産業遺産
産業遺産(さんぎょういさん)とは、ある時代においてその地域に根付いていた産業の姿を伝える遺物、遺構、遺跡である。一方で歴史的背景があり、かつ現在も稼働している事例もあり、これは稼働遺産として区分される。日本の近代化遺産に顕著なように、産業遺産は産業革命以降の鉱工業の遺産を指す場合にしばしば用いられるが、「産業」には農林水産業や商業なども含まれるため、何をもって産業遺産とするかについては、専門家の中でも定義が一様ではない。
国際産業遺産保存委員会 (TICCIH) は、2003年に採択したニジニータギル憲章において「歴史的・技術的・社会的・建築学的、あるいは科学的価値のある産業文化の遺物からなる」と定義している[1] 。
歴史
[編集 ]「産業遺産」は英語の Industrial Heritage を翻訳したものである。イギリスで産業考古学が成立した後、研究対象の明確化のために定義付けられた語で、当初は産業革命以後を対象とするものとされた。日本では文化庁が造語した「近代化遺産」が訳語として充てられることもある。
保護
[編集 ]日本では、明治時代以降の産業遺産の中でも優れたものは、文化庁によって近代化遺産として重要文化財として指定を受けている。そこに含まれない物件にも、登録文化財制度の活用などによって保護されているものがある。また、経済産業省による近代化産業遺産の制度もある。ヨーロッパでは「ヨーロッパ産業遺産の道」プロジェクトが展開している。
活用
[編集 ]近代以降の工場や鉱山に顕著なように、産業遺産と位置付けうるものには、機能性が重視される一方、美的側面が等閑視されていたものも少なくない。また、鉱山や高炉などはその大きさに伴う高額の維持費が必要となる。
こうした短所を踏まえ、産業遺産をどう活用するかという問題について、世界各地で様々な試みが行われている。すべて回るには2泊3日は必要になる広大な敷地一帯を野外展示も含めた博物館として整備したアイアンブリッジ渓谷博物館(イギリス)や、石灰石の巨大な廃坑が商用スペースなどに活用されているカンザスシティ(アメリカ)などはその例である。
世界遺産
[編集 ]世界遺産にも産業遺産は多く含まれている。最初に登録された産業遺産はポーランドのヴィエリチカ岩塩坑で、1978年のことであったが、急増するようになったのは1990年代以降のことである。その背景には「均衡で代表性、信頼性のある世界遺産リストを構築するためのグローバル・ストラテジー」(the Global Strategy for a Balanced, Representative and Credible World Heritage List)がある[2] [3] 。この文書は1994年の世界遺産委員会で採択されたもので、従来ヨーロッパに偏りがちだった文化遺産登録の見直しを企図したものである。この見直しの一環として、「産業」という多様な形で世界中に存在する概念の評価が持ち上がったのである[4] 。
ただし、元々国ごとに何を産業遺産と見なすかは、その国の歴史的経緯などによっても左右される[5] 。世界遺産の物件についても、論者によって何を産業遺産に含むかは異なる。ここではICOMOSが公表している「世界遺産の中の産業・技術遺産」リスト[6] (2011年)を基にしつつ、他の論者のものも取り込んで一覧を作成した。
鉱業
[編集 ]製造業
[編集 ]- 製鉄業
- 製塩業
- 繊維工業
- その他の製造業
農業・食料生産
[編集 ]水利施設・干拓事業
[編集 ]水産業
[編集 ]交通・通信
[編集 ]- 鉄道・駅舎
- 運河
- 橋梁
- 通信
商業・交易
[編集 ]その他
[編集 ]世界遺産以外の事例
[編集 ]- パディントン駅(イギリス) - 1854年完成の鉄とガラスの大空間。ブルネル設計。グレートウェスタン鉄道の起点駅。
- クロスネス下水処理場(Crossness Pumping Station, イギリス) - 1865年完成のヴィクトリア朝ゴシック様式で装飾された下水処理場。
- パーム・ハウス(Palm House, イギリス) - 1840年完成の鋳鉄と曲面ガラスで出来た温室。キューガーデンとして世界遺産に登録
- スミスフィールド精肉市場(Smithfield, イギリス) - ヴィクトリア時代の華麗な装飾が施された現役の精肉市場。
