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令和6(2024)年度インフルエンザワクチン用製造株とその推奨理由

(IASR Vol. 45 p186-189: 2024年11月号)
1.ワクチン株決定の手続き

わが国におけるインフルエンザワクチン製造株は, 厚生労働省(厚労省)健康・生活衛生局感染症対策部の依頼に応じて, 2月中旬〜4月上旬にかけて3-4回に分けて国立感染症研究所(感染研)で開催される『インフルエンザワクチン株選定のための検討会議』で検討され推奨株候補を決定する。その結果を『厚生科学審議会 予防接種・ワクチン分科会 研究開発及び生産・流通部会 季節性インフルエンザワクチン及び新型コロナワクチンの製造株について検討する小委員会(以下, 小委員会)』へ報告し, 同小委員会において審議され決定される。その結果は厚労省感染症対策部長へ報告され感染症対策部長から決定通知が交付された。

本稿に記載したウイルス株分析情報は, ワクチン株が選定された2024年3月時点での集計成績に基づいており, それ以後の最新の分析情報を含むシーズン全期間(2023年9月〜2024年8月)での成績は, 総括記事「2023/24シーズンのインフルエンザ分離株の解析」(本号4ページ)を参照されたい。

2.ワクチン株について

今(2023/24)シーズンの世界的なインフルエンザの流行は, 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)流行前と同様, ピークが1つの流行であった。流行のピークは, これまでは多くの場合1月であったが, 今シーズンは12月にみられ, 例年より若干早い流行であった。型・亜型(A型)・系統(B型)別では, A/H1pdm09, A/H3およびB型(ビクトリア系統のみ)が, それぞれ検出されたが, その割合は国・地域により異なっていた。傾向として, 北半球はA型の検出が多く(A/H1pdm09とA/H3の割合は国・地域により異なっていた), 南半球はB型の検出が多かった。日本の流行は, 冬の流行が3シーズンぶりにみられた2022/23シーズンのピーク(2023年第6週)後, 全国の定点当たり報告数は減少したが1.0以下になることなく, そのまま2023/24シーズンに入った。2023年第36週以降報告数は増加し, 第49週でピーク(定点当たり報告数は33.7)となり, 年末に向かって減少した。

しかし, 2024年第1週以降再び増加し, 第6週でピーク(定点当たり報告数は23.9)となり, それ以降減少した。インフルエンザ分離・検出報告は, 2022/23シーズンではA/H3が大多数であったが, 2023/24シーズンでは2023年中はA/H3とA/H1pdm09が多く報告された(A/H3>A/H1pdm09)が, 年明けからB型(ビクトリア系統のみ)の報告が増えた。感染研では, 世界保健機関(WHO)ワクチン推奨株選定会議(2024年2月19〜22日)で議論された流行株の解析成績, 令和5年度(2023/24シーズン)ワクチン接種後のヒト血清抗体と流行株との反応性およびワクチン製造候補株の製造効率などを総合的に評価して, 令和6年度(2024/25シーズン)のインフルエンザワクチン製造候補株として, 以下に示すA型2株およびB型2株を選定し小委員会へ推薦することとした。

A型株

A/ビクトリア/4897/2022(IVR-238)(H1N1)pdm09

A/カリフォルニア/122/2022(SAN-022)(H3N2)

B型株

B/オーストリア/1359417/2021(BVR-26)(B/ビクトリア系統)

B/プーケット/3073/2013(B/山形系統)

3.ワクチン株選定理由

3-1.A(H1N1)pdm09亜型: A/ビクトリア/4897/2022(IVR-238)

最近のA(H1N1)pdm09亜型ウイルスは, ヘマグルチニン(HA)遺伝子系統樹上, 6B.1A.5a.2(以下5a.2)から分岐したクレード5a.2aおよび5a.2a.1に属していた。地域別では, 5a.2aのウイルスは東南・西・南アジア, アフリカでの検出が多く, 5a.2a.1のウイルスは日本, 北米・中米・南米の国での検出が多かった。ヨーロッパは, 国により割合に違いはあるが, 全体としてはそれぞれ同じくらい検出されていた。

フェレット感染血清を用いた抗原性解析では, 2023/24シーズンワクチン推奨株で5a.2a.1に属する細胞分離A/ウィスコンシン/67/2022類似株および卵分離A/ビクトリア/4897/2022類似株に対する血清は, クレードを問わず, 非常に多くの流行株と良く反応していた。5a.2aのウイルスでフェレット感染血清との反応性が低下する株が一部存在したが, 検出地域が限定的(主にオーストラリア)であった。

