環境省環境研究総合推進費 戦略研究プロジェクトS-10「地球規模の気候リスクに対する人類の選択肢(第1版)概要版」の公表について(お知らせ)
(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ同時配付)
国立研究開発法人国立環境研究所
地球環境研究センター
気候変動リスク評価研究室
室長 江守 正多
社会環境システム研究センター
統合評価モデリング研究室
主任研究員 高橋 潔
はじめに
環境省環境研究総合推進費戦略的研究開発プロジェクトS-10「地球規模の気候変動リスク管理戦略の構築に関する総合的研究」(プロジェクト略称:ICA-RUS ; 研究期間:2012年度〜2016年度;課題代表:江守正多 国立環境研究所地球環境研究センター気候変動リスク評価研究室長)では、制約条件、不確実性、リスク管理オプション、社会の価値判断を網羅的に考慮しながら、地球規模での気候変動リスク管理戦略を構築・提示することを目的として、国内の13の大学・研究機関(※(注記)1)が参画し、約100名の研究参画者・協力者の参加を得て、研究を推進しています。
ICA-RUSプロジェクトでは、前期3年間の研究成果をふまえ、「地球規模の気候リスクに対する人類の選択肢第1版」(略称:「選択肢第1版」)を作成し、その「詳細版」を2015年3月31日付で公表しました。
「選択肢第1版」は、評価手法や前提条件等も含めて詳しく述べる「詳細版」と、評価結果を中心に要点をまとめる「概要版」からなります。この度、3月に公表した「詳細版」を基にして「概要版」を作成し、2015年9月25日に国立環境研究所ウェブサイト(http://www.nies.go.jp/ica-rus/report/version1/index.html)において公表しました。「概要版」の要点は以下の通りです。
「地球規模の気候リスクに対する人類の選択肢(第1版)概要版」の要点
検討の前提と方法
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気候変動枠組条約の交渉において「世界平均の気温上昇を産業化以前を基準に2°C以内に抑える」目標(2°C目標)が掲げられています。我々は、この目標が国際的な合意過程を経ていることを尊重し、これを直ちに見直すべきという立場を取りません。しかし、この目標が妥当なものであり続けるためには、将来にわたってこの目標の意味を社会全体で問い続けることが必要と考えます。
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我々の研究では、1.5°C、2.0°C、2.5°Cの各目標を掲げた場合(※(注記)2)に、それぞれが地球規模の気候変動の「リスク管理」にどのような意味をもたらすかを、気候変動の影響(食料、生態系、水資源、洪水、健康等)と気候変動への対策(主に緩和策)の両面から検討しました。
影響評価のまとめ
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影響の面から見ると、これらの目標のうちどれを選ぶかによる違いは、いずれかの目標を達成した場合と対策無しの場合の間の違いよりもかなり小さく、また、気候予測の不確かさによってもたらされる影響予測の幅よりも小さいことがわかりました。このことから、1.5°C、2.0°C、2.5°Cのうちどの目標を選ぶかよりもむしろ、大きな方向性としてそのいずれかに確実に向かっていくこと、および気候不確実性への対処を考えることが重要であるという示唆が得られました。
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ただし、ある温度を超えた際に不連続的に生じる大規模影響(ティッピング要素)についてさらに検討が進むと、目標の選択がより重要性を増す可能性があります。
対策評価のまとめ
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一方、対策の面から見ると、1.5°C、2.0°C、2.5°Cのうちどの目標を選ぶかは、目標を達成するための対策コストに大きな違いをもたらします。特に、1.5°Cを高い可能性で達成するような排出削減シナリオは、楽観的な仮定を置いた場合のみ答えが得られました。
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CO2回収貯留(CCS)技術の大規模導入は、必須の対策オプションであるようにみえます。特に、バイオエネルギーと組み合わせたCCSを大規模に用いる場合、エネルギー作物生産が食料生産や生態系保全と競合する可能性があります。
望ましい目標の選択に関していえること
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影響と対策の両面を合わせて見ると、世界で合計した経済価値に注目するならば、より野心度の低い目標(たとえば2.0°Cよりも2.5°C)が正当化されるようにみえます。
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ただし、これを結論するためには、影響の経済評価や対策の副次的便益の評価等を包括的に行う必要があり、我々の研究ではそこまでに至っていません。
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このような分析に用いられるシミュレーションモデルの限界にも注意する必要があります。モデルは世界全体で最適化した経済合理的な行動を仮定している点で楽観的な結果をもたらしますが、同時に、将来の社会経済や技術の構造的な変化を表現できない点で悲観的な結果をもたらしているかもしれません。更に、前述したティッピング要素によっても、結論が影響を受ける可能性があります。
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また、目標を掲げることと、それが達成できることは別問題です。掲げた目標が達成されない可能性を考えると、どの目標を掲げるべきかは、さらに複雑な問題となります。
社会の価値判断
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この問題の見方には価値判断が大きな影響を及ぼすことに注意する必要があります。世界で合計した経済価値に注目するか、世界で最も脆弱な人たちが受ける被害に注目するかなどによって、望ましい目標は異なります。
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また、厳しい目標を目指すことは、現状の社会経済の構造を前提とした技術の導入や経済コストの問題ではなく、持続可能な方向に社会を大きく構造転換させるために必要だという見方があります。
(※(注記)1) 13の研究参画機関(テーマ番号順):国立環境研究所、株式会社野村総合研究所、東京大学、茨城大学、農業環境技術研究所、東京工業大学、筑波大学、北海道大学、東京理科大学、上智大学、エネルギー総合工学研究所、三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社 、大阪大学
(※(注記)2) 各温度の目標を掲げるとは、ここでは、50%程度の可能性でその温度以内に収まるような排出削減シナリオを目指すことを指します。なお、より慎重な場合として80%程度の可能性で2.0°C、2.5°Cを目指すことは、50%程度の可能性で1.5°C、2.0°Cを目指すこととそれぞれほぼ同等といえます。
問い合わせ先
国立環境研究所
地球環境研究センター 気候変動リスク評価研究室長:江守 正多 (029-850-2724)
社会環境システム研究センター 統合評価モデリング研究室:高橋 潔(029-850-2543)
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