クレジット
翻訳責任者: EastGRASSWALL EastGRASSWALL
翻訳年: 2025
原題: Finding Balance
著作権者: DrMagnus DrMagnus
作成年: 2017
初訳時参照リビジョン: 19
元記事リンク: https://scp-wiki.wikidot.com/finding-balance
それ故、エーテルは平衡に至ることとなる。5つのエーテルは錬金術の実践における基礎であり、敬意を払わねばならない。それらは「元素」や「エイドロン」、あるいは更に難解な名で呼ばれることもある。いずれにせよ、エーテルはこの宇宙の純粋で根源的な力であるのだ。風、土、火、水、そして雷。敬意を払えば、エーテルはそれに報いるだろう......
──R・ディアギレフ著「錬金術の実践」より抜粋
ルスラフ・ディアギレフは、宇宙の奔流が耳奥で響かせた音により目を覚ました。そしてそこには、昨年の誕生日に贈られた液体時計も確かにあった。彼はぼんやり寝ぼけながら瞬きをし、秋の冷えた朝の中で起き上がった。ベットの端から足を出すと、早朝の日差しが窓から差し込んだ。
部屋の向こう側では、かすかに光る液体がデカンタの中で心地よく泡立っていた。柔らかな橙と青の光が複数の管から放たれ、装置の周りを陽気で気ままに駆け巡っていた。彼は唸りながら立ち上がり、部屋の反対側にある実験場へ足を引きずりながら、壁にある一連の起動スタッドに手を伸ばし、天井にある落ち着いた琥珀色の照明を点灯させた。
彼が微笑む中、球体は徐々に煌めき、深き琥珀の灯りにより部屋が暗がりから最も深き浅浮き彫りの世界に変貌した。灯りが彼の作業台にまで行き渡ると、多数のノート、製法の断片、呪文などの馴染みの光景が目の前に現れた。彼の太くて角張った字が書かれた黒板は、消されたばかりのチョークの微かな光沢で輝いていた。
疲れた片手を伸ばして、ルスラフが微かに光る青き液体の下にあるバーナーの起動ノブを回すと、液体はより激しく泡立ち、溢れたものが最大のデカンタに入った褐色の液体へと滴り落ちた。彼はそれをガラス棒でかき混ぜながら、殆どの者が知らず、あえて口にする者など更にいない言語で静かに詠唱した。詠唱につれ、混合液は濃褐色から黄金の光沢を持つ淡褐色に変化した。彼は微笑みながらバーナーの火を消し、混合液の一部を陶器の水差しに流し入れた。
彼は水差しを口元まで寄せ、混合液を口から胃へ流し込むと、満面の笑みを浮かべた。ああ、遂に、風のエーテルを打ち消せた。やっと、コーヒーの味がする。秘薬の効果により、彼は早起きによる疲労と不快感が解消されるのを感じた。
第七環の錬金術師、ルスラフ・ディアギレフは、小屋の窓から雪景色を眺めた。彼は頷き、混合液を更に一口飲み、水差しをテーブルに戻した。
……錬金術にも、他分野の科学と同様、法則がある。規則もある。これらの法則と規則は時折変わることがあるが、物理学と同じく、消えて無くなることはない。物理科学の方が実用的かもしれないが、錬金術的な異常存在の収容に必要になると言う単純な理由により、錬金術の技法に対する特別な注目が求められるのだ……
──M・R・ティサート「封印の道」より抜粋
"異常存在"に対する最初の歴史的言及
数時間後、R・ディアギレフは、その名札に示された通り、サイト-79への列に入り、車内で猫背になっていた。雪が更に速く降る様になり、ルスラフは苛立った溜息をついた。雪はいつも、彼のローブの裾に引っ掛かるのだ。この雪のせいで、サイトへの列はいつになく長く、その上車内暖房の効きも悪くなっていた。
数分が経ち、ルスラフは列の先頭まで進み、門の保安職員に資格証を提示した。彼が車を止め、その男性と目を合わせると、その顔のわざとらしい笑みに気付いた。守衛はカードを受け取り、スキャンした後に返却した。「ありがとうございます。どうぞお進みください。」
ルスラフは保安職員のニヤけ顔へ溜息するのを抑えた。彼はその視線にも、同僚達からの疑わしき敬意にも慣れていたのだ。
彼は車を駐車場に停め、立体駐車場の床上の雪に、小声で悪態づきながら、車から降りた。彼は雪を少しばかり払い除け、歩数を88まで数えた後、静かに呪文を唱えた。1人の次席研究員がその様子を凝視した為、彼の集中力が乱れてかけた。その研究員はあまり気にしなかったかもしれないが、詠唱後にルスラフのローブは雪は寄せ付けなかった。彼は微笑み、風のエーテルの助けに感謝を述べた。
