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【挨拶】フィンテックと金融イノベーションパリ・ユーロプラス主催フィナンシャル・フォーラムにおける挨拶の邦訳

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日本銀行総裁 黒田 東彦
2016年12月5日

目次

はじめに

本日は、パリ・ユーロプラス主催のフィナンシャル・フォーラムにお招き頂き、誠に光栄に存じます。

少年の頃、私はサイエンスやテクノロジーに憧れ、人類が惑星旅行を楽しんだり、世界中とテレビ電話で繋がる未来を夢見ていました。その後の科学技術の進歩をみると、惑星旅行の方はなかなか容易ではなさそうですが、一方で、情報技術の革新は、半世紀以上前の人々の想像をはるかに超えるスピードで、進んでいるように思えます。

そして、中央銀行に奉職している今、情報関連の新しいテクノロジーが、まさに金融分野に様々なイノベーションを起こしていることは、私にとって新たなチャレンジと興奮を与えてくれるものです。このような金融イノベーションは、世界の金融や経済に大きな変革をもたらす潜在力を持っているように思います。

そこで本席では、現在「フィンテック」という言葉で注目されている金融イノベーションについてお話しすることで、午後のセッションへの橋渡しができればと思います。

技術革新と経済成長を繋げる金融

イノベーションは常に経済成長の原動力であり、それだけに、経済政策に関わる者にとっても大きな関心事です。

歴史研究によれば、中世以前の世界経済の成長はかなり遅々たるものであり、産業技術の応用が進んだ近代以降になって、成長率は明確に上昇したとの見方が多いように思います。この中で、近代よりも少し前に誕生した金融業は、その後の産業技術革新を経済の発展に繋げる上で、大きな役割を果たしてきました。

すなわち、金融というインフラを通じて、有望な技術が見出され、そこに資金やリソースが集まることで、産業として大きく発展し、結果として技術が多くの人々と共有されていくことになります。歴史を振り返りますと、例えばT型フォードの誕生やライト兄弟の有人飛行は、実は20世紀に入ってからの出来事です。仮に金融なかりせば、その後自動車産業や航空産業、さらに、これらに関連する数多くの産業が瞬く間に成長し、20世紀の経済を牽引することなど、とても考えられなかったでしょう。

情報技術革新と金融イノベーション

このように、近代以降の産業技術革新は数多くの新たな産業を生み出しましたが、金融業は、これらの産業よりも前から存在していました。これは、「おかね」や「帳簿」、「会計」といった金融の基盤インフラが、近代より前に誕生していたことを背景としています。しかし現在、情報分野での技術革新が、金融業や金融サービスそのものに大きな変革をもたらす可能性が注目されています。

その背景としては、まず、金融はそれ自体が決済や投資判断、リスク管理といった高度な情報処理の集積であり、その意味で「情報産業」であることが挙げられます。さらに、現在の情報技術革新の中には、「ブロックチェーン」や「分散型元帳」など、金融の基盤インフラであるおかねや帳簿に大きな変革をもたらし得るものが含まれていることです。

加えて、金融に大きな影響をもたらし得る複数のイノベーションが、金融危機の前後に同時に登場したことも見逃せません。例えば、2007年のiPhoneの登場は、スマートフォンという、金融サービスへの新たなアクセス媒体の普及をもたらしました。また、2008年には、只今申し上げた「ブロックチェーン」および「分散型元帳」という新たな技術が誕生しました。さらに、この間のコンピュータの計算能力の飛躍的向上により、AI(人工知能)やビッグデ-タ分析も急速な進歩を遂げています。

加えて、金融危機後、とりわけ金融機関への公的資本注入の行われた国々において、金融分野への新規参入が人々に歓迎されたという事情も、「フィンテック」の動きを後押ししました。

金融イノベーションの潜在力

ブロックチェーンや分散型元帳に代表される情報技術を背景とする金融イノベーション、すなわちフィンテックは、金融サービスを変革する大きな潜在力を持っています。

まず、フィンテックは、金融サービスを「グローバル化」させる可能性があります。これまで金融サービスが国民に十分行き渡っていなかった途上国や新興国でも、今や携帯電話やスマートフォンは急速に普及しています。これに伴い、モバイルバンキングなどの活用を通じて金融サービスの普及を一気に進める「金融包摂」の可能性も、大きく拡がっています。実際、アジアやアフリカなどの途上国や新興国も、フィンテックやモバイルバンキングに強い関心を寄せています。

また、フィンテックが金融サービスの「個別化」を進める可能性もあります。すなわち、もともと「一人一台」という性格が強い携帯電話やスマートフォンを金融サービスの媒体とし、これにビッグデータ分析などを組み合わせることで、それぞれの顧客の属性に合わせたサービスを提供していくことが、より容易になっています。

さらに、フィンテックは、金融サービスを「バーチャル化」する可能性も持っています。情報技術革新に伴い、インターネットやスマートフォン、クラウド、AIなどが、金融サービスの新たなツールとなっています。これに伴い、今や、店舗やATMといった有形・固定のインフラは、金融サービスを提供する必要条件ではなくなってきています。

金融イノベーションのもたらす新たな論点

一方で、金融イノベーションは、新たな論点や課題をもたらしています。

まず、情報技術革新は、サイバー攻撃の手口をより巧妙にしています。また、金融サービスへのアクセス手段としてインターネットやスマートフォンがますます使われるようになるなど、金融ネットワークがよりオープンなものとなる中、サイバー攻撃への対応や情報セキュリティの確保が、一段と重要な課題になっています。

