国内外におけるカンジダ・アウリス(Candida auris)感染症について
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概要
カンジダ・アウリス(Candida auris)は2009年に日本から初めて報告されたカンジダ属の真菌である。これは2005年に慢性中耳炎患者の耳漏から分離されたものであったが、2009年以降、複数の国から多剤耐性傾向のある遺伝子型の株による侵襲性カンジダ症の報告が相次いだことから、2022年に世界保健機関 (WHO) が『Fungal Priority Pathogens List, 2022』において最も優先度の高いCritical groupに指定した。
カンジダ・アウリスは感染性を維持したまま環境中に長期間留まることがあり、国内医療機関で一般的に用いられている生化学的性状を用いた真菌同定法では正確な同定が難しく、他のカンジダ属真菌との誤同定の可能性があると報告されている。カンジダ・アウリスにはClade I〜VIの6つの遺伝子型があり、Clade I〜IVが多く報告されている。初報告を含む日本国内から報告されるClade IIは非侵襲性感染症や耳への定着の報告が多い一方で、Clade I、III、IVでは侵襲性感染症、抗真菌薬に対する多剤耐性傾向が報告されている。また人の手や環境表面を介した直接的、間接的な接触感染により伝播することから、手指衛生、接触予防策、環境消毒が対策として重要である。
検査診断、感染管理、治療など診療に関する詳細は、「カンジダ・アウリス診療の手引き 第1.0版」を参照のこと。
国内においてはその発生状況を監視していなかったが、2023年に国内初の侵襲性感染例である真菌血症の症例が報告されたことを受け、厚生労働省は2023年5月1日に事務連絡を発出し、情報提供と菌株の収集を依頼した(厚生労働省、2023)。
事務連絡発出以降、2024年4月30日までに18例の報告があり、うち4例が事務連絡の報告基準を満たすカンジダ・アウリス感染症症例と診断されたが、いずれも非侵襲性感染症であった。また、上記4例からの分離株は多剤耐性ではなく、遺伝子型も世界的に問題となっているClade I、III、IVでもなかったことから、現時点では国内でカンジダ・アウリスが公衆衛生的に問題となる状況ではないと考えられた。ただし、今後国内においても多剤耐性株の持ち込み、侵襲性感染症や多剤耐性株による感染症、院内アウトブレイクが起こる可能性があるため、今後さらなる知見の収集、国内における拡大防止のため、発生状況、Clade情報、薬剤耐性傾向に関する継続した監視体制の構築が必要である。
真菌学的知見
カンジダ・アウリス は2009年に本邦より初めて報告された菌種である。最初に報告された株は慢性中耳炎患者の耳漏由来であり、非侵襲性の株であったが、現在では世界各国から血流感染症由来の株が報告され、世界的な問題となっている。カンジダ・アウリスには複数のCladeが存在し、本邦で耳漏から分離される株は主としてClade II (East Asian) に属するものであるが、世界各国で分離される血流感染症由来の株はClade I (South Asian)、Clade III (African)、Clade IV (South American) が主体であり、内訳は大きく異なる。また、近年ではclade V (Iranian) の報告やClade VI (Singapore・Bangladeshから報告) の提唱などもあり、Clade分類は複雑化している。
カンジダ・アウリスは、環境中での長期間生存・ヒトへの長期間定着を示し、海外では医療機器を介した院内アウトブレイクが複数報告されていること、また抗真菌薬耐性を示す株の割合が高いことなどから、現在注視すべき真菌の一つに挙げられている。抗真菌薬耐性率は報告により様々であるが、複数国の分離株薬剤感受性を調査したある研究では、分離株の93%がフルコナゾール耐性、35%がアムホテリシンB耐性、41%が2種類以上の抗真菌薬に耐性という結果が示されており、さらには3系統の抗真菌薬全てに耐性の株も報告されている(Lockhart et al., 2017)。一方で本邦における抗真菌薬耐性率については、現状まとまったデータが存在しない。
国外におけるカンジダ・アウリスの報告状況
カンジダ・アウリスは、WHOが『Fungal Priority Pathogens List, 2022』において最も対応の優先度が高いCritical groupの一つに指定しており、診断・監視体制、研究開発の促進、公衆衛生対応を主要項目とした対応の強化・改善が求められている。一方で、世界的なサーベイランス体制は整備途上であり、その報告体制は各国各地域において大きく異なることに注意が必要である(WHO, 2022)。
また、カンジダ・アウリスは臨床現場で一般的に用いられている生化学的性状を用いた同定において他のカンジダ属真菌との誤同定が多く報告されており、診断能力の向上も課題となっている(Kaur et al., 2021)。
2020年までに全世界40ヵ国以上からカンジダ・アウリス感染症が報告されているが(De Gaetano et al., 2024)、各Cladeの報告は地理的な偏りがあり、Clade Iは主に南アジア、中東、欧米、Clade IIは西太平洋地域、Clade IIIは欧米、中国のほか南アフリカ、オーストラリアから報告されており、Clade IVはアメリカ地域からのみ報告されている。世界的にはClade IとIIIの報告が最も多く、かつ広い地域から報告されている(De Gaetano et al., 2024)。
