AIDS(後天性免疫不全症候群)とは

(2018年02月22日 改訂)

後天性免疫不全症候群(acquired immunodeficiency syndrome, AIDS, エイズ)は、ヒト免疫不全ウイルス(human immunodeficiency virus;HIV)感染によって生じ、適切な治療が施されないと重篤な全身性免疫不全により日和見感染症や悪性腫瘍を引き起こす状態をいう。近年、治療薬の開発が飛躍的に進み、早期に服薬治療を受ければ免疫力を落とすことなく、通常の生活を送ることが可能となって来た。とはいえ、2016年末現在、日本での新規感染者及びAIDS患者数は累計で2万7千人を突破した。また、世界中で感染者はおよそ3670万人、年間180万人の新規感染者と100万人のAIDSによる死亡者が発生している事実から考えると、いまだ人類が直面する最も深刻な感染症の一つと言っていい。また、自分やパートナーへの感染を予防し、且ついわれのない差別や偏見をなくすためにも、AIDS/HIV感染症に関する正確な情報を知ることはますます重要となっている。

はじめに

近年HIV感染症に対する治療薬や治療方法の進歩により、感染者の予後は飛躍的によくなった。国連合同エイズ計画(UNAIDS)によれば2016年の世界の新規HIV感染者数はいまだ180万人を数えるものの徐々に減り始めており、HIV新規感染が2010年当時より40万人減少し、死亡者数は年間100万人であるが、2010年よりは50万人も減っているという事実は、HIVに対して人類の反撃が功を奏してきているといっていいであろう[1]。これは、2011年にHPTN052試験の結果で、早期治療開始で感染を防止できる「Treatment as Prevention (TasP)」つまり、「治療による予防」が現実的方法であるという報告がなされたため[2]、世界保健機構(WHO)やUNAIDSが旗振り役となり発展途上国にも治療薬を行き渡らせようとする運動が急速に広がったことが大きく関係している。その結果、感染者における治療を受けている割合が、2010年の23%から2016年は53%へと劇的に増加した。特に子ども(15歳未満)の新規感染はこの6年で30万人から16万人と47%減少したことは特筆すべきことである。日本も最近10年間は新規感染者数が横ばいの状況にあるとはいえ、毎年1500人前後の新規感染者及びAIDS患者が発生しており、2016年には累計で2万7千人を突破した[3]。一方で、新薬が次々と発売され、一日一回しかも一錠飲めばいい薬も次々登場し、診断がつけば治療によりウイルスの増殖を抑制することは(少なくとも先進諸国では)それほど難しい時代ではなくなりつつある。しかし、治療を中断するとどんなに長期間ウイルス増殖を抑制できていたとしても、あっという間にウイルスの活性化が起こり、CD4陽性T細胞が減少しAIDS発症へと至る事だけは、30年前から何も変わっていない。しかも長期治療症例のなかには、ウイルスの抑制が良好であるにもかかわらず、通常より若年で癌や認知障害や骨粗鬆症などがみられるケースが増えて来ている。このことは、長期予後を視野に入れた治療薬の選択が今後非常に重要になってくることを意味している。このようにAIDS/HIV感染症に対する薬物治療の考え方は新しい段階に入ったといえる。

前々々回(2012年12月)、前々回(2014年1月)、前回(2015年4月)に引き続き、今回(2018年2月)『AIDSとは』の項の改定をおこなった。これまでの改定と同様に基本的なHIVの知識と最新の知見とをバランスよく配置することを心がけた。今回は少し間隔が空いたが、AIDS/HIV感染症の最新情報を速やかにお知らせするために、これからも可能な限り頻回にアップデートしていきたいと考えている。

疫学

(松岡 佐織、草川 茂)

1)世界のHIV感染動向

2017年7月に国連合同エイズ計画(UNAIDS)は2016年末時点での世界のエイズの流行の現状に関する報告書を発表した。この報告によると世界のHIV感染者数は3670万と推定される。新たな感染及び死亡者数は減少傾向にあるものの、2016年の1年間に新たに180万人がHIVに感染し、100万人がエイズ関連疾患で死亡した。そしてエイズの流行が始まって以来およそ7610万人がHIVに感染し3500万人がエイズ関連の疾病で死亡したと考えられる[1]。

2)日本国内のHIV感染動向

HIV感染症は感染症法に基づき発生報告が義務づけられている第5類感染症である。国内HIV感染発生数は厚生労働省エイズ発生動向委員会に報告され、この報告数が新規HIV感染・エイズ報告件数として公開されている。2016年の新規報告数は1448件(新規HIV感染者が1011例、新規エイズ患者は437例)となり、日本人国籍男性の同性間性的接触による感染が約6割を占めた(図1a )。調査を開始してからの累計報告数(凝固因子製剤による感染例を除く)は2.7万件を超えた(図1b )。

