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国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦、以下「JAMSTEC」という。)地球環境観測研究開発センターのSherwood Lan Smith主任研究員とBingzhang Chen(陳炳章)外来研究員(現所属:東京海洋大学特別研究員)は、ドイツのヘルムホルツセンターと共同で、新たに開発した植物プランクトンの連続サイズ分布モデル(※(注記)1)を用いて、北太平洋における「海洋環境変動」、植物プランクトンのサイズの「多様性」及び「生産力(炭素を合成する能力)」を3次元空間で同時に初めてシミュレーションすることに成功し、その複合的な関係性を明らかにしました。
生物多様性は、生態系の生産力を持続し、その回復力を維持する上で重要であることが一般的に知られています。しかし、多様性と生産力の関係は非常に複雑であることから、その根本的なメカニズムはまだ分かっていません。特に、海洋における食物連鎖(図1)の底辺を支える植物プランクトンの多様性(サイズや種)が生産力に及ぼす影響を調べた研究は限られており、本研究グループが行った2016年の理論モデルを用いた研究(図2)程度でした。
今回、現実的な3次元の海洋環境を同時にシミュレーションすることが可能な海洋生態系モデルを新たに開発し、北太平洋における植物プランクトンのサイズの多様性と生産力について計算したところ、実際に観測されたデータと整合する結果を得ることができました(図3)。また、2016年に報告した理論モデルで推定されていたサイズの多様性と生産力の関係、すなわち、変動が大きな海域(栄養塩濃度が高い亜寒帯域)では、植物プランクトンのサイズの多様性が高いほど生産力も高い結果となり、穏やかな海域(栄養塩濃度が低い亜熱帯域)では、サイズの多様性が低いほど生産力が高い結果が確認できました。さらに、変動が大きな海域(栄養塩濃度が高い亜寒帯域)と穏やかな海域(栄養塩濃度が低い亜熱帯域)の境目では、異なるプランクトンのサイズが混合することでサイズの多様性が高まり、生産力を高めることを今回新たに示しました。植物プランクトンの多様性自体が生産力に及ぼす影響は、競争排除則(※(注記)2)によって最適化されたサイズの群集が好む穏やかな海域(栄養塩濃度が低い亜熱帯域)と多様なサイズの群集が優先する変動が大きな海域(栄養塩濃度が高い亜寒帯域)とのバランスに依存します。さらに、北太平洋域における生産力は、海域環境の変動とサイズの多様性によって決まることが分かりました(図4)。
これらの成果は、チャールズ・ダーウィンなどの先駆者らによって提示された洞察(自然選択説による生物多様性、※(注記)3)を基に、海洋環境(循環や水温など)と生態系を同時に3次元シミュレーションした最初の研究成果になります。
本研究で得られた成果は、世界有数の漁場である北太平洋における水産資源量の定量的な把握と予測、すなわち生物多様性の保全と持続可能な利用を検討することに寄与できるものと考えています。
本研究は、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)によるCREST「北太平洋域における低次生態系の動的環境適応に基づいた新しい生態系モデルの開発」(JPMJCR12A3)の助成を受けて実施されたものです。
本成果は、科学誌「Ecology Letters」に10月18日付け(日本時間9時)で掲載される予定です。
タイトル:Effect of phytoplankton size diversity on primary productivity in the North Pacific: trait distributions under environmental variability
著者名:Bingzhang Chen1*, Sherwood Lan Smith1, Kai W. Wirtz2
所属:1.JAMSTEC地球環境観測研究開発センター(*:現所属 東京海洋大学)、2.HZG(Helmholtz Centre for Coastal and Materials research )
生物多様性は、生態系の生産力を持続し、その回復力を維持する上で重要であることが、一般的に知られています。しかし、生物多様性と生産力の間には様々な関係があり、両者には多くの複雑な交絡要因があるため、多様性自体の生産力に対する根本的なメカニズムはまだ分かりません。陸上においては、厳密な生物学的機能を考慮していませんが、土地の生産力に及ぼす種の豊かさ(種の数)の影響について、多くの研究事例があります。しかしながら、海洋における食物連鎖の底辺を支える植物プランクトンのサイズの多様性が、生産力に及ぼす影響を調べた研究はなされてきませんでした。また、陸上の植物と比較して、より多くの植物プランクトン種が特定の海域で共存する傾向があります(ハッチソンの「プランクトンのパラドックス」、※(注記)4)。さらに、植物プランクトンは、そのサイズによって多くの生理学的機能を特定することが可能なため、生物多様性の指標として、種の豊かさ(種の数)よりもサイズ多様性(サイズ分布の分散)を用いるほうが、理解しやすいと考えられています。
