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今後期待される新形式インフルエンザワクチン

(IASR Vol. 45 p198-200: 2024年11月号)
背 景

インフルエンザは, オルソミクソウイルス科に属するインフルエンザウイルス, 特にA型とB型のヒトへの感染により, 主に冬季に流行する急性呼吸器感染症である。多くの感染者は軽症だが, 若年小児や高齢者では重症化することがある。米国では高齢者の入院, 死亡の最多要因となるなど, インフルエンザは, 社会・医療・経済への影響が大きい1)。インフルエンザウイルスの主要表面抗原タンパク, ヘマグルチニン(HA)とノイラミニダーゼ(NA)が持続的に変化を起こすため(抗原ドリフト), 常に感受性者が存在し, 毎年世界の全人口の3-18%が感染するとされる1,2)。またインフルエンザウイルスは, これまでヒトに感染性・伝播性がなかったHAとNAの組み合わせを持つウイルスがこれらの性状を持った場合(抗原シフト), 世界的な大流行を引き起こすことがある。このため, インフルエンザのサーベイランスと有効なワクチン戦略は, 公衆衛生上重要である。季節性インフルエンザワクチンとして, 日本国内では, 不活化ワクチンの「インフルエンザHAワクチン」と経鼻弱毒生ワクチンの「フルミスト®点鼻液」が薬事承認済みであり, 現在, 高用量インフルエンザワクチン4価および経鼻不活化ワクチンの薬事承認申請が提出されている3-6)()。

不活化ワクチン

現在, 日本で広く流通しているのが, 発育鶏卵内でウイルスを増殖させて作製されるインフルエンザHAワクチンである。毎年, 流行前の10月から接種が開始され, 13歳以上では1回, 6か月以上13歳未満の小児では2〜4週間の間隔をおいて2回の皮下接種が推奨されている3)。免疫原性が弱いため, 6か月未満の乳児にはワクチン接種の適応はないが, 妊婦に接種されたワクチンで保護効果が期待できると考えられる1)。有症状の感染に対する有効性は, 2013〜2023年のシーズンで, 1回接種で33-83%, 2回接種で42-80%と報告されている7)。安全性は非常に高い。

経鼻弱毒生ワクチン

インフルエンザ弱毒生ワクチンは, 逆遺伝学(reverse-genetics)手法を用いてプラスミドに組み込まれた8つのウイルス遺伝子(HAとNA遺伝子は野生株由来, その他6遺伝子は弱毒生ワクチン用のウイルス由来)を細胞に導入して作製される8)。経鼻ワクチンは全身免疫誘導とともに抗原特異的分泌型IgA抗体産生を中心とした粘膜免疫応答を期待できる。鼻腔内という投与経路により, 注射が不要となり, 被接種者および接種者の負担軽減も期待できる。フルミスト®点鼻液は感染価として約107のA型およびB型生ウイルスを含有する4)。6歳未満では, 従来の不活化ワクチンと比較して感染抑制効果が高いとされたが, インフルエンザ関連の入院は減少させなかった9)。国内の2〜18歳を対象にした第III相試験におけるワクチンの有症状の感染に対する有効性は27.5%〔95%信頼区間(95%CI): 7.4-43.0〕と報告されている10)。50歳以上のワクチン効果は示されていない。また, 2歳未満への接種では入院と喘鳴頻度の上昇を認めたため11), 日本では2〜19歳未満が接種対象であり12), 重度の喘息を有する者または喘鳴の症状を呈する者は接種要注意者, 妊婦は接種不適当者(禁忌)とされる。投与方法は, 1回0.2mLを鼻腔内噴霧(各鼻腔内に0.1mLを1噴霧)。2023年現在, 36の国と地域で承認済みである。

高用量インフルエンザワクチン

日本で薬事承認申請が提出されているものは高用量インフルエンザ4価ワクチン(QIV-HD)である。高用量ワクチンは, 標準用量の不活化ワクチンの4倍(1価につき60μg)の抗原量を含有する。有効性については, 標準用量の不活化ワクチンと比較して65歳以上の高齢者でインフルエンザの予防効果が23%(95%CI: 17.5-36.2)高いことが海外の第IIIb-第IV相試験で示されている13)。また, 日本で実施された第III相試験では, 60歳以上において, 標準用量と比較して免疫原性の優越性と安全性が示された14)。その他のワクチン有効性のシステマティックレビューにおいても, 高用量ワクチンの優位性が継続して示されている15)。投与方法は, 成人に経皮的に1回接種。米国では2019年に承認されている。