廊下を通り抜けると、彼のローブの静かな摩擦音が、研究者の硬い靴音や、ハイヒールの静かな硬い音と相反した。彼の靴は、何年も前の古き製法で適切に作られたゴムからできていた。色は明るい紫で、縫い目は粗末であったが、それは彼が錬金術師であり、靴職人ではなかったからだ。その靴は暖かく、防水性で、音も静かで、大学の仲間から呼ばれた"グレープフットGrapefoot"と言う渾名の由来にもなった。
彼は静かにため息をつきながら、自身のオフィスで落ち着き、ローブの奥から携帯電話を取り出し、充電の為にコンピューターへ差し込んだ。彼は雷のエーテルへの感謝と、バッテリーの減りが早いAppleへの呪罵を呟いた。
オフィスは機能的で、いくつかの作業台が置かれており、その内の1つには簡素なデカンタ浄化システムが設置されていた。オフィスの他方にある唯一のドアは研究室に通じており、同僚のオフィスにも繋がっていた。くすんだコンクリートの壁はルスラフと相性が良く、彼は机の横にあるカレンダーを見て微笑んだ。それには猫が描かれていたのだ。
ルスラフは作業スペースに落ち着き、朝のメールをチェックした。財団では、常に官僚的で退屈なことに対処しなければならなかった。
……それ故に、賢者である我々が、世界を守ることとなった。財団は、かの実体共の影響を常に封じる最高の好機である。以上より私は、我々による今一度の処置の実施を提言する。我らの現実に対する侵入を永久に防ぐべく、大いなる封印を構築するのだ……
──R・ディアギレフ「処置への呼び掛け」より抜粋
12時になると、ルスラフの腹の虫が鳴き始め、彼はある著名なアメリカ人が不死を得る為に用いていた糖蜜の秘薬に関する報告を書き留めた。彼はひとまず、手記の最後に数行の書き込みを残し、あくびをしながらその広い肩を伸ばして立ち上がった。
彼は徐々に来る疲労を感じながら、カフェテリアに向かって歩き始めた。今朝の秘薬の効果が薄れているようだった。少なくとも数週間は持ちこたえられる様、彼は心の中で静かに願った。かの特殊な収束は、おそらく相当に長い間は再発しないであろうが。
そのまま進むと、コリンズ博士がカフェテリアの方へ歩いているのに見かけ、軽く手を振った。博士はルスラフに向けて微笑み、ルスラフを待って合流した後、2人でカフェテリアに向かって歩き出した。「会えて嬉しいよ、ルスラフ。良い週末を過ごせたかい?」
ルスラフは頷き、コリンズ博士に微笑んだ。「ええ。今朝、ようやく秘薬が完成しましてね。効果も問題なく、とても嬉しく思いましたよ。」ルスラフはカフェテリアに向かって左に曲がり、オフホワイトの廊下では会話の声が響き渡った。
2人は、エスカレーターで3階のカフェテリアへ向かう小さな人混みに加わった。カフェテリアの階は、広々と、そして上品に装飾されていた。最近の改装により、暗いガラス越しに雪の積もった草原を見渡せた。床の暗いタイルは、壁の繊細なバーガンディ色を引き立てた。ルスラフは、その全ての色を気に入っていた。
コリンズ博士はルスラフに微笑み、2人はサービスエリアへ向けて歩いた。「おめでとう、ルスラフ。すぐ成功するように願っていたよ。それは、以前君が話していたスーパーコーヒーで良いのかな?」コリンズ博士は出来立てのビュッフェの列に並び、トレーを掴んで、いつもの炭水化物たっぷりな料理を数皿盛り付けた。彼は最近のプロジェクトによるストレスで過食しており、体重も数ポンド増えていた。
ルスラフはトレーを手に取り、野菜の混ぜ合わせ、軽いサラダ、そしてサーモンに見せかけたピンク色の魚の大きな切り身1枚を盛り付けた。「ええ。きちんと効果を発揮していて嬉しいですよ。今朝は格段に楽でした。」彼は、唯一のご褒美であるクッキーの小さなトレーを1枚取り、列の先頭に向かった。
コリンズ博士は昼食代をIDで支払い、ルスラフも同様にした後、2人は近くの空いたテーブルに向かった。他の研究員数人がコリンズ博士に手を振った後、2人は座り、思い切り昼食を取り始めた。他のテーブルはすぐに埋まっていったが、ルスラフとコリンズ博士は小さな丸いテーブルの1つを自分達だけのものとした。
