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金融システムレポート(2024年10月号)

2024年10月24日
日本銀行

2024年10月号の問題意識

内外の金融市場では、今夏以降不安定な動きもみられ、地政学的リスクに起因して実体経済・金融市場が大きく変動する可能性も引き続き意識されている。国内では、不動産関連向け融資が引き続き増加するもとで、一部の不動産指標には注意すべき点がある。

また、わが国経済が緩やかに回復しているなかでも、収益の改善ペースが鈍い企業を中心に、デフォルトの増加がみられる。今回レポートでは、感染症拡大前からの脆弱性、および原材料価格高や人件費上昇の影響という観点から、足もとのデフォルト率上昇の背景の評価を試みる。

日本銀行は、本年3月に金融政策枠組みの見直しを行ったあと、7月には政策金利を引き上げた。このもとで、金融機関は、市場金利の変化も踏まえつつ貸出金利や預金金利を設定している。今回レポートでは、一定の想定を置きつつ、金利環境の変化が金融機関や家計・企業に与える影響について、アップデートする。

以上の観点を踏まえつつ、わが国金融システムの頑健性と潜在的な脆弱性を評価する。

わが国金融システムの安定性評価(要旨)*

わが国の金融システムは、全体として安定性を維持している。

金融仲介活動は円滑に行われている。貸出市場では、貸出金利が上昇するもとでも、企業の資金需要は増加しており、金融機関の融資姿勢も引き続き積極的である。こうした金融仲介活動に、大きな不均衡は認められない(図表I-1)。

  • 図表Iの1は「ヒートマップ」です。

わが国の金融機関は、内外の金融市場や実体経済に大幅な調整が生じるリーマンショック型のストレスや、グローバルな金利上昇と実体経済の減速が同時に生じるストレスに対して耐え得る、充実した資本基盤と安定的な資金調達基盤を有している。もっとも、先行きの国際金融市場や地政学的リスクの動向など、テールリスクへの警戒は引き続き重要である。より長期的な視点からみると、人口減少などを背景に企業の借入需要が構造的に減少する状況が続いた場合、貸出市場の需給バランスによっては、金融機関の収益力や損失吸収力が低下し、金融仲介活動の停滞や、過度な利回り追求など金融仲介活動の過熱につながる可能性がある。以下では、これらの観点も踏まえつつ、わが国金融システムを巡るリスクや脆弱性について点検する。

資産価格の動向

株式市場について、ヒートマップを構成する「株価」と「株式信用買残の対信用売残比率」、「機関投資家の株式投資の対証券投資比率」をみると、トレンドからの上方乖離を示す「赤」が点灯している(前掲図表I-1)。8月初には、米国の景気減速懸念を契機とする投資ポジションの巻き戻しの影響などから、グローバルに資産価格が変動した。この間、PERは過去平均的な水準での推移を続けており、バリュエーション上、大きな過熱感はみられない。もっとも、わが国の金融機関が相応の株式リスク量を有していることを踏まえると、資産価格の動向については留意する必要がある。

また、わが国の不動産市場では、不動産貸出の趨勢的な増加が続くもとで、一部に価格の割高感が窺われる。「商業用不動産価格・賃料比率」は、ミニバブル期の水準を上回っているほか、都心の商業地区において、局所的な高額帯の取引がみられている(図表I-2)。また、不動産取引業の一部では販売在庫水準も高まっている(図表I-3)。都心のオフィス空室率が最近では低下に転じているほか、不動産業の財務状況は景気回復とともに改善が続いており、デフォルト率も低位で推移しているものの、他業種と比べてレバレッジ比率の水準が高く金利感応度も高い点には留意が必要である。海外ファンドによるポートフォリオ・リバランスの一環として、日本の投資物件を売却する動きが引き続きみられていることも踏まえると、不動産市場の先行きには一段と注意していく必要がある。

  • 図表Iの2は「商業用不動産価格」、図表Iの3は「不動産取引業の棚卸資産回転期間」です。

景気改善のなかでの倒産・デフォルト動向

金融機関の信用リスクについてみると、わが国経済が緩やかな回復を続けるもと、多くの企業で財務が改善した状態が続いており、全体として貸出債権の質は維持されている。また、金融機関の信用コスト率は低位に抑制されている。もっとも、原材料価格高や人件費上昇の影響もあり、収益の改善ペースが鈍い企業も存在するなど、企業財務のばらつきは大きく、倒産件数やデフォルト率は感染症拡大前を上回っている(図表I-4)。

  • 図表Iの4は「倒産件数と企業財務」です。

デフォルト企業の財務内容を仔細にみていくと、直近では、相対的に手元資金に余裕のない企業や、営業赤字かつ債務超過の企業など、財務面で脆弱性を抱える企業のデフォルト率が上昇している(図表I-5)。こうした企業のデフォルト率は、感染症拡大後に企業金融支援策等を背景に一旦低下した後に上昇しており、既往の脆弱性がラグを置いて顕在化したことによるものである可能性を示唆している。実際、デフォルト企業を、感染症拡大前の財務内容で評価した信用スコア別に均等ウエイトで区分けしてみると、2023年度のデフォルト企業のうち相応の先は、感染症拡大前から脆弱であったことが示唆される(図表I-6)。もっとも、当時は脆弱ではなかった企業のデフォルト率も小幅に上昇しており、感染症拡大以降に発生したコスト上昇などのショックの影響が表れている可能性がある。

