高校教諭と労働法学者の往復書簡(4) 「解雇規制」
カテゴリー: 河村先生から荒木先生へ, 往復書簡 タグ:解雇規制, 雇止め 2013年 7月 4日
『高校教諭』は、広島市立基町高等学校教諭の河村新吾先生、
『労働法学者』は、東京大学大学院法学政治学研究科教授の荒木尚志先生です。
(右上の文字サイズを「中」にしてご覧ください)
向暑の候 数日前より暑さ厳しく、寝苦しい夜が続きます。7月は海の日が制定され、生徒や学生は夏のバカンスに胸をときめかせ、教員は膨大な文書整理に追われる日々となっております。お変わりなくお元気でお過ごしでしょうか。
さて6月の復信、いつもながら小さな問いかけを広く深く受け止めてくださることが何よりも嬉しく何度も読み直しております。荒木先生の「根源的な問いは、何が正解かというより、正解を求めて考えることに大きな意味がある」に深く共感します。もっている知見を総動員して考える法教育の意義もそこに通底していると考えるからです。しかし考える前の基礎知識として、労働基準法13条の荒木先生のご指摘は勉強になりました。それは民法が不十分だから労働法を制定したのではなく、「契約自由の考え方自体を変える必要があったから」労働法を制定した、これを生徒に伝えるには労働基準法13条をとりあげる。わざわざご令嬢の教科書の巻末条文までチェックしてくださったり、また参考文献も提示してくださったり感謝です。お陰様で大いに触発されました。
今回は、解雇規制に挑戦してみようと思います。平成25年4月1日より、改正労働契約法が施行されました。契約期間の終了により雇用が終了する(=「雇止め」)のは当然であるのに、一定の場合はこれを無効とする判例上のルール(=「雇止め法理」)が19条として明文化されました。しかし今回は、解雇権濫用法理(労働契約法16条)を類推適用した労働契約法19条に焦点化するのではなく、そもそも解雇を規制することの意味について考えてみたいのです。荒木先生への問いは次の通りです。
アングロサクソン型の米英ではたやすくクビを切られてしまいます。また大陸欧州型では日本同様に解雇がかなり難しくなっております。その点北欧では、解雇のハードルは低いのだけれども失業した後の職業訓練がととのっており次の仕事への橋渡しが容易になっているようです。日本では山積した労働問題に目移りして、諸外国の様子が私にはわかりません。一方、労働法分野では現状の弊害を除去するために積極的に立法化が進められています。
ここで公民科の教員として新しい知識に飛びつき、その制度趣旨を時事問題として生徒に伝授するよりも、一歩引き下がって、「法技術(technique)そのものではなくそれを支える考え方(technologie)へ注1 」触手が動くのです。いわゆる解雇権濫用法理も機械的に条文を適用したのではなく、もっている知見を総動員して社会正義のために裁判官が熟考を重ねた努力の積み重ねが労働契約法16条に結実したのだと思っております。そこで裁判官の心根に学んで、生徒たちに単純に解雇規制がこのようにある、という事実的知識の披露ではなく、解雇規制の背景を断片的にでも提示して、新たな日本の雇用モデルを考えてもらいたいと思い、次のような指導案を考えてみました。
法教育指導案
法教育指導案
テーマ:「解雇規制を考える」
教材:「雇用モデルを提案しよう!」
対象学年:高校1年生
対象領域:公民科現代社会
本時の目標:民法では解雇自由の原則があるが、労働法(労働基準法、労働契約法)ではそれを修正して解雇規制がある。なぜ規制があるのか、日本の雇用システムを比較法の視点をゆさぶりとして、生徒に考察させる。
・どんなメリットがありますか。
(2)についてどんなデメリットがありますか。
・濫用の「濫」で熟語を作るとすれば何がありますか。
・どんな意味がありますか。
・権利はあふれるほど使ったり、むやみに使ったりしてはいけないのですね。
・(2)にあてはまる語句を考えてみよう。
(意味が同種であれば皆正解である)
(1)719円を請求できる
(2)修正している
・当事者は対等な関係にある
・事実上、労働者が不利になる
・氾濫、濫費、濫発、濫伐...
・あふれる、みだりに、むやみに...
・規制、限定、制限、管理、統制...
