【挨拶】 情報システムと金融システムの融合、アズ・ア・サービスの先にあるもの FIN/SUM(フィンサム)2021における挨拶
日本銀行総裁 黒田 東彦
2021年3月16日
はじめに
日本銀行の黒田でございます。本日は、ビデオメッセージという形ではありますが、FIN/SUM(フィンサム)2021でお話する機会を頂戴し、誠にありがとうございます。
アズ・ア・サービスの拡がり
今年のFIN/SUMのテーマは、「フィンテック・アズ・ア・サービス(Fintech as a Service)、デジタル社会のプラットフォームを目指して」です。この「アズ・ア・サービス」(as a Service)という用語は、最近、いろいろなところで目にします。その使われ方は、製品機能のサービス化、平たく言えば、顧客に商品を売り切る「販売」に対し、顧客が必要な時に「サービス」として提供するビジネスモデルのことを指しているようです。
例えば、ソフトウエアサービスは、購買と利用の組み合わせで成り立っていました。しかし、ネット化した社会では必要な時に必要なサービスを呼び出せばよく、スマートフォンでレストランを予約する際には、予約サービスのみを享受しています。企業活動においても、会計経理サービス、受発注・請求サービス、顧客管理や営業支援サービス、人事労務管理サービスなど、多様な業務アプリケーションが、必要な時に呼び出される「ソフトウエア・アズ・ア・サービス」(Software as a Service)として提供されています。
こうした動きは、ソフトウエアにとどまりません。車を所有せずに移動サービスを購買する「モビリティ・アズ・ア・サービス」(Mobility as a Service)、サーバーなどITインフラのハードウエアを所有せずに利用サービスを購買する「インフラストラクチャー・アズ・ア・サービス」(Infrastructure as a Service)など、経済のサービス化の流れにも乗って、様々なアズ・ア・サービスが次々に登場しています。これらを総称して「エヴリシング・アズ・ア・サービス」(Everything as a Service)という言い方もあるそうです。
金融におけるアズ・ア・サービス
アズ・ア・サービスは、金融でも一つの流れとなっています。
銀行や証券、保険などの金融ビジネスは、大規模な固定費を要し、かつ、厳格な規制の遵守が求められる産業です。それゆえ、これを一から作り直すのではなく、例えばフィンテック事業者がオープンAPIを通じて預金口座サービスや融資サービスといった伝統的な金融機関のサービスを活用することで、新しい顧客サービス、便利で快適な利用体験を作り上げる動きが主流となりました。スタートアップ企業にとどまらず、通信・メディア・交通・EC(電子商取引)といったコアビジネスを持つ大企業や、大規模な顧客層をタッチポイントとして抱えているネットビジネス企業など、その担い手も多岐にわたっています。逆に、金融機関がフィンテック事業者の持つサービスを積極的に取り込む動きもあります。今年のFIN/SUMのテーマになっているフィンテック・アズ・ア・サービスでは、金融機関がフィンテック事業者の先進的なeKYCや不正利用検知サービスを自社のアプリで利用する事例などが登場してきました。
最近では、金融機関がこれまで一体提供してきていた金融サービスをアンバンドリングし、非金融企業の事業サービスに組み込めるような形で提供する動きがあります。「バンキング・アズ・ア・サービス」(Banking as a Service)ないし「組込型金融サービス」(Embedded finance)と呼ばれる動きです。例えば、自社アプリでクーポン券の発行やポイントの提供を行っている消費者向け企業が、バンキング・アズ・ア・サービスとして提供されているキャッシュレス決済サービスをアプリにプラグインすることで、クーポン券やポイントの使い勝手を高めるという戦略が可能になっています。一般事業会社がバンキング・アズ・ア・サービスを活用することで、自社ブランドの銀行サービスを自らのビジネスとセットで提供し、利便性向上や顧客マーケティングを追求する動きもあります。
情報システムと金融システムの融合
このように広範なプレイヤーによって「新結合」(neue Kombination)によるビジネス創造が展開されています。新結合という言葉を使いましたが、これは、シュンペーターが『経済発展の理論』で用いた言葉であり、その後、イノベーションと読み替えられたものです。シュンペーターによれば、イノベーションとは必ずしも技術革新ではなく、組み合わせを変えること、新しい組み合わせを作り出すことでありました。そして現在、新しい組み合わせを作り出す動きを加速させているのは、言うまでもなく、様々な分野におけるデジタル化です。
デジタル化による「新結合2.0」を支えるのは、従来独立していた「生活や企業活動を支える情報システム」と「金融サービスを支えるシステム」との連結です。
例えば、多くの経済行為は、支払いという金融行為を伴っています。ところが、代金請求や支払いという商流データはサプライチェーンの業務効率化に活用されることはあっても、金融サービスとは情報分断されているという状況が続いてきました。ということは、商流システムと決済サービスが連結され、商流データと決済データの突合が可能になると、新結合、すなわちイノベーションが生じ得ます。例えば、膨大な請求案件の受取管理が自動化され、業務の効率化が進むのみならず、経営のリアルタイム可視化も可能となります。その先には、業況や資金繰り把握、信用情報の生産、自動化された融資、経営コンサルテーションという発展もあり得ます。
