東京電力福島第一原子力発電所から放出された放射性セシウム沈着量を大気シミュレーションにより再現することに成功(お知らせ)
(環境省記者クラブ、筑波研究学園都市 記者会同時発表)
独立行政法人国立環境研究所
地域環境研究センター
大気環境モデリング研究室
研究員 :森野 悠 (029-850-2544)
センター長 :大原 利眞(029-850-2491)
国立環境研究所の研究グループは、平成23年3月11日に発生した東日本大震災に伴う事故によって東京電力福島第一原子力発電所から放出された放射性セシウム(セシウム137)の陸地への沈着量を大気シミュレーションによって精度高く再現することに成功しました。3種類のセシウム137放出量推計値を用いた大気シミュレーション結果を航空機モニタリングの観測結果を用いて検証したところ、3種類のうちの一つである日本原子力研究開発機構(JAEA)による推計結果を基にしたシミュレーションが、観測された沈着量分布を最も良好に再現することが分かりました。日本の陸上へのセシウム137の総沈着量のシミュレーション結果(2.2PBq)(*)は実測値(2.4PBq)とよく一致しており、またシミュレーション結果は高沈着量地域(10kBq m-2以上)において57%の地点で実測値を1/2-2倍、96%の地点で実測値を1/10-10倍の範囲で再現していました。
本研究成果は、Environmental Science and Technology(アメリカ化学会発行)誌の電子版に2月7日付けで掲載されました(**)。
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(*) kBq m-2は単位面積あたりの沈着量(1平方メートル当たり千ベクレル)、PBqは千兆ベクレル(=1015Bq)、後述のTBqは一兆ベクレル(=1012Bq)を示す。
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(**) Y. Morino, T. Ohara, M. Watanabe, S. Hayashi, and M. Nishizawa, Episode Analysis of Deposition of Radiocesium from the Fukushima Daiichi Nuclear Power Plant Accident, Environ. Sci. Technol., dx.doi.org/10.1021/es304620x, in press.
内容
国立環境研究所の研究グループは、平成23年3月11日に発生した東日本大震災に伴う事故によって東京電力福島第一原子力発電所から放出された放射性物質(ヨウ素131とセシウム137)の大気シミュレーションを実施しました。シミュレーションの初期解析結果は平成23年8月25日に記者発表していますが(*1)、その後、モデルを改良し、新たに航空機モニタリングデータを用いてセシウム137沈着量のシミュレーション結果を検証しました。
シミュレーションには、米国環境保護庁で開発された三次元化学輸送モデル(*2)を改良して利用し、図1の領域(水平分解能3km)において放射性物質の放出・移流・拡散・乾性沈着・湿性沈着(*3)の過程を計算しました。放射性セシウムの放出量データとして、ローカル規模(~50km、福島県東部)のモデルを基にした東京電力(TEPCO)による推計(*4)、ローカル規模と領域規模(~500km、東日本一帯)のモデルを基にした日本原子力研究開発機構(JAEA)による推計(*5)、および全球規模のモデルを基にしたノルウェー大気研究所(NILU)による推計(*6)を利用しました(図2)。その結果、いずれのシミュレーションも、沈着量の高い地域(福島東部、関東北部、宮城北部など)を再現していますが、NILUの推計値を用いた計算では沈着量を過大評価し、TEPCOの推計値を用いた計算では沈着量を過小評価していました(図3、図4)。その中でJAEAによる推計値を用いたシミュレーションが実測値を最も良好に再現しており、シミュレーション結果は高沈着量地域(10kBq m-2以上)において、57%の地点で実測値と1/2-2倍、約96%の地点で実測値と1/10-10倍の範囲で一致していました(表1)。また日本の陸上へのセシウム137の沈着量も、NILUの推計値を用いた計算(5.0PBq)は実測値(2.4PBq)を2倍以上過大評価しており、TEPCOの推計値を用いた計算(0.95PBq)は実測値を2倍以上過小評価しているのに対して、JAEAの推計値を用いた計算結果(2.2PBq)は実測値とよく一致していました。これは、JAEAの放出量推計では、今回のシミュレーションの計算領域(東日本一帯)に広く分布した観測データを用いたため、および今回のシミュレーションと同程度の空間スケール(領域規模)のシミュレーションモデルを用いたためと考えられます。この結果は、ローカル規模や全球規模のモデルを用いて推計した放出量データを基にした、東日本一帯など領域規模の大気輸送沈着シミュレーションの結果では大きな不確実性を伴うことも示唆しています。
なお、今回のシミュレーションは、日本の陸上におけるセシウム137の沈着量分布をよく再現した一方で、セシウム137が海上に輸送された期間の輸送・沈着パターンは殆ど検証されていません。今後、全球モデルを基にした日本国外の観測データを用いた検証や、大気モデルと海洋モデルと結合させて推計した海水中セシウム137濃度の検証などが必要です。
この大気シミュレーション結果は、引き続き陸域などでの放射性物質の環境動態を解明する研究に活用していく予定です。
注記説明
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(*2) 大気中の物質の輸送・拡散および、地表面沈着などをコンピュータ上の仮想空間で模擬する数値計算用プログラム
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(*3) 乾性沈着・湿性沈着:前者は、大気中のガスや粒子が、拡散や重力、化学的な力などによって地面や海面に降下すること。後者は、ガスや粒子が雨や雪に取りこまれて地面や海面に降下すること。
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(*5) Terada, H.; Katata, G.; Chino, M.; Nagai, H. Atmospheric discharge and dispersion of radionuclides during the Fukushima Dai-ichi Nuclear Power Plant accident. Part II: verification of the source term and analysis of regional-scale atmospheric dispersion. J. Environ. Radioactiv. 2012, 112, 141−54.
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(*6) Stohl, A.; Seibert, P.; Wotawa, G.; Arnold, D.; Burkhart, J. F.; Eckhardt, S.; Tapia, C.; Vargas, A.; Yasunari, T. J. Xenon-133 and caesium-137 releases into the atmosphere from the Fukushima Dai-ichi nuclear power plant: Determination of the source term, atmospheric dispersion, and deposition. Atmos. Chem. Phys. 2012, 12(5), 2313−2343.
問い合わせ先
研究員 森野 悠 TEL: 029-850-2544
センター長 大原利眞 TEL: 029-850-2491
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