欧州を中心とする高付加価値旅行(ラグジュアリートラベル)取り扱い旅行会社が加盟するコンソーシアムのひとつである「Serandipians」(セランディピアンズ )。2024年3月、「Serandipians」主催のアワードにおいて、"Most Thorough Designer voted by Hotel Partners "*を受賞されたリージェンシー・グループ株式会社代表取締役社長沼能功さんに、コンソーシアムの最新動向や日本の各地域が高付加価値旅行者に選ばれるデスティネーションになるために必要なことなどを伺いました。
*Most Thorough Designer voted by Hotel Partners:ホテルの投票によって選出されるベストデザイナー賞
コンソーシアム加盟で最新情報の共有とネットワーク強化を
― 初めに、旅行業界で長いキャリアをお持ちの沼能さんですが、リージェンシー・グループ株式会社の事業概要と、訪日外国人旅行者(インバウンド)の手配を始めるようになったきっかけを教えてください。
当社は、2000年に設立した富裕層に特化した旅のコンサルティング・アレンジを行う会社で、もともとは、アウトバウンド事業からスタートしました。それが徐々に変わっていったのは、2015年頃からです。
お客様を送り出した先々のラグジュアリートラベル関係者とつながりができていくうちに、彼らから「今度日本に送りたいお客様がいるのだけれど、受け入れてくれる人が見つからない。君にハンドリングを任せられないか」との依頼が来るようになり、インバウンド事業も手がけるようになりました。
― 最初にインバウンド事業を手がけた際のご依頼は、どのようなものでしたか。
ドイツからのお客様が日本に3週間滞在したいというリクエストでした。細かい内容はこちらに任せていただきましたので、岐阜県飛騨高山の工芸や兵庫県にある鯉のぼりメーカーにご案内したり、東京でも普段行くことが多い浅草ではなく情緒豊かな深川へお連れする、というように各地の「これだ」という素材を組み合わせたプランをご提案しました。「日本の自然の中を歩きたい」というご希望もあったため、その中に屋久島トレッキングも4日間織り交ぜ、総じて非常に高く評価していただきました。
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屋久島(イメージ)
― 御社が、高付加価値旅行(ラグジュアリートラベル)を取り扱う旅行会社が加盟するコンソーシアム「Serandipians」 に加盟することになった経緯やその魅力について教えてください。
インバウンドもアウトバウンドもラグジュアリートラベルに特化したビジネスに軸足を置くようになった2015年に、メンバーの紹介を受けて「Traveller Made®」(現・Serandipians)に加入しました。2017年には光栄にも、「Traveller Made®」から世界の富裕層トラベルに影響を与えた一人として"Supplier Knowledge部門"でアワードをいただいております。
こうした表彰もありがたいことですが、コンソーシアム加盟の一番の魅力は、同業者の情報共有が活発であるところです。メッセージングアプリのWhatsApp(ワッツアップ)などを通して、皆が現在進行形の話題を提供しあい、困りごとがあれば互いに手を差し伸べる。情報を発信する側も受け取る側もウィン・ウィンの関係を目指す土壌があり、リスペクトし合える仲間がいるということは非常に心強いことです。
― コンソーシアム加盟後の動向についてもお聞かせいただけますか。
コロナ禍以降、世界に点在するコンソーシアムの垣根を超えて、厳選された世界のトラベルエージェント30社から構成される「アライアンス」が誕生するという動きもあります。メンバー構成は欧米中心ですが、アジアからは3名。インドと香港、そして日本からは私が加入しています。目的は、お互いの知識やネットワークを活用してラグジュアリートラベル全体のボリュームを上げていくこと。規模こそはまだ小さいですが、世界をカバーする勢いがあります。
こうした今日までの道のりを振り返り、実感することは、コンソーシアムに加入した途端にいきなりビジネスが順調に動き出す、というわけではありません。そこで真摯に人間関係を築き、信頼を得るようになってはじめて「日本の沼能に相談しよう」と言ってもらえる日が訪れる。そのときが来るのを地道に待つ覚悟が求められた歳月だったように感じています。
― 2024年3月には、沼能さんは「Serandipians」の "Most Thorough Designer voted by Hotel Partners"を受賞されました。どういった点が評価されたとお考えでしょうか。
この賞は、"voted by Hotel Partners"とあるようにお客様を迎えるホテルの投票によって選出されるベストデザイナー賞です。私がホテルに対してもっとも心がけていることは、事前情報を的確に届けることです。家族構成やアレルギーの有無をはじめ、どういう部屋を希望しているのか、旅の目的は何なのか等、ホテル側が事前に知っていれば準備ができる情報を届けることで、受け入れ体制が万全になります。すると、お客様も満足度が上がり、同時にホテルの評価も上がるという好循環が生み出されていきます。
そのような的確な情報の受け渡しが常日頃からできていたことを、評価していただいたのではないかと受け止めています。
高付加価値旅行者のニーズを把握し、的確な情報提供と柔軟な対応を
― 2024年現在の高付加価値旅行の動向について教えてください。
インバウンドでは、ご家族での旅行が多くなってきています。
ご友人同士でも、今まで2人だったところが4〜5人ぐらいに増え、旅行期間も以前の2週間程度から3〜4週間へと長期化しています。
― 日本で高付加価値旅行者の誘客に取り組むために、どのようなことが必要だと感じていますか。