新規報告数が毎年増加していた2000 年代前半と比較して新規報告数は横ばいの状態が続いている。一方でHIV感染症は無症候期の長い慢性感染症であるため、生体内でHIV感染が成立してもが受診・検査行動に結びつかない場合は、感染者として把握・報告されない。実際、HIV感染後エイズ発症まで一般には5年以上を要するにもかかわらずエイズ発症により初めてHIV感染が判明する例(いわゆる「いきなりエイズ患者」)が毎年400件以上(新規HIV報告数の約3割)報告されている。したがって、実際の国内HIV感染者数は報告件数を大幅に上回っているとことが懸念される。HIV感染症は適切な治療によりエイズの発症を抑えることができることからHIV感染を早期に発見することが重要であり、同時に社会全体の感染拡大防止に繋がる。

図1. 厚生労働省エイズ動向委員会に報告された日本国内のエイズ発生動向[3]。 (a)新規HIV感染者(無症候性キャリア)及び新規エイズ患者(いきなりエイズ患者)報告数の年次推移。(b)累計報告数の推移

3)サブタイプ分類

HIVは、そのゲノムの構造の違いから HIV-1とHIV-2に分類され、HIV-1は遺伝学的系統関係からグループ M、N、O、P の4つに大別される(図2a)。現在の世界的流行の原因ウイルスは、HIV-1グループMに属するウイルスである。これらはさらに A-D、F-H、J、Kの9つのサブタイプ、さらにこれらの組換えゲノムを持つ組換体に分類される。この組換体のうち、ある地域における流行に重要な役割を果たしているものを組換型流行株(Circulating Recombinant Form、CRF)、それ以外のものを Unique Recombinant Form(URF)と区別する(図2a)。近年の世界流行の約半数はサブタイプ C によるもので、以下サブタイプ A、B、CRF02_AG、CRF01_AE、サブタイプ Gと続く(図2b)。一方我が国では、2003年から2008年に収集された臨床株の87.9% がサブタイプBであり、次いでCRF01_AE が8.4% 、サブタイプC 感染例は1.2%にすぎない(Antiviral Research (2010)88:72-79, Hattori ら)(図2cc)。このように地域によって流行しているサブタイプ/CRF の分布が異なっている。

図2. (a)HIVの分類。(b)2004年から2007年に報告された世界のHIV-1サブタイプ/CRF分布。(Hemelaarら, AIDS, 2011, 25: 679-689の図を改変。) (c)2003年から2008年の日本国内検体の HIV-1 サブタイプ/CRF。(Hattori ら, Antiviral Res, 2010, 88: 72-79のデータから作成。[4])

<最近の話題:国内におけるHIV-2感染例>

平成14年および18年に報告された、外国において感染し国内で同定されたHIV-2感染症例に続き、平成21年、愛知県における5例のHIV-2感染症例が報告された。うち3例は来日中のアフリカ系外国人男性であったが、残り2例は日本人女性で、国内においてアフリカ系外国人男性との性交渉によって感染したと推定される。今後もHIV-2感染症例が増える可能性が否定できない。これらの症例についてはすでに厚生労働省より健康危険情報が出されており、HIV-2感染例を念頭に置いた検査体制が取られている。

病原体

(藤野 真之、村上 努)

1)HIVの構造

HIVは直径約110 nmのRNA型エンベロープウイルスで、その粒子内部に約9,500塩基からなる2コピーの(+)鎖RNAゲノム、逆転写酵素やインテグラーゼなどのウイルス蛋白質を含むコア構造とそれを取り囲む球状エンベロープによって構成される(図3 )。ウイルス粒子の外側を構成するエンベロープには、糖蛋白質gp120とgp41の三量体からなる5-10個程度のスパイクが外側に突き出していて、標的細胞であるヘルパーT細胞やマクロファージ表面に発現しているCD4レセプターとケモカインレセプターCCR5またはCXCR4に結合して感染・侵入する。HIVは血清学的・遺伝学的性状の異なるHIV-1とHIV-2に大別される(図4)。HIV遺伝子は、両端に存在するLTR (long terminal repeat)と呼ばれる遺伝子領域と、gag, pol, envの3個の主要な構造遺伝子、tat,revの2個の調節遺伝子、nef, vif, vpr, vpu (HIV-1のみ), vpx (HIV-2のみ)の4個のアクセサリー遺伝子から構成され、複雑かつ精巧な遺伝子発現調節機構によって制御されている。

