経済や取引先企業が抱える課題解決、(3)経営環境の変化への対応といった幅広い分野のテーマを取り上げ、セミナーの開催や論文・レポートの公表等を行っています。