A/ビクトリア/4897/2022類似株(5a.2a.1に属する)を含む2023/24シーズンワクチンを接種したヒト(小児, 成人, 高齢者)の血清を用いた血清学的試験では, 細胞分離A/ウィスコンシン/67/2022類似株に対する反応性と比較した場合, 流行している5a.2aと5a.2a.1に属するウイルスに対する反応性はおおむね良好であった。

以上の成績から, WHOは, 2024/25シーズンの北半球用のA(H1N1)pdm09亜型ワクチン推奨株として, 2023/24シーズンと同じA/ビクトリア/4897/2022類似株を引き続き推奨した。

国内のA(H1N1)pdm09亜型ワクチン製造用としては, 令和5(2023)年度において高増殖株A/ビクトリア/4897/2022(IVR-238)が使用されており, また本株以外に新しくワクチン候補株の性状解析は実施されていないことから, ワクチン株検討会議では, 令和6(2024)年度のA(H1N1)pdm09亜型ウイルスのワクチン株として, 令和5年度と同一株であるA/ビクトリア/4897/2022(IVR-238)を推奨した。

3-2.A(H3N2)亜型: A/カリフォルニア/122/2022(SAN-022)

最近のA(H3N2)亜型ウイルスはHA遺伝子系統樹上多様化しているが, 直近のすべてのウイルスはクレード3C.2a1b.2a.2(以下, 2)に属している。2は, HA上の特徴的なアミノ酸変異により, さらに分岐し, その中で, ほとんどすべてのウイルスは2a.3a.1(新しいクレード名: H)に属した。Hは, さらにH.1-H.4に分かれた。世界的には, H.2に属するウイルスが多く報告され, 続いてH.1およびHに属するウイルスが多かった。国内の多くの分離株はH.1に属した。

フェレット感染血清を用いた抗原性解析では, 2023/24シーズンワクチン推奨株である細胞分離A/ダーウィン/6/2021類似株あるいは卵分離A/ダーウィン/9/2021類似株(2aに属する)に対する血清は, 試験機関により反応性の程度に差があったが, 約半数の流行ウイルスに対して反応性が低下していた。一方で, 2024シーズン南半球用のワクチン推奨株である細胞分離A/マサチューセッツ/18/2022類似株および卵分離A/タイ/8/2022類似株(2a.3a.1/Hに属する)に対する血清は, 流行株との反応性は良好であった。H.2に属するウイルスには, これらの血清との反応性が若干低下する株がみられたが, まだ報告数はそれほど多くない状況であった。

A/ダーウィン/9/2021類似株(2aに属する)を含む2023/24シーズンワクチンを接種したヒト(小児, 成人, 高齢者)の血清を用いた血清学的試験では, 細胞分離のA/ダーウィン/6/2021株に対する反応性と比較した場合, 2023/24シーズンに多く流行していたH.1およびH.2に属するウイルスとの反応性の低下がみられた。

H.1やH.2を含むHに属するウイルスが多く流行していること, これらの流行ウイルスに対して2023/24シーズンワクチン推奨株(2aに属する)に対するフェレット感染血清の反応性が低下している株が多くなっていること, 一方で2a.3a.1/Hに属するウイルス株(細胞分離A/マサチューセッツ/18/2022類似株および卵分離A/タイ/8/2022類似株)に対するフェレット感染血清との反応性は良好であったこと, H.1およびH.2のウイルスに対して2023/24シーズンワクチン接種者血清の反応性が低かったことから, WHOは, 2024/25シーズンの北半球用のA(H3N2)亜型ワクチン推奨株を, 2023/24シーズンのA/ダーウィン/9/2021類似株から, 2a.3a.1/Hに属するA/タイ/8/2022類似株に変更した(2024年10月現在「H」は「J」と分類されている)。