Clade I、III、IVで抗真菌薬耐性と病院内におけるアウトブレイクが多いとの報告があり、集中治療室(ICU)などでの院内感染対策が大きな問題となっている(Rhodes et al., 2019)。一方で、Clade IIは一部の細胞壁たんぱく質に関連する遺伝子の欠失があり、この欠失が薬剤耐性、環境中での生存能力に影響していることが示唆されている(Muñoz et al., 2021)。
アジアにおける報告状況
韓国からは2011年に同国初のカンジダ・アウリスによる真菌血症3例が報告された。いずれも医療関連感染と考えられたが、症例間の関連性は指摘されていない。うち2例は2009年にカンジダ血症の多施設研究の中で確認され、1例は1996年に菌種が未確定であった真菌血症由来の株が後方視的にカンジダ・アウリスと同定されたものである。1996年の1例は世界で最も古い臨床検体由来のカンジダ・アウリスであると報告されている(Lee et al., 2011)。
中国でもサーベイランスは行われていないが、2018年から2022年の間に瀋陽、北京、厦門から真菌血症4例を含む20例の報告があり、うち1株がClade I、19株はClade IIIに属しており、1株を除き何らかの抗真菌薬に耐性を有していたとの報告がある(Bing et al., 2022)。
インドでもサーベイランスは行われていないものの、2019年12月から2021年7月にインド西部の医療機関に入院したカンジダ血症症例79例に関する報告では、原因菌種としてカンジダ・アウリスが最も多く、インドにおけるカンジダ血症の原因としてカンジダ・アウリスが一般的になっている可能性が示唆された(Prayag et al., 2022)。また、ICU入院中の重症の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)患者におけるカンジダ・アウリスのアウトブレイクの報告では、患者背景として糖尿病などの基礎疾患、COVID-19による人工呼吸管理、ステロイド治療、中心静脈カテーテルなどがある長期ICU入室患者では致命率が60%に上ったことが報告された(Chowdhary et al., 2020)。
欧米における報告状況
米国では、2013年以降各州が自主的に米国疾病予防管理センター(CDC)にカンジダ・アウリス症例を報告していたが、2018年以降は全国感染症サーベイランスシステム(NNDSS)で定められた定義を用いて報告を行っている。この報告においては、感染症が疑われて実施された検査でカンジダ・アウリスが検出された臨床例と、無症状であるが医療関連感染対策として実施された検査でカンジダ・アウリスが検出されたスクリーニング例とを集計・報告している(CDC, 2024)。
2022年には2,377例の臨床例が報告されており、サーベイランスが始まって以降、2018年に331例、2019年に478例、2020年に757例、2021年に1,474例と、その報告数は増加傾向にある。また、2022年に5,754例のスクリーニング例が報告されている (CDC, 2024)。
また、米国内におけるClade情報として、ニューヨーク州の保健局によると、2018年から2024年6月21日までに1,987例の臨床事例が報告され、分離株200株のうちCladeの情報が得られた62株すべてがClade Iと同定された(Zhu et al.. 2020)。
欧州ではECDCにより2013年から2017年、2018年から2019年、2022年の3回にわたり、欧州連合/欧州経済領域(EU/EEA)圏内におけるカンジダ・アウリスの疫学的状況、対応状況の調査を実施している(Kohlenberg et al., 2020)。EU/EEA圏内の30ヵ国のうち、6ヵ国でカンジダ・アウリスの届け出義務があり、12ヵ国で何らかのサーベイランスを実施している。
2013年から2021年までに、EU/EEA圏内の15ヵ国の1,812例からカンジダ・アウリスが検出された。多くの症例は保菌であり(1,146例/1,812例)、血流感染は227例であった。2020年から2021年にかけては、8ヵ国335件から13ヵ国655件と報告国数、報告数ともに増加したが、国レベルでの情報が入手できなかった国も4ヵ国あった。また、2019年から2021年にかけて14件のアウトブレイクが報告されている(Kohlenberg et al., 2020)。このうち、2019年7月から2022年12月の間にイタリアのリグーリア、ピエモンテ、エミリア-ロマーニャ、ヴェネトの各州の17の保健施設から361例が報告され、異なる感染源からの同時多発的なアウトブレイクであったことが示唆されている。症例のうち91.8%は定着と判断された (Sticchi et al., 2023)。
イングランドでは2013年にカンジダ・アウリス感染症が報告されて以降、2021年までに少なくとも40例の真菌血症を含む約304例のカンジダ・アウリス感染症例が報告されている(Borman et al., 2017、UKHSA, 2023)。また、2015年に発生したロンドンの病院における院内アウトブレイクでは、感染対策を強化したものの終息までに16か月を要したと報告されている(Schelenz et al., 2016)。
