2024年10月31日
東北のアドベンチャートラベル「みちのく潮風トレイル」〜まだ知られていない東北の美しい自然と地域の人たちとの触れ合い〜
世界最大級のアドベンチャートラベル(以下、AT)のイベント、アドベンチャートラベル・ワールドサミット北海道・日本(ATWS2023 )(以下、ATWS2023)本会期の約1週間前から日本各地でプレ・サミット・アドベンチャー(以下、PSA)が実施されました。そのうちの一つ「みちのく潮風トレイル」ツアーを主催した株式会社みちのりトラベル東北のローカルコーディネーターで、スルーガイドとしても活躍する階ケイティさんに、ツアーの概要やATWS2023を経て、東北全体としてさらに飛躍していくための取り組みについて伺いました。
海外のAT層が「まだ知られていない東北の美しい自然と地域の人たちとの触れ合い」に注目
オーストラリア・ブリスベン出身の階ケイティさん。株式会社東北みちのりトラベルのローカルコーディネーターでスルーガイドとしても活躍。
(提供:Three Goats)
ーはじめに、みちのく潮風トレイルの概要と特徴について教えてください。
東北ATのメインコースとして知られる「みちのく潮風トレイル 」は、東日本大震災からの復興を目指し、環境省が策定した「グリーン復興プロジェクト」の一つです。青森県八戸市から福島県相馬市までの太平洋沿岸をつなぎ、2019年6月9日に全長約1,000kmを超えるロングトレイルとして全線開通しました。
みちのく潮風トレイルのツアーは、震災体験の受け止め方は一人一人異なるため、地域の方々の声を丁寧に汲み取りながら、時間をかけてつくり上げられています。震災のような自然の脅威を知ることができる一方で、東北の人々にとって地域の自然は生活の一部になっているということが伝わるようになること、そして協力していただける皆様の生きがいにもつながるようなコースになることを目指して、皆で何度も話し合いました。
ー海外から東北に来るATのお客様の傾向について教えてください。
当社のATのお客様を国別に見ると、オーストラリアを筆頭に、アメリカ、シンガポールの順にいらしています。少人数での旅行が多く、家族や友人などの2人から4人程度のグループが大半を占めています。年齢層は40代から50代の方が多いです。
現在、「みちのく潮風トレイル」に来てくださっている方の大半は、日本を歩く旅がお好きな方々です。これまでに熊野古道や中山道を歩いた経験があり、さらに他の観光客にまだあまり知られていないところを歩いてみたい、その土地の人たちと触れ合いたいという声が多く寄せられています。
来訪に関しては、海外の旅行会社を通じてお申込みされる方が半数、ご自身で「日本・歩く旅」などのキーワードをネットで検索されてお越しになる方が4分の1、海外の雑誌を見て来られる方が4分の1程度という状況です。中には、盛岡在住のユーチューバーでローカルガイドの方が、ご自身のチャンネルで東北のATスポットを紹介しているのをご覧になって申し込んだ、という方もいらっしゃいました。
また、お客様の中には、太平洋沿岸の美しい景色に惹かれ調べているうちに、東日本大震災のことを知り、いらっしゃったという方もいます。ご要望があれば、当時の状況や震災からどう立ち上がっていったのかを、当事者の方々から直接聞ける時間をツアーの中に設けるようにしています。
ー海外のお客様からはどのようなところが評価されていますか。
私がスルーガイドとしてお客様と一緒に歩いていると、海外メディアでも取り上げられることが多い「田野畑村の鵜の巣断崖絶壁」や「三陸復興国立公園の種差海岸」を見て、動画や雑誌で見た通りの絶景だと感動する声をよく耳にします。
また、お客様からの感想やアンケートでよく目にする英単語は、resilience(復元)やbeautiful nature(美しい自然)、hidden(知られざる)、authentic(本物)などです。どれも東北ならではのキーワードだと受け止めています。
日本でのトレイル経験が豊富なお客様からも「東北はまだ多くの人に知られていない分、他の観光客の姿が少なく、自然や命、自分の人生について静かにreflection(内省)できる」という声が届いています。
PSAで「みちのく潮風トレイル」初の7日間コースを提案
ーATWS2023のPSAは、どのような旅程で催行されましたか。
日本でATWSが開催されるということは、「みちのく潮風トレイル」の存在を世界の方に知っていただける大きなチャンスです。
そこで、大会前にホスト国・地域を知ってもらう体験ツアーとして日本各地で実施されるPSAに手を挙げ、「みちのく潮風トレイル」を7日間で制覇するという私たちにとっても初めての試みにチャレンジしました。
PSAには5段階で難易度(レベル)が設定されており、カジュアルなものから一定の経験やスキル・体力が必要なものまで、参加者がツアーを選ぶ際の参考になるよう配慮されています。みちのく潮風トレイルはレベル3に設定しました。
PSAは以下の旅程で催行しました。アメリカやカナダ、オーストラリア、マレーシアから、旅行エージェントやPR会社、ブロガー、写真家9名の方にご参加いただきました。
MICHINOKU COASTAL HIKING TRAIL - 7DAYS A MODEL OF RESILIENCE AND NATURE REGENERATION(レベル3)
【旅程】
DAY1:オリエンテーション、福島県相馬市よりハイキングスタート
DAY2:ハイキング、震災学習、日本酒ペアリングディナー@宮城県気仙沼市
DAY3:サイクリング、座禅体験@岩手県陸前高田市
DAY4:シーカヤック@浄土ヶ浜・岩手県宮古市、ハイキング@岩手県田野畑村
DAY5:塩づくり体験、ハイキング@岩手県田野畑村、神楽鑑賞