- バンクサイド発電所・現テート・モダン美術館(イギリス) - テムズ川沿いの発電所を近現代代美術館に転用
- ローウェル国立歴史公園(Lowell National Historical Park, アメリカ・マサチューセッツ州) - かつての綿紡績工業の遺産を活用した町づくり
脚注
[編集 ]- ^ 清水 (2008) p.16
- ^ 「グローバル・ストラテジー」について - 文化庁()2018年5月17日閲覧
- ^ 世界遺産条約のグローバルストラテジー - 環境省(平成15年5月26日発表)2018年5月17日閲覧
- ^ 清水 (2008) p.18
- ^ 加藤 (1999) p.10
- ^ "Industrial and Technical Heritage in the World Heritage List 2011"[1]
- ^ a b c d ICOMOSのリストには含まれていないが、古田 (2013) pp.44-45には挙げられている。
- ^ a b c d e f g h i j k l m n ICOMOSのリストには含まれていないが、古田 (2006) pp.40-41のリストには含まれている。
- ^ a b c d e f g ICOMOSのリストには載っていないが、『新訂版 世界遺産なるほど地図帳』では産業遺産とされている。
- ^ 日本ユネスコ協会連盟 (2016) p.2, 26等で産業遺産とされている。
- ^ 日本ユネスコ協会連盟 (2016) p.2ほかで産業遺産とされている。
- ^ a b 日本ユネスコ協会連盟 (2016) p.32で産業遺産とされている。
- ^ a b c 世界遺産検定事務局 (2016b) で「産業関連遺産」に挙げられている。
- ^ a b 東京文化財研究所『第38回世界遺産委員会審議調査研究事業』pp.299-301
- ^ a b c d ICOMOSのリストには含まれていないが、清水 (2008) のリストには含まれている。
- ^ a b c d e ICOMOSのリストに記載はないが、加藤 (1999) の巻末リストには載っている。
- ^ a b c Industrial related sites added to the World Heritage List(TICCIH、2017年10月9日閲覧)で産業遺産とされている。
- ^ a b c "The gap closes - new industrial archaeological World Heritage Sites", TICCIH Bulletin, no.69-3, 2015 で言及されている。
- ^ a b 世界遺産検定事務局 (2016b) で「経済活動関連遺産」(pp.354-356)に含まれている。
- ^ 古田 (2006) では「地下鉄」を理由として産業遺産にリストアップされている。
参考文献
[編集 ]- 加藤康子(1999)『産業遺産』日本経済新聞社
- 世界遺産検定事務局 (2016a) 『すべてがわかる世界遺産大事典〈上〉』マイナビ出版
- 世界遺産検定事務局 (2016b) 『すべてがわかる世界遺産大事典〈下〉』マイナビ出版
- 日本ユネスコ協会連盟 (2015) 『世界遺産年報2016』講談社
- 古田陽久 古田真美監修 (2001)『世界遺産ガイド 産業・技術編』シンクタンクせとうち総合研究機構
- 古田陽久 古田真美監修 (2006)『世界遺産ガイド - 文化遺産編 - 2006改訂版』シンクタンクせとうち総合研究機構
- 古田陽久 古田真美監修 (2013) 『世界遺産ガイド - 文化遺産編 - 2013改訂版』シンクタンクせとうち総合研究機構
- 清水慶一 (2008)「産業遺産」(『世界遺産年報2008』日経ナショナル・ジオグラフィック社)
- 『新訂版 世界遺産なるほど地図帳』講談社、2012年
関連項目
[編集 ]外部リンク
[編集 ]- グローバル・ストラテジー(ユネスコ世界遺産センター・英語)
- ICOMOSによる世界遺産中の産業遺産リスト(PDFファイル)
- 産業遺産学会(日本)
- 産業遺産ナビゲーター(独立行政法人 科学技術振興機構)
- 日本の産業遺産ヴィジュアルデータベース(産業遺産データベース研究会)
- 産業遺産情報センター