○しろまる次の板書をする。
正社員として定年まで働く
(正規労働、無期労働)
現在の雇用状況
3人に1人は非正規労働者
非正規労働の4分の3が有期労働
・労働法の規制についての文章を読んでみましょう。
・重要だと思った箇所をあげて、なぜそれが重要だと思ったのか理由を説明してください。
・解雇が自由かどうかはそれぞれの雇用モデルが違うことに起因することに注目しよう。
(例えば勤務地が限定と非限定ではどのようなメリット、デメリットがあるか具体的に示す)
・日本とアメリカの相違点を参考にして(3)のA〜Cまでの3論点が解雇規制に影響を与えていることを確認する。
・職業訓練があるとより有利な労働条件で採用される可能性が広がる。
・労働組合があると団体交渉等により違法、不当な状態を改善できる。
・職種や勤務地は生活に直結する問題である。
・教材IIIの(3)のA〜Cから最低1つ以上選んで、それに基づいて解雇規制はどうすればよいか各班で議論しよう。
(提案のメリット、デメリットを踏まえるが、労使によっては逆転する場合がある。詳細な場合分けには拘らずに、結果として解雇の規制は強化か緩和か考えさせる)
(回答例)
・社会正義:理論や法律から出た結論に妥当性がなければ意味がないから
・バランス:労使の関係ばかりでなく労働者同士の関係にも配慮すべきだから
・日本では社内で徐々に出世していくが、アメリカではそれぞれのポストごとに採用されている。
勤務地が限定だと子育て、介護がしやすいメリットがあるが、企業が撤退などの事態になれば整理解雇されるかもしれない。
職業訓練は公的機関に任せる:メリットは企業の負担が減るがデメリットとして税金の投入が避けられない
労働組合は企業外にする:メリットは中小企業で労働組合さえないところをカバーできるがデメリットとして企業外に設置するまでの時間がかかる
⇒解雇規制は緩和する:理由は、不当な解雇がないように企業外の労働組合が監視することができ、仮に解雇されて失業しても職業訓練が公的機関でできるので再就職の可能性が確保されるから
【本日のまとめ】
「解雇の規制を厳しくしさえすれば、労働者の地位が必ず向上するわけではない。しかし、だからといって解雇の規制は無意味ではない。解雇の規制をすることによって( )が保障される。労働法の存在理由はそこにある。」括弧に適当な言葉を補ってみよう。
・労働者保護関連であれば正解である
・継続して働けるという安心感
・将来設計をして家族の生活
・労働者を使い捨てにしない社会正義
・使用者自身が経営努力すること
・政府の調整機能の活用
I 基礎知識の確認(正しいものに○しろまるをつけよう)
労働基準法13条
「この法律で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については無効とする。この場合において、無効となつた部分は、この法律で定める基準による。」
⇒(1)使用者と労働者が時給650円で合意した場合、労働基準法や最低賃金法にもとづいて示された広島県の719円に満たないときに労働者は、(650円で諦める 719円を請求できる もう一度話し合う)ことになる。
⇒(2)一般法である民法では契約は自由である。特別法である労働基準法は、契約自由の原則を(徹底している 修正している 全否定している)。
II 具体例(労働契約法16条の形成)
民法627条1項
1 当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。この場合において、雇用は、解約の申入れの日から二週間を経過することによって終了する。
⇒(1)無期契約のとき解約(=雇用関係の終了)は、(使用者だけ 使用者も労働者も 労働者だけ)申し込むことができる。
⇒(2)使用者は自由に解雇ができ、2週間たてばそれが確定した。
法律の役割と判例の役割
憲法12条と民法1条3項
⇒(1)憲法の精神を受けて民法においても権利の( )は許されない。
裁判所による判例の積み重ね
日本食塩製造事件(最高裁昭和50年4月25日第二小法廷判決)
解雇権の行使が「客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当として是認することができない場合には、権利の濫用として無効になる」と判示した。
⇒(2)解雇権( )法理が確立した。
立法化による明文化
2003年 改正労働基準法18条の2新設
解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。
2007年 労働契約法16条
解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。
⇒(1)民法は解雇自由の原則がある。
⇒(2)労働法は解雇自由の原則を修正して、解雇を( )した。
III 解雇規制を考える
「労働法の規制は、個人の選択をサポートするとともに、選ばれた雇用モデルが社会正義の観点から許容され得る、バランスのとれたものであることが要請されよう。」(荒木尚志『労働法〈第2版〉』(有斐閣、2013年)729頁)
(1)従来の日本の雇用モデル(終身雇用制=正社員、無期労働)
職業訓練は企業内でやる・労働組合は企業別である
⇒職種も勤務地もあまり限定されずに採用される
⇒企業は解雇を避ける工夫の余地がある
⇒解雇権濫用法理が確立し労働契約法で明文化されている
⇒日本の雇用システムは解雇規制がある
(2)アメリカの雇用モデル
職業訓練は自己責任・労働組合は産業別である
⇒職種も勤務地も明確に限定されて採用される
⇒無期労働契約であっても解雇は自由である
⇒アメリカの雇用システムは解雇規制がない
(3)今後の日本の場合の論点
A:職業訓練は企業内でするか公的機関に任せるか
B:労働組合は企業別で組織するか企業外に組織するか
C:職種や勤務地は限定的にするか非限定的にするか
A〜Cの論点を参考にして、解雇規制を強化するか緩和するか
IV 知的ツール(雇用モデルをつくってみよう)
○しろまる各班の発表を聞き、メモをとろう
本日のまとめ
「解雇の規制を厳しくしさえすれば、労働者の地位が必ず向上するわけではない。しかし、だからといって解雇の規制は無意味ではない。解雇の規制をすることによって( )が保障される。労働法の存在理由はそこにある。」
資料
労働契約法16条
解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。
憲法12条
この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。
民法1条3項
権利の濫用は、これを許さない。
解雇規制を考えるときには「客観的で合理的な理由があり、社会通念上相当である」ことの解釈が重要ではあるのですが、私には任が重く、日米を単純化したモデルで生徒に提示してみました。荒木先生の「労働法の規制は、個人の選択をサポートするとともに、選ばれた雇用モデルが社会正義の観点から許容され得る、バランスのとれたものであることが要請されよう。」はまさに至言です。
今回も長文での質問になってしまい恐縮しております。
解雇規制による日本の雇用モデルをどのように考えればよいのかご教示お願いします。
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