チャレンジ25ロゴ
東京電力福島第一原子力発電所から放出された放射性物質の大気中での挙動に関するシミュレーションの結果について(お知らせ)
(環境省記者クラブ、筑波研究学園都市 記者会同時発表)
独立行政法人国立環境研究所
地域環境研究センター
センター長 : 大原 利眞(029-850-2491)
研究員 : 森野 悠 (029-850-2544)
国立環境研究所の研究グループは、平成23年3月11日に発生した東日本大震災に伴う事故によって東京電力福島第一原子力発電所から放出された放射性物質の大気中の挙動を明らかにするために、日本中央域を対象とした大気中での移流・拡散・沈着過程のシミュレーション(大気輸送沈着シミュレーション)を実施しました。その結果、放射性物質の影響は福島県以外に、宮城県や山形県、岩手県、関東1都6県、静岡県、山梨県、長野県、新潟県など広域に及んでいることが明らかになりました。また、モデル解析から、福島第一原発で放出されたヨウ素131の13%、セシウム137の22%が日本の陸地に沈着して、残りは海洋に沈着するか、モデル計算領域外に輸送されると推計されました。本研究成果は、Geophysical Research Letters(アメリカ地球物理学連合発行)誌の学会員向け電子版に8月11日付けで掲載されました(*1)。
内容
国立環境研究所の研究グループは、平成23年3月11日に発生した東日本大震災に伴う事故によって東京電力福島第一原子力発電所(以下、福島第一原発)から放出された放射性物質(ヨウ素131とセシウム137)の大気中における輸送沈着シミュレーションを実施した。シミュレーションには、米国環境保護庁で開発された三次元化学輸送モデル(CMAQ)を改良して利用し、図1の領域(水平分解能6km)において放射性物質の放出・移流・拡散・乾性沈着・湿性沈着(*2)の過程を計算した。放射性物質の性状や物理化学特性は沈着速度を決定する重要な要素だが、本研究ではヨウ素131はガス態と粒子態の割合が8:2で、セシウム137は全て粒子態と仮定した。放射性物質の放出量とその時間変化は日本原子力研究開発機構による推計結果(*3)を用いた。
計算された沈着量と、文部科学省による定時降下物の観測データとの比較結果を図2に示した。この定時降下物の採取には、バルクサンプラー(*4)を利用しているため、モデルで計算された沈着量と厳密な比較はできないが、ほとんどの観測地点で、モデルで推計された湿性沈着量・総沈着量(=乾性沈着+湿性沈着量)は観測値と一桁程度の範囲で一致していた。
モデル収支解析(表1)から、福島第一原発で放出されたヨウ素131の13%、セシウム137の22%が日本の陸地に沈着して、残りは海洋に沈着するか、モデル計算領域外に輸送されると推計された。主にガス態で存在するヨウ素131は、大気から地表面へ直接沈着する乾性沈着が主要であるのに対して、粒子態として存在するセシウム137は雨や雲へ取り込まれた後の湿性沈着が支配的と推計された。
ヨウ素131 の積算沈着量は大気濃度と同様に福島第一原発を中心に放射状に分布していたが、それに対してセシウム137の積算沈着量は、大気濃度と異なりホットスポット的に分布すると推計された(図3)。これは沈着過程の違いを反映しており、乾性沈着が主要な沈着過程であるヨウ素131は大気濃度と類似した沈着分布を示すのに対して、湿性沈着が主要な沈着過程であるセシウム137は、大気濃度に加えて降水の分布・タイミングが空間分布の重要な決定要因であるためである。
今後は、放出過程・沈着過程などを精緻化することによってシミュレーション精度を向上するとともに、実測データがない地域での汚染実態の把握や放射性物質の環境動態を解明する研究に活用する予定である。
**福島第一原発からの放出量で標準化
(画像をクリックすると拡大表示されます。)
注記説明
(*1) Morino, Y., T. Ohara, and M. Nishizawa: Atmospheric behavior, deposition, and budget of radioactive materials from the Fukushima Daiichi nuclear power plant in March 2011, Geophys. Res. Lett., doi:10.1029/2011GL048689, in press.
