2009年度 法教育レポートを振り返って

カテゴリー:インタビュー, 年度まとめ タグ: 2010年 5月 6日

2009年6月から取材を始めた法教育レポートの初年度が終わりました。多くの方々からのご支援を頂き、10か月の間に様々な取り組みをお伝えすることができました。それらを振り返ってみることで、どういうことがわかるか、今後の課題は何かなどを考え、2009年度のまとめとしたいと思います。現場の先生からのご意見として、「法と教育学会」設立準備シンポジウムで報告された練馬区立大泉第六小学校教諭の窪直樹先生をお迎えし、お話を伺いました。

1 レポートから

〈レポートを分類してみました〉

2009年度に法教育レポートでお伝えした取り組みを、主催者と継続性の2点に着目し、大づかみにイベント系・学校系・大学等系(学会、研究会を含む)・報道という4つに分類してみました。

系統 主催者分類 主催者 内容




系 弁護士会

裁判所


その他 東京弁護士会
千葉県弁護士会
最高裁判所
水戸地方裁判所
千葉家庭裁判所
日弁連・裁判所・法務省共催
法務省 ルール作り(模擬裁判)
契約・模擬調停
裁判員制度
裁判員制度サポーター
少年審判
高校生模擬裁判選手権
法教育推進協議会


系 大学附属校



教育委員会



単独
研究会 千葉大学教育学部附属小学校
お茶の水女子大学附属小学校
千葉大学教育学部附属中学校
静岡大学教育学部附属島田中学校
品川区・芳水小学校
伊藤学園
東京都・練馬区立大泉第六小学校
さいたま市立蓮沼小学校
千葉県立千葉高等学校
東京都中学校社会科教育研究会 法資料、人間関係形成、憲法
公共性
法と共生ゼミ(新聞、模擬裁判)
裁判員制度授業、開発教育手法
グループ学習(家事、地区のPR)
コミュニケーション力
憲法学習、道徳(きまりを守る)
特別活動、対席調停手法
ディベート、ODA、模擬裁判
模擬裁判



系 大学
大学院

学会

研究会 千葉大学教育学部社会科教育
東京大学法科大学院

日本教育社会学会
法と教育学会
全国社会科教育学会・科研調査
交渉教育支援センター 法教育研究
出張教室
(筑波大学附属駒場中学校)
ケータイ問題、高校生エンパワー

子どもの市民性調査
模擬交渉実演

道 テレビ NHK 裁判員裁判

〈3つのタイプの法教育〉

取り組みの内容を示すのが一番右の欄です。いろいろな試みがなされていますが、教育内容から大づかみに考えますと、裁判員制度や司法というものを知る制度学習タイプ、問題解決の手法として調停・ルール作りを行う対話型調整タイプ、将来の市民を育てるという目的のための市民性教育(シティズンシップ教育)タイプと、大きく3つのタイプがあるように思われます。

まず、イベント系でも学校系でも、模擬裁判や裁判員制度について考えるものが1つのタイプになっていることがわかります。裁判員制度サポーターや高校生模擬裁判選手権、静岡大学教育学部附属島田中学校、千葉県立千葉高等学校、東京都中学校社会科教育研究会などの例があります。NHK報道も一種の制度学習だったのではないでしょうか。

もう1つのタイプとして対話型調停といえるものが考えられます。「対話型調停」という言葉はさいたま市立蓮沼小学校の研究発表会で埼玉弁護士会が提案していた手法で、身近な問題をみんなで対話して解決することを模索するものです。千葉県弁護士会ジュニアロースクールも蓮沼小学校も、対象は不動産賃貸契約上の問題と学級内の問題という違いはありますが、どちらも当事者間の問題を、第三者を含めた話し合いで調停することを考えるものでした。千葉大学教育学部附属小学校の2年生の道徳授業も、下校時刻のきまりをどう考えクラスのみんなの意見を調整するかが問題解決のポイントでした。みんなでルールを作ることによって問題を解決しようとするのは、東京弁護士会ジュニアロースクールの「ルール作り」、静岡大附属島田中学校の開発教育ワークショップでした。東京弁護士会の方は街の大型店の問題を地域の関係者が考えるもの、開発教育ワークショップは地域住民の個別の問題を一般化できないかと考えるものでした。対話による問題解決が、当事者だけの個別的関係の調整に留まるのが調停、より広く関係者全員の関係に一般化されるのがルール作りと言えましょう。対話型調停とルール作りをまとめて、ここでは対話型調整タイプと名付けることとします。

3つ目のタイプは、「市民性を育てる」ことに着目する品川区とお茶の水女子大学附属小学校の取り組みです。市民性を育むとは、「将来の市民として求められるものを育成する」ということですが、その内容はそれぞれ特色があるようです。品川区は、「市民性とは人間関係形成能力であり、コミュニケーション力を育むことが重要である」とし、道徳・特活・総合の時間を統合した「市民科」を設けています。お茶大附属小学校は、市民性の中で特に小学校で育てたい資質能力を「公共性リテラシー」と考えています。「公共性リテラシーとは、価値が複数あることをいかに乗り越えるかに注目した資質能力である」とし、それを育む手段としてシティズンシップ教育を位置づけています。品川区もお茶大附属小学校も、独自のカリキュラムを作り、教科を横断して様々な内容・手法で総合的に取り組んでいます。また、静岡大附属島田中学校も「将来の市民を育む」という目的を持って研究を始めています。

さらに全ての教育の基礎となるコミュニケーション能力の育成として、品川区の「市民科」の他に県立千葉高校のディベート、交渉教育支援センターの取り組みが位置づけられます。基本的人権という価値も基礎となるものと考えられますが、それは小学校6年生の憲法学習に代表されましょう。千葉大附属小学校、練馬区立大泉第六小学校の取り組みが挙げられます。

