太陽紫外線による健康のためのビタミンD生成と皮膚への有害性評価
-国内5地点におけるビタミンD生成・紅斑紫外線量準リアルタイム情報の提供開始-
(筑波研究学園都市記者会配付)
独立行政法人国立環境研究所 地球環境研究センター
地球環境データベース推進室長 中島英彰
同 高度技能専門員 宮内正厚
またこの計算結果を踏まえ、国内5か所における日光浴推奨時間に関する情報を、11月27日(木)から研究所のウェブサイトで公開を始めました。
*3 厚生労働省 「平成21年度国民健康・栄養調査報告」, 2011.
1.背景
日本人の多くは、ビタミンD*1が慢性的に不足しているという報告があります*3。ビタミンD欠乏は、特に高緯度に位置し日光の弱い北欧諸国などで問題となっており、その欠乏を補うためにサプリメントの摂取が積極的に行われています。日本でも最近、乳幼児・妊婦・若年女性・寝たきり高齢者等を中心にビタミンD不足が指摘されています*4, *5。
1980年代のオゾンホール発見等オゾン層の破壊が顕在化して以来、紫外線は有害であるとの考え方が浸透し、太陽光をなるべく浴びないようにするという風潮が広まってきたことも、近年のビタミンD不足の一因と考えられます。特に女性は、紫外線がシミ・しわの原因になるなどとして、美容上の観点から紫外線を避ける傾向にあると思われます。
紫外線は過剰に浴びると人体に有害となることが知られていますが、ビタミンD生成のための紫外線量と有害と考えられる紅斑紫外線量双方の関係について実際に試算し、それぞれを評価されたことはこれまで国内ではありませんでした。そこで、本研究では紫外線によるビタミンD生成という健康に対する有効性と、皮膚に紅斑を生じさせるという有害性の双方を把握する目的で研究をすすめ、今回その双方を具体的な日光照射時間という数値で求めることを行いました。なお、この際の計算で用いられた種々の係数や数値などは、WHOの報告や、よく知られている研究成果・資料に基づくものを使用しました。
2.皮膚内でビタミンDを生成する紫外線(ビタミンD生成紫外線)と皮膚に紅斑を生じさせる紫外線(紅斑紫外線)
国立環境研究所の宮内らは、SMARTS2*6と呼ばれる放射伝達モデルをもとに、地上に到達する紫外線量を、大気中のオゾン量とエアロゾル量をもとに計算するシステムを開発し、ビタミンD生成紫外線量及び紅斑紫外線量を同時に算出することを可能にしました。これらの計算値は、図1のビタミンD生成紫外線、図2の紅斑紫外線それぞれのスペクトルに示されるように、実際に観測された値ととてもよい一致を見ました。
以上に基づき、地球上の場所、日時、その場所の上空のオゾン全量、大気の状態等を与えることによって、ビタミンD生成紫外線量及び紅斑紫外線量を算出することができます。図3に、計算で求めた2005, 2006, 2007年の札幌・つくば・那覇における晴天日、午前9時・正午・午後3時におけるビタミンD生成紫外線量と紅斑紫外線量の関係を示します。この結果から、紅斑紫外線IEryに対するビタミンD生成紫外線IVDは、ほぼ一定の割合に推移し、次の(1), (2)式の関係で表される近似的な関係が存在することがわかります。
IVD = 16.74∙IEry2 + 0.81∙IEry (IEry < 0.04 W/m2 のとき) (1)
IVD = 2.11∙IEry – 0.027 (IEry >= 0.04 W/m2 のとき) (2)
通常、UV インデックスなどの形で国民に周知されている指標は紅斑紫外線量に関する情報ですが、 (1)式・(2)式の関係を用いて、ビタミンD生成紫外線量も計算可能となり、必要なビタミンD生成に要する日光照射時間と皮膚への有害性を、容易かつ同時に推定可能となります。
3.今回の研究結果の概要