(*2) 乾性沈着・湿性沈着:前者は、大気中のガスや粒子が、拡散や重力、化学的な力などによって地面や海面に降下すること。後者は、ガスや粒子が雨や雪に取りこまれて地面や海面に降下すること。
(*3) Chino, M., H. Nakayama, H. Nagai, H. Terada, G. Katata, and H. Yamazawa (2011), Preliminary Estimation of Release Amounts of 131I and 137Cs Accidentally Discharged from the Fukushima Daiichi Nuclear Power Plant into the Atmosphere, J Nucl Sci Technol, 48(7), 1129-1134.
(*4) バルクサンプラー:大気降下物を採取する装置。湿性沈着物は100%の効率で採取しているが、乾性沈着物の採取効率は不明であることに注意が必要。
関連データのリンク先
-
国立環境研究所 東日本大震災関連ページ
・研究結果の解説記事
・ヨウ素131とセシウム137の大気濃度、沈着量、沈着積算量の空間分布(動画)
問い合わせ先
独立行政法人国立環境研究所 地域環境研究センター
大原利眞 TEL: 029-850-2491
森野 悠 TEL: 029-850-2544
関連新着情報
- 2025年5月12日更新情報「東京電力福島第一原子力発電所事故で生じた除去土壌等の県外最終処分実現に向けて」記事を公開しました【国環研View DEEP】
- 2024年7月8日報道発表「環境創造センターにおける連携協力に関する基本協定」の締結について
-
2023年5月15日報道発表福島全域における森林林床の有機物層137Cs濃度の時空間分布変化を数値モデルにより予測
—原発事故からの10年とこれからの10年—(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会同時配付) -
2022年7月14日報道発表水生昆虫への放射性セシウム粒子の移行を解明
—体組織への吸収は確認されず—(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会、郡山記者クラブ、エネルギー記者会、文部科学記者会・科学記者会、原子力規制庁記者会(仮称)、いわき記者クラブ、いわき記者会、農政クラブ、農林記者会、農業技術クラブ、東北6県県政記者会同時配付) -
2021年8月24日報道発表福島原発事故から10年、森林-河川生態系を移動する
放射性セシウムの動きを紐解く(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会、福島県政記者クラブ、郡山記者クラブ、文部科学記者会、科学記者会、府中市政記者クラブ同時配付) -
2021年4月16日報道発表福島地域協働研究拠点が
タグライン「環境の"知"を、地域とともに。」を策定(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会、福島県政記者クラブ、郡山記者クラブ同時配布) -
2021年3月30日報道発表災害環境研究のこれまでとこれから
ふくしまで進める地域協働の新展開
国立環境研究所「環境儀」第80号の刊行について(筑波研究学園都市記者会、環境記者会、環境省記者クラブ、福島県政記者クラブ、郡山記者クラブ同時配付) -
2021年1月21日報道発表福島第一原子力発電所の南側約1km地点の巻貝に
通年成熟現象 〜大熊町夫沢のイボニシが2年以上、ほぼ連続して性成熟〜(筑波研究学園都市記者会、福島県政記者クラブ、郡山記者クラブ、環境省記者クラブ、環境記者会 同時配布) -
2020年12月18日報道発表森林内の放射性セシウム動態の全容解明にむけて
〜森林に関するデータを整備し、その全体像を国際原子力機関から公表〜(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会、文部科学記者会、科学記者会、大学記者会、東京大学新聞、日経BP同時配布) - 2020年11月24日報道発表湖水と魚類の放射性セシウム濃度は季節変動しながらゆっくり減少—底層の溶存酸素濃度の低下による底泥からの放射性セシウムの溶出を示唆—(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会、福島県政記者クラブ、郡山記者クラブ同時配布)
-
2020年11月19日報道発表スギ材に取り込まれた放射性セシウムは
どこからきたのか?(福島県県政記者クラブ、郡山記者クラブ、林政記者クラブ、農林記者会、農政クラブ、筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会同時配布) -
