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福島全域における森林林床の有機物層137Cs濃度の時空間分布変化を数値モデルにより予測
—原発事故からの10年とこれからの10年—
(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会同時配付)
国立研究開発法人国立環境研究所
国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所
この結果により、森林生態系の137Cs汚染の今後のより正確な把握やその影響下にある流域生態系における効率的な汚染管理への応用が期待されます。
本研究の成果は、2023年6月1日付でElsevier社から刊行される環境科学分野の学術誌『Environmental Pollution』に掲載されます。
1. 研究の背景と目的
2011年の福島第一原子力発電所事故により、東日本を中心に森林生態系が137Csで広く汚染されました。森林生態系ならびに下流に位置する河川流域の動植物の137Cs汚染の将来推移を理解するには、137Csを生物に利用されやすい形態で保持する森林の地表(林床)の有機物動態の把握が重要です参考1。そのため、これまで野外観測などで林床有機物層137Cs濃度のモニタリング研究が行われてきました。しかし、有機物層の137Cs濃度の福島県全域の広域汚染の実態やまた事故後の経時変化については、これまで明らかになっていませんでした。
そこで、国立環境研究所地球システム領域の仁科らの研究チーム(以下「当研究チーム」という)は、これまで開発してきた放射線生態学モデル"FoRothCs"を用いた数値シミュレーションによって、福島県下における森林生態系の林床有機物層の137Cs濃度の2011年から20年間の時空間的分布を計算しました。この研究により、福島県の広域汚染の実態を把握し、137Csで汚染された地域における森林や流域の生態系管理に役立てることを目的としました。
2. 研究手法
本研究では仁科・林が開発した放射線生態学モデルの一つであるFoRothCsモデルを用いて、福島県下で1m2あたり10,000Bq以上の137Cs沈着があった森林生態系において、森林生態系内の137Cs動態の2011年から20年間の変化を評価しました。FoRothCsモデルは森林バイオマス成長や有機物の分解等を扱うことができ参考2、森林の植生タイプ、林齢や気象要因などの環境要因を入力データに利用するモデルです。本研究では、250m四方の空間解像度で計算しました。
本モデルにおける林床の有機物層の137Cs動態の概略を図1に示します。2011年3月に大気中から降下した137Csは林冠の樹木の葉や林床の有機物層に沈着しました。林冠と林床のどちらに沈着するかは事故時の植生の展葉状況で異なり、コナラなどの落葉広葉樹林では展葉前であったためほとんどが直接林床に沈着したのに対し、スギなどの常緑針葉樹林では林冠の葉に多く沈着しました。林冠に沈着した137Csの一部は植物体に取り込まれますが、その他は降雨による洗い流しや落葉落枝によって林床に移動します。そして、林床の有機物層に移動した137Csは、有機物の分解や降雨による溶脱作用をうけて土壌層に移動します。土壌の137Csは樹木の根から吸収されて再び林冠の葉に移動し、この循環を繰り返します。また土壌から上方の有機物層へ糸状菌等の微生物の作用により移動するプロセスもあります。FoRothCsモデルではこれらの過程を計算し、林床有機物層の137Cs濃度を推定します。
3. 研究結果と考察
FoRothCsモデルによる計算結果を図2に示します。林床における有機物層の137Cs濃度の広域分布は本研究により初めて推定されました。林床の有機物層における137Cs濃度の地理的分布は、主に137Csが事故後最初に大気中から沈着したときの濃度差を反映し、浜通り(福島県東部)で高い値を示しています。林床の有機物層における2011年の137Cs×ばつ10-1kBq kg-1から ×ばつ103kBq kg-1×ばつ10-1kBq kg-1から ×ばつ104kBq kg-1の範囲でした。落葉広葉樹林では林床に直接初期沈着するため、常緑針葉樹林の林床有機物層137Cs濃度に対して初期濃度が高くなる傾向にあります。事故後10年で137Cs濃度は急減し、2021年における137Cs×ばつ10-2kBq kg-1から ×ばつ10kBq kg-1×ばつ10-1kBq kg-1から ×ばつ102kBq kg-1の範囲でした。いずれの植生タイプにおいても、事故後10年は137Csの物理学的半減期(約30年)を大きく上回る速さで濃度が減少していることが示されています。