図3. HIV粒子の構造(模式図)。HIV遺伝子と遺伝子産物(この図では、HIV-1)の構造と構成を模式的に示す。ウイルス粒子内部に砲弾型のコア構造を持ち、その内部に約9,500塩基からなる2コピーの(+)鎖RNAゲノム、逆転写酵素やインテグラーゼなどのウイルス蛋白質を含む。ウイルス粒子の外側を構成するエンベロープには、糖蛋白質gp120とgp41の三量体からなる5-10個程度のスパイクが外側に突き出している。

図4. HIV遺伝子の構造。HIVは血清学的・遺伝学的性状の異なるHIV-1とHIV-2に大別される。HIV遺伝子は、両端に存在するLTR (long terminal repeat)、gag, pol, envの3個の主要な構造遺伝子、tat, revの2個の調節遺伝子、nef, vif, vpr, vpu (HIV-1のみ), vpx (HIV-2のみ),の5個のアクセサリー遺伝子から構成され、複雑かつ精巧な遺伝子発現調節機構によって制御されている。

2)HIVの複製サイクルと宿主細胞の感染抑制因子

HIVの複製サイクルは、「前期過程」と「後期過程」に大別できる(図5)。HIVは宿主細胞表面に発現しているCD4レセプターとケモカインレセプターCCR5またはCXCR4に結合する(吸着・結合)。引き続いてウイルス膜と細胞膜を融合させ(膜融合)、ウイルスのコアを細胞質に注入する。コアの崩壊(脱殻)に伴い、ウイルスの逆転写酵素の働きによってウイルス一本鎖RNAゲノムは二本鎖DNAに変換され(逆転写)、核内に導入される(核移行)。核内では、ウイルスのインテグラーゼの作用によって二本鎖DNAは宿主の染色体に組込まれる(ウイルスDNAの組込み)。ここまでが前期過程である。後期過程はまず、ウイルスDNAが宿主のRNAポリメラーゼとHIV調節遺伝子産物Tatの協調によってウイルスmRNAに転写される(転写)。ウイルスmRNAはHIV調節遺伝子産物Revなどの作用によって核外に輸送される(核外輸送)。細胞質では、Env蛋白質前駆体(gp160)、Gag蛋白質前駆体(Pr55Gag)、Gag-Pol前駆体(Pr160GagPol)が合成され、細胞膜(形質膜)に輸送される(翻訳・輸送)。細胞膜直下で感染性を有しない未成熟ウイルス粒子は宿主細胞表面から出芽・放出される(出芽・放出)。放出と同時または放出後にウイルスのプロテアーゼによって前述のGag蛋白質前駆体とGag-Pol前駆体は切断され、再構成された構造(コア構造)を形成し、感染性を獲得した成熟ウイルス粒子となる(成熟)。

図5. HIVの複製サイクルと宿主細胞の感染抑制因子。HIVの複製サイクルは、前期過程と後期過程からなる。1吸着(結合)、2膜融合、3脱殻、4逆転写、5核移行、6ウイルスDNAの組込みまでの過程を前期過程と呼び、後期過程は、7転写、8核外輸送、9翻訳/輸送(Env蛋白質)、10翻訳/輸送(Gag蛋白質)、11出芽/放出、12成熟までの過程を指す。これまでに見出されたHIV感染抑制因子(APOBEC3、TRIM5α、Tetherin/BST-2、SAMHD1)とその作用点を示す。

<最近の話題:HIV感染抑制因子(図5参照)>

2000年以降のHIVの基礎研究における最大の話題は、このウイルスと闘う宿主細胞の感染抑制因子(Restriction factors)とそれらに対抗するウイルス因子の両方に関する知見である。

1)APOBEC3蛋白質:最初に2002年に報告された抗HIV因子は、APOBEC3GをはじめとするAPOBEC3蛋白質である。この宿主因子の抑制機構は2つある。感染細胞においてウイルス粒子に取込まれると次の感染の逆転写過程において、1)シチジンデアミナーゼ活性によって合成されるウイルスDNAにおけるdCからdUに変異を入れる、2)ウイルスRNAに結合して逆転写過程そのものを阻害する。この抑制因子に対して、HIVは前述のアクセサリー遺伝子産物の一つであるVifを対抗因子として獲得している。Vifが感染細胞内で発現するとAPOBEC3と結合してユビキチン化し、Vifを含む複合体全体がプロテアソーム系によって分解することが示された。APOBEC3とVifの相互作用を阻害する化合物が新たな作用機序の抗HIV-1剤の候補として期待されているが、現在までのところ培養細胞レベルでのAPOBEC3-Vifの相互作用阻害活性と抗HIV-1活性を有する化合物は見つかってきてはいるが、抗HIV-1薬の候補となりうるほど高活性で低細胞毒性の化合物の報告には至っていない。

