【「退職者の中には、有能な者がかなり含まれております。この者達より、他の者を解雇した方が、現場としては有難いのですが」「補償の精神」は公平、適正さが最重要視されるが、その公平、適正の裡に必然的に弱者救済、生活補償の思想が潜んでいる。
静かに聞いていた與一は、「私もいろいろ考えた。確かに、力のある者を残しておきたい。しかし、能力のある者は、他でもすぐ雇ってくれるだろうが、そうでない者が再就職するのはなかなか難しい。今、これらの者の首を切れば、家族共々路頭に迷うことになる。だから、あえて、惜しいと思われる者に辞めてもらうことにした。その穴埋めは、君達が残った者を教育し補ってくれ。辞めさせる以上、辞めていく者の就職口は、必ず私が見つけてくる。君達も苦しいだろうが、私もつらいのだ」
と苦汁に満ちた顔で語った。係長の誰もが、心で泣いていた。決して、部下を粗末にしない與一の温かい心が泣かせたのである。
もはや、誰も何も言わなかった】
【與一は、その後、退職者の職場探しのため奔走することになる。そして、烏山頭出張所に勤めていた時より、良い俸給の職場を探し出しては世話をした。與一は、決して、技術者を安売りする人間ではなかった。就職を頼みに行った会社で高い俸給を要求して、それを通してしまうのである。
このことが、また、與一の評価を高くした。】