(IDWR 2002年第7号)
本来、クラミジア肺炎とは、クラミジアによる肺炎という意味であり、肺炎クラミジア、トラコーマ・クラミジア、オウ ム病クラミジアによる肺炎が含まれる。しかし、肺炎クラミジアならびにトラコーマ・クラミジアによる肺炎と、人獣共通感染症でしかも症状の強いオウム病と は病態や対応が異なるため、区別して扱われており、感染症法では前2者をまとめてクラミジア肺炎(オウム病を除く)として分類している。
病原体
クラミジアは細胞内でのみ増殖する偏性細胞内寄生微生物であり、DNA とRNA を有し、2分裂で増殖する。感染性の基本小体が宿主細胞に吸着・侵入し、封入体の中で増殖形態である網様体に変化して分裂増殖した後に、再び基本小体に戻 り、細胞破壊と共に細胞外に放出されるという特異なライフサイクルを有する(IDWR2001年第45号「感染症の話」)。
1992 年以降、クラミジア(Chlamydia)はC. trachomatis (トラコーマ・クラミジア)、C. psittaci (オウム病クラミジア)、C. pneumoniae(肺炎クラミジア)、C. pecorum (クラミジア・ペコルム)の4 種に分類され、前3者がヒトに病原性が確認されている。1999 年に提唱された新分類では、トラコーマ・クラミジアは従来どおりChlamydia 属に、また肺炎クラミジアはC. psittaci、C. pecorum とともにChlamydophila 属に再編された。
疫 学
・C. trachomatis 肺炎
C. trachomatis 肺炎の発生は新生児、乳児期にほぼ限られる。感染母体からの新生児・乳児肺炎の発症は3〜20%と高率であると報告されているが、本症は4 類感染症定点報告の疾患であり、正確な発生数の把握はされていない。成人では、性感染症として咽頭に感染することが知られているが、免疫低下時以外は肺炎 にいたることはきわめてまれである。
・C. pneumoniae 肺炎
C. pneumoniae による疾患としては急性上気道炎、急性副鼻腔炎、急性気管支炎、また慢性閉塞性肺疾患(COPD)を主とする慢性呼吸器疾患の感染増悪、および肺炎である。C. pneumoniaeは 市中肺炎の約1 割に関与するが、発症年齢がマイコプラズマ肺炎と異なり、小児のみならず、高齢者にも多い。性差ではやや男性が多い。また、他の細菌との重複感染も少なく ない。家族内感染や集団内流行もしばしば見られ、集団発生は小児のみならず高齢者施設でも報告されている(IASR Vol.22 No.6 p10 (144 ))。感染既往を示すC. pneumoniae IgG 抗体保有率は小児期に急増し、成人で5〜6 割と高い。この抗体には感染防御の機能はなく、抗体保有者も何度でも感染し発症し得る。
感染症発生動向調査によるクラミジア肺炎の定点からの年間報告数は、1999 年(14 週以降)が129 例であり、また2000年では178 例であった。性別では、1999 年が男性63%、女性37%で、2000年が男性58%、女性42%でいずれも男性が多かった。年齢ではいずれも0〜14 歳と65 歳以上に多く見られた。季節的には特定の傾向は認められなかった。実際にはマイコプラズマ肺炎と比べて、多くの症例が確定診断をされずに異型肺炎として治 療されている可能性があり、この報告数は実情よりかなり低いものと思われる。また生後6 カ月未満の症例には、C. pneumoniae とC. trachomatis が混在しているものと思われるが、現時点での把握は困難である。
病態生理 (図1)
・C. trachomatis 肺炎
クラミジア子宮頸管炎をもつ母親から分娩時に産道感染し、生後3カ月までの間に肺炎を来たす。結膜炎、鼻炎を先行することが多い。
・C. pneumoniae 肺炎
ヒトを宿主とし、飛沫感染で伝播して主に急性呼吸器感染症を起こす。感染から症状発現までの潜伏期間は3 〜4 週間で、接触が密接な者の間で小規模に緩徐に広がる。肺炎発症の機序としては、上気道に初感染し下降して肺炎に至るものが主とされるが、上気道感染巣から 血行性にいたる経路もありうる。本菌による肺炎では非定型肺炎の病態を示し、クラミジアの即時細胞毒性や免疫反応の関与も考えられている。また最近、C. pneumoniae は血管などに慢性感染も起こしうることが明らかとなり、動脈硬化性疾患に関わる疑いが指摘されている。
図1. クラミジア肺炎の感染経路と病態
