難民のソーシャル・キャピタルと主観的統合
在日難民の生活経験への社会福祉学の視座
家族、同胞、親切な日本人雇用主、家主等、様々なネットワークの中で経験した生活上の課題と心情をひもとき、福祉実践の示唆を提供する。
本研究は在日難民及び難民認定申請者(難民/申請者)の生活経験と彼らのソーシャル・キャピタル(SC)に関する研究である。海外では難民のSCが社会統合との関連で研究され、また福祉領域では2000年前後からコミュニティの分野で注目され始めている。しかし、日本では難民のSCと社会統合の研究及び、その両者に関わるソーシャルワーク実践についての研究は発展途上といえる。
したがって本研究は1難民/申請者が経験してきた生活問題・課題及び彼らの心情を明らかにすること、2難民/申請者のソーシャル・サポートネットワーク及びSCの特徴を示すこと、3難民/申請者のSCと社会統合の関係について、彼らの主観的統合(彼らが日本の一員と感じているかどうか)の側面から検討すること、4難民/申請者への福祉実践の示唆を提供すること、を目的とした。研究の方法は、質的研究方法を採用し、日本の関東地域に中長期的に居住する16人の難民/申請者に深いインタビューを実施した。
先行研究と同様に、本調査結果は、難民/申請者が来日から現在に至るまで雇用、医療、住居等さまざまな生活部面において課題に直面していたことや、入国管理制度の管理下にある支配的な生活状況などを明らかにした。彼らの「生きづらさ」のネガティブな感情が語られ、日本の難民政策への改善が訴えられた。制度のエスノグラフィから考察することで、難民/申請者の制度の適格性のなさや制度間及び制度プロセスの接合点の欠如が、実際的(アクチュアル)な経験が生み出されてきたことを明示した。
制度から排除された彼らのサポートネットワークの中心は、家族・同胞という同質なネットワークであり、一方、異質なネットワークには親切な日本人雇用主や同僚、家主の存在がみられた。しかし、地域社会の福祉資源はサポート源としてはほとんど機能していなかった。彼らのSCの特徴は「仲間内の結合型SC」(同胞のみの交流)、あるいは「歪んだ橋渡し型SC」(秘密裡な職場や収容所での日本人とのつながり)と名付け整理された。また、SC構築の促進要因を「文化資本」、「社会的基盤」、「制度」としてまとめた。
SCの豊かさと主観的統合の高さは比例していないようであった。また主観的統合と互酬性の規範も、必ずしも関連があるとはいえず、主観的統合が低くても、互酬性の規範がみられた。
仮説として、難民/申請者は、制度や援助機関との支配や制約的な垂直的な関係の中で生活し、依存的な生活を強いられ、ネガティブな感情を抱かざるをえない境遇にあったが、水平的及び双方向の関係が活発化すれば、自立的な生活が導かれ、ポジティブな感情や貢献的意識へと転換され、難民及び日本社会全体のSCが豊かになることにつながることを示した。また、福祉実践はそのために寄与できる可能性を十分にもっていることを示唆した。
第1章 研究の背景
第1節 「難民」という対象 「難民」の捉え方
第2節 日本の難民政策と制度的諸問題 福祉的側面からの視座
第3節 日本の難民/申請者の生活実態に関する研究
第4節 諸外国の難民政策 オーストラリアを中心に
第5節 小括
第2章 理論的枠組み 研究へのアプローチ
第1節 ソーシャル・キャピタル (社会関係資本)とは
第2節 社会統合 主観的プロセスとしての統合
第3節 難民/申請者のソーシャル・キャピタルと社会統合に関する先行研究
第4節 制度のエスノグラフィ
第5節 小括
【第2部】 難民の実像―16人の語り
第3章 研究方法
第4章 調査結果 調査データの提示、結果の解釈及び分析
第1節 難民の生活とソーシャル・ネットワーク
第2節 難民のソーシャル・キャピタル
第3節 語りから浮かび上がる難民像 彼らにとって難民とは何か
第4節 難民の主観的統合
第5節 二国間の狭間で翻弄される難民
第5章 考察