感染研では国内のA(H3N2)亜型ワクチン製造候補株(CVV)として, 2a.3a.1/Hに属する高増殖株A/タイ/8/2022(IVR-237), A/ブリスベン/837/2022(IVR-246), A/四川高新/1144/2023(CNIC-2302D), A/四川建陽/35/2023(CNIC-2303A), A/カリフォルニア/122/2022(SAN-022)およびA/カリフォルニア/122/2022(NYMC X-407)を入手し, 国内のワクチン製造所3社に分与した。これらのうち, NYMC X-407株は, WHO協力センターからCVVとして不適当という情報があったため, 対象外とした。残りの5株について, 各製造所で増殖性(感染価測定), ショ糖クッション法によるウイルス蛋白収量, エーテル処理によるスプリット工程およびろ過工程まで行った生産性が評価された。増殖性については, それぞれの感染価は107-109 EID50(50%卵感染価)/0.2mLの範囲であったが, 最大感染価は各社ともSAN-022株がもっとも高かった。ウイルス蛋白質含量については, 2023/24シーズン国内ワクチン製造株であるA/ダーウィン/9/2021(SAN-010)と比較したところ, SAN-022株の3社の平均が111%と良好であり, 5株中, 唯一3社の平均として100%を超えていた。これらの結果から, 以降の評価についてはSAN-022株に絞って進められた。継代による抗原性の乖離は認められなかった。さらに, 生産性評価については, 2023/24シーズン国内ワクチン製造株であるA/ダーウィン/9/2021(SAN-010)と比較したところ, 3社の平均は122%であり, エーテル処理による収率低下は確認されなかった。以上から, ワクチン株検討会議では, 令和6年度のA(H3N2)亜型ウイルスのワクチン株としてA/カリフォルニア/122/2022(SAN-022)を推奨した。

3-3.B型(ビクトリア系統): B/オーストリア/1359417/2021(BVR-26)

最近のB/ビクトリア系統のウイルスは, HA遺伝子系統樹上で, クレードV1A.3a.1(以下, 3a.1)とV1A.3a.2(以下, 3a.2)に分かれているが, 2022/23シーズン同様, 2023/24シーズンも3a.2のウイルスが主流であった。
フェレット感染血清を用いた抗原性解析では, 2023/24シーズンのワクチン推奨株B/オーストリア/1359417/2021類似株(3a.2に属する)に対する血清は流行株と良く反応した。

また, B/オーストリア/1359417/2021類似株(3a.2に属する)を含む2023/24シーズンワクチンを接種したヒト(小児, 成人, 高齢者)の血清を用いた血清学的試験では, 細胞分離B/オーストリア/1359417/2021類似株に対する反応性と比較した場合, 流行の主流である3a.2のウイルスに対して良く反応していた。

以上の成績から, WHOは, 2024/25シーズンの北半球用のB/ビクトリア系統ワクチン推奨株として, 2023/24シーズンと同じB/オーストリア/1359417/2021類似株を引き続き推奨した。

国内のB/ビクトリア系統ワクチン製造用としては, 令和5年度において高増殖株B/オーストリア/1359417/2021(BVR-26)が使用されており, また本株以外に新しくワクチン候補株の性状解析は実施されていないことから, ワクチン株検討会議では, 令和6年度のB/ビクトリア系統ウイルスのワクチン株として, 令和5年度と同一株であるB/オーストリア/1359417/2021(BVR-26)を推奨した。

3-4.B型(山形系統): B/プーケット/3073/2013

2020年3月以降, 自然界における流行で解析された山形系統ウイルスは報告されておらず, 検出は弱毒生ワクチン由来の株であることが分かっている。したがって, WHOの季節性インフルエンザワクチン推奨株選定の専門家会議からは, 季節性インフルエンザワクチンに山形系統ウイルスを含める理由がないため, 4価ワクチンから山形系統のワクチン株を除き, 3価ワクチンにすべきとの意見が出されている。

しかしながら, WHOは, 各国・地域の当局が4価あるいは3価ワクチンの決定を行うべきであるとしている。このことから, WHOは, 2024/25シーズンの北半球用の4価ワクチンのために含むべきB/山形系統ワクチン推奨株として, これまでと同様にB/プーケット/3073/2013類似株を推奨した。

わが国では2024/25シーズンは4価ワクチンとするとの方針が厚労省より出されたため, 山形系統ワクチン株について議論された。B/プーケット/3073/2013はワクチン製造株としての製造実績もあることから, 令和6年度のB/山形系統ワクチン株として, 令和5年度と同一株であるB/プーケット/3073/2013を推奨した。

国立感染症研究所
インフルエンザ・呼吸器系ウイルス研究センター
長谷川秀樹 渡邉真治

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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