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【特別寄稿】『知的障害と認知症』発刊にあたって

木下大生(武蔵野大学人間科学部)

待望の本が出ます! いや、自分が監訳・翻訳した本を〝待望の本〟というのも手前味噌でおかしいのですが、そうであったとしても、やはり待望の本なのです。知的障害と認知症がある人の支援、というトピックにおいては、間違いなく日本で初めての本だからです。

約10年前に、複数の方から「知的障害のある人が認知症になるのか?」という問合せをいただきました。その時、日本には知的障害のある人の認知症支援に関する情報は皆無に等しい状況でした。海外に目を転じると、海外では、幅広く研究されたり、支援の実践事例が報告されたり、している状況。それに対して日本はどうであったかというと、知的障害のある人が認知症になることはあまり知られていなかったですし、一部では「知的障害のある人は認知症にならない」という誤認識すらありました。にもかかわらず、支援実践の現場からは、次々と認知症(のような)症状があり、どのように対応してよいかわからない、という声が上がってきていました。

知的障害のある人の認知症は、発見しにくい、認知症の診断を受け、今までなかったような症状が表れたとしても、元々の知的障害から生じている症状であるのか認知症のためなのかの区別がつきにくい、知的障害のない人向けの認知症支援のスタンダードが使えるのかなど、支援にあたりさまざまな難しさ、また明らかになっていないことが多々あります。知的障害のある人、とりわけダウン症候群がある人は、一般の人に比べてより早期に高い割合で認知症になる、という情報が定着している米国・英国においても、支援構築に手間取っている感があります。

以上のようにまだ支援の方法が整理されていない中で、『知的障害と認知症――家族のためのガイド』は、研究が進んでいる英国においても待望の本だったに違いありません。本書には、認知症と知的障害がある人によりよい支援を提供するためのヒントがたくさん詰まっています。

本書は、本人のケアを家族にすべて求めておらず、家族のケア負担を軽減することに重点を置いており、それが特徴といえます。そのスタンスを基軸として、ベースライン評価、アウトカム・フォーカス・アプローチなど、日本においてまだあまり馴染みのない、しかし有効な視点や支援方法が提案されています。日本の知的障害者支援のスタンダードに一石を投じることになると確信しています。

また、これらは、認知症がある人に対するよりよい支援をするためのものですが、言うまでもなく幼少期・青年期・中年期と老年期は地続きです。そのことを意識する必要性に気づかされます。少し内容に触れると、ベースラインは青年期のその人の日常生活動作(ADL)の詳細を記録しておくことです。その後、この記録と同じ項目をその人の現在の状態と比較して何がどのくらいできなくなっているか、一方で何を保てているか、という評価をします。それによりどの程度老化が進んでいるのか、また認知症の兆候はあるのかといったことを早い段階で把握することができる、という考え方です。

ここで伝えたかったことは、本書は認知症支援を中心に扱っていますが、決して老年期についてのみではなく、青年期の知的障害のある人や家族に是非手に取っていただき、早い時期から中年・老年期のことを見据えたうえで心構えや準備をしてみてはいかがでしょうか、ということです。

先にも書いたことで、気の重くなるような話なのですが、知的障害のある人、とりわけダウン症候群がある人は、一般の人と比較してより早期に、高い割合で認知症なることが報告されています(【図 認知症発症率の年齢別比較】を参照)。この図を見るだけでも、やはり早期から準備をしておくことが、より安心した生活、未来につながるのではないかと思います。では、どのような準備をしておけばよいか。それについては、本書に詳細が書かれているので、是非お手に取っていただければと思います。


さて、本書は2017年にカレン・ウオッチマン(Karen Watchman)博士が記したものです。ウオッチマン博士は、長年、知的障害のある人、その家族の支援に携わり、また多くの研に携わられています。この支援実践、家族のサポート、研究の経験が本書に凝縮されています。スコットランドのグラスゴーで開催された国際知的・発達障害学会でお会いしましたが、温かなまなざしと柔らかな笑顔の方でした。

最後になりますが、本書が少しでも皆様のお役に立つことを願っております。

【執筆者略歴】

きのした・だいせい。武蔵野大学人間科学部教授。博士(リハビリテーション科学)、社会福祉士。専門は、知的障害者支援、ソーシャルワーク。認知症がある知的障害者と罪を犯した知的障害者の支援のあり方を探求している。著書に『認知症の知的障害者の支援――「獲得」から「生活の質の維持・向上」の支援へ』(ミネルヴァ書房、2020年)、『ソーシャルワーカーのジリツ』(共著:生活書院、2015年)など。

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