臨床像
・C. trachomatis 肺炎
新生児・乳児肺炎は通常は無熱であり、多呼吸、喘鳴、湿性咳嗽などの呼吸器症状を呈する。一般に、酸素投与や人工呼吸を要する症例は少ないが、低出生体重児などでは重症化する場合もある。
・C. pneumoniae 肺炎
上気道炎、気管支炎では乾性咳嗽が主体で、肺炎では喀痰を伴うこともある。遷延性の激しい咳嗽を有する症例が比較的多い。38 °C以上の高熱を呈する症例はあまり多くない。小児においては比較的軽症の症例が多いが、高齢者や基礎疾患を持つ例では重症例も見られる。一方で症状を欠く 無症候性感染もまれでなく、本来は自然治癒傾向が強い。他は咽頭痛、鼻汁、嗄(さ)声、呼吸困難などであるが、特異的な臨床所見に乏しい。
検査・診断
・C. trachomatis 肺炎
新生児肺炎では、胸部X 線像で両側肺野にび慢性の粒状影やスリガラス影などの間質性肺炎を認め、ときに過膨張を呈する。白血球増多はないが、末梢血好酸球数は増加する。CRP や赤沈は上昇、ときにIgM の上昇を認める。病原体検出法としては、抗原検出法として、直接蛍光抗体法、酵素抗体法などでクラミジア抗原を検出するほか、DNA 診断法(PCR, LCR)で特異遺伝子を検出する。分離も一部の施設では試みられる。また、血清中の抗C. trachomatis 抗体を測定する方法もある。
・C. pneumoniae 肺炎
胸部X 線陰影の分布は主として中下肺野に多く、複数の部位に認めることもある。陰影の性状は、軽症では間質性陰影が主体であるが、実質性陰影を呈するものも多 く、特徴的な所見はない。CRP や赤沈上昇が多く認められるが、10,000/mm 3 以上の白血球増多は約半数に留まる。特異的診断としては、病原体検出を咽頭ぬぐい液などから試みるが、分離は困難なため、酵素抗体法(属特異抗原検出キッ ト)、DNA 診断法(PCR)などが用いられる。通常、血清中の抗C. pneumoniae 抗体を証明する抗体価測定法がもっぱら利用される。Micro‐immunofluorescence(MIF)法は標準法とされるが、一般には ELISA 法による特異抗体測定キットが普及し利用されている。血清診断では原則として、ペア血清での有意な抗体価上昇で診断する。
鑑別すべきものには、マイコプラズマ、ウイルス、リケッチア、他のクラミジアの感染症などがあるが、これらと、あるいは一般細菌との混合感染もしばしば認められる。臨床所見のみから鑑別することは困難である。
治療・予後
細胞壁合成阻害薬であるペニシリン系やセフェム系などのβ‐ ラクタム系薬ではクラミジアの増殖を阻害できず、臨床的に無効である。また、アミノ配糖体も無効である。
新生児・乳児のC. trachomatis 肺炎では、テトラサイクリン系薬が児の歯牙黄染や骨発育障害を来たす恐れがあるため投与しない。通常はマクロライド系薬を使用し、エリスロマイシンの点滴静注などを行う。母親に対する治療も行うが、授乳の関係でマクロライド系薬が望ましい。
C. pneumoniae 肺炎の成人での第一選択薬は、ミノサイクリン、ドキシサイクリンなどのテトラサイクリン系薬や、ニューマクロライド系のクラリスロマイシン、アジスロマイ シンなどであるが、ニューキノロン系薬も抗クラミジア効果が優れたものがある。投与期間はクラミジアの特殊な増殖様式から、10日から2週間と長めの投与 が望ましい。軽症例に対して通常は内服抗菌薬で十分効果が得られるが、中等度以上の肺炎で入院が必要な場合はミノサイクリンなどの点滴静注を行う。予後は 通常良好であるが、高齢者や基礎疾患を有する患者では重症化することもある。
一般治療として、激しい咳には鎮咳剤を投与する。肺炎が広範囲で呼吸困難が強く低酸素血 症があれば、酸素吸入を行なう。ARDS や器質化肺炎を来たした場合は、有効な抗菌薬とステロイドの併用も考慮する。 家族や身近な人の症状を聞いて家族内感染や流行が疑われた場合には、有症者の検査、治療を行うことが望ましい。
感染症法における取り扱い(2012年7月更新)
「クラミジア肺炎(オウム病を除く)」は定点報告対象(5類感染症)であり、指定届出機関(全国約500カ所の基幹定点医療機関※(注記))は週毎に保健所に届け出なければならない。
※(注記)300人以上収容する施設を有する病院であって内科及び外科を標榜する病院(小児科医療と内科医療を提供しているもの)
届出基準はこちら
(国立感染症研究所ウイルス第一部 岸本寿男)