2つのシステムが連結されることの果実は、経済活動が効率化されることにとどまりません。例えば、預金口座の動きには個人の暮らしに関する様々な情報が含まれています。業務データの背景にある顧客の生活や人生を丹念に眺めてみることで、どのような金融・非金融サービスを潜在的に必要としているかが見えてくるはずです。顧客満足度を高めるようなパーソナライズド・マーケティングは、もともとネットビジネスやコンシューマービジネスが先行していました。金融機関が経営資産として抱えている情報を活用し、他業態との新結合を発見していく試みも今後、加速していくと思われます。
このように、従来独立していた、生活や企業活動を支える情報システムと金融サービスを支えるシステムが連結されることにより、金融・非金融両面でのサービス利便性が高まる形で、新しいサービスが生み出されていきます。そうしたことを踏まえますと、冒頭、アズ・ア・サービスを一つのビジネスモデルとしてご紹介しましたが、これを手法論にとどめることなく、新サービスの創造と連続的な改善による需要の拡大、その先にある経済成長と豊かな社会の実現につなげていくという視点が重要です。例えば、バンキング・アズ・ア・サービスには、銀行が黒子としてパートナー企業を支えるというイメージがあるかもしれません。しかし、単に演者の介添をすることにとどまらず、新サービスの創造に積極的に関与し、そのプラットフォームの潜在力を最大限に引き出すことで、デジタル化による新結合2.0の舞台回しを差配する演出家になれる可能性もあります。
デジタルトランスフォーメーション
情報システムと金融システムの融合には、まずは各々のシステム内でデジタル化が進展する必要があります。スマートフォンや業務システムの画面から入力された情報が、サービスが完結し、かつ情報ビジネスのために分析・高付加価値変換されるまで、End to Endで自動処理されるようなシステムが必要となります。
そのためには、紙や転記が介在している現在の仕事の仕方を変える必要があります。そして、仕事の仕方の改革は、業務の効率化だけでなく、情報が繋がることによる新ビジネスモデルの創造を狙ったものでなくてはなりません。これらのデジタルトランスフォーメーションがあって初めて、新結合2.0が可能となります。
バンキング・アズ・ア・サービスでは、銀行の内部システムのコンポーネント化と疎結合化が、コストレスで迅速、かつ自由度が高いシステム結合を可能としました。銀行内のミクロなレベルで生じた疎結合化が、他業種と連携したサービス生産というマクロレベルでの産業構造の組み換えを可能にしたのです。加えて、開発コストや速度の面での技術革新や開発手法革新が、継続的な開発と提供の高速回転を可能にしました。試行錯誤を許容できるITシステム上のアドバンテージは、金融業の企業文化を変革する起爆剤にもなっています。
もともと金融業は情報産業であり、装置産業でした。金融機関や金融サービス産業はデジタル化の恩恵を最大限に活かしていくポテンシャルを有しています。私たちは、新結合2.0を目指し、デジタルトランスフォーメーションの壁を超えていく、そうした過程にあるのだと考えております。
中央銀行デジタル通貨
最後に、中央銀行デジタル通貨(CBDC)について、一言触れておきたいと思います。日本銀行では、昨年10月に「中央銀行デジタル通貨に関する取り組み方針」を公表したあと、この方針に沿って、実証実験に向けた準備を進めてきました。この春からはいよいよ実験を開始する予定です。
日本銀行として、現時点でCBDCを発行する計画はないとの考え方に変わりはありませんが、決済システム全体の安定性と効率性を確保する観点から、今後の様々な環境変化に的確に対応できるよう、しっかり準備しておくことが重要であると考えています。将来、CBDCが必要になった時点で初めて検討を開始するということでは適切でないとの考えは、海外の中央銀行においても共有されています。ちなみに、国際決済銀行(BIS)が最近行った調査によれば、65の対象中央銀行のうち、86%が何らかの形でCBDC発行のメリット・デメリットを分析しており、60%がCBDCに関する概念実証やパイロット実験について検討しています。日本銀行としては、デジタル社会の到来という大きな変化を迎える中、中央銀行マネーをどのような形で提供していくべきか、今回のテーマになぞらえれば、「セントラルバンキング・アズ・ア・サービス」(Central Banking as a Service)のあり方について、この機会にしっかりと検討しておきたいと考えています。
おわりに
今年のFIN/SUMは、昨年のFIN/SUMイベントと同様、コロナ禍のもとでの開催となりましたが、オンラインというテクノロジーも得て、金融界、テクノロジー業界をはじめ、様々な分野の方々が多数参加されていると伺っております。そこで多くの「新結合」が生まれることを心より祈念して、私からのご挨拶とさせて頂きます。
ご清聴ありがとうございました。