彼の焦げ茶のローブは白衣を着た研究員達よりも目立っていたが、それはいつものことだった。2人が数分間雑談をした後、若き研究員が目を輝かせて熱心に彼らのテーブルに近づいた。「コリンズ博士ですよね?先週ご提案されていた新たな研究テーマについて、いくつか質問させていただけないでしょうか?」
コリンズ博士は顔を上げ、噛んでいる最中のものを素早く飲み込んだ。「もちろんさ、ダニエル。こちらはルスラフ・ディアギレフ、錬金術課の職員の1人だ。」ルスラフは顔を上げ、通例の困惑と驚きの入り混じった表情を浮かべた若者の目を見た。
「初めまして、若き人よ。」ルスラフは大きな手を差し出し、その年下の者としっかり握手した。
「ああ、どうもどうも。お会いできて光栄です、ディアギレフ博士。」ダニエルは少し早口になってしまい、特に混乱をうまく隠せなかった。
「私は博士ではありませんが、貴方が混乱しているのは分かります。"先生"、あるいは、非常に公的な場合では"長老"が、適切な敬称になりますね。」通例の不信な表情が若者の顔に浮かんだので、彼はしかめっ面を隠そうとした。
コリンズ博士はルスラフに目を向け、首をかしげた。「聞いた話によれば、今日君らの下に、新人が1人来るそうだ。ジェームソンがまたデタラメを言ってなければだが。」 彼はパスタの最後の一口をすくい上げ、後ろにもたれた。
ルスラフの眉毛が上がり、顔に深い皺が刻まれた。「新人?新たに弟子が加入するなんて、知りませんでしたが。」それに、もう誰も流れを感じられないなんてことも。彼は心の中で思った。「同僚達に相談しなければなりませんね。」
コリンズ博士は立ち上がり、ダニエルを連れて去っていった。「また会おうルスラフ、楽しき研究を!」
……それ故、今後は我らの錬金術課に、イニシアチブ[編集済み]の封印と秘匿の任が課されるのである。錬金術に関する知識は全て信用されなくなるだろう。封印、円環、その他の錬金術装置。それら全ての管理が、錬金術課の共同管理官であるR・ディアギレフとM・アデバヨに託されるのだ……
──O5評議会 処置計画No.[編集済み]より抜粋
彼が静かにオフィスまで歩いて戻る間、何事もなかった。ドアに着くと、彼は静かなチクチク音、星が輝く湖の水のように柔らかな音を聞いた。彼が目を閉じ、その音に没入すると、水のエーテルが、宇宙からの最も深い言語で語りかけてきた。
瞬く間に、収束が来た。彼は水と風、その両方へのアクセスが出来るようだった。ついに、彼の処置が次の段階となる時が来たのだ。
彼が研究室へ急ぐと、そこには唯一の同僚であるアデバヨ長老が立っていた。彼の真っ黒な肌は、正直に言えば、いつも着ている安っぽい乳白色のローブとは著しく対照的だった。研究室の壁は、サイト内の他の部屋とは異なるものだった。上から下まで、収容、秩序、保護の呪文が銅のノミで刻まれていた。
ルスラフとアデバヨは、様々な収束イベントを利用することで、16ヶ月もの苦労をかけてこの部屋を準備し、要する場所にエーテルを保管していた。この部屋は、錬金術の防空壕に相当するものであり、彼らが重要な研究に取り組む為の唯一の場所だった。
壁にはテーブルが並べられており、そこには様々なデカンタ浄化システム、風流装置、バーナー数個、さらには微細土壌分離装置までもが置かれていた。
壁の片方には、頑丈な木製の支えが取り付けられており、そこには2本の重々しい牧杖が収められていた。真鍮と木からできた方はアデバヨの、冷鉄と鉛からできた方はルスラフのものだった。杖立ての向かいの床には、3つの同心円が埋め込まれていた。最初の円は磨かれ刻印されし銅、その次の円は冷鉄、最後の円は最も上質で繊細な金であった。最後の円の物質は、純粋なエーテルからただの鉛、そして金へと変換されていた。
「貴方も感じましたかな?ルスラフ。」第三の言語による豊かな音節がその唇から流れ、甘美なアクセントが音素の明暗の相互作用と完璧に調和し、その手は机に置かれた風速計と風車の上へと広げられていた。
彼は渦巻く流れを感じながら、壁沿いの装置へと急いだ。彼がいくつかのノブを調整すると、液体が泡立ち始め、すでに柔らかな輝きを放っていた。「もちろん、感じましたとも。風の力はどこまで引き出せましたか?」アデバヨの専門は風のエーテルであり、ルスラフは水の中にいる方が遥かに快適であった。