英国で検出されたカンジダ・アウリスの系統は、遺伝子解析の結果Clade I、II、IIIが英国にそれぞれ持ち込まれ、特にClade IとClade IIIによって病院でのアウトブレイクが引き起こされたと報告されている(Borman et al., 2017, Eyre et al., 2018, Schelenz et al., 2016, Taori et al., 2019)。
国内におけるカンジダ・アウリスの報告状況について
2009年に世界初のカンジダ・アウリスの報告が日本からあったのち(Satoh et al., 2009)、日本国内においては、Clade IIのカンジダ・アウリスによる非侵襲性感染症の報告が散見されるのみで、侵襲性感染症や院内アウトブレイクの報告は無かった。
しかし、2020年にフィリピンにおいて入院、集中治療ののち日本に国際医療搬送された患者の血液培養から、フルコナゾール及びアムホテリシンBに耐性のClade Iのカンジダ・アウリスが検出されたことが2023年に報告され、日本で初めてのカンジダ・アウリスによる侵襲性感染症の報告となった(Ohashi et al., 2023)。本事例における院内水平伝播は確認されなかった。
本事例の発生を受け、国内におけるカンジダ・アウリス感染症の発生状況を把握するため、厚生労働省は2023年5月1日に事務連絡を発出し、自治体に対し、情報提供と菌株の収集を依頼した(厚生労働省、2023)。本通知においては、カンジダ・アウリスと確定もしくはカンジダ・アウリスを疑うカンジダ属真菌が同定された侵襲性真菌感染症症例、及び抗真菌薬に耐性を示すカンジダ・アウリスが起炎菌と確定した局所感染症の症例について厚生労働省健康・生活衛生局感染症対策課、国立感染症研究所に報告するとともに、技術的支援が必要な場合は国立感染症研究所、国立国際医療研究センターに相談が可能としている。
国内のカンジダ・アウリス感染症の発生動向(2023年5月1日事務連絡による)(2024年4月30日まで)
2023年5月1日の事務連絡発出後、2024年4月30日までに事務連絡に基づく報告症例及び、事務連絡に関連した相談症例として、14都道府県にある17医療機関から18例が報告された。報告を受けた段階では、侵襲性感染症は疑い例のみ3例、局所感染症の確定例は7例、その他は8例であった。
最終的に、症例定義に合致したものは、4都道府県から報告された局所感染症の4例であった。性別は全て女性であり、年齢はそれぞれ30代、40代、60代、80代であった。検体は全て外来で採取された耳由来検体であり、診断は3例が中耳炎で、1例が外耳道炎であった。検体採取年月は、2023年10月に2例、2024年2月に2例であった。基礎疾患・併存症は情報が得られた3例のうち1例において、悪性腫瘍があり、カンジダ・アウリス検出の過去1年以内に手術をしていた。また、行動歴に関する情報が得られた2例では、いずれもカンジダ・アウリス検出の過去1年以内の海外渡航歴を認めなかった。
国内のカンジダ・アウリスの真菌学的動向(2023年5月1日事務連絡による:2024年4月30日まで)
2024年4月30日までに事務連絡をもとに報告された18例のうち、国立感染症研究所に計14例16株のカンジダ・アウリス疑い分離株が送付され、うち10株がカンジダ・アウリスと同定された。
カンジダ・アウリスが分離された臨床検体の内訳は、9株が耳由来であったほか、1株が尿であった。ITS-D1/D2領域およびCauMT1領域の塩基配列に基づいたClade解析では、全ての株がClade IIに属していた。また、薬剤感受性試験結果から、フルコナゾールに耐性を示す株が4株 (いずれも確定例からの分離株) 確認されたが、エキノキャンディン系 (ミカファンギン・カスポファンギン)、ポリエン系 (アムホテリシンB) に耐性を示す株は認められなかった。
なお、菌株解析は厚生労働省事務連絡を基に各自治体から報告があったカンジダ・アウリスのみを対象として行なっており、国内で分離された全ての株を対象としているものではないことに注意が必要である。
リスク評価と今後の対策
- カンジダ・アウリスは2009年に日本で初めて報告されたカンジダ属真菌であり、世界各地から抗真菌薬への多剤耐性、院内アウトブレイク、侵襲性感染症の報告があり、病院での早期の対策が重要となる病原体であることから、WHOが優先的な対処が必要な真菌に指定している。
- 国内では厚生労働省の事務連絡のもと、2023年5月1日から2024年4月30日までに局所感染症4例の報告があり、いずれの菌株もClade IIで薬剤感受性はフルコナゾールのみに耐性であった。
- 国内でもカンジダ・アウリス感染症の報告はあったものの、侵襲性感染症、多剤耐性株の報告はなく、また遺伝子型も世界的に問題となっているClade I、III、IVではなかったことから、現時点では国内でカンジダ・アウリスが公衆衛生的に問題となる状況ではないと考えられた。
- ただし、国際的な人流の変化、薬剤耐性傾向の変化などの影響により、今後国内においても多剤耐性株の持ち込み、侵襲性感染症や多剤耐性株による感染症、院内アウトブレイクの発生のリスクがあることから、国内におけるClade情報を含むカンジダ・アウリスの検出状況や薬剤耐性傾向、感染症の発生動向を継続して監視していく必要がある。
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