2)TRIM5α:2004年にアカゲザルにおける抗HIV-1因子として最初に報告されたのがTRIM5αである。TRIM5αは、細胞に侵入するHIV-1のコア(キャプシド蛋白質)に結合し、脱殻過程を促進することによってウイルスの逆転写および核移行の過程を阻害することが明らかにされた。さらに、TRIM5αがウイルスコアを認識することにより、細胞の先天的免疫を誘導するという興味深い結果も報告されている。残念ながら、HIV-1では、キャプシド領域のアミノ酸変異によってヒト細胞のTRIM5αに対する感受性は実際には弱い。今後の研究課題としては、TRIM5αによるウイルスコア認識の構造生物学的な理解と先天的免疫の誘導機構の解明などがある。

3)Tetherin(BST-2): 2008年にHIVの産生細胞からの放出を抑制する因子として報告されたのがtetherin(BST-2)である。この膜蛋白質は、HIV感染細胞から産生された子孫ウイルスを細胞膜で繋留しその放出を顕著に阻害する。これに対して、HIV-1はこの抑制因子に対してもアクセサリー遺伝子産物の一つであるVpuの作用によって対抗している。HIV-2はVpuを持っていないが、そのEnv蛋白質に抗tetherin活性を内蔵している。抗tetherinの作用機序としては、エンドサイトーシスによる細胞表面tetherinの分解やVpuによるtetherinの小胞体(ER)での捕獲とプロテアソーム依存的な分解が知られている。Tetherinについて興味深い点は2つある。一つは、tetherinはHIVのみならず広くエンベロープウイルスの細胞からの放出を抑制する活性を有していること、もう一つは、tetherinにはウイルス放出活性の他に、ウイルスの放出に伴いNF-kB分子の活性化を誘導するシグナル分子としての機能がある点である。

4)SAMHD1:2011年、SAMHD1が単球、樹状細胞やマクロファージ内でHIVの逆転写過程を阻害する宿主因子として同定された。SAMHD1はその酵素活性によって細胞内のデオキシヌクレオチド(逆転写酵素の基質)を分解してその量を減少させる。したがって、細胞内のデオキシヌクレオチド濃度が増殖細胞よりも低い樹状細胞やマクロファージにおいてHIVの逆転写過程で阻害する。HIV-1にはないが、HIV-2や一部のSIVにはあるアクセサリー遺伝子産物の一つであるVpx(図4)がこのSAMHD1をユビキチン・プロテアソーム系によって分解する対抗因子として存在する。HIV-1に実験的に外からVpxを供給すると、単球、樹状細胞における複製は促進される。それにも関わらずHIV-1が進化的にVpxを手放したのは、生体内におけるHIV-1の生存戦略においては、SAMHD1は必ずしもこのウイルスにとって都合の悪い抑制因子ではないのかもしれない。

5)その他のHIV感染抑制因子:以上の4つのHIV感染抑制因子の他に、ここ数年いくつもの感染抑制因子が報告されているが、以下代表的な2つを紹介する。まず、2013年に2つの研究室から同時に発表されたMxB (Mx2)である。この因子は、APOBEC3、TRIM5、tetherin(BST-2)と同様にインターフェロンによって誘導される宿主因子である。HIVのコア(キャプシド蛋白質)に結合し、核膜孔蛋白質等との相互作用を通じて核移行の過程を阻害すると考えられているが、その作用機構などについては未だ不明な点が多い。次に、2015年にこれも2つの研究室から同時に発表されたSERINC5 (serin incorpotator5)がある。この抑制因子はHIV-1粒子内(ウイルス膜)に取込まれ、Env蛋白質の高次構造の変化に影響を与えることによって、HIV-1と標的細胞の膜融合を阻害したり、ウイルスの中和抗体に対する感受性を高めたりする。HIV-1の対抗因子はアクセサリー蛋白質の一つであるNefであり、NefがSERINC5のHIV粒子への取込みを阻害することがわかっている。しかしながら、この因子に関する主な疑問点は、上述の膜融合阻害の詳細なメカニズムに加え、SERINC5による感染抑制は実験室(T細胞株における培養)に適応したHIV株で顕著に認められるがその抑制機構の詳細や、いわゆるprimary isolatesと呼ばれるHIVの多くはSERINC5による抑制に対して耐性を示すことが知られているが、実験室株とのどんな違いがSERINC5感受性の差を生み出しているのか、である。

