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どんぐり生産量の予測モデルの開発に成功
〜食料にしている野生動物の個体数予測につながる〜
(北海道教育庁記者クラブ、文部科学記者会、科学記者会、環境問題研究会、環境記者会、筑波研究学園都市研究会同時配付)
北海道大学
国立研究開発法人国立環境研究所
ポイント
-
どんぐり生産量の予測モデルを開発。
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北大研究林における約40年間のどんぐり長期観測データの再現に成功。
-
食料としてどんぐりに依存しているクマ・イノシシ・ネズミなどの動物の動態予測への進展に期待。
この研究では、森林炭素循環モデルに対し、どんぐりに必要となる炭水化物の蓄積量計算を新たに追加し、また、それを利用してどんぐりが作られるための条件(花芽形成・種子成熟・花粉生産・気象等)の探索を行いました。それにより、北海道大学北方生物圏フィールド科学センター雨龍研究林において、約40年間に渡って実測されたミズナラのどんぐり生産量の年々変化を再現することに成功しました。
今回開発したシミュレーションモデルは、数年おきに豊作になるどんぐり生産量を正確に予測する第一歩となり、将来的にはどんぐりに食料を依存しているクマ・イノシシ・ネズミなどの動物の個体数の予測にも応用できると考えられます。
なお、本研究の成果は、2023年12月8日(金)、Elsevierから刊行される自然科学分野の学術誌「Ecological Modeling」にオンライン掲載されました。
背景
クマ、イノシシ、ネズミなどの動物は、栄養豊富などんぐり(ブナ科樹木が生産する堅果(けんか))に食料の一部を依存しています。しかし、どんぐりは毎年同じ量を生産するわけではなく、数年に一度の豊作と凶作を繰り返しています。しかも、この周期が近年では短くなっているという報告もあり、凶作年には冬眠前に食料確保に困ったヒグマ・ツキノワグマなどの動物が人家近くに出てきてしまうことが多くなると考えられており(上記イラスト)、豊凶の正確な予測が求められます。
どんぐりのように、数年に一回、一斉に開花したり結実したりする現象をマスティング(Masting)と呼びます。マスティング(一斉開花・結実)が起こるためには、まず、どんぐりの資源となる炭水化物が樹木体内で蓄積されることが必要ですが、そこからさらに開花と結実に至るには、樹種によって条件が様々あると考えられています。マスティングを正確に予測するためには、樹木個体内の生理的な炭素循環を再現する必要があり、植物生態学・地球科学分野で利用されている動的植生モデルによるシミュレーションが最適ですが、モデルの精度検証のためのどんぐり生産量の長期野外観測データが不足していました。
研究手法
研究グループは、樹木個体内の生理的な炭素循環を再現する動的植生モデルSEIB-DGVM(Sato et al., 2007, Ecological Modeling)に、どんぐり生産のための炭水化物プールを追加することで、どんぐりの生産量を予測するシミュレーションモデルを開発しました。本研究では第一弾として、北海道大学北方圏フィールド科学センター雨龍研究林において約40年間に渡って実測されたミズナラのどんぐり生産量の年々変化を再現することを目指しました。
どんぐり生産量の推定に、資源収支(RB: Resource Budget, 図1)モデルを採用しました。これは光合成によって得られた炭水化物のうち、余剰分の蓄積(Ps)がある一定のレベル(閾値LT)を超えると、それを利用して春の開花と秋の結実が起こる仕組みを再現したモデルです。次に、花の受精率と開花の同時性の制御には、大気中の花粉量に基づくシナリオを採用しました。これは例えば、大気中の花粉存在量が少ない時は、ほとんどの花が受精しないというもので、そのような条件ではどんぐり生産が抑制され、マスティングのための資源が次の年へ引き継がれます。
研究成果
開花から結実へのコスト(Rc, 2-10の間で1刻み)、開花トリガーの閾値(LT、バイオマスあたりの割合(%, 2.5-22.5%の間で2.5%刻み))、マスティング用プールへの炭水化物の光合成からの転流(投入)率(Bu(%, 3-11%の間で1%刻み))を、微小に変化させた729(9 x 9 x 9)種類のパラメータセットを用意して、全てについて繰り返し5回のどんぐり生産量を計算し、その年々変化の平均値を、地上観測データと比較しました。その結果、最も良い推定精度を表すパラメータセットを三つ特定しました(図2右)。
今後への期待
今回は第一弾として北海道の1箇所のミズナラ林におけるどんぐり生産量の再現に成功しました。現在取り組んでいる第二弾では、日本国内の他の5-6箇所の三つの樹種タイプ(ブナ類、ミズナラ類、シイ類)において、同様のパラメータ調整等を行い、主要などんぐり生産樹種をカバーする汎用的なモデルへ発展させる予定です。さらに、入力する気象データに将来の気候シナリオを利用して、どんぐり生産量の将来予測をすることを目指します。
これにより気候変動がどんぐり生産量の変動を通して、依存する動物の個体群動態や、生態系の生物多様性に与える影響の予測につながると期待しています。
論文情報
論文名 Modified SEIB-DGVM enables simulation of masting in a temperate forest
著者名 Lea Végh1, 2, Tomomichi Kato2(1国立環境研究所、2北海道大学大学院農学研究院)
雑誌名 Ecological Modelling(生態学の専門誌)
DOI 10.1016/j.ecolmodel.2023.110577
公表日 2023年12月8日(金)(オンライン公開)
お問い合わせ先
北海道大学大学院農学研究院
准教授 加藤 知道(かとう ともみち)
国立研究開発法人国立環境研究所 生物多様性領域(生物多様性評価・予測研究室)
特別研究員 Végh Lea(ヴェグ レア)
配信元
北海道大学社会共創部広報課(〒060-0808 札幌市北区北8条西5丁目)
TEL 011-706-2610
FAX 011-706-2092
メール jp-press(末尾に"@general.hokudai.ac.jp"をつけてください)
国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室
メール kouhou0(末尾に"@nies.go.jp"をつけてください)
参考図
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