渡辺久江
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基本情報 | |
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本名 |
渡辺 久江 渡邊 久江 (旧姓) |
通称 | 格闘ジャンヌ・ダルク |
国籍 | 日本の旗 日本 |
生年月日 | (1980年10月21日) 1980年 10月21日(44歳) |
出身地 | 栃木県 鹿沼市 |
所属 |
LIMIT →AJジム →フリーランス →シルバーウルフ →池袋 BLUE DOG GYM →フリーランス →ZERO |
身長 | 160cm |
体重 | 47.6kg |
階級 | ストロー級→アトム級 |
バックボーン | 総合格闘技 |
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渡辺 久江(わたなべ ひさえ、1980年 10月21日 - )は、日本の女性 総合格闘家、キックボクサー。栃木県 鹿沼市出身。元DEEP女子ライト級王者。
来歴
[編集 ]2002年4月7日、SMACKGIRLの大門まい子戦で総合格闘技デビュー。同年12月月29日、SMACKGIRL JAPAN CUP 2002ライト級(52kg)トーナメントで決勝まで勝ち上がるがしなしさとこに敗れ準優勝となった。
2003年11月11日、キックボクシングルールでグレイシャアAkiと対戦し、1-2の判定負け。
2003年12月26日、初の海外遠征を行い、タイのフューチャーパークにあるランシット屋外特設リングで行われたテレビマッチで、インターナショナル女子ムエタイライトフライ級王座決定戦に出場。ナムリンノーイ・アールサヤームを5R判定2-1で下し、デビュー3戦目でムエタイ王者となった。
2004年5月7日、TBS『黄金筋肉』の女子総合格闘技最強女王決定トーナメントに出場、決勝で金子真理に判定勝ちし優勝。
2005年春、AJジムをやめ、フリーランスとなった。魔裟斗と同じマネージメント会社所属となり、シルバーウルフで練習を積む。5月25日、渡邊 久江から渡辺 久江に改名。
2005年6月28日、SMACKGIRL 2005 〜Road to Dynamic!!〜で行われた初代SMACKGIRLライト級王座決定戦で辻結花と対戦し、腕ひしぎ十字固めで一本負けを喫し王座獲得に失敗した。
2006年8月4日、DEEP初出場となったDEEP 25 IMPACTで行われたDEEP女子ライト級(48kg)王座決定戦で、しなしさとこと対戦し、1ラウンドKO勝ち。4年前の雪辱に成功、しなしのデビューからの無敗記録を23で止めるとともにDEEP女子ライト級王座の獲得に成功した。
2007年2月16日、DEEP 28 IMPACTでハム・ソヒに0-3の判定負け。
2007年8月5日、DEEP 31 IMPACTで行われたDEEP女子ライト級タイトルマッチで挑戦者のMIKUと対戦し、0-2の判定負けを喫し王座から陥落した。
2008年1月17日、自身のブログにて元旦に漫画家のSP☆なかてまと入籍したことを明らかにした(後に離婚)[1] 。その後5月29日付で、格闘技生活を引退することがマネージメント会社を通して発表された[2] 。
2009年4月15日に開催予定であったタイのムエタイの大会で復帰戦を行うことが発表されていたが[3] 、直前の反政府デモの影響を受け大会が延期となった[4] 。
2009年8月11日、シュートボクシング「Girls S-cup 2009」のスペシャルエキシビションマッチ(1R JEWELSルール、2R シュートボクシングルール)で藤井惠と対戦した。
2010年4月11日、2年4か月ぶりの試合をシュートボクシングの維新-ISHIN- 其の弐で井川恵と対戦し、左フックでTKO勝ち。当初はRENAと対戦予定であったが、RENAの負傷欠場により対戦相手が変更となった[5] 。
2010年7月19日、REBELS 3のWPMF日本女子ミニフライ級王者決定戦でLittle Tigerと対戦し、1-1の判定ドローで王座獲得ならず[6] 。
2010年8月29日、SHOOT BOXING WORLD TOURNAMENT Girls S-cup 2010に出場。トーナメントの1回戦でRENAと対戦し、TKO負けを喫した[7] 。
2016年2月7日、WSOF-GC 2 JAPANで約5年ぶりの復帰戦を行いイ・イェジにKO勝ち[8] [9] 。
2021年10月31日、リングネームを久遠(ひさえ)に改め、約5年ぶりに試合を行い、DUEL 22で祥子JSKに判定負け。
