小学校におけるブレイクスルー水痘の集団感染事例―富山県
(IASR Vol. 45 p202-204: 2024年11月号)水痘は水痘帯状疱疹ウイルス(varicella-zoster virus: VZV)感染後, 10〜21日間の潜伏期間を経て発症するウイルス感染症である。主症状は水疱と発熱で, 発疹出現の1〜2日前からすべての水疱が痂皮化するまで感染性があるとされている。
水痘ワクチンの1回接種後から1年以上経過した小児ではブレイクスルー水痘(breakthrough varicella: BV)が頻発したことから, 2012年に日本小児科学会は1〜2歳でのワクチン2回接種を推奨した。その後, 2014年10月から同様の接種スケジュールで定期接種に導入された。感染症発生動向調査における小児科定点当たりの年間報告数は, 2000〜2011年の81.4例/年から2017年には19.0例/年1), さらに新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミックが発生した2020年には10.6人/年まで減少した2)。定期接種化後, 患者報告数が減少する中, 2024年5月下旬〜6月の期間, 富山県内A小学校(全校児童432名, 教職員46名)において水痘による集団感染事例を経験したので, その概要を報告する。
方 法
感染拡大要因を精査するため, 保健所と衛生研究所が協働してA小学校内の患者発生状況および保健調査票から全児童の水痘ワクチン接種状況を調査した。また, 教職員から患者の発症前後の接触状況等について聞き取りをした。なお, 5, 6年生は保健調査票の様式が異なり, ワクチン接種状況が1回接種, 2回接種の区別ができない児童が一部認められた。症例定義はA小学校の児童のうち, 2024年4月17日(初発例の発症日から潜伏期間の最長21日の2倍遡った日)から7月24日(1学期終業式の期日)の期間に医療機関で水痘と診断された者とした。得られた情報から, 全児童(男女比, 51:49)のうち, 水痘を発症しなかった児童を対照群とし, 症例群の特徴について比較解析した。
結 果
2024年5月29日〜6月27日の期間に水痘を発症し診断された児童が計60例, 全児童432名に対する14%に認められた(図)。5月29日に発症した初発例は, 支援学級の4年生男児であった。この患児には1回のワクチン接種歴があったものの, 全身の水疱の数が多く, 典型的な水痘であった。その後, 6月10〜19日に初発例からの二次感染疑い51例, 6月24〜27日に三次感染疑い8例の報告があった。三次感染疑い8例のうち6例は, 二次感染疑いの同胞からの家族内感染と推定された。その後, 7月24日の終業式まで四次感染が疑われる症例は認められず, 本事例は終息した。なお, 教職員に水痘患者は認められなかった。保健所では, 6月12日に水痘患者の集団発生を探知し, 小学校からの相談対応を行った。小学校では, 水痘患者の集団発生について保護者へ注意喚起を行い, 早期受診, 出席停止による患者の隔離を徹底した。学級閉鎖は実施されなかった。衛生研究所では, 近隣医療機関にA小学校の水痘患者検体の採取(水疱内容物または咽頭ぬぐい液)を依頼した。6月24〜26日に発症した4件(4例)の患者検体が衛生研究所に搬入され, そのうち3件からreal-time PCR法3)によりVZV遺伝子が検出された。その他の57例はすべて臨床的に診断された。
対照群と比較して, 症例群は, 男児(67%, 40/60), 2階にクラスのある3年生, 4年生, 支援学級の児童(68%, 41/60)に多く認められたが(表, p<0.05), これは, 初発例と接する機会が多かったためと考えられた。症例群の94%はワクチン接種歴のあるBVであった。BVは一般に軽症とされており, 本事例においても入院をともなう重症例は認められなかった。本事例の患者のうち, 2回接種70%, 1回接種12%であり, 対照群(2回接種76%)と比較して, 2回接種割合が低い傾向であった(p<0.10)。ワクチン接種歴別の発症率は2回接種13%(42/325), 1回接種33%(7/21), 未接種11%(2/19)であった(データ未記載)。未接種者が少なく, ワクチン効果の統計学的評価はできなかった。なお, 6年生は定期接種が始まった2014年10月時点で1〜2歳であり, すべての児童が定期接種の対象であった。
初発例は, 5月29日に発疹が認められたため医療機関を受診し水痘と診断された。そのため, 発疹出現の1〜2日前である5月27, 28日が感染可能期間と考えられた。初発例の感染可能期間における学級を越えた活動として, 交流級での授業(4年生の特定クラスで一部の授業に参加), 4年生合同スポーツテスト, 清掃活動, クラブ活動, が挙げられた。各活動に参加していた児童の発症率は, 交流級: 24%(6/25), スポーツテスト: 24%(18/74), 清掃活動: 15%(2/13), クラブ活動: 15%(2/13)であった(データ未記載)。一方, 2階にクラスのある児童の発症率は25%(41/162)であり, 前述の活動に限らず, 2階で広く感染が拡大したと考えられた。