  • 図表Iの5は「企業特性別にみた実績デフォルト率」、図表Iの6は「感染症拡大前の信用スコア別にみた実績デフォルト率」です。

足もとのコスト上昇圧力がデフォルト確率に与える影響を試算すると、価格転嫁率によって相応に異なるものの、売上原価と人件費負担が売上高対比で大きい企業や、手元資金に余裕のない企業ほど、コスト上昇時のデフォルト確率の上昇幅が非線形的に拡大することが確認された(図表I-7)。

  • 図表Iの7は「コスト構造・財務別のデフォルト確率上昇幅」です。

市場金利の上昇が貸出金利・預金金利に及ぼす影響

日本銀行は、本年3月に金融政策枠組みの見直しを行ったあと、7月に政策金利を引き上げた。短期金利(無担保コールレート翌日物)は、3月以降0から0.1%の範囲で推移していたところから上昇し、0.25%程度で推移している。そのもとで、金融機関は、市場金利の変化も踏まえて貸出金利や預金金利を設定しており、その影響は、様々な経済主体に及んでいくことになる。

前回レポート以降の貸出金利の動向についてみると、長期貸出にかかる新規約定金利は、主な参照金利である中期ゾーンの市場金利が政策金利に先行して上昇してきたことから、緩やかに上昇している(図表I-8左図)。短期の貸出金利については、これまで概ね横ばいで推移してきたが、9月入り後に引き上げられた短期プライムレートの影響について確認していく必要がある。

  • 図表Iの8は「貸出金利と預金金利(前回利上げ局面との比較)」です。

預金金利も、定期預金金利が先行して上昇してきたが、足もとでは、普通預金金利も0.1%程度まで上昇している(図表I-8右図)。その上げ幅は、2006から2007年の前回利上げ局面と同様に、政策金利の上昇幅と比べてやや小さくなっている。

金融機関と企業・家計の金利耐性

金融機関は、有価証券ポートフォリオのリバランスを進めており、円債はデュレーションが短期化している。こうした取り組みを反映して、円金利上昇に対する金融機関の耐性は、高まる方向にある(図表I-9)。

  • 図表Iの9は「銀行勘定の金利リスク量」です。

円金利上昇は、やや長い目でみれば、貸出金利・預金金利の変化などを通じて、全体として金融機関の利息収支を押し上げていくとみられる。もっとも、預貸金利の追随率は、貸出・預金市場の需給バランスや競争環境、金融機関のサービス提供力や顧客との関係などに応じて変わり得るため、金融機関収益への影響には相応の不確実性がある。円金利上昇による各金融機関のコア業務純益の変化を、イールドカーブの形状や貸出金利の追随率に幾つかの想定を置いたもとで試算すると、シナリオによっては、固定金利債権や満期の長い有価証券が多い金融機関を中心に、収益が一時的に下押しされるケースもみられるが、いずれの業態でも増加していくことが示唆される(図表I-10)。

  • 図表Iの10は「コア業務純益ROAの水準」です。

家計の金利耐性については、近年、年収に対する年間返済額比率(DSR)の高い若年世代において住宅ローン保有世帯が増えている。もっとも、住宅ローンにおける「5年ルール」や「125%ルール」といった激変緩和措置は、短期的な返済負担増を抑制する方向で作用する。また、やや長い目でみれば、景気が緩やかに回復し、賃金上昇が続くもとで、返済負担は徐々に軽減されていくと考えられる。

企業の金利耐性について、利払い能力を示すインタレスト・カバレッジ・レシオ(ICR)が1倍割れとなる借入金利の水準をみると、足もとの収益の回復を反映して全体として上昇しつつあるほか、資金に余裕がある企業では、相応に高い金利であっても利払い負担に耐え得る収益力が確保されている(図表I-11)。一方、全体からみれば一部であるものの、現時点での貸出金利水準の近傍でICRが1倍割れとなる企業については、手元資金に余裕のない企業や手元資金があってもレバレッジが高い先など、利払い負担に対して脆弱な企業もみられる。

  • 図表Iの11は「借入超の中小企業におけるICR1倍割れとなる借入金利」です。

日本銀行は、考査・モニタリング等を通じて、これらの潜在的な脆弱性に対する金融機関の取り組みを促していく。また、マクロプルーデンスの視点から、金融機関による多様なリスクテイクが金融システムに及ぼす影響を引き続き注視していく。

  • 分析の内容や図表の注釈・出所については、本レポートを参照。

日本銀行から

本レポートは、原則として2024年9月末までに利用可能な情報に基づき作成されています。本レポートの内容について、商用目的で転載・複製を行う場合は、予め日本銀行金融機構局までご相談ください。転載・複製を行う場合は、出所を明記してください。なお、マクロ・ストレステストにおける各シナリオの経済・金融変数については、シナリオ別データ [XLSX 40KB] をご覧ください。

照会先

金融機構局金融システム調査課

E-mail : post.bsd1@boj.or.jp

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