世界保健機構(WHO)は、敏感な肌を持つスキンタイプI*7の人に対して、200 J/m2の紫外線量を、最少紅斑紫外線量(MED: Minimal Erythermal Dose)として定義しています。この量(MED)以上の紫外線を浴びると、人によっては何らかの形で皮膚に直接的な影響が現れ、さらにはその蓄積によって慢性的な障害が出るとされています。本研究では、宮内ら*8の計算スキームに従い、日本人に多いスキンタイプIIIの人が、顔と両手の甲の面積に相当する600 cm2を露出させたときに、10 μgのビタミンDを晴天日に生成するのに必要な日光照射時間を求めました。表1は10 μgのビタミンDを生成するのに必要な時間、表2は皮膚に直接的な影響が出始める時間です。これらの時間はスキンタイプIIIの人に対応したもので、皮膚の色が白いスキンタイプIIの人はこの表に載せた値の0.83倍、皮膚の色が濃いスキンタイプIVの人は表の値の1.5倍を目安にする必要があります。
表の中の( )で囲んだ数値は、長すぎて現実的ではない計算値を示します。
この結果から、7月(夏季)は、10 μgのビタミンD生成に必要な日光浴時間は短く、昼間は紅斑紫外線防御が必要であることが判ります。一方12月(冬季)は、有害な紫外線量に達する危険性は那覇以外はかなり小さく、ビタミンDの生成量の確保が問題になると考えられます。特に緯度の高い札幌の冬季には、太陽紫外線の最も強い晴天日の真昼でも、10 μgのビタミンD生成に、毎日139分という長時間の日光浴が必要となることが判りました。実際には冬季の札幌は晴天日が少ないため、計算上はさらに長時間の日光浴をした方が良いことになります。ただし、顔と手の甲だけではなく、足や腕など日光に当たる部位を増やすことによって、必要な日光照射時間は短縮させることが出来ます。一方、MEDに達する時間は皮膚の露出面積には拠りませんから、冬季にはなるべく広い皮膚面積を使って太陽光を浴びるのが、ビタミンD生成のためには有効です。
もちろん、不足するビタミンDは魚やきのこなどの食物や、サプリメント摂取、日焼けサロンによっても補給可能です。いずれにしても冬季の北日本では、食物などからのビタミンD補給と併せて、積極的な日光浴が推奨されます。なお、1日に消費される以上に得られたビタミンDは体内で蓄積され、ある程度はその効果が持続することが判っています。冬季以外では表1と表2の間の範囲内の日光浴が、ビタミンD生成の観点では有効と考えられます。
これらの試算値は、これまでに報告のある推測値や仮定に基づいていますが、実際の紫外線の暴露量やその影響は、それぞれ各人の行動の仕方や服装形式、色、または個別の皮膚の感受性などによって異なります。したがってここで試算された時間は、適正日光浴の時間や有害な時間を個人別に算出しているものではありません。あくまでも、モデルケースとして試算されているものであることに注意が必要です。
4.研究所ウェブサイトからのビタミンD生成・紅斑紫外線量準リアルタイム情報の提供
健康維持のためには、より詳細な紫外線強度や日光浴時間に関する情報が望まれます。
国立環境研究所では、「有害紫外線モニタリングネットワーク」を通じて、全国15地点における紫外線観測に基づくUVインデックスを以下のウェブサイトから提供しています。
(http://db.cger.nies.go.jp/gem/ja/uv/)
これらの観測データのうち、国立環境研究所が独自にデータを取得している北海道落石岬、北海道陸別、茨城県つくば、沖縄県辺戸岬、沖縄県波照間の5地点に関して、ビタミンD生成紫外線量及び紅斑紫外線量と、10 μgのビタミンD生成に必要な時間、及びMEDに達するまでの時間を準リアルタイムに計算し、以下のウェブサイトからの提供を開始しました(図4)。
(http://db.cger.nies.go.jp/dataset/uv_vitaminD/ja/)
また、これまでにデータを取得した、2013年11月21日以降の過去のデータに関しても、検索して提供が可能なようにしております。
これらの情報の活用により、健康のための日光浴照射時間の目安となるデータの普及が期待されます。将来的には、「有害紫外線モニタリングネットワーク」で紫外線データを提供している、より多くの観測点におけるデータ提供も行っていきたいと考えています。
発表論文
宮内正厚、中島英彰、平井千津子, 「ビタミンD生成に必要な日光照射に伴う皮膚への有害性に関する推定評価」, ビタミン, 88, 349-357, 2014.