アデバヨはその手を静かに広げながら、真なる言語の始まりへ急速に近づくため、第二の言語に切り替えた。「間も無く完了します。風縛の円環を持ってきてもらえますか?」
ルスラフは頷き、何世紀も前に複数のオカルト組織が古代の錬金術師達から盗用した多様なシンボルが刻まれた、銅の飾り輪を持った。
「これで、封印の更新は13回目、ですね?」ルスラフは、アデバヨの剃られた頭に、飾り輪を乗せた。
「ええ。数ヶ月前、かの者が音を立てたので、確実に封印する必要があります。封印はほぼ完全なものとなりました。これにより、我々に為せることは──」突然、エーテルの亀裂が研究室中に広がり、第二の言語による言霊が乱された。雷のエーテルが急速に湧き上がり、儀式の動作と言葉を押し返したのだ。
不可視の流れの中から、笑い声が聞こえた。雷のエーテルから来た電気エネルギーには、空虚な感覚が伴っていた。反射し増幅したエネルギーに、繋がれ縛られる感覚。ルスラフはその感覚をよく知っていた。笑い声が記憶に響き、彼は眉を細め、歯を食いしばりながら唸った。
緋色の王が封印を破り、ルスラフ、そしてアデバヨに反撃しようとした。
ルスラフは手が霞む中、自らの研究机の下からシンプルな鉄の円環を取り出し、空中に投げた。彼は両手を広げ、真なる言語から一段階離れた第一の言語で詠唱し始めた。
鉄の円環はしばらく宙に浮いたままであったが、その後跳ね返り、横向きに着地し、ゆっくりと横向きに回転した。
エーテルの圧縮に連れて、アデバヨの頭から汗が噴き出した。「彼奴が押し返しています。どれほど続くかは分かりませんが──」彼が発する言葉は今や緊張したものとなり、第二の言語の力は限界に達していた。
ルスラフはその声を雷鳴の如く響かせ、両手を体の横へ引き、拳を握りしめた。「今日、我らの仕事の邪魔はさせない。お前を元居た場所に戻してやろう。緋色の王よ、ここから去れ!」突然の雷鳴と共に、建物のエネルギーが鉄の円環へと流れ込み、その手鍛造の鉄に無事定着した。笑い声は苦痛の唸り声に変わり、かの者の周囲に鎖が再度ピンと張り、きつく縛り上げた。アデバヨ長老の詠唱を除き、すべてが静まり返った。
数分が経ち、ルスラフの息を吹き返した。緋色の王が儀式へ対抗すべく掻き集めた雷のエーテルを打ち消す為に要した労力は途方もないものだったが、彼は遂にその者を円環へと押し込み、エネルギーを浄化された金属の輪に収められた。正しき儀式と共に手で形作られた以上、エーテルの中では何者であっても破壊は不可能だった。目下のところ、そこに蓄えられたエネルギーを打ち消せるのは人間の手のみだったが、その場合においても、相当な技法の才が要された。
ルスラフは研究机へ苦労しながら向かい、儀式で用いる風の制御器具に手を付けた。彼が第二の言語で静かに話すと、水と秘薬が泡立ち、その言葉がアデバヨの言葉と混ざり合うことで、調和の取れた合唱を形成した。
エーテルのエネルギーが精製水の小瓶に注がれ、真なる水の元素が創られた。彼はそれを2本の指にそっと挟み、アデバヨの下まで持ってきた。「水の元素。これなら封印を完璧に強化できます。貴方が手に入れたのですか?」
彼は子供のおもちゃのように明るい色の、小さな風車を掲げた。その羽に刻まれた極めて微細な刻印は、肉眼ではほとんど見えなかった。それはゆっくりと回転し、周囲に小さな風が流れていた。「もちろんですよ、長老。今夜、儀式を執り行います。ウィーンと、カーザ・ヴェルデの同僚達が、必要となる火と土の元素を揃えているはずです。」
静かにドアをノックする音が聞こえ、2人の注意は傍観者達の小さな集まりに向けられた。その内の何人かは、笑わない様に口を手で押さえていた。
ルスラフは心から落ち込んだ。彼らは、たった今何が起こったのかを全く理解できていなかった。ただ2人の老人が意味も無く叫び、パントマイムをしていた様にしか見えなかったのだ。
「何です?」彼は唸り声を上げた。その手は疲労で震え、心は苛立ちでいっぱいだった。
「ええ、その...新人が来ています。貴方を呼ぶよう、マイクに言われたんです、ディアギレフ先生。」ルスラフは目を細めた。そこにいたのは昼時に出会った若者、ダニエルだった。彼は深く溜息をついた。
「ああ、そうでしたな。どうも。」彼は靴の音も立てずに、静かに立ち去った。
