やなせたかし「僕はもっと若い頃に世に出たかった。ただ...」
やなせたかし(漫画家)
※(注記)本稿は、やなせたかし著『何のために生まれてきたの? 希望のありか』より一部抜粋・編集したものです。
前向きに考えよう
現在と未来しかないの。そうすると、現在とその未来をなるべく楽しく、なるべく面白く、生きたほうがいいんです。過去のことを、いくら考えてもしょうがない。
――アンパンマンの絵本に、連載のメルヘン、それからアンパンマンの映画とフル回転。毎日忙しく仕事をこなせるというのは、それだけお元気だということですよね。
僕は93歳なんですが、目が悪くなり、耳が悪くなり、心臓も悪くなりで、もう「引退したい」と言ったんです。けれども仲間が許してくれない。
そして東日本に震災が起こって、引退だなんて甘いことは言っていられなくなったんですよね。それで思いとどまって、少し先延ばしにしたんですけれど。
何しろ目がよく見えないので「絵が描けない」と言うと、編集者は「わかりました。それでは月末までに5枚お願いします」と言って、全然、僕の話を聞いていない。で、相変わらず仕事を頼みに来るんですよ。ほんと、困ったものなんですけど。
僕はがんはやっているし、こっち側(左側)の腎臓は取ってしまってないんです。それからすい臓も、すい炎というのをやって上から3分の1を切り取っている。胆のうもない。この間は腸閉塞をやって、腸を45センチも切りました。心臓にはペースメーカーも入っていて、だからもうボロボロですよ。
―― よく「一病息災」と言われますが。
一病ならいいけど、僕は一三病ぐらいあるんだよ。病気だらけ。それだけの病気を持っていると、自分と向き合って暮らしていかないとね。
生きている間はなるべく元気に、楽しく暮らしたいと思っているわけ。悩んでいてもしょうがないのでね。だけど、そのために、よく誤解をされるんだよね、「やなせさんは元気だ」って。元気じゃないんだよ、ほんとは。
なるべく僕は、物事を前向きに考えるようにしているの。倒れるんなら、前のめりに倒れようと思っているくらいでね。同じ倒れるんでも、そういうふうに考える。
病院へ行ったら、きれいなナースさんはいるかなあ……とまず探して、あの人ならいいなあとか、そういうふうに思えば、病院へ行くのも楽しい。まあ現実は、そういうナースさんにばかり当たるとは限らないけど。
物事は後ろ向きに、いくら考えてもしょうがない。というか、そういうふうに思うようにしているわけ。嫌なことは、考えないようにしているの。考えたってムダですからね。やっぱり悪いほうへ悪いほうへ、考えてしまいがちでしょ。だから、無理に考えないようにするんだ。すると、なんらかの状況は変わってくるもんですよ。
血圧が高いとか、不整脈があると、何かいろいろなことを考えちゃう。夜寝て、明日の朝、目が覚めなかったらどうしようかとか。つい悪いほうへとね。
だからあえて、考えないようにしているの。
著者紹介
やなせたかし(Takashi Yanase)
漫画家、詩人
1919(大正8)年2月6日生まれ。出身は高知県香美市。東京高等工芸学校図案科(現・千葉大学工学部デザイン科)卒業後、製薬会社の宣伝部に入社。1941(昭和16)年、野戦重砲兵として日中戦争に出兵。終戦後、三越の宣伝部デザイナーを経て、独立。漫画家の肩書きを掲げるが、舞台美術や放送作家、演出家、作詞家、デザイナー、編集者など多分野で活躍する。1973年、代表作である『あんぱんまん』の絵本を出版。シリーズ化され、1988年、テレビでのアニメ放映が始まったのを機に大ブレイクし、現在に至る。
『詩とメルヘン』の編集長を長年務め(1973-2003年)、現在は季刊雑誌『詩とファンタジー』の責任編集を手がける。日本漫画家協会理事長を、2000年5月―2012年6月まで務めた。
関連書籍・雑誌
何のために生まれてきたの? 希望のありか
やなせたかし史上最弱のヒーロー大人気の「アンパンマン」童謡「手のひらを太陽に」の生みの親が作品誕生の経緯と戦争体験や下積み時代を乗り越えくじけずやってきた元気の理由を語る。NHKBSプレミアム「100年インビュー」の単行本化。