経鼻不活化ワクチン

1940年代に最初に開発された経鼻不活化ワクチンは, その有効性の評価のために, 上気道粘膜での防御に重要な役割を果たす粘膜上の抗体を測定できず, 血清抗体が使用されたため, 経皮ワクチンより優越性を見出せなかった。その後, アジュバントを使用したサブユニットワクチンにより免疫原性の改善が図られて海外で承認を得たが, 副反応としてベル麻痺(顔面麻痺)が疑われたため使用中止となった。現在, 全身性の血清IgGおよび感染粘膜局所への分泌型IgAの誘導が期待できる全粒子ワクチンが開発され, 日本において薬事承認申請中である16)

上記の他にも, 精製HAを含んだ, ナノ粒子やウイルス様粒子をワクチンとして使用する組換えワクチンも開発されている。プラスミドや別種のウイルスにウイルス遺伝子を組み込んだDNAワクチンやウイルスベクターワクチンは, 免疫原性に課題があるが, 他種のワクチンとの組み合わせによるプライム・ブースト法により改善が見込まれる。

季節性インフルエンザワクチンは, 流行するウイルスとの抗原性が合致していることが望ましいが, ワクチン株の選定時期(2月)とワクチン接種時期(10月)には約8カ月の時間差があるため, ワクチン株の選定は難しい。しかし, 短期間で合成可能なmRNAワクチンや, インフルエンザウイルスの抗原性の多様さを克服するため, 抗原性の変化が少ないマトリックスタンパクM2の細胞外ドメインやHAの幹ドメインをターゲットとしたユニバーサルワクチンの実用化も期待されている。

参考文献
  1. Patel MM, et al., Plotkin's Vaccines 8th ed, Philadelphia e31: 514-551, 2023
  2. Tokars JI, et al., Clin Infect Dis 66: 1511-1518, 2018
  3. 厚生労働省, 小児に対するインフルエンザワクチンについて, 2024(令和6)年5月23日
    https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/001256393.pdf
  4. 第一三共株式会社, 経鼻弱毒生インフルエンザワクチン「フルミスト®点鼻液」の国内における製造販売承認取得のお知らせ, 2023年3月27日
  5. サノフィ株式会社, 高用量4価インフルエンザワクチン(QIV-HD)日本で製造販売承認申請, 2023年12月19日
  6. 一般財団法人阪大微生物病研究会, 経鼻投与型インフルエンザワクチン(BK1304)製造販売承認申請について, 2024年3月28日
  7. 厚生労働行政推進調査事業費補助金(新興・再興感染症及び予防接種政策推進研究事業) 分担研究報告書 小児におけるインフルエンザワクチンの有効性モニタリング: 2022/23シーズン
    https://mhlw-grants.niph.go.jp/system/files/report_pdf/202219020A-buntan66.pdf
  8. Orenstein W, et al., Plotkin's Vaccines 8th ed: 552-576, 2023
  9. Kildegaard H, et al., Lancet Child Adolesc Health 7: 852-862, 2023
  10. Mallory RM, et al., Influenza Other Respir Viruses 12: 438-445, 2018
  11. Belshe RB, et al., N Engl J Med 356: 685-696, 2007
  12. Grohskopf LA, et al., MMWR Recomm Rep 7: 1-25, 2024
  13. DiazGranados CA, et al., N Engl J Med 371: 635-645, 2014
  14. Sanchez L, et al., Vaccine 41: 2553-2561, 2023
  15. Lee JKH, et al., Vaccine X 14: 100327, 2023
  16. Sano K, et al., Expert Review Vaccines 17: 687-696, 2018
国立感染症研究所
感染症疫学センター
北村則子 高梨さやか 鈴木 基
インフルエンザ・呼吸器系ウイルス研究センター
渡邉真治 長谷川秀樹

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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