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イワシ・サバ類等の摂取量の増加で非感染性疾患による死者数減少の可能性
(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会同時配付)
国立研究開発法人国立環境研究所
本研究では、アジアの内陸国やアフリカなど魚の摂取量が少なく、疾病を患っている者が多い国々に小型浮魚類をより多く割り当てることで、世界の非感染性疾患負担を大きく軽減できることが示されました。これらの国で魚食普及の推進に取り組むためには、水産資源の管理強化や栄養食生活に関する啓発普及の推進や貿易の拡大等に取り組む必要があると考えられます。
本研究の成果は、2024年4月10日付でBMJ社から刊行される国際学術誌『BMJ Global Health』に掲載されます。
1. 研究の背景と目的
赤身肉(牛・豚・羊などの肉)、特に加工赤身肉は、非感染性疾患のリスク増大と関連することが報告されています。非感染性疾患による死亡は、2000年(約3,100万人)から2019年(約4,100万人)の間に30%以上増加し、2019年の世界の全ての死亡原因の約70%を占め、その77%が低・中所得国で発生しています。このうち、虚血性心疾患(狭心症・心筋梗塞)、脳卒中、糖尿病、大腸がんの4つの病気による死亡は44%(約1,800万人)を占めています。持続可能で健康的な食事の実現に対する世界的な関心が高まる中、代替タンパク質の利用が注目されています。海産物、特に小型浮魚類(イワシ類、サバ類等)は赤身肉に比べて生産時の温室効果ガスの排出負荷が大幅に低く、人体に必要な栄養素を豊富に含み、非感染性疾患のリスクを軽減することが指摘され、有効な代替タンパク質源の一つとなる可能性を秘めています。
しかし、現在、人間が消費しているのは漁獲された小型浮魚類の約26%に過ぎず、残りの74%は魚粉や魚油の製造に使われています。製造された魚粉や魚油は、主に高所得者向けのサケやマスなどの養殖魚の飼料として使われていますが、小型浮魚類に含まれる栄養素のほとんどが養殖中に失われるため非効率的です。例えば、養殖サケは生産時に消費する全タンパク質量の25%相当のタンパク質しか供給することができません。持続可能で健康的な食事を実現するために、小型浮魚類の消費拡大を提唱する研究は増えていますが、魚粉や魚油の製造に使用される小型浮魚類を人間が消費することで、世界の疾病負担がどの程度軽減されるかは明らかではありませんでした。
そこで本研究では、環境・健康・水産資源分野の専門家で構成される国際共同研究チーム(以下「当研究チーム」という)が2050年に向けた肉代替シナリオを作成し、小型浮魚類の潜在的供給量の限界を超えることなく赤身肉を代替した場合の、世界の国別の疾病予防への影響を定量的に評価しました。
2. 研究手法
当研究チームはまず、国際連合食料農業機関(FAO:Food and Agriculture Organization)による小型浮魚類の漁獲量データと食料需給見通しに基づき、2050年における小型浮魚類の潜在的供給量及び世界の地域別・国別の赤身肉・魚の摂取量をそれぞれ推計しました。2050年における小型浮魚類の潜在的供給量については、過去40年間の漁獲量データの平均値を用いました。次に、2050年に向けた小型浮魚類の摂取量配分が異なる以下4通りの赤身肉を代替するシナリオ(シナリオIからIV)を作成し、世界の地域別・国別の回避可能な虚血性心疾患、脳卒中、糖尿病と大腸がんによる死亡者数と障害調整生存年数(DALY)注釈1を計算しました。
基準シナリオ
2050年までには、世界経済は現在と同様に緩やかに成長し、資源集約的な赤身肉に対する消費者の嗜好は変わらない
シナリオI
漁獲された小型浮魚類を当該国の国内で消費し、沿岸国のみで赤身肉の代替が行われる
シナリオII
人と自然にとってのwin-win関係を築くために、反芻動物肉(牛・羊肉)の一人当たりの摂取量が多い国々では、代替が優先される
シナリオIII
魚の一人当たりの摂取量が推奨摂取量の40 kcal/日を満たしていない国々では、代替が優先される
シナリオIV
赤身肉が小型浮魚類に代替される割合は、どの国でも一律とする
3. 研究結果と考察