考 察
水痘ワクチンの定期接種化以降, 国内の2自治体(小樽市, 茨城県)で小児における水痘の集団感染事例が報告されているが, いずれも患者数は十数例程度であった4,5)。本事例は60例の患者による比較的大規模な水痘の集団感染事例であった。初発例の学童はワクチン1回接種後であったにもかかわらず, 全身の水疱の数が多い典型的な水痘であった。ワクチン接種による家庭内二次感染率を評価した報告では, ワクチン未接種の初発例と比較して, 初発例がBVの場合は, 家庭内二次感染率が半減した一方, 水疱の数が50個以上の中等症以上のBVが初発例の場合は, 未接種の初発例と同程度の家庭内二次感染率であった6)。このことから, 本事例の初発例は, 水疱の数が少ない軽症のBVと比較し, 周囲への伝播性が高く, 感染拡大に繋がったことが示唆された。本事例の患者の94%にワクチン接種歴があり, また70%は2回接種歴があった。国内で実施された1歳以上の小児を対象とした水痘ワクチンのワクチン効果を評価した症例対照研究においては, 1回接種では76.9%, 2回接種では94.7%の発症予防効果が認められた7)。一方, 直近2019〜2021年度の感染症流行予測調査における全国の水痘ワクチン2回以上接種群の水痘抗体保有率(EIA-IgG価:≧4.0)は, 1歳では75%以上であったのに対し, 3〜4歳, 5〜6歳, 7〜9歳の各群では50%以下と低い傾向であった8)。また, 国内の水痘患者数は年々減少傾向ではあるが, 年長者の水痘患者における2回接種後のBVの割合が増加傾向であることが指摘されている9)。これらのことから, 高いワクチン効果が認められているワクチン2回接種者でも, 接種後の時間経過にともなうVZV感受性者は一定数存在しており, 今回のような小学校におけるBVによる集団感染が起こったことが推測された。本事例の三次感染疑い8例は, 二次感染疑い51例と比較し, 顕著に少なく, 多くは家族内感染と考えられた。また, 四次感染疑いは認められなかった。米国では定期1回接種, 2回接種が順次導入された1995〜2019年の期間に, アウトブレイクの発生数, 事例ごとの患者数が減少し, アウトブレイクの期間が短縮した10)。本事例では, ワクチン接種率が高いことに加え, アウトブレイク探知時に早期受診, 出席停止による隔離を徹底したことが, 短期間でのアウトブレイクの終息に繋がったと考えられた。
わが国の2020〜2022年における定期接種ワクチンの累積接種率は, 1回接種で97.0-97.5%, 2回接種で82.6-87.4%であり11), 未接種者や1回接種者が一定数認められる。平時から既往歴のない1回接種者や未接種者への水痘ワクチンの2回の接種推奨を行うとともに, 接種者間でも集団感染が起こりうる可能性を考慮し, 水痘患者が発生した際は速やかに適切な感染対策を講じる必要がある。
参考文献
- Morino S, et al., Vaccine 36: 5977-5982, 2018
- 国立感染症研究所, 水痘ワクチン定期接種化後の水痘発生動向の変化〜感染症発生動向調査より・2021年第26週時点〜
https://www.niid.go.jp/niid/ja/varicella-m/varicella-idwrs/10892-varicella-20220113.html - 国立感染症研究所, 病原体マニュアル「水痘・帯状疱疹ウイルス」
https://www.niid.go.jp/niid/images/lab-manual/vzv_2011.pdf - 小樽市, 感染症の発生について〔令和6(2024)年度〕, 水痘の集団発生について
https://www.city.otaru.lg.jp/docs/2024062800024/(2024年9月11日参照) - 篠崎真希子ら, 第82回日本公衆衛生学会総会抄録集 483: 1205-1, 2023
- Seward JF, et al., JAMA 292: 704-708, 2004
- Hattori F, et al., Vaccine 35: 4936-4941, 2017
- 国立感染症研究所, 感染症流行予測調査報告書
https://www.niid.go.jp/niid/ja/y-reports/669-yosoku-report.html - 服部文彦ら, 公衆衛生 88: 728-731, 2024
- Leung J, et al., J Infect Dis 226: S400-S406, 2022
- 崎山 弘ら, 外来小児科 26: 196-207, 2023
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