最後に彼が聞いたのは、ダニエルが発した「あの紫の靴は何なんだ?」と言う小声だった。
……なぜこんな奴らを雇っているんだ?異常物へ関心を持つのは分かるが、奴らが本物であるはずがない。財団の資源を無駄にしているだけだ。銅の原石に費やす金なんて、途方もない額だぞ……
──サイト管理官、[編集済み]からのメールより抜粋
噂は本当だった。ルスラフは向きを変え、通り過ぎる博士や保安職員、事務職員に会釈しながら正門に向かった。彼らのほとんどは、もう彼に奇妙な表情を向けなかった。
だんだん険しくなっていく階段を数段経て、エーテルへの感謝をタイミング良く呟きながら、彼は受付に着いた。サイトのロビーには、神経質そうな若き男がマイクと一緒に立っていた。マイクは警棒を付けた腰に手を当て、彼に奇妙な表情を向けていた。受付エリアはかなり質素に見えた。
マイクがその後ろに座る机があり、2つの壁に沿って椅子が1列に並んでいて、訪問者が座っていた。くすんだ灰褐色の壁は、床に敷かれた薄茶色のカーペットからわずかに目立っていた。2人の男がマイクと若者を注意深く見つめ、目の前で起こっていることに興味を持っていた。彼らが読んでいた雑誌は、椅子と椅子の間にあるテーブルの上に放り出されていた。
この待合室にいると、ルスラフはいつも診療所の待合室を思い出した。
「聞いてるのか、小僧。このサイトに未承認の武器は持ち込めないんだぞ。」彼の目は、若者の手にある、ガラスと銀で作られたアスクレピアスの双子蛇の牧杖に釘付けとなっていた。ルスラフは、若者のロイヤルブルーのローブをしばらく見つめながら、微笑んだ。気取らず、機能的でありながら、上品に伝統的なデザイン。それを見ると、まだ希望があるように思えた。
彼はマイクに手を差し出した。「それは武器ではありませんよ、マイク。牧杖、錬金術師の道具です。彼が持つべきものですよ。」
マイクはルスラフの方を向き、しばらくしてから頷いた。彼はモニターの前にあるオフィスチェアに腰を下ろした。若者には見えなかったが、2人の"待ち"客も同様にリラックスしていた。機動部隊の隊員達は、潜在的なものを含む脅威を真剣に受け止めていた。
「私はルスラフ・ディアギレフ、錬金術師としての称号は──」ルスラフは、目の前の若者にほとんど期待せず、疲れて重々しい声で話し始めた。
「第七環ですね。存じています。第五環のアレン・バーンドに、貴方への師事を勧められたんです。彼は、貴方が最高にして、最後となる技法の実践者の1人だと申していましたよ。」彼の明らかにバルセロナ訛りな英語は、sの発音が少し舌足らずではありつつも、かなり聞き取りやすいものだった。
ルスラフは目を細め、第八の言語であるエトルリア祖語に切り替えた。真なる言語に近いが、会話には不向きなものだった。「それで、訓練はどの程度受けていますかな?若き人よ。技法の曖昧さは知っていますか?手ほどきを受けた経験の方は?」
若者はためらい、頭を少し垂れた。彼も同様に話そうとした。「私は、ありません、経験が、技法の、貴方の様に。私の──」彼は拙く、その言語の名前を発音しようとした。「とても、良くは、ないです。すみません。」
ルスラフは微笑んで頷き、英語に戻った。「単なる素人ではありませんな、若き人よ。貴方のお名前は?」
「はい、アルトゥーロ・ジェヌオモです。」彼が深々とお辞儀をしながらそう述べると、身に付けていたバックパックがわずかに揺れた。そのバックパックが、水のエーテルの学徒の証となる装備と気付き、その日初めて、ルスラフの顔に心からの笑みが浮かんだ。
「本サイトへようこそ、アルトゥーロ。私に着いて来てください。」彼は向きを変えて静かに歩き去った。アルトゥーロの奇妙な紫の靴は、彼のものと全く同じだった。
......前にも話した通り、彼らは詐欺師なんかじゃないよ。私は彼らの力をこの目で見たし、O5評議会からも必要性を認められている。君が錬金術課の予算配分を確認した様に、私達も錬金術的なSCPオブジェクトに遭遇していない訳じゃないんだ。彼らに機会を与えてやってくれ、ジム......
──コリンズ博士からサイト管理官、[編集済み]への返信メールより抜粋
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