第1部 特集 日本復活になぜ情報通信が必要なのか
第2章 世界経済の変動と日本の情報通信
(2)情報通信活用で危機をチャンスにする企業
情報通信市場における3つの構造変化をみてきたが、現下の世界的な経済危機の厳しい環境に目を向けると、今般の不況下でも情報通信技術を経営に積極的に活用することにより活力を呈している企業もあり、このような視点から情報通信のダイナミズムをうかがうことも可能である。
不況の影響を受けて出費を抑制しようとする消費者は、国外や国内への遠出を控え、その一方で通信販売サービスや家庭向け娯楽サービスといった自宅にいながらにして享受できるサービスに対する消費(いわゆる「イエナカ」消費)のウェイトを高める可能性がある。このような内需と相性の良い形で情報通信技術を有効に活用している企業に注目し、多くの企業が業績を悪化させる中で平成20年度の業績で過去最高益を達成または見込む企業27の中から、その特徴や共通点を分析することとした。
ア 利便性で消費者の心をつかむネットショッピング
●くろまる価格面での優位性とともに、ネットならではの利便性を評価する消費者
インターネットや携帯電話等を活用して商品を購買するネットショッピングは、利用者の間で年々浸透を続けており、平成20年末で52%の利用者がネットを通じて商品を購入した経験があると回答している(図表2-1-3-8)。ネットを通じて商品を購入する理由としては、「店舗の営業時間を気にせず買い物ができる」(55.9%)、「店舗までの移動時間・交通費がかからない」(50.1%)、「様々な商品を比較しやすい」(49.3%)、「一般の商店ではあまり扱われない商品でも購入できる」(47.0%)、「価格を比較できる」(45.0%)など、単に価格面での優位性のみならず、ネットならではの利便性が評価されている(図表2-1-3-9)。このような形での情報通信利用は、不況の中で出費の選別を厳格化する消費者にとって、非常に有効なツールといえる。
図表2-1-3-8 インターネットによる商品の購入経験
図表2-1-3-8 インターネットによる商品の購入経験
図表2-1-3-9 インターネットで商品を購入する理由
図表2-1-3-9 インターネットで商品を購入する理由
本来はどのような企業でも自社のサイトを通じて直接消費者に販売することが可能であり、ネットショッピングへの参入は容易であるが、実際には、自社のサイトに消費者を呼び込むことはなかなか難しい。多数のアクセスを獲得するには、高い知名度や特徴ある個性が必要となろう。過去最高益を見込む企業の中には、個人及び企業向けのショッピングサイトやオークションサイトを運営するヤフーや、国内最大のインターネットショッピングモール「楽天市場」や旅行サービス販売サイト「楽天トラベル」等を運営する楽天等が含まれる。
「イエナカ」志向を強める消費者の中には、これまでネットを通じて商品を購入した経験がなかった人も含まれると考えられ、不況の中でもネットショッピングの利便性が再認識され、ますます消費者の支持が広がる可能性がある。
イ 口コミで成長する利用者発信型サービス
●くろまる成長が著しい携帯電話向けのCGM型サービス
ブログ、ソーシャルネットワーキングサービス(SNS28)、掲示板、動画共有サイトといった利用者個人が発信する情報交換の場を提供するCGM29型サービスは、ソーシャルメディアとも呼ばれ、利用者が情報の受け手となるだけでなく、送り手ともなることによってコミュニケーションを促進する。図表2-1-3-10は、主要なソーシャルメディアの利用者数の推移であるが、2005年頃より、各サービスの利用者数は急激に上昇している。また、この他にも、携帯電話向けのCGM型サービスが近年著しい成長を示しており、例えば、携帯電話向けSNSが月間100億を超えるページビューを記録するようになっている30。
図表2-1-3-10 主要なソーシャルメディアの利用者数の推移
図表2-1-3-10 主要なソーシャルメディアの利用者数の推移
(出典)ネットレイティングス(株)資料
これらのサービスの多くは、広告収入モデルの採用により無料で利用できるとともに、いわゆる「口コミ」情報のもつ価値が利用者間のコミュニケーションを活性化させることが認識されたこともあり、積極的な広告宣伝活動等を通じて急速な普及につながっていると考えられる。過去最高益を見込む企業の中には、価格比較サイト最大手「価格.com」を運営するカカクコム、携帯電話向けサイトの「モバゲータウン」を運営するディー・エヌ・エー、国内SNS「GREE」のモバイル版を運営するグリー等が含まれ、ソーシャルメディアは収益面においても堅実な地歩を固めつつある。
「イエナカ」志向を強める消費者の中には、このようなコミュニケーションサービスに時間を費やす人も多いと考えられ、不況の中でも支持が広がる可能性がある。
ウ 情報通信技術の活用で「こだわり商品」への需要を喚起
不況が家計をも直撃する中、「安価だが高品質」にこだわる企業が提供する商品への支持が消費者の間で高まっている。そのような商品を提供することは容易ではないが、過去最高益を見込む企業の中には、情報通信技術を高度に活用して生産工程や流通過程の効率化を実現し、品質を保ちながらも低価格を実現する企業が存在している。
例えば、カジュアル衣料販売店「ユニクロ」などを運営するファーストリテイリングは、発熱保温素材を使った肌着や洗濯機で洗えるセーターなど、「高機能で割安」にこだわったスタイルが功を奏している。同社は過去4回にわたって大規模な情報システム投資を行い31、消費者との接点に世界三大広告賞を受賞したブログパーツ広告「UNIQLOCK」を活用する等、経営への情報通信活用に積極的な投資を行うことで知られている。
また、自社ブランドの家具・インテリア専門店を全国に展開するニトリは、競争を優位にするための独自の販売予測手法や海外生産管理等を実現すべく、中核となる情報システムの企画、開発、運用を自社で手がけることにこだわっている32。この姿勢の下、円高を背景に約1,000品目の値下げを敢行した結果、増収増益を維持している。さらに、安価で高品質かつ多種多様なメニューを提供する中華料理店「餃子の王将」を全国に展開する王将フードサービスは、本部が各店舗の最新POSシステム33から収集したデータを活用し広告宣伝費をコントロールしつつ、本部の営業スタッフが無料・割引チケットを街頭で配布するといった、デジタルとアナログを組み合わせたきめ細かな活動により、月次の売上高の増加を維持している34。
「安価だが高品質」という商品に需要があるのは当然であるが、不況の中で「イエナカ」志向を強める消費者がそういった商品への支持を強める可能性がある。情報通信技術は"general purpose technology"であり、あらゆる産業で工夫次第で経営に活用できるため、そういった取組に成功した企業には一気に市場シェアを獲得するチャンスが到来するだろう。