DAY6:ハイキング@岩手県洋野町、SUP@種差海岸・青森県八戸市、グランピング
DAY7:ヨガ、ハイキング@種差海岸・青森県八戸市、蕪嶋神社でゴール
ーPSAの準備で特に力を入れたところはどのような点でしょうか。
お客様に「本物」を体験していただけるよう、受け入れ地域の方々との交流に最も力を注ぎました。「みちのく潮風トレイル」の全長が約1,000 kmと非常に長いため、これまでは北部や南部ごとに1泊2日、あるいは2泊3日の旅程を中心に組んでいました。
今回は、初めての7日間コースという長丁場であったため、各地の受け入れがスムーズにいくよう、何度も打ち合わせを重ねて旅程を作り上げていきました。JRや三陸鉄道が使えてアクセスが便利な北側は、早くからモデルコースが出来上がっていましたが、このツアーでは、気仙沼市より南側のコースにもフォーカスをあてました。
ー参加された方の感想はいかがでしたか。
とても満足度が高く、その中でも4日目の浄土ヶ浜でのシーカヤックは大好評でした。トレイルも風光明媚な景色を楽しんだり、体力勝負の断崖絶壁を歩いたり、あるいはまち歩きをしながら土地の歴史を学んだりと、場所ごとにバラエティーに富んでおり、満足度につながったのではないかと感じています。
一方、もう少し地域の人たちと触れ合いたかったという声もあったため、現在はこのコースをベースにスケジュールの改善を図り、お客様の要望やATレベルに合わせてよりブラッシュアップしたコースを作り、海外のエージェントへ提案しています。
岩手県浄土ヶ浜でのシーカヤック、種差海岸でのSUPの様子(提供:Three Goats)
ー「みちのく潮風トレイル」のカギともなる、地域の方との触れ合いの時間を設けるうえで、大切にしていきたいことは何でしょうか。
一番大切なことは、こちらの希望を地域の方に一方的に押しつけないことです。地域の方々の気持ちを尊重して、不安や負担に感じることを一つずつ丁寧に話し合っていくことがとても大切です。私たちがご案内するような地域は年配の方が多いため、あまりにも大人数の観光客が頻繁に訪れると、受け入れ側は負担に感じることもあるかと思います。持続可能な東北ATを続けるための人数調整は、今後も必要だと感じています。
住んでいる方ほど「ここは何にもない場所だから」と謙遜しがちですが、自分たちが見慣れた光景を海外の人たちが、目を輝かせて見つめる場面に立ち会うことで、自分たちも誇りに思えるようになり、外から来た方々と交流する機会が増えることで、やりがいも生まれています。そのような訪れる側・受け入れる側双方にとって幸せな関係を築いてほしいと願いながら、お客様をお連れしています。
ATWS2023での出会いを活かしてネットワーク構築
ーATWS2023に参加されて、収穫はありましたか。
会期中、たくさんのAT関係者、それも日本に関心があり、よりよいツアーを作りたいという思いを持った旅行会社と交流できたことが収穫です。その中でも、オーストラリアのトレイル専門旅行会社2社が、当社に関心を持ってくださいました。ツアーオペレーター同士の商談会であるマーケットプレイスでも話が盛り上がり、ATWS後に今度は私たちがオーストラリアを訪ねてセールスのフォローアップを行いお申込みにつながりました。 ATWSで生まれたチャンスを活かし、思いきって行ってよかったと実感しています。
その他にも、PSAに参加された方からお問い合わせがあり、現在、PSAツアーをそのまま活かしたプランとアレンジプランの2つを来年にむけて計画しています。
ワンチームの東北、そしてオールジャパンでATの交流を
ー今後の東北ATの課題や展望について教えてください。
東北全般を案内できるスルーガイドの人数は現在6人ほどです。今後、さらにATのお問い合わせが増えていけば、地域のことを深く理解してご案内できるガイドが今以上に求められます。人材強化は最も大きな課題の一つです。
地域の受け入れ体制では、宿泊施設を質・量ともに充実させるために、ATについての理解をさらに深めていただくことも同時に進めていきたいと考えています。
東北の人たちは、良かれと思って食のおもてなしを非常に手厚くしてくれるのですが、海外の方でも食べきれない量を出されてしまうとフードロスになり、ATでも重視されるサステナビリティの姿勢から遠ざかってしまいます。実際に、私たちもPSA前の下見の際、宿で提供されたメニューを食べきれず、メニューを少なくとも2品ほど減らしていただくようお願いしたこともありました。こうした意識改革も、今後地域の方々と共有する必要性を感じています。
今後の展望としては、時とともに震災学習の内容も変化しており、近年では、サステナブルなまちづくりやリーダーシップについての前向きな話し合いの場がつくられています。震災当時小学生や中学生だった人たちが今では20代になり、毎年2回開催される東南アジア9カ国の学生さんと一緒に学ぶプログラムも定着しています。
そうした若い方々の力も借りながら、地域が未来に向かって進んでいることを伝えられる方法を、皆で一緒に考えていこうとしています。
[画像:tohokuAT_train_shinsai.jpg]
(左)電車の乗客に、旗を振ってお出迎え(右)陸前高田では、震災学習も行った(提供:Three Goats)
―最後に、読者の方へのメッセージをお願いします。
東北の知名度は、東京や京都、北海道などの有名地と比べるとまだまだかもしれませんが、東北各地に潜んでいる文化や景観は、言葉にしがたい美しさ、奥深さを持っています。東北への注目が高まっている今こそ、外に向けてもっと積極的にアピールしていきたいと考えています。
大変な時期も皆で乗り越えた東北は、ワンチームです。皆で一緒に東北のATを盛り上げ、日本各地のAT関係者とも交流を深めてお互いに学び合い、その体験を次のチャンスに活かしていけたら嬉しいです。