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『視点』事実はひとつ-薬物問題最前線-

V【「大麻等の薬物規制のあり方検討会」議論の中で】

2021年の前半、厚労省による「大麻等の薬物対策のあり方検討会」が開かれました。私もメンバーであり、座長代理に選出されたのでした。それを振り返って思い起こすことが三点あると、最終会合で次のように発言しました。

第一に、最近の国際的な潮流云々といった発言も見られたが、そういうとき、世界に200近い国と地域があって、一体具体的にどこの国々を指すのであろうか、と常々疑問に思っていたことです。一般に、あたかも日本以外のほとんどの国で、といったニュアンスで使われるに至っては、現状からかけ離れていますと。
しかし、もし、大麻の嗜好目的での使用を合法化した少数の国のことを指しているのであれば、国法で合法化したのは2か国のみです。したがって、現時点では、一次予防が充分に機能しなくなっている少数の国のやり方に、日本が追随しなければならないという理由はないわけです。国際的には大麻の規制を緩める方向にある、との報道がみられることがあります。正確ではありません。少数の国の話です。日本は遅れている、などとの意見に至っては、なにをか言わんや、といったところです。あれは、陸上競技で言えば"周回遅れ"なのです。その少数の国々の方が。 半世紀前に国際社会がその意思を表明した、乱用防止が最も肝要だという観点から見れば、明らかです。現在、日本における生涯経験率は1.8%のみですが、日本を抜いた国がどこにあるでしょうか。他の国では、20%から40%に至る場合もあります。

第二に、もし国際的潮流というのが、一次予防に加えて早期発見、治療、教育、アフターケア、更生から社会復帰に至る各国での様々な創意工夫の取組のことを指すのであれば、それはなにも新しいことではありません。これは1972年に国際社会が麻薬単一条約を改正してまで目指したことです。そして、国連麻薬委員会が長年言い続けてきたことです。

具体的には、第38条です。そこでは、さきに述べたように、まず乱用の防止に特別の考慮を払い、とあるのを思い起こす必要があります。これまで、例えば我が国では、一次予防が他の国々と比較して効果を上げてきましたが、だからといって乱用防止に関する継続的な努力を怠るわけにはいきません。二次予防を必要とする人たちを増やさないために。
しかし、一方、不幸にして薬物乱用を始めてしまった人々には、社会復帰に至るまでの手を差し伸べなければいけません。ちまたでは専門家とされる人物の中で、人間は薬物を使うものだから、薬物のない世界は実現不可能だと公言する向きもあったと報告を受けました。
しかし、犯罪が世の中からなくならないからといって、犯罪防止の努力をやめようという考えは出てきません。薬物問題も同じです。横流し、密造、密輸、密売、そして、乱用を我々は限りなくゼロに近づける必要があり、努力し続けなければならないわけです。


第三は、「ダメ。ゼッタイ。」という標語ができた経緯についてでした。これは、先に述べたように、薬物乱用をしていない人たちへ向けて生まれた、初めての呼びかけだったという事実です。

したがってこの場合、当事者とは、まだ乱用を始めていない多くの人たちであると、この標語が成立した経緯にふれて、検討会で幾度も記録を引用して明らかにいたしました。
この標語は当事者が嫌がる、などとの発言も聞かれたからです。検討会では私が直ちに指摘しましたが、標語「ダメ。ゼッタイ。」はもっぱら"一次予防"を目的として創られたものですから、この場合"当事者"とは薬物乱用を始めてはいない大多数の人々なのです。

また、依存症と闘っている人々が、実際にこの標語を誤解しているのでしょうか。ここでも、個別のエピソードのみならず、データが必要です。私が訪問したリハビリ施設(一社)ナルコノンジャパンは、薬物乱用は「ダメ。ゼッタイ。」という標語は必要であるとの意見でしたし、社会復帰を果たした方々自身が、世界の同施設でも「ダメ。ゼッタイ。」("Never.Ever.")と語るのだ、との報告でした。

もしも、この標語に対して、誤解、曲解があるならば、まず、それを正すのが筋です。それは依存症の患者さんやご家族のみならず、その他一般の人たちが誤解、曲解しているなら、その人たちに対しても正す必要があります。
そもそも、一般の人々がこの標語を聞いて、不幸にして乱用を始めてしまった人たちにスティグマを与えるような誤解や曲解を実際に抱くのでしょうか。
繰り返しますが個々のエピソードではなく、全体像を表すデータが望まれます。双方の考えを表すデータが入手できれば、本来の意義を正確に伝える対処方法を取ることができます。

不幸にして乱用を始めてしまった人たちも社会復帰を果たした後に、共に呼びかける性質の標語です。この呼びかけの大切さを身にしみて理解し、実際に活動に移しておられる方々がいらっしゃいます。例えば、私が一緒に講演したことのある、ある盲学校の先生です。この先生は若い頃シンナーを乱用して、その結果、目が見えなくなってしまった。その後、それはすさまじい努力をなさって盲学校にはいり、教師になり、今は、乱用防止の活動に尽力され、「ダメ。ゼッタイ。」を強調して伝えておられます。

ただ、標語を言い募れば良いというわけではありません。特に若者たちが、自分自身で薬物問題を考えるようにするためにはどうしたら良いのか、工夫し続けなければならないのです。一次予防から最終的に社会復帰に至るまでのプロセスのなか、それぞれの段階での効果的なメカニズムが不可避です。そのためにはどういう連携が必要なのか、考え続けています。我々は、対象グループに向け、どのようなアプローチが必要で、効果的・効率的であるかを、綿密に見極めていかなければなりません。

また、いずれの国の薬物対策であれ、データと検証された事実に基づいて決定されるべきものです。他国の異なった状況からくる動きに追随しようとする主張は、一世紀を超える国際薬物規制の進化とは相いれません。
正確な"事実"と検証された"データ"に基づく方策をとっていけるよう、各分野の、こころざしを同じくする人たちと、さらに連携を強めていきたいと考えています。情報を収集し、発信し、皆様の日々の活動からくる知見を教えていただき、意義ある対話を続けていきたいと考えております。さらなるご協力をお願いする次第です。



〜国際麻薬統制委員会(INCB)とは〜
麻薬委員会の他にもうひとつ、国際薬物規制条約の規定を行使する機関の国際麻薬統制委員会(INCB)があります。麻薬単一条約により、前身のふたつの委員会を統合・強化してつくられたこの委員会は、各国が関連条約を遵守しているかどうか監視する、"准司法的"機能を持っています。
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