以上のような宿主細胞における感染抑制因子とそれらに対するウイルスの抗感染抑制因子の存在から、SIVからHIVへ、すなわちサルからヒトへと種の壁を超えて宿主に適応してきたウイルスと宿主の攻防の歴史をみることができる。また、さらに重要なことは、感染抑制因子とHIVの抗感染抑制因子の相互作用が新しい作用機序を有する抗HIV薬剤開発の標的となりうることであり、今後のこの分野の新薬開発に対する貢献も期待される。

臨床症状

(吉村 和久)

1) 感染経路

主な感染経路には、(1)性的接触、(2)母子感染(経胎盤、経産道、経母乳感染)、(3)血液によるもの(輸血、臓器移植、医療事故、麻薬等の静脈注射など)がある。つまり、血液や体液を介して接触が無い限り、日常生活ではHIVに感染する可能性は限りなくゼロに近いといえる。唾液や涙等の分泌液中に含まれるウイルス量は存在したとしても非常に微量で、お風呂やタオルの共用で感染した事例は今のところ報告されていない。かように、HIVは体外に出るとすぐに不活化してしまう程脆弱なウイルスなのである。

2) 経過

HIV 感染の自然経過は感染初期(急性期)、無症候期、エイズ発症期の3期に分けられる(図6)。その間持続的に免疫システムの破壊が進行し、ほとんどの感染者は免疫不全状態へと至る。

図6. HIV感染症の経過。第21版HIV感染症「治療の手引き」(http://www.hivjp.org/guidebook/hiv_21.pdf)を一部改変。

I. 感染初期(急性期):HIV感染成立の2〜3週間後にHIV血症は急速にピークに達するが、この時期には発熱、咽頭痛、筋肉痛、皮疹、リンパ節腫脹、頭痛などのインフルエンザあるいは伝染性単核球症様の症状が出現する。症状は全く無自覚の程度から、無菌性髄膜炎に至るほどの強いものまで、その程度は様々である。初期症状は数日から10週間程度続き、多くの場合自然に軽快する。この時期に診断が出来ると、その後の治療及び経過に圧倒的に有利になる。そのため、アクティブな性行為感染症(STD: 梅毒、淋病、コンジローマ、クラジミアなど)を上記急性感染症状と同時に診た時は、HIV感染を考えてみることが重要である(表1)。

II. 無症候期:感染後の免疫応答(CTL誘導や抗体産生)により、ピークに達していたウイルス量は6〜8カ月後にある一定のレベルまで減少し、定常状態(セットポイント)となる。その後数年〜10年間ほどの無症候期を過ぎると、発熱、倦怠感、リンパ節腫脹などが出現し、帯状疱疹などを発症しやすくなる。この期間は、HIV感染症に特徴的な症状はほとんどないが、上述したSTDや肝炎、繰り返す帯状疱疹、ヘルペス、結核や口腔カンジダ
、赤痢アメーバなどがきっかけとなってHIV感染が判明することも少なくない(表1)。

table1
(独立行政法人国立国際医療研究センターエイズ治療・研究開発センターホームページより許可を得て転載させていただきました。)

III. エイズ発症期:感染後抗HIV療法が行われないとHIV感染がさらに進行し、CD4陽性T細胞は急激に減少してくる。CD4リンパ球数が200/mm3以下になるとカリニ肺炎などの日和見感染症を発症しやすくなり、さらにCD4リンパ球数が50/ mm3を切るとサイトメガロウイルス感染症、非定型抗酸菌症、中枢神経系の悪性リンパ腫などを普通の免疫状態ではほとんど見られない日和見感染症や悪性腫瘍を発症する(図7)。また、食欲低下、下痢、低栄養状態、衰弱などが著明となる。

現在では、きちんと服薬しさえすればウイルス量を測定感度以下まで抑え込むことができ、エイズへと至ることはほとんどなくなった。そのため、いかに早く診断し、適切な治療をはじめることが出来るかが、個人にとっても社会にとってもこの感染症の拡大を押さえ込むための最も重要なポイントといえるのである。

