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アジアの債券市場育成とアジア・ボンド・ファンド

2005年10月
日本銀行国際局

自国通貨建て債券市場の重要性

1997年のタイ・バーツ危機に端を発したアジア通貨危機は、瞬く間にアジア全域に広がり、アジア諸国の金融経済は、大きな痛手を被りました。

こうしたアジア通貨危機の原因の一つに、アジア諸国の企業が設備投資のような長期間に亘る支出を行う際、資金調達の面で、海外の金融機関が貸出す外貨建ての短期資金に傾斜していた点が指摘されています(「期間と通貨のダブル・ミスマッチ」と呼ばれる問題です)。アジアでは、企業の資金調達は、もともと銀行借入れに大きく依存していたため、通貨危機で銀行部門が大きなダメージを被ると、企業金融が混乱し、それが銀行部門のバランスシート悪化に拍車を掛けるという悪循環が生じました。

ここで、もしこれらの企業が、直接金融を通じて、自国通貨建ての長期資金を調達出来ていたならば、どうだったでしょうか。混乱の度合いは、より軽微なものに止まっていた可能性があります。つまり、自国通貨での債券市場が発達すれば、企業にとって資金調達手段の選択肢が広がることとなり、前述の「ダブル・ミスマッチ」の解消にも繋がるでしょう。

債券市場が重要であるのは、そればかりではありません。とりわけ、国債市場は、そこで形成される金利が、社債を含めた幅広い金融資産の価格形成の基礎(ベンチマーク)としての役割を果たします。そして、民間の市場参加者にとっては、資金の運用や金利リスクのヘッジ手段を提供するほか、中央銀行にとっても金融調節を円滑に実行する場として、また、先行きの経済・金融情勢に関する市場参加者の判断が映し出される場として重要な市場です。

このような問題意識から、アジア諸国の政府及び中央銀行は、アジア通貨危機以降、とりわけ自国通貨建て債券市場の育成に向けて、規制緩和や市場インフラの改善といった一連の改革に積極的に取り組んできています。

EMEAP中銀によるABFプロジェクト

日本銀行を始めとするアジアの中央銀行の集まりであるEMEAP(東アジア・オセアニア中央銀行役員会議(注1))では、こうした問題意識に基づいて、アジアの債券市場育成を目的とした「アジア・ボンド・ファンド」(ABF)プロジェクトを2003年から開始しました。同プロジェクトは、アジア諸国の国債(ソブリン債)及び政府系機関債(準ソブリン債)を運用対象とする投資信託商品を開発し、それをEMEAPに加盟する中央銀行が共同で購入するというもので、ABF1(2003年6月に創設を発表)及びABF2(2004年12月に創設を発表)という二つの枠組みが用意されています。

同プロジェクトでは、(1)アジアの債券に対する投資家の認知度を向上させることと、(2)ABF組成作業を通じて、市場・規制改革を推進すること、が企図されています。なお、ABFは、「投資家の立場」(需要サイド)からの取組みであり、ASEAN10カ国に日本、中国、韓国を加えたASEAN+3の財務省および中央銀行が進める「発行体の立場」(供給サイド)からの取組みである「アジア債券市場育成イニシアティブ」(Asian Bond Markets Initiative<ABMI>)とは相互補完的なものと位置付けられます。

  • (注1)EMEAP(エミアップ)とは、Executives’ Meeting of East Asia and Pacific Central Banksの略称で、1991年に日本銀行の提唱により、各国の金融政策運営などについて、自由に情報や意見を交換する非公式な会合として発足したものです。メンバーは、オーストラリア準銀、中国人民銀行、香港金融管理局、インドネシア中銀、韓国銀行、マレーシア中銀、ニュージーランド準銀、フィリピン中銀、シンガポール通貨庁、タイ中銀及び日本銀行の11中銀・通貨当局です。

参考

ABF1、ABF2はともに、予め定めたインデックスに沿って運用する債券投資信託(「パッシブ運用型債券投資信託」と呼ばれます)で、その投資対象は、EMEAP加盟11カ国・地域のうちのアジア・エマージング8カ国の国債及び政府系機関債です。既に発達した国債市場を有する日本、オーストラリア、ニュージーランドの債券は含まれていません。

一方、両者の大きな相違点としては、ABF1の対象となる債券が米ドル建てであるのに対し、ABF2は現地通貨建てであること(注2)、ABF1は投資家をEMEAP中銀に限定しているのに対し、ABF2はその最終段階において一般の投資家にも開放すること、などが挙げられます()。

ABF1とABF2

表 ABF1とABF2
ABF1 ABF2
運用開始時期 2003年7月 2005年春
運用対象 アジアの政府及び政府系機関が発行する米ドル建て債券 アジアの政府及び政府系機関が発行する現地通貨建て債券
投資家 EMEAP中銀のみ 第1フェーズ:EMEAP中銀のみ
第2フェーズ:民間投資家にも開放
ベンチマークとするインデックス 非公開 公開
(International Index Company)が提供するi-Boxx ABFインデックス
ファンド・マネージャー 国際決済銀行(BIS) 民間ファンドマネージャー(ファンド毎に1社)
  • (注2)ABF2は、8つの各国ファンド(Single-market Funds)と汎アジア債券インデックス・ファンド(Pan-Asian Bond Index Fund<PAIF>)から構成されています。8つの各国ファンドは、EMEAP8カ国・地域において、それぞれ現地通貨建てのソブリン債及び準ソブリン債に投資を行います。また、PAIFは、EMEAP8カ国・地域の現地通貨建てソブリン債及び準ソブリン債に投資する単独の債券ファンドです。

ABF1の構造 [PDF:81KB]

ABF2の構造 [PDF:84KB]

参考

ABFプロジェクトの意義

ABFプロジェクトは、スタートから2年強しか経過していませんが、既に成果が少しずつ挙がり始めています。

例えば、中国では、ABF2の一部を構成する前述の「汎アジア債券インデックス・ファンド」(PAIF)が中国のインターバンク市場にアクセスを許可された最初の外国籍ファンドとなりました。同ファンドについては、人民元の外貨交換規制についても一定の条件の下で緩和される扱いとなりました。また、マレーシアは、2004年9月にリンギット建て債券の利子に係る源泉徴収課税について非居住者への適用除外を決定し、2005年4月からは外貨・資本規制を大幅に緩和しています。タイでも、2005年1月より非居住者に対し、バーツ建て国債、政府系機関債の利子に対する源泉徴収税を撤廃しています。このほか、中国、香港、マレーシア、シンガポール、タイでは、それぞれの国において初となる債券ETF(Exchange Traded Fund<上場投資信託>)の導入を実現するために、関係法令やシステム・インフラの整備が進められました。こうした中で、アジアの現地通貨建て債券を運用対象に組み込んだ投資商品が、市場で続々と登場しつつあることは、投資家の関心が着実に高まってきていることを示すものと言えるでしょう。

アジアの中央銀行が協力してABFプロジェクトに取り組んだことは、公的部門、民間部門の双方において、アジアの債券市場育成に向けたモメンタムを高めた効果がありました。もちろん、ABFがアジアの債券市場育成の障害を全て除去した訳ではありません。今後とも、こうしたモメンタムを維持しつつ、市場改革を進めていくことが求められています。

参考

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