2016年、Smith主任研究員は植物プランクトンの多様性と生産力の関係を明らかにすることを目的として、新たな海洋生態系モデルを構築し、海洋中での「場の乱れ」が生産力の鍵を握ること、具体的には、場が乱れた環境では、植物プランクトン群集の多様性が高いほど生産力が高まり、安定した環境下では、群集の多様性が低いほど生産力が高くなることを明らかにしました(2016年10月16日既報)。しかし、本成果は仮想的な空間におけるモデル計算であり、近年問題視されている「海洋資源の保全と持続可能な利用」へ貢献するためには、現実の海洋をモデル化した3次元的な評価が不可欠でした。
そこで本研究では、現実的な3次元の海洋環境へ適用可能なシミュレーションモデルを新たに開発し、北太平洋における植物プランクトンの多様性が生産力に及ぼす影響を調べることにしました。
新たに開発したモデルは、植物プランクトンのサイズの多様性を作り出すメカニズム(植物プランクトンの世代毎の分裂や動物プランクトンによる捕食、海洋循環など)を考慮しています。新たなシミュレーションの結果、植物プランクトンサイズの多様性が生産力に及ぼす影響は海洋環境が関係することが分かりました(図3)。
今までの一般的な認識は、高い多様性が高い生産力を維持するというものでした。栄養塩濃度が高い北太平洋の亜寒帯域(変動が大きな海域)ではそのとおりの結果を示しましたが、栄養塩濃度が低い北太平洋の亜熱帯域(穏やかな海域)では、低い多様性が高い生産力を維持するということが示され、2年前に理論上推定されてきたことが海洋環境を再現したシミュレーションでも実証されました。また、海流や他の物理過程(混合など)により異なる海域間(亜寒帯域と亜熱帯域)の境目では、異なるプランクトンのサイズが混合することで、北太平洋の多くの海域で高い生産力を支える多様性レベルが維持できることを新たに明らかにしました(図3)。これは、暖流である黒潮と寒流である親潮がぶつかる海域が優れた漁場であり、生物生産力が高いことともよく一致します。これらの成果は、多様性というのは環境条件の突然の変化から回復する能力であり、生態系の適応能力を高めるため変動が大きい海域において、多様性の高い群集がより生産力を高める傾向があるという理論的予測とも一致しています。加えて、多様性が生産力に与える影響は、植物プランクトンの多様性が低い場合、海域環境の条件、特に場の乱れに依存することがわかりました(図4)。
「海洋および海洋資源の保全と持続可能な利用」は、2015年の国連サミットにおける新たな持続可能な開発アジェンダの17の目標の1つに設定されているため、海洋生物の保全は重要な課題です。海洋管理の観点から、本研究で得られた重要な知見は、保全に充てる資金/資源を配分する際に、海洋環境変動の頻度と強度を考慮すべきであることです。 具体的には、生態系の適応能力を維持するためには、環境変動が緩やかな海域よりも、変動が大きな海域における生物多様性の喪失を制限することが重要であることを示唆しています。
今後、本研究で開発したモデルを用いて、温暖化が進行した海洋環境の変化に対し、海洋生物の多様性と生産力にどのような影響が現れるかを予測する研究を行っていきたいと考えています。
[用語解説]
※(注記)1 植物プランクトンの連続サイズ分布モデル:生物群集における競争排除則の原理(※(注記)2参照)に基づく連続で植物プランクトンサイズ分布と生産力を計算するモデル
※(注記)2 競争排除則:同じ生態的地位にある複数の種は、安定的に共存できないという原則のこと。競争原理によって環境に適応した種が生き残り、他は排除されるという考え。
※(注記)3 自然選択説による生物多様性:厳しい自然環境が、突然変異により拡散的に進化していく生物へ一定の方向性を与えるという説を自然選択説という。自然環境が厳しいほどに淘汰圧は強くなり、生物の多様性は限定的なものとなる。
※(注記)4 プランクトンのパラドックス:海洋環境においては限られた資源しか得られないにも関わらず、多様なプランクトンが共存していることを矛盾とすること。
図1.海の食物連鎖と植物プランクトンのサイズの多様性
[画像:図2]図2.北太平洋における植物プランクトンの多様性と生産力の関係。穏やかな海域(栄養塩濃度が低い亜熱帯域)では、多様性が低いほど生産力がわずかに高くなる傾向があり(左)、変動が大きな海域(栄養塩濃度が高い亜寒帯域)では、多様性が高いほど生産力が高まる傾向がある(右)。
[画像:図3]図3.北太平洋でシミュレーションされた年平均純基礎生産量(mgCm-2d-1,上段)と植物プランクトンサイズの多様性((ln μm3)2,下段)。多様性が高い(暖色)海域と生産量が対応している。
[画像:図4]図4.異なる海洋環境変動に対する植物プランクトンの生産力(縦軸)とサイズ多様性(横軸)の関係(上図)。穏やかな海域(青線)と変動が大きな海域(赤線)。サイズ多様性が低いほど、同一サイズの植物プランクトンが優先し、多様性が高いほど、様々なサイズの植物プランクトンが共存する(下図)。