建学の精神
当校の校訓は、大正6年3月新発田商業学校開校にあたり、地元新発田市出身の大実業家 大倉喜八郎翁より寄せられた「処世訓」が元となっています。また、昭和58年(1983)に新発田商工高等学校から分離独立して開校した新発田商業高等学校長の高橋庄吉氏の残したメモから、商業教育に対する熱い思いと建学に込めた精神がうかがえます。
校訓考案のために参考にしたと思われる「処世訓」の文面
『世に立ち、業に従う者「心を専らにし、意を一にし」努力びん勉せずんば、何んぞよく優勝者たるを得ん・・・それ二兎を追う者、智に以て、実は拙く「一事に専らなる者」愚かなるが如くにして、しかもなる。「堅忍不抜」は男子の真骨頭にして、精神一到は成業の大関鍵なり』
第15代校長 高橋庄吉氏のメモ
(1)「一事専念」とは、ひとつの目標の達成を願うならば、そのことのみに意を用い、万事をすてて専念せよと云うことである。
徒然草の一節『一事を必ずなさんと思はば、他の事の破るるも傷むべからず、人の嘲りをも恥ずべからず、万事にかえずしては、一の大事成るべからず』。これは「一(ひとつ)の大事」の教えであるが、その日その日のなすべきことをきちっとする意味も含めて「一事専念」としたい。
(2)「堅忍不抜」とは、志をたて、その達成のために己を律し、困難にうち克つことである。その定義は「かたくしのび、かわらざる姿」を指すが、これは呂氏春秋の「人に克たんと欲する者は、必ず先ず己に克つ」と同義語と思っている。
己を律し、自己のなすべき責任を果たしてこそ民主主義は成立するものと考えているからである。
分離独立当時の教育方針について
(1)地域に信頼される学校
(2)師弟が行動を共にする学校
(3)汗を流す教育をする学校(教えるよりも育てる学校)
校章(案)について
本校創設時の帽章は立華雪の結晶に菱形のソロバン珠を配し、中央の「商」の大文字でまとめている。
このデザインは大正6年永久武夫先生(当時新発田尋常高等小学校在職)の助力を得て作成されたものである。
それを引継ぎ本校の校章とすることにした。
昭和58年 15代 高橋庄司校長 手書きメモ
総体として雪の精をあらわし、清純潔白な中にも理性にみちた厳しさで形づくられ、創造万華の心理を宿している。
これにソロバン珠を配し、モデファイしたのは、実務遂行能力をしっかりと身につけてほしいという願いからである。
※(注記)ソロバン(算盤)は室町末期、中国より渡来。以後、読み書きソロバンと云う言葉となって商人魂を形成してきたものである。
技術革新によりコンピュータに取って代わってもこの合理的思考力と実践力の必要性は更に強調されなければならない。