図7. HIV感染症の病状の経過図。CD4数が減少し、免疫能が低下するとともに日和見感染症や日和見腫瘍が見られるようになってくる。

<最近の話題:HAND>

HIV感染による認知障害ですぐに思い浮かべるのは、以前なら発症者に見られるエイズ脳症(AIDS Dementia Complex;ADC)だった。しかし、多剤併用療法が浸透してからは重篤な状態で脳症を発症する患者さんはめったにみなくなったため、多くの臨床医はそのことに関心を払わなくなっていた。ところが、近年感染症例の中に軽度の認知症例患者が多いことが報告され、がぜん注目を集めている。これは感染症例に見られる比較的軽度な認知障害をさすもので、HIV関連神経認知障害(HIV-Associated Neurocognitive Dysfunction;HAND)と呼ばれている。重症度により、1)顕著な機能障害を伴う認知障害(HIV-associated dementia;HAD)、2)軽度神経認知障害(Mild neurocognitive disorder;MND)、3)無症候性神経心理学的障害(asymptomatic neurocognitive impairment;ANI)の大きく3つに分類される。ANIの場合日常生活は問題なく行えるが、MNDになると日常生活に支障がでて支援が必要となり、HADでは入院による加療が必要となる場合がある。これまで、薬をきちんと飲めなかったりするのは本人にやる気がない為だと決めつけていなかっただろうか。しかし、実はこのような病態が潜んでいたとしたら、臨床の現場も患者さんへの対応を今一度見直さないといけないであろう。きちんと服薬していた真面目な患者さんが、急に飲み忘れが多くなったという経験を持っておられる方は、結構いるのではないだろうか。

病原診断

(草川茂)

1)HIV-1/2検査法

HIV 感染症の診断は、臨床知見(指標疾患)による臨床診断に加え、検査室レベルでの診断が行われる。HIV検査は偽陽性判定を除く目的で、スクリーニング検査と確認検査の2段階で行われる。検査の流れは、以下の図に示す通りである(図8)。

図8. HIV-1/2検査のフローチャート(HIV-1/HIV-2感染症診断ガイドライン2008および病原体検出マニュアル(感染研ホームページ)より引用)

スクリーニング検査では、感染検体を漏らさず検出することが求められることから、検出感度が優先される。抗体検出法としてイムノクロマトグラフィー法(IC法)、ゼラチン粒子凝集法(PA法)、酵素免疫抗体法(EIA法)、化学発光酵素免疫測定法(CLIA法)があり、いずれも抗HIV-1/2抗体の両方が検出できる。さらに、抗HIV-1/2抗体に加えてHIV-1抗原を検出することでウインドウ期を短縮できる、第4世代と呼ばれる抗原・抗体同時検出試薬が市販されている。スクリーニング検査では、ウインドウ期が短い第4世代試薬の使用が推奨される(後述)。

一方、感度より正確性(特異性)が優先される確認検査では、抗体確認検査としてウエスタン・ブロット法(WB法)が用いられている。しかしながら、感度に劣るWB法では、スクリーニング検査陽性でも陰性あるいは判定保留となることがある。明らかな感染リスクがある場合や急性感染を疑わせる症状がある場合には、核酸増幅検査(NAT)を行うことを考慮する必要がある。ただし、NATは偽陽性判定が出る危険性があるので、WB法陰性NAT陽性となった場合には、WB法陽性となるまでフォローアップすることが望ましい。HIV-1 WB法陰性NAT陰性となった場合には、HIV-2 WB法による確認検査を行う。HIV-2 WB法陰性と判定された場合でも、感染初期で抗体価が充分でない可能性があるので、後日再検査を行うことが望ましい。なお、現在体外診断薬として認可・販売されているHIV遺伝子検査試薬は、すべてHIV-1検出系でありHIV-2は検出できない。

HIV遺伝子検査試薬を用いた検査は、感染母体からの移行抗体があるために抗体検出試薬が有用ではない新生児の感染診断にも有効であるほか、献血の安全性の確保のためにも応用されている。一般的にHIV-1感染例における抗HIV-1抗体(IgMとIgG)のみを検出できる試薬の感染性ウインドウ期(下図)は22日程度とされている。抗原も同時に検出できる第4世代試薬のウインドウ期は数日短く、NATではさらに短く11日程度といわれている。NAT法の導入によって、抗体ウインドウ期にある献血者が未然に発見され、輸血用血液の安全性の確保に役立っている。加えて、2000年代より我が国でもHIV-2感染例が報告されるようになったことから、日本赤十字社の全てのNAT検査施設で、NATによるHIV-2の検出も行われている。

図9. HIV感染初期のウイルスマーカーの変化とウインドウ期(HIV検査・相談マップ:HIVまめ知識(厚生労働省科学研究費エイズ対策研究事業ホームページ)より引用)