2022年1月16日、PROFESSIONAL SHOOTO 2022 開幕戦で行われたインフィニティリーグ2022 初代女子アトム級王座決定リーグ戦で、加藤春菜と対戦し、1Rに腕ひしぎ十字固めによる一本勝ちを収めた[10] 。しかしその後3連敗を喫し、勝ち点4の3位タイでリーグ戦を終えた。
人物・エピソード
[編集 ]- 中学時代はテニス部に所属。
- 学生時代はギャルだった。
- 端正な容姿を活かし、BODYMAKERなどのモデルを務めていた。同社からコラボTシャツが発売されたこともある。
- 2005年から下着メーカーのピーチ・ジョンがスポンサーとなっていた。
- 2003年4月2日に大門まい子を判定で下し雪辱を果たした後、同郷のガッツ石松から激励を受けた。
- 郷野聡寛が2005年3月に行われる試合に勝利した際に渡辺との1日デート企画をセッティングするように運営側に要求したことがあった。それを受けて渡辺も一応了承したものの、郷野は敗北を喫した。
入場テーマ曲
[編集 ]- 「Rockin'at the Ace Cafe (CAFE RACER mix)」 Martin Craig
戦績
[編集 ]総合格闘技
[編集 ]総合格闘技 戦績 | ||||||
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32 試合 | (T)KO | 一本 | 判定 | その他 | 引き分け | 無効試合 |
21 勝 | 12 | 4 | 5 | 0 | 2 | 0 |
9 敗 | 1 | 5 | 2 | 1 |
【インフィニティリーグ2022 初代女子アトム級王座決定リーグ戦】 2022年11月27日
【インフィニティリーグ2022 初代女子アトム級王座決定リーグ戦】 2022年9月19日
【インフィニティリーグ2022 初代女子アトム級王座決定リーグ戦】 2022年5月22日
【インフィニティリーグ2022 初代女子アトム級王座決定リーグ戦】 2022年1月16日
【準決勝】 2004年5月7日
【1回戦】 2004年5月7日
【ライト級トーナメント 決勝】 2002年12月29日
【ライト級トーナメント 準決勝】 2002年11月9日
【ライト級トーナメント 1回戦】 2002年10月5日
キックボクシング
[編集 ]【Girls S-cup 2010 1回戦】 2010年8月29日
【IKUSA -U50 初代戦女王決定戦】 2005年9月19日
ボクシング
[編集 ]獲得タイトル
[編集 ]脚注
[編集 ]- ^ 初雪みたーッ♪ 渡辺久江オフィシャルブログ 2010年1月17日
- ^ 【ニュース】前DEEP女子ライト級王者・渡辺久江が引退 格闘技ウェブマガジンGBR 2008年5月29日
- ^ 【ムエタイ】4・15渡辺久江がタイで電撃復帰!女子ムエタイ王座決定戦 格闘技ウェブマガジンGBR 2009年4月9日
- ^ 【ムエタイ】4・15渡辺久江の復帰戦がタイ非常事態宣言発令で延期に 格闘技ウェブマガジンGBR 2009年4月14日
- ^ 【シュートボクシング】4・11RENAが亀裂骨折で欠場、渡辺久江戦は延期に 格闘技ウェブマガジンGBR 2010年4月7日
- ^ 【レベルス】軽量級頂上対決は藤原あらしが圧勝!梅野源治が初のベルトを獲得 格闘技ウェブマガジンGBR 2010年7月19日
- ^ 【シュートボクシング】5Rの死闘の末、RENAが高橋藍を破りGirls S-cup二連覇を達成! 格闘技ウェブマガジンGBR 2010年8月29日
- ^ 5年ぶり復帰の渡辺久江が一撃KO勝ち、日本勢は3勝5敗にイーファイト 2016年2月7日
- ^ 35歳・渡辺久江が復帰する理由イーファイト 2015年12月17日
- ^ 【修斗】小野島恒太が環太平洋王座獲得で手塚基伸、中村倫也を指名! 中村は野尻定由に25秒勝利、宇佐美正パトリックが菅原和政をKO、久遠が6年ぶり勝利! ゴング格闘技 2022年1月16日
- ^ "【修斗】王者・澤田千優に挑むのは? アトム級で古賀愛蘭vsジェニー・ファン、中村未来vs川西茉夕が決定。20年の時を経て渡辺久江と玉田育子が初対決。初代ストロー級女王を決めるインフィニティリーグ選手も発表=5月21日(日)「Colors」". (2023年5月2日). https://gonkaku.jp/articles/13554/ 2023年5月2日閲覧。
関連項目
[編集 ]外部リンク
[編集 ]- WATANABE HISAE official Blog - 本人によるブログ
- DEEP 選手データ
- パンクラス 選手データ
- 修斗 選手データ
- eFight 選手データ
- 渡辺久江の戦績 - BoxRec (英語)
- 渡辺久江の戦績 - SHERDOG (英語) ウィキデータを編集