2 インタビュー

〈現場で実践しやすい法教育とは〉

法と教育学会シンポジウム(12/6)で現場の先生からいただいた意見に、求められる教材として「先進事例でないもの、誰にでもできるようなもの」ということがありました。
kubo01窪先生:「蓮沼小学校の特活の授業例を見ますと、対話による調停で問題を解決するということで、既に学校の中に法教育があることがわかります。今までの学校の活動を捉え直し、道徳や特活など普段の学校の活動も見方を変えてみれば法教育になるという方向でいいのではないでしょうか。従来の教育と結びつけができると、現場の先生はやりやすくなります。普通の公立小学校でもできるでしょう。千葉大学の先生方が作られた『社会が見えてくる"法"教材の開発』 は優れた教材だと思います。」

〈法教育の守備範囲〉

どの発達段階では何を教えるという法教育のマトリックス(発達段階を踏まえた法教育の体系化)の必要性については?
窪先生:「学習指導要領でなら道徳のこの価値は何年生でなどすぐ出せますが、道徳の観点の正義と社会科の法がどう結びつくかということは難しい問題です。それだけでも一つの大研究になり、法教育は多領域にわたるのでマトリックスとなると大変でしょう。法と教育学会の分科会として研究できるかもしれませんね。
法教育とはどういうことか、研究されている内容を見ても多様で、まだ定義が定かではないように思います。何年かかけて固めていくのでしょうが、幅が広すぎると逆に深めていくべきところが見えなくなりそうに感じています。」

〈法教育の魅力〉

窪先生:「法教育の魅力は、学校の先生と法律専門家が協働するという点です。学校の教師が授業をデザインし、法律家が子どもの結論を価値付けてくれる、法律家としての判断を聞けるのが魅力なのです。テレビの『生活笑百科』や『行列のできる法律相談所』などは法律専門家の答えと自分の考えを照らし合わせて、自信が持てたりなるほどと思わせられたり、やはり法律家の常識は世間と違うなどと感じるところに面白さがありますよね。教室でも同じことです。法律専門家に価値付けてもらうことで、子ども達に達成感が生まれ、法や法律家への興味が湧きます。子ども達にとっては専門家と関われることも魅力です。私の場合は法律専門家の方には、授業をリードするというより、法的なものの見方や価値付けをしていただくことを期待しています。」

〈法教育の普及の問題点と解決のヒント〉

法教育のカリキュラムが定着していない学校では、優れた実践をしている先生が異動になると、立ち消えになってしまうという問題があると思います。普及には学習指導要領だけが頼りでしょうか?
kubo02窪先生:「そうですね、教科書に取り上げられるのはひとつのポイントです。その他に、教師と弁護士さんが協働して作った優れた授業例を、例えば弁護士会でストックしてくれていればそれを他の学校でも実践できるでしょう。
普及という点では、税務署が行なっている租税教室は学校で広まっています。年度初めに学校宛に租税教室案内の手紙が来るのです。1時間でできる授業内容が案内されており、電話1本で来てくれて授業をしてくれます。租税については、6年生の社会科の教科書に取り上げられている内容ですので、指導計画への位置づけも明確で、大変頼みやすくなっています。4年生では水道局の水道キャラバンも学校に案内の手紙が来ます。どちらも授業の蓄積があるので、担任とそれほど打ち合わせをしなくても内容の濃い授業をしてくれます。弁護士会や法務省の出前授業は、現状では教師が自分からアクセスしなければならないという点でハードルが高いようです。例えば今なら裁判員制度の授業が租税教室や水道キャラバンのような形であると、利用したい先生は多いと思います。」

法教育レポートの役割はいかがでしょうか?
窪先生:「レポートを1年間みますと、法曹界・学校・大学の取り組みなどがバランスよく取り上げられていると思います。現場の先生方が法教育の動向について知ろうと思うと、今までは雑誌、学会などに自分からアクセスしなければならず、情報収集もなかなか大変でした。このホームページ一箇所で様々な取り組みがわかることは価値があると思います。紹介する側は法教育を幅広く捉えて、隣接分野も含めるぐらいにして、読み手の方で取捨選択していけばいいことではないでしょうか。」

〈資質を養うことと法を学ぶことの必要〉

窪先生:「法的なものの考え方、議論の仕方を学ぶことも大切ですが、法教育の特色としては「私達は法の中で生きていること」、「どういうときに誰に聞けば法的に助けてもらえるかを知ること」も必要だと考えます。つまり、法へのアクセスの仕方を知るということです。小学校ではルール作りだけでなく、身近なところに法があることを教え、中学・高校では現実の問題として生徒自身に法的に考えたり法を利用したりする力をつけること、特に高校では雇用契約などすぐに自分が関わることについての知識を教えることも必要です。法教育は資質を養う側面と、法を学ぶという両面が重要です。一般の人にとってもそうですし、学校教育の中でも充実させるべきだと思います。」

3 新年度に向けて

対談では現場で実践しやすい法教育や普及のヒントなど、有益なご指摘を頂くことができました。法的な資質を養うだけでなく知識も必要であるという言葉には、現場の先生ならではの実感がこめられています。

法教育レポートではこういった現場の先生の声を受け、新年度は公立の学校の取り組み、道徳・特別活動・総合的な学習などの中で法教育の目的に合うような取り組みをご紹介できたらと考えています。法教育とは何かについても深められるよう、関係者へのインタビューも企画しています。学校と法曹界の協働、大学や学会の取り組みも引き続き取り上げていきます。また、法教育の素材となるようなものの紹介を考えていますので、関係方面の皆様方にはご協力を賜りますようよろしくお願い申し上げます。

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