また、HIVに感染するリスクのある行為からHIV陽性と判定されるまでの期間は1〜3ヶ月といわれている。HIV検査を受けて陰性と判定された場合でも、そのような行為から3ヶ月未満であった場合には、3ヶ月目以降にもう一度検査を行う必要がある。

なお、感染研ホームページからリンクされている、病原体検出マニュアル(http://www.nih.go.jp/niid/ja/labo-manual.html)内に、HIV感染診断法について詳細に記載されているので、そちらも参照されたい。

<最近の話題:Geenius HIV-1/2 Confirmatory Assay>

欧米で、WB法に代わる新しい確認検査用試薬として、抗HIV-1/2抗体鑑別系試薬「Geenius HIV-1/2 Confirmatory Assay」がシェアを広げている。IC法とほぼ同じ簡易な操作で迅速に判定が可能なこと、専用のリーダーを用いることで、自動的に測定・判定を行い、その結果が電子データとして保存・出力が可能なことや、抗HIV-1/2抗体の交差反応が見られる検体でも鑑別が可能であること等の特徴を持つ。米国やEU、カナダにおいても検査試薬として承認を受けている。WB法が抱える弱点を克服しており、我が国にも導入が期待されている。

治療

(杉浦 亙、吉村 和久)

1) HIV感染症の薬物治療

3剤以上の抗HIV薬(antiretroviral drug: ARV)を組み合わせて服用する多剤併用療法(Combination Antiretroviral Therapy: cART)が今日のHIV感染症の標準治療法である。cARTは1996年のプロテアーゼ阻害剤の実用化とともに始まり大きな治療実績をあげてきた。この22年間に多くのARVが開発されており、現在までに核酸系逆転写酵素阻害剤(Nucleoside Analogue RT Inhibitor: NRTI)、非核酸系逆転写酵素阻害剤(Non-Nucleoside RT Inhibitor: NNRTI)、プロテアーゼ阻害剤(Protease Inhibitor: PI)、インテグラー阻害剤(Integrase Strand Transfer Inhibitor: INSTI)、CCR5阻害剤が実用化されている(表2)。また、本邦でも3-4剤が1錠になった合剤が2013年から使用可能となり、1日1回1錠という治療が一般化してきた。日本では承認されていないが、融合阻害剤enfuvirtideは米国をはじめ多くの国で使用されている。ARTの進歩は単に薬剤の種類が増えただけでなく、ARVの性能が改良されており、ART黎明期に比べると格段に強い抗ウイルス活性、長い血中半減期そして難薬剤耐性獲得性が実現されている。これらの改良は服薬回数の軽減につながり、治療の成功率は飛躍的に向上している。

表2. 日本で承認されている抗HIV薬剤一覧(2017年11月現在)
tbl2 20150511

近年HIV感染病態の研究が進展し、それに伴いART治療戦略が変わりつつある。従来は慢性毒性のリスクを下げるために末梢血中CD4+T細胞数値が250個/μlを切るまでARTを保留していたが、その後500個/μlでの導入が推奨されたのち、現在では診断即治療が一般的となっている。これは、2011年にHPTN052試験の結果で、早期治療開始で感染を防止できる「Treatment as Prevention (TasP)」つまり、「治療による予防」が現実的方法であるという報告がなされたことと、SMART /START studyにより早期治療開始群に比べ、治療を待った方にAIDS非関連疾患の増悪が顕著に多かったことに起因している。2015年にWHOが診断即治療を推奨するに至り、世界的に感染が判明し次第可及的速やかに治療を行うこととなった[5](図10)。

図10. CD4数による治療開始基準の変遷 (IAS, DHHS, WHO, EACSガイドラインの比較). IAS: International AIDS Society, DHHS: U.S. Department of Health and Human Services, WHO: World Health Organization, EACS: European AIDS Clinical Society([5]の図から一部改変)。

2) 薬剤耐性の動向

AMEDエイズ対策実用化研究事業「国内流行HIV及びその薬剤耐性株の長期的動向把握に関する研究(以下薬剤耐性班)」では2003年より新規HIV/AIDS診断症例を対象に疫学調査を実施しているが、調査報告によれば我が国のHIV感染流行の主体は「日本人」、「男性」、「男性同性間性的接触(MSM)」そして「サブタイプB」であり、この傾向は調査を開始してから一貫している。新規HIV/AIDS診断症例における薬剤耐性HIVの保有率は図11に示す様に2003年の5.8%以降徐々に検出率は増加しており2010年には11.7%に達している。その後2011−2015年は顕著な増減は無く8.0-9.0%を推移している。2016年は10.2%と久々に10%を越えた。観察される薬剤耐性変異の種類はNRTIが最も多く、次いでPI、そしてNNRTIとなっている。2012年以降はINSTI耐性変異も調べるようになって、2013-2015は数例確認されたが、2016年はゼロであった。個別の変異についてみるとNRTI耐性のT215X、NNRTI耐性のK103N、そしてPI耐性のM46I/Lは毎年必ず検出されており、これらの変異を有する株は既に流行株としてハイリスク集団に定着していると危惧される[4]。

