日本の子どもは主体的に学ぶ意欲がない? 学力は高いのに自律学習が苦手な原因
宮田純也(一般社団法人未来の先生フォーラム代表理事/横浜市立大学特任准教授/学校法人宇都宮海星学園理事)
2025年08月22日 公開
日本の教育界はいま、明治時代以来およそ150年ぶりの大転換期を迎えています。この流れは日本にとどまらず、世界中で起こっている現象であり、その背景にあるのは、現在進行中の「情報革命」といわれています。
本稿では、そんな大転換期にある教育現場の今、学力は高いのに自律学習が苦手な日本の子どもたちの実情について、日本最大級の教育イベント創設者・大学特任准教授・学校法人理事など、さまざまな立場や役割で教育に関わっている宮田純也さんに解説していただきます。
※(注記)本稿は宮田純也著『教育ビジネス』(クロスメディア・パブリッシング)より一部を抜粋編集したものです。
学びへの意欲を失う子どもたち
2022年におこなわれたPISA(Programme for International Student Assessment)で、日本は「科学的リテラシー」が2位、「読解力」が3位、「数学的リテラシー」が5位と、3分野すべての順位が世界トップレベルでした。
このように学力が高いにもかかわらず、自律学習と自己効力感の指標は37か国中34位と低い結果になっています。この指標は「学校が再び休校になった場合に自律学習を行う自信があるか」という質問に対する回答から算出されています。この結果から、日本の子どもには主体的に学ぶ意欲も自信もないという解釈ができます。
学力が「認知的スキル」に依拠するのに対し、自律学習は「非認知的スキル」あるいは「社会情動的スキル」に依拠しています。非認知的な力には、何かに興味関心を持つこと、目標の達成に向けて自らをモチベートすること、困難な状況でもあきらめずに最後まで粘り強くやり抜く力、他者と協働できる良好な関係を築く力などが含まれます。
日本の子どもは学力が高いのに意欲や自信がない、つまり総じて非認知的スキルに課題があるというのは一見矛盾した状況だと言えます。
この状況に対しては、文部科学省は現行の学習指導要領にある「主体的・対話的で深い学び」による授業改善など、現行の学習指導要領を推進することが、前述の課題に対する適切な対処であるとしています。
もちろん学校教育の努力も必要ですが、主体的に学ぶ意欲や態度・自信などの育成を学校教育だけに任せることは難しいのではないかと私は考えています。
大きく言えば、明治時代から始まった公教育が歴史ある私教育の領域を奪っていってしまったことが、社会情動的スキルの未発達の要因と言えます。
それによって、私たちは「教育は学校でおこなうものだ」と考えるようになり、工業型社会で重視される認知的スキルを育てることに執着し、本来的な教育機能や私たちの役割を学校に預けすぎてしまったのかもしれません。
結果として私教育、主として家庭教育の機能が低下して社会情動的スキルを育成することができず、その育成さえも学校が主体的に担うことが求められることになりました。
さまざまな役割を学校が担うことで教員の職務は肥大化し、学校現場の荒廃をも招いてしまっていると言えます。
「情緒」という計測が難しいスキルに対して、いわゆる「学力」は計測可能な認知スキルです。この2つはどちらも人間の成長にとって欠かせないものです。
OECDは、両者の相互作用によって人間は新たな価値を創造でき、個人の自己実現に寄与すると主張しています。
2000年にノーベル経済学賞を受賞したアメリカのシカゴ大学教授ジェームズ・ヘックマン氏は「非認知的スキル」が学力テストの成績に影響すること、そして、その伸長は家庭での教育によって左右されることを明らかにしています。
ヘックマン氏の研究自体は就学前の子どもを対象とした教育投資に関する研究ですが、家庭における教育の成果は学校教育の成果にも影響するという点で示唆に富むものであると考えられます。
学びの意欲を失う子どもたちに対して、教員以外の人たちも当事者意識を持って何ができるかを考えることが、学校現場の改善とともに大切です。
文部科学省や学校教育の努力だけではなく、家庭や地域での私教育の再興など、さまざまな解決策を検討する必要があると言えます。