2020年3月4日報道発表放射性セシウムが魚に蓄積しやすくなる要因は
湖と川で大きく異なることが判明(福島県政記者クラブ、郡山記者クラブ、筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会同時配付) -
2020年2月6日報道発表最新のデータとモデルから
森林内の放射性セシウムの動きを将来予測
-森林の中での動きが平衡状態に近づいている-(林政記者クラブ、農林記者会、農政クラブ、筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会、福島県政クラブ同時配付) -
2020年1月16日報道発表野生きのこの放射性セシウム濃度は種によって異なる
-大規模公開データを活用した野生きのこの
放射性セシウム汚染特性の解析-
(林政記者クラブ、農林記者会、農政クラブ、筑波研究学園都市記者会、環境記者会、環境省記者クラブ、福島県政クラブ同時配付) -
2019年9月30日報道発表河川水中に溶けている放射性セシウムの濃度はどのようなところで高いのか
〜新しい環境モニタリングのあり方の提案に向けて〜(福島県政記者クラブ、筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会同時配付) -
2016年6月2日報道発表野ネズミの精巣と精子への原発事故後の
放射線の影響
〜福島県内汚染地と非汚染地のアカネズミで
精子形成に差は見られず〜(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、
福島県政記者クラブ同時配布)
-
2016年1月28日報道発表「内湾生態系における放射性核種の挙動と影響評価に関する研究」国立環境研究所研究プロジェクト報告 第111号の刊行について(お知らせ)
(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ同時配付) -
2015年9月30日報道発表「平成26年度 災害環境研究成果報告書」の発刊について
(筑波研究学園都市記者会、
環境省記者クラブ、
福島県政記者クラブ同時配付) - 2015年3月20日更新情報高校生も楽しめる資源循環・廃棄物研究情報誌 オンラインマガジン環環2015年3月号 循環・廃棄物のけんきゅう:「コンクリートの放射性セシウムによる汚染と除染」 けんきゅうの現場から:「放射能汚染廃棄物の洗浄・水処理技術の開発」、「迷惑施設問題を考える」が公開されました。
- 2014年10月31日報道発表三春出前講座開催のお知らせ【終了しました】(筑波研究学園都市記者会、福島県政記者クラブ同時配付)
- 2014年6月19日お知らせ飛灰洗浄に関する技術資料(施設性能・設計に係る指針)(平成26年6月版)の修正について
- 2014年6月13日更新情報「災害環境研究への取り組み」を更新しました(「飛灰洗浄技術に関する技術資料(施設性能・設計に係る指針)」を掲載)
- 2014年5月26日更新情報高校生も楽しめる資源循環・廃棄物研究情報誌オンラインマガジン環環2014年5月号「汚染廃棄物焼却過程における放射性セシウムの化学形態を推定するために」、「ごみの元素組成」、「資源循環・廃棄物研究センター 2014年 春の一般公開」が公開されました。
-
2014年4月24日お知らせ「放射性物質の挙動からみた適正な廃棄物処理処分
(技術資料:第四版)改訂版」が公開されました - 2014年4月14日更新情報「災害環境研究への取り組み」を更新しました(「放射性物質の挙動からみた適正な廃棄物処理処分(技術資料:第四版)改訂版」を掲載)
- 2014年3月28日更新情報「災害環境研究への取り組み」を更新しました(「放射性物質の挙動からみた適正な廃棄物処理処分(技術資料:第四版)」を掲載)
- 2013年12月6日お知らせシンポジウム「福島第一原子力発電所事故による環境放射能汚染の現状と課題-今,大気環境から考える放射能汚染-」開催のお知らせ【終了しました】
- 2013年10月23日更新情報オンラインマガジン環環の10月号が公開されました
- 2013年4月22日更新情報オンラインマガジン環環の4月号が公開されました
- 2013年3月4日報道発表東京電力福島第一原子力発電所から放出された放射性セシウム沈着量を大気シミュレーションにより再現することに成功(お知らせ)(環境省記者クラブ、筑波研究学園都市 記者会同時発表)
- 2013年1月29日お知らせ放射能汚染ジョイントセミナー「生活環境から放射能汚染を考える」 開催のお知らせ
- 2013年1月21日更新情報オンラインマガジン環環の1月号が公開されました
- 2012年12月28日更新情報オンラインマガジン環環の12月号が公開されました