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プレスリリース

このプレスリリースには「話題の研究 謎解き解説」があります。
2018年 6月 29日
国立研究開発法人海洋研究開発機構
国立大学法人神戸大学
国立研究開発法人国立環境研究所

PM2.5の窒素成分は植物プランクトン量の増大に寄与
―日本南方海域における大気物質と海洋生態系の意外なリンク―

1. 概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦)地球環境観測研究開発センターの竹谷文一主任研究員らと国立大学法人神戸大学、国立研究開発法人国立環境研究所は共同で、東アジアから排出される大気中のPM2.5エアロゾル粒子(以下、「PM2.5」という、(注記)1)などに含まれる窒素化合物が、日本南方海域である西部北太平洋亜熱帯域の植物プランクトン量を増大させる大きな役割を果たしている可能性があることを「地球シミュレータ」を用いた数値計算と衛星データ解析の結果から明らかにしました。

海洋表層における植物プランクトン量をコントロールする要因の一つである栄養塩(窒素化合物など)は、主に海洋深層から供給されます(図1)。一方、西部北太平洋亜熱帯域は海洋内部から海洋表層への栄養塩供給量が極めて少ないため、大気由来の栄養塩が重要である可能性が指摘されていました。しかしながら、大気から海洋への栄養塩供給過程の効果に対して、その沈着量からの推定のみで、海洋中のプロセスを考慮した海洋生態系への定量的な評価は行われていませんでした。そこで、これまで個別に使われることが多かった大気化学領域輸送モデルと海洋低次生態系モデルを結合し、PM2.5などの大気物質が海洋へ沈着する過程を考慮できるように数値モデルの改良を行いました。これらをもとに、本研究では、東アジア域から大気中に排出された窒素化合物が西部北太平洋域に沈着することに対する植物プランクトンの応答を初めて精密に見積もりました(図2)。

その結果、西部北太平洋亜熱帯域における表層の植物プランクトン量は、大気からの窒素化合物の供給過程を考慮すると、考慮しない場合に対し、2.3倍に増加することが明らかとなり、衛星解析による見積もりと整合的になることを見出しました(図3)。これは、大気環境に大きな影響を与えているPM2.5などに含まれる窒素化合物成分が西部北太平洋亜熱帯域での植物プランクトン量の増大に大きな役割を担っている結果を示唆しており、大気物質と海洋生態系の直接的な関連性を明らかにした初めての成果となります。

今後は、現場での直接観測による実証データの蓄積に加えて、大気からの窒素化合物供給過程による植物プランクトン量変化がもたらす波及効果(二酸化炭素(CO2)吸収、植物プランクトンを捕食する動物プランクトン量の変化など)に対して、研究を進めていく予定です。

なお、本研究はJSPS科研費(JP15H05822、JP23241013、JP26340071、JP16H04051、JP18H03369、JP18H04143)、公益財団法人アサヒグループ学術振興財団学術研究助成、名古屋大学宇宙地球環境研究所共同利用の一環として実施したものです。本成果は、「Scientific Reports」に6月29日付け(日本時間)で掲載される予定です。

タイトル:Seasonal Response of North Western Pacific Marine Ecosystems to Deposition of Atmospheric Inorganic Nitrogen Compounds from East Asia

著者:竹谷文一1、野口真希1、山地一代2,1、関谷高志1、池田恒平3、笹岡晃征1、橋岡豪人1、本多牧生1、松本和彦1、金谷有剛1
1. 海洋研究開発機構、2.神戸大学、3.国立環境研究所

2.背景

海洋表層での植物プランクトンの増減は、食物連鎖における一次生産(植物プランクトンなどの藻類)を起点とした高次生物(魚類、海洋性ほ乳類等)の生物資源量や、二酸化炭素(CO2)吸収能力等の海洋環境の変化と密に関連しており、その変動要因の解明は重要な課題です。一般的に植物プランクトン量は、水温、光量の他に様々な栄養塩量によってコントロールされています。中でも、陸から離れた外洋の熱帯・亜熱帯域は河川や海洋内の湧昇や混合による栄養塩供給が極めて少ない貧栄養海域であり、生物生産の乏しい海域として“海の砂漠”とも言われています。このような貧栄養海域は、全海洋表層の半分以上を占めています。日本南方海域である西部北太平洋亜熱帯域も、海洋表層では植物プランクトンの成長に不可欠な栄養塩である窒素化合物(硝酸塩やアンモニウムなど)が極めて少なく、これらの物質の存在量が重要であると考えられています。一方、近年の東アジア域における経済発展に伴い、産業活動によるPM2.5に代表される大気物質が、広域的に大気環境