はじめに共有しておきたいことは、基本的に高付加価値旅行者と言われるお客様は、ご自分で直接ホテル等に予約するということはありません。彼らは、信頼できるトラベルアドバイザーに「こういうことがやりたい」というおおまかな希望を伝え、あとのプランニングはこちらに一任する傾向があります。
他方、日本国内の現状を見ると、高付加価値旅行者とはどういう人たちなのか、彼らはどこに行きたいと考え、どういうことを求めているのか深く理解し、ターゲット層のニーズをもう少し深く掘り下げて知る必要があるのではないかと感じています。
そのプロセスを通らずに、単に高付加価値旅行イコール高額旅行だからとハイクラスの宿を用意したとしても、その施設が布団の用意しかない場合、ベッドで眠りたいお客様にはご満足いただけないこともあるかもしれません。その体験がご希望に沿ったものであるか、お客様のニーズをしっかり把握し、事前に的確な情報を施設側と共有し万全に準備を行うことが大切だと考えています。
― 世界の高付加価値旅行市場では、どのようなことが求められているでしょうか。
世界の高付加価値旅行市場では、どの国でもお客様をいかに満足させるかに心を砕き、ホスピタリティやサービスの向上に力を注いでいます。
たとえば、今年私がノルウェーに行った際に、日本のDMOにあたる観光局が、ホテルの予約や電車の乗り換え、地域の観光情報までをすべて把握し、突発的な変更があってもスムーズにアレンジしてくださいました。こうした柔軟な対応は、一般向け・富裕層向けを問わずホスピタリティの原点です。
日本は、マニュアル化する力が強いですが、天候による行程の変更や突発的なことが起こることもあります。その場合どうするのか、機転をきかせた柔軟な対応力も、今後、更に求められていくのではないでしょうか。
― 高付加価値旅行者を惹きつけるためのプランづくりにおいては、どのようなことを意識したら良いでしょうか。
自分たちがこれを売り込みたいと思うシーズを打ち出すのではなく、お客様のニーズから始まるプランづくりをしているかを自問することは、非常に有効だと思います。
例えば、当社でアメリカからメディテーション(瞑想)に関心があるお客様を受け入れた際に、人里離れた山奥で数日間合宿体験をしました。その合宿場所は、英語対応が難しいとのことでしたので、事前に状況をお客様にお伝えし、ご納得いただいた上でご案内したところ評価が良く、とても充実した時間を過ごされたようでした。対応できないことがあったとしても、お客様がしたいこと、行きたい場所にフォーカスし、ニーズを優先したことが、評価につながったと理解しています。
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メディテーション体験(イメージ)
旅行商品としていろいろな素材を詰め込み、つくりこんでいくよりも、高付加価値旅行者おひとりおひとりがどうしたら喜ぶのかをつねに念頭に置いてプランを組み立てていくことができるようになると、日本の高付加価値旅行業界全体が大きく底上げされていくのではないでしょうか。
日本各地には、地域の皆様には当たり前のように思えるものでも磨けば光る可能性を秘めた素材があるはずです。それらをさらにブラッシュアップし、「見える化」することが大切です。
― 素材を磨きあげていく上で、観光客に慣れていない場所にお客様を受け入れていただく際には、どのように関係を築いていますか。
新しい受け入れ先との関係づくりでは、自分たちでも現地を見て、訪れて交渉しています。
例えば、近年、日本刀やコンテンポラリーアートへの関心が高まっていますが、工房にいきなり「半年後に海外からのお客様を連れて行きたいのですが」と持ちかけても、相手は困惑するばかりです。お客様が日本の文化やアートに高い関心を持っていることや大人数で押しかけたりしないことなどを丁寧にお話しし、信頼関係を築いていくことを心がけています。
簡単ではありませんし、時間もかかりますが、受け入れ先と観光客が互いの人間性に触れ、購入実績が増えていけば、息の長い関係を結べるのではないかと思います。
高付加価値旅行市場の動きを肌で感じ、生きた情報をアップデート
― 最後に、国内でインバウンドに従事する方や、高付加価値旅行者を受け入れたい自治体・DMOの担当者に向けて、メッセージをお願いします。
日本は世界中から注目されており、素材自体はどの地域に行っても良いものをお持ちだと思います。それらの素材を届けたい層に的確にアプローチしてはじめてビジネスは動き出します。そのためには、生きた情報を手にいれることが重要です。
昨年の傾向でもなく、本に載っていた情報でもなく、今、高付加価値旅行市場はどう動いているのかを肌感で掴むために、海外の商談会などにも積極的に出向いていただき、言葉の壁や日本の感性と世界の感性が異なることなどを実感していただきたいです。
この感性の違いをすり合わせていくにはそれなりの時間がかかりますが、その一歩を踏み出すことはとても大きいことだと思います。 そこをすり合わせるために自分たちの素材をさらにブラッシュアップして提案することを積み重ねていけば、将来的にはビジネスの相手として認めてもらえるような人間関係ができ、信頼にもつながると思います。
まずは、行動してみることです。
沼能 功
リージェンシー・グループ株式会社 代表取締役社長
2000年、ラグジュアリートラベルに特化した旅行会社(リージェンシー・グループ株式会社)設立。国内外のラグジュアリートラベラー向けにカスタマイズした旅行をコーディネート、アレンジをする。2017年、Serandipians by Traveller Made においてアジア圏で初めて「Supplier Knowledge部門」アワード受賞。FORBES(USA版)では「世界のラグジュアリートラベルに影響を与える世界で12名のひとり」として紹介される。2024年、SerandipiansのMost Thorough Designer voted by Hotel Partnersを受賞。
参考記事