また、これまで金融当局は、銀行などのバランスシートから多くの情報を入手するとともに、自己資本規制や流動性規制など、バランスシートに制約を課す手段を用いることで、金融安定の実現を図ってきました。しかし、このような方策は、決済ビジネスに特化していたり、自らのバランスシートを使わずに個人間(P2P)融資などを行うフィンテック企業に対しては、必ずしも有効とは言いにくくなっています。その意味で、金融当局は、いかなる手段を通じて必要な情報を入手し、金融安定を実現していくのか、という新しい課題にも直面しています。

さらに、情報技術革新により可能となった、高頻度取引やアルゴリズム取引といった新たな形態の取引が、時に市場変動を増幅しているのではないか、といった論点もあります。もちろん、技術革新を通じた取引の効率性向上は、理念上は市場流動性の増加などに資すると考えられます。ただし、現実に各国市場で生じている現象なども踏まえれば、政策当局として、これらの新たな取引が市場に及ぼしている影響を、一段と深く理解していく必要があります。

もっとも、技術革新が新たな課題をもたらしているからといって、技術革新そのものの流れを止めることは賢明ではないように思われます。我々政策当局者は常に、技術革新のベネフィットを最大化し、負の側面を最小化するよう、努めていく必要があると考えます。

技術革新は、人間の「知的冒険」の産物ともいえます。より優れた発想を求める知的好奇心や、見つけた発想を他の人々にも伝えようというコミュニケーションへの切望は、まさしく人間の本質的な要素であり、止めることは難しいように思います。スマートフォンが急速に普及した一つの背景も、これが基本的に「コミュニケーションツール」だったからではないかと、私には思えます。

また、新しい情報技術が真に優れたものであれば、これを情報セキュリティの向上や金融取引への信頼確保など、課題の克服にも役立てることができるはずだと思います。例えば生体認証や暗号などの技術を磨いていくことも、金融イノベーションへの人々の支持を確保していく上で重要となります。

この間、情報技術革新が進み、コンピュータやAIがますます発達すれば、いずれ人間のやることが無くなってしまうといった見方も時に聞かれますが、私はこうした見方には懐疑的です。確かに、自動車や飛行機の登場によって、馬車や帆船への需要は激減しましたが、それで人間のやることが無くなった訳ではなく、むしろ、能力をより活かせる可能性が拡がったともいえます。本日ここでフランスと日本を繋ぐ会合が開催され、このように多くの方々にお集まり頂いているのも、まさにそうした技術革新の成果です。

ましてや、金融イノベーションが人間の可能性を奪うことは、考えにくいように思います。金融は、資金の送り手と受け手、貸し手と借り手といった複数の経済主体を繋ぎながら、人々が有限な資源をより生産性や成長性の高い分野に振り向けていくことを可能とする情報処理の体系といえます。したがって、金融イノベーションが金融の効率性を高めるものであれば、それは、各人の産み出す価値を他の人々と共有できる可能性を一段と拡げ、経済の発展にも寄与するはずだと考えられます。

例えば、フィンテックを通じて、途上国の人々が新たに金融サービスにアクセスできるようになり、これを通じて通信販売や通信教育などが使えるようになれば、生活水準の向上や、教育機会の新たな提供に繋がることになるでしょう。また、新しい情報技術やフィンテックを通じて、各人が産み出した発想にファイナンスが付きやすくなれば、これがビジネスとして大きく育つ可能性も高まります。これらを通じて、経済の成長も促されていくと考えられます。

日本銀行の取り組み

日本銀行は、フィンテックの健全な発展を促す観点から、本年4月に「FinTech センター」を設立しました。さらに、行内の関係部署が幅広く参加する「FinTech ネットワーク」も形成し、フィンテックに関する情報や知見の共有を図っています。

また、民間において、フィンテックを象徴する新技術の一つである分散型元帳技術に関する各種の実証実験が進められる中、中央銀行が支払・決済システムの安定といった責務を果たしていく上で、このような新技術への深い理解が一段と求められています。このような問題意識の下、日本銀行決済機構局のスタッフも、分散型元帳技術を実際に扱ってみることにより、一層理解が深化するよう努めているところです。ただし、この取組みの趣旨はあくまでも技術への理解を深めることにあり、銀行券や自らが運営する決済システムへの応用という趣旨ではないことは、強調しておきたいと思います。

日本銀行は、フィンテックの健全な発展を支援するとともに、これが金融サービスの利便性向上や経済活動の活性化に結び付いていくよう、中央銀行の立場からなし得る、最大限の貢献をしていく考えです。

おわりに

金融イノベーションを市場振興や経済発展に結び付けていくためには、人々の金融への信頼やセキュリティといった財産はしっかりと維持する一方で、新しい技術も積極的に取り入れながら、不断にインフラを革新していくことが求められます。

この点、フランスと日本の両国は、いずれも、伝統文化を大事にしながら、一方で新しい技術を積極的に取り入れ、両者の調和を図ってきました。私にとって、そうしたフランスの姿勢を象徴するものは、建設当初は賛否両論を巻き起こしつつも、今やパリの風景に溶け込んでいるエッフェル塔であり、ルーブル美術館の中央にそびえるガラスのピラミッドです。とりわけ、ナポレオン時代の2つの凱旋門からデファンスの新凱旋門へと一直線に繋がる光景は、近代以降の経済発展を支えてきた金融サービスが、新しい情報技術のもとでイノベーションを実現し、さらに大きく発展しようとする姿とも重なります。フランス、そして日本がこのような前向きな姿勢を採り続ける限り、金融イノベーションは、必ずや両国の市場や経済の発展に大きく寄与していくものと確信しております。

ご清聴ありがとうございました。

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