次に、林床有機物層の137Cs濃度の経時変動に環境要因がどのように影響しているか調査しました。図3は137Cs沈着量の影響を除くために沈着量が一定であったと仮定した場合の林床有機物層の137Cs濃度(標準化137Cs濃度という)を示しています。この林床有機物層の標準化137Cs濃度は年平均気温と相関がありました。とくに事故から2021年以降には、年平均気温に対して負の相関が示され、冷涼な地域(つまり高標高地)では、林床有機物層の137Cs濃度が相対的に高くなる傾向があることが明らかになりました。これは、冷涼な地域では林床有機物の分解が遅く、137Csが有機物層に留まりやすいことが要因の一つとして挙げられます。経年変化を考える上で、気象要因によって地点間差が生まれることを本研究はより定量的に明らかにしました。
本研究では、これまで得られた観測結果をもとにモデルを検証し、林床有機物層の137Cs濃度の推定精度を確認しています。しかし、当研究チームらも貢献した、2020年に行われた6つの異なる放射線生態学モデルを相互比較した国際研究の結果では、過去の観測期間内においては6つモデルの結果は観測結果と概ね一致した一方、将来期間ではモデル間で予測結果が大きく異なり、高い不確実性があることが指摘されています参考3。そのため2031年の推定結果にはまだ大きな不確実性を孕んでいることに留意が必要です。予測精度の向上のためには、今後のフィールド観測の継続やより詳細な森林生態系内での137Cs動態の理解が重要になります。
4. 今後の展望
林床有機物層の汚染状況の地理的分布には事故直後の137Csの沈着量が最も影響していますが、植生タイプ(常緑針葉樹林か落葉広葉樹林か)や年平均気温の違いがその後の経時変化に大きな影響を与えていることが明らかになりました。今回の研究結果は、広域かつ長期にわたり放射能汚染された森林や流域の生態系を管理していく上では、137Csの初期沈着量の多寡だけでなく標高や植生分布の違いも考慮し、137Cs汚染源のホットスポットになる可能性がある地域がどのように変化していくかを明らかにしていくことが重要であることを示唆しています。
5. 注釈
参考1: 水辺の生き物に取り込まれる放射性セシウム 淡水魚の放射性セシウムはなぜ高いのか
https://www.nies.go.jp/fukushima/magazine/research/202303.html?utm_source=NIES_OfficialSite&utm_medium=referral&utm_campaign=20230403
参考2: 森林生態系における放射性セシウム分布の将来予測
https://www.nies.go.jp/kanko/news/38/38-2/38-2-03.html
参考3: 木材の放射性セシウム濃度の予測幅は時間とともに増大する -6つの最新モデルで事故後50年間を予測-
https://www.ffpri.affrc.go.jp/research/saizensen/2021/20211018-02.html
6. 研究助成
本研究の一部はJSPS KAKENHI Grant Number 16H01791, 16H04945の支援を受けて実施されました。
7. 発表論文
【タイトル】
Estimation of spatio-temporal distribution of 137Cs concentrations in litter layer of forest ecosystems in Fukushima using FoRothCs model
【著者】
Kazuya Nishina, Seiji Hayashi, Shoji Hashimoto, Toshiya Matsuura
【掲載誌】Environmental Pollution
【URL】https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0269749123006073?via%3Dihub(外部サイトに接続します)
【DOI】10.1016/j.envpol.2023.121605(外部サイトに接続します)
8. 発表者
本報道発表の発表者は以下のとおりです。
国立研究開発法人国立環境研究所
地球システム領域 物質循環モデリング・解析室
主任研究員 仁科一哉
福島地域協働研究拠点
グループ長 林誠二
国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所
立地環境研究領域
主任研究員 橋本昌司
東北支所
グループ長 松浦俊也
9. 問合せ先
【研究に関する問合せ】
国立研究開発法人国立環境研究所 地球システム領域
物質循環モデリング・解析室 主任研究員 仁科一哉
【報道に関する問合せ】
国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室
kouhou0(末尾に"@nies.go.jp"をつけてください)
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