一方ARTにおける薬剤耐性の影響であるが、ARVの進歩により薬剤耐性が原因でウイルス学的治療失敗に陥る症例の頻度は少なく、薬剤耐性班による調査では2009年の調査では1.5%だったものが、2014年の調査では1.1%に減少していた[6]。

図11. 新規HIV/AIDS診断症例に観察される薬剤耐性変異獲得症例の頻度。

<最近の話題:PrEP(Pre-exposure prophylaxis、暴露前予防投与)>

2007年から2009年にかけて南アフリカにおいて行われた1% テノフォビル (TDF) ゲルの膣内投与臨床試験(CAPRISA004)では、TDFゲルを使用した被験者群でHIV感染率が有意に低い結果が得られ、HIVに暴露する前のARV投与がHIV感染予防に有効である事が実証された[7]。2016年にLancetに報告されたイギリスのPROUD Studyでは、PrEP群で感染リスクが86%も減少した[8]。2012年にはFDAがアメリカでツルバダの予防投与を承認し、2014年にはCDCが、2015年にはWHOがPrEPのガイドラインを策定した。コストや、副作用、耐性などの問題はあるが、効果的な予防法の一つとして海外では定着しつつある。日本においても、2018年2月から一部の施設でPrEPの試験的な施行が始まったばかりである。

  1. UNAIDS Fact sheet, Latest statistics on the status of the AIDS epidemic; http://www.unaids.org/en/resources/fact-sheet
  2. Cohen MS, Chen YQ, McCauley M, et al. Prevention of HIV-1 infection with early antiretroviral therapy. N Engl J Med. 2011, 365: 493-505.
  3. 厚生労働省エイズ動向委員会:平成28(2016)年エイズ発生動向年報; http://api-net.jfap.or.jp/status/2016/16nenpo/16nenpo_menu.html
  4. Hattori J, Shiino T, Gatanaga H, Yoshida S, Watanabe D, Minami R, et al. Trends in transmitted drug-resistant HIV-1 and demographic characteristics of newly diagnosed patients: Nationwide surveillance from 2003 to 2008 in Japan. Antiviral Res 2010,88:72-79.
  5. Yoshimura K. Current status of HIV/AIDS in the ART era. J Infect Chemother. 2017;23:12-16.
  6. Miyazaki N, Sugiura W, Gatanaga H, Watanabe D, Yamamoto Y, Yokomaku Y,Yoshimura K, Matsushita S; Japanese HIV-MDR Study Group. The Prevalence of High Antiretroviral Coverage and Viral Suppression in Japan: an Excellent Profile for a Downstream Human Immunodeficiency Virus Care Spectrum. Jpn J Infect Dis. 2017;70(2):158-160.
  7. Karim QA, Karim SS, Frohlich JA, Grobler AC, Baxter C, Mansoor LE, et al. Effectiveness and Safety of Tenofovir Gel, an Antiretroviral Microbicide, for the Prevention of HIV Infection in Women. Science 2010.
  8. McCormack S, Dunn DT, Desai M, et al. Pre-exposure prophylaxis to prevent the acquisition of HIV-1 infection (PROUD): effectiveness results from the pilot phase of a pragmatic open-label randomised trial. Lancet. 2016;387(10013):53-60.

発生動向調査について

感染症法に基づき、エイズ・HIV 感染者の発生動向は、毎3カ月間隔で厚生労働省が主催するエイズ動向委員会によって、各都道府県を通じて厚生労働省に報告された過去3 カ月間の症例を集計した結果に基づき分析がなされ、公表される。集計結果は、性別・感染原因、性別・年齢、性別・感染地域等のカテゴリー別にまとめられ、発生動向が多角的に分析され、厚生労働省ホームページ(http://www.mhlw.go.jp)に掲載される。

感染症法における取り扱い (2018年2月時点)

「後天性免疫不全症候群」は全数報告対象(5類感染症)であり、診断した医師は7日以内に最 寄りの保健所に届け出なければならない。

届出基準はこちら

(国立感染症研究所エイズ研究センター 吉村 和久)

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

AltStyle によって変換されたページ (->オリジナル) /