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2020年8月 8日 (土)
検定・採択より未来の「教科書」像を
2021年度から使用される中学校教科書をめぐり、社会科の歴史と公民で 育鵬(いくほう)社版の教科書を採択替えする自治体が相次いでいる。親会社の産経新聞は「リーダーシップを持った教育委員や首長の不在で、学校現場の意向に左右されやすい状況になっているのでは」と"専門家"の見方を紹介している(6日付)。
ここでは検定に合格した教科書の内容に、けちを付けるつもりはない。問題は、これまで「リーダーシップを持った教育委員や首長」に、採択教科書が左右されてきたことだ。教科書は「教科の主たる教材」(教科書発行法)として、極めて専門性の高いものである。現場の教員ですら、教科書と教師用指導書を見てはじめて学習指導要領の内容を理解するほどだという。素人である教育委員が全教科書を読んで好みを選ぶということ自体が「素人統制」たる教育委員会ののりを越えている。その意味では、結構なことだ。
とかく教科書といえば、検定や採択に注目が集まる。もちろん「教科の主たる教材」(教科書発行法)として教育水準の維持・向上に寄与し、義務教育では無償給与もされる教科書の意義を否定するものではない。
論じたいのは、そんなことではない。「教科書」自体が、曲がり角に来ていると認識すべきだろう。
そう考える理由の一つは、今般のコロナ禍である。最長3カ月にも及ぶ臨時休校措置で、教科書を最初から最後まで隅々教えることは物理的に不可能となった。文部科学省ですら「教科書を100%、学校の授業で教なくていい」(滝波泰・教育課程課長、「教育新聞」7月16日付)と言い始めている。もっとも、もとから教科書とはそういうものである。副教材やプリント類なども含め、現場の裁量で使いたいように使えばいい。
もっと大きな理由は、デジタル教科書時代の到来である。文科省が「デジタル教科書の今後の在り方等に関する検討会議」と「教育データの利活用に関する有識者会議」の初会合を、7月7日に相次いで開いたのが象徴的だ。指導要領のコード化と相まって、学年や教科を超えたカリキュラム・マネジメント(カリマネ)にも道が開かれよう。
関連して注目したいのは、7月27日に開催された中央教育審議会の教育課程部会での奈須正裕・上智大学教授の発表だ。テーマは「個別最適化された学びについて」だったが、従来の教科書に関して「教師による学級単位での一斉指導を前提に編纂(さん)されているため、そのままでは個別化された学びに用いることができず、学校や教師は別途での教材開発を余儀なくされる」と指摘した。
デジタル時代には一斉指導にも個別学習にも、さらには教科や学校という枠をも超えて使えるような、拡張性のある教科書の在り方が求めらるのではないか。そうなると、紙ベースの検定教科書をただPDF化するような現行のデジタル教科書では済まなくなる。検定制度の在り方はもとより、まだまだコンテンツ(学習内容)重視の指導要領の在り方も、コンピテンシー(資質・能力)ベースへと徹底的に転換する必要がある。
変化の激しい時代を想定すれば、コンテンツフリーも視野に入れるべきだ。デジタル教科書をプラットフォームにしてコンテンツをどんどん探し、そこから各自が「深い学び」につなげればいい。「習得」する内容が同一である必要もない。本気でポストコロナの教育を考えるというなら、そこまでラジカル(根源的)な指導要領と教科書の転換を模索すべきだろう。
余計なことを付け加えれば、デジタル化で教育ビッグデータを吸い上げて民間が活用できるようにすればいいだの、AIドリルによる個別最適化で一斉授業の時数が削減できるからSTEAM教育をやればいいだのといった皮相な"公教育"論にくみする場合でもない。
経済協力開発機構(OECD)がEducation2030プロジェクトで示すように、個人と集団と地球のウェルビーイング(幸福度)に向かって多様な他者と協働して主体的に学ぶ学習者のラーニング・コンパスとして、未来の教科書が役割を発揮できるのではないか。そんなことも視野に入れながら、今後の議論に注目したい。
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2020年8月 8日 (土) 社説 | 固定リンク
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