問い合わせ先
独立行政法人国立環境研究所
地球環境研究センター 地球環境データベース推進室長 中島英彰
E-mail: nakajima@nies.go.jp
(http://db.cger.nies.go.jp/dataset/uv_vitaminD/ja/)
関連新着情報
-
2023年3月22日報道発表質問票と紫外線観測データを用いた日本の妊婦の
ビタミンD栄養状態に与える要因の解明
—ロジスティック回帰モデルの活用で妊婦のビタミンD欠乏状態の予測が可能に—(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、厚生労働記者会、文部科学記者会同時配付) - 2022年4月15日報道発表2020年度(令和2年度)の温室効果ガス排出量(確報値)について(環境省記者クラブ、環境記者会、筑波研究学園都市記者会 同時発表)
- 2021年4月19日報道発表2019年度(令和元年度)の温室効果ガス排出量(確報値)について(環境省記者クラブ、環境記者会、筑波研究学園都市記者会同時発表)
-
2021年2月11日報道発表オゾン層破壊をもたらすフロン「CFC-11」、
急増していた中国東部からの放出量が減少(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会同時配布) -
2020年12月28日報道発表健康のための紫外線日光浴のすゝめ
〜最適な日光浴時間大公開!〜
国立環境研究所「環境儀」第79号の刊行について(筑波研究学園都市記者会、環境記者会、環境省記者クラブ同時配付) - 2020年4月14日報道発表2018年度(平成30年度)の温室効果ガス排出量(確報値)について(筑波研究学園都市記者会、環境記者会、環境省記者クラブ 同日発表)
-
2019年5月23日報道発表オゾン層破壊物質の放出域特定に関する
英科学雑誌「Nature」掲載論文について
(筑波研究学園都市記者会、環境記者会、環境省記者クラブ同時配布) -
2017年4月10日報道発表国民のビタミンD不足を補うための日光照射の勧め
—新たに札幌・横浜・名古屋・大津・宮崎を含めた
国内10地点における準リアルタイム情報の提供開始—
(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ同時配付) - 2015年10月26日更新情報第8回うしくみらいエコフェスタへの自転車発電出展
-
2015年10月20日報道発表インドネシア環境林業省 研究開発
イノベーション局との包括的研究協力に関する協定(MOU)調印、および研究シンポジウム International Symposium on Environmental Management and Development in Indonesia
の開催について(お知らせ)
(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ同時配付) - 2015年6月12日更新情報わかりやすい言葉で書かれた書籍「学んで実践! 太陽紫外線と上手につきあう方法」が刊行されます
- 2015年6月12日報道発表日食を利用して太陽光が大気中のオゾンへ与える影響を調査
- 2014年11月6日報道発表オゾン層破壊をもたらす大気中の塩化水素が北半球で近年増加-原因は短期的な大気循環の変動-
-
2013年8月30日報道発表体内で必要とするビタミンD生成に要する日照時間の推定
-札幌の冬季にはつくばの3倍以上の日光浴が必要-(筑波研究学園都市記者会配布) - 2011年10月3日報道発表2011年春季北極上空で観測史上最大のオゾンが破壊 —北極上空のオゾン破壊が観測史上初めて南極オゾンホールに匹敵する規模に—(筑波研究学園都市記者会配付)
- 2011年4月11日報道発表国立環境研究所の研究情報誌「環境儀」第40号「VOCと地球環境−大気中揮発性有機化合物の実態解明を目指して」の刊行について(お知らせ)(筑波研究学園都市記者会、 環境省記者クラブ同時配付 )
-
2011年4月6日報道発表北極圏上空で史上最大のオゾン破壊が進行中
—ヨーロッパやロシアの一部が影響下に—(筑波研究学園都市記者会配付 )
関連記事
関連研究報告書
- 表紙 2006年12月29日ILAS-II プロジェクト最終報告書国立環境研究所研究報告 R-194-2006
-
表紙
2006年12月28日成層圏オゾン層変動のモニタリングと機構解明プロジェクト(終了報告)
平成13〜17年度国立環境研究所特別研究報告 SR-70-2006 - 表紙 2005年3月31日平成15年度ILAS-IIプロジェクト報告国立環境研究所研究報告 R-187-2005
- 表紙 2004年3月31日ILAS-II Correlative Measurement Plan(ILASのための共同観測計画)国立環境研究所研究報告 R-181-2004
- 表紙 2004年3月1日ILASプロジェクト最終報告書国立環境研究所研究報告 R-180-2004
-
表紙
2003年11月28日成層圏オゾン層変動のモニタリングと機構解明プロジェクト(中間報告)
平成13〜14年度国立環境研究所特別研究報告 SR-55-2003 - 表紙 2002年1月31日平成12年度ILASプロジェクト報告国立環境研究所研究報告 R-169-2002