赤身肉を小型浮魚類に代替することで、2050年に世界の赤身肉消費量は基準シナリオと比較して最大で8%減少し、その結果、2050年には虚血性心疾患、脳卒中、糖尿病と大腸がんによる世界の死亡者数と障害調整生存年数がそれぞれ50万人から75万人、800万年から1,500万年減少することが示されました(図1参照)。これは2000年から2019年のこれら4つの疾病による死亡者数の増加量(480万人)の10%から16%、障害調整生存年数の増加量(10,300万年)の8%から15%に相当します。これら4つの疾病の中で、虚血性心疾患による死亡者数と障害調整生存年数が最も減少されます。特に、これらの疾病を軽減する小型浮魚類への代替化の効果を世界全体で最大限に促進するためには、魚の摂取量が少なく、非感染性疾患が急増している地域、例えばアフリカやアジア内陸への配分をターゲットとした政策(シナリオIII)がより効果的であると考えられます。なお、これらの結果は、小型浮魚類が持続的かつ適切に利用されることを前提としています。過剰漁獲などの課題に世界が直面する中、魚の摂取量が少ない国で魚食普及の推進に取り組み、小型浮魚類の持つ疾病軽減効果を十分に発揮するには、水産資源の管理強化や栄養食生活に関する啓発普及の推進や貿易の拡大等に取り組む必要があることに注意が必要です。
4. 今後の展望
本研究は、食事ガイドラインや栄養・健康政策において、人体に必要な栄養素を豊富に含み、健康に良い小型浮魚類をはじめとする魚の消費を促進する必要性を示唆しています。EATランセット委員会によれば、一日当たり28gの魚の摂取が望ましいとされています。しかし、様々な魚種があるにもかかわらず、どのような魚をどれだけ摂取すれば良いかは未だ明らかではありません。このような背景から、様々な水産資源の消費が人類の健康に与える影響は、今後の重要な課題の一つになると考えられ、本研究が示した結果も、健康への影響解明の一助となることが期待されます。
5. 注釈
注釈1 障害調整生存年数(DALY:Disability-adjusted Life Year):1DALYは健康な状態で過ごす人生を1年失ったことを指します。ある疾患や健康状態におけるDALYは、その疾患や健康状態の有病者が早死にすることによって失われた年数と障害を有することによって失われた年数の合計です。
https://www.who.int/data/gho/indicator-metadata-registry/imr-details/158(外部サイトに接続します)
6. 研究助成
本研究は、環境省・(独)環境再生保全機構の環境研究総合推進費(JPMEERF20202002、JPMEERF 23S21120)の支援を受けて実施されました。
7. 発表論文
【タイトル】 Unlocking the potential of forage fish to reduce the global burden of disease 【著者】 Shujuan Xia, Jun’ya Takakura, Kazuaki Tsuchiya, Chaeyeon Park, Ryan F. Heneghan, Kiyoshi Takahashi 【掲載誌】 BMJ Global Health 【URL】https://doi.org/10.1136/bmjgh-2023-013511(外部サイトに接続します) 【DOI】10.1136/bmjgh-2023-013511(外部サイトに接続します)
8. 発表者
本報道発表の発表者は以下のとおりです。
国立研究開発法人国立環境研究所 社会システム領域
特別研究員 Shujuan Xia(夏 樹娟)
主任研究員 高倉 潤也
主任研究員 土屋 一彬
副領域長 高橋 潔
9. 問合せ先
【研究に関する問合せ】
国立研究開発法人国立環境研究所 社会システム領域
地球持続性統合評価研究室 特別研究員 Shujuan Xia(夏 樹娟)
【報道に関する問合せ】
国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室
kouhou0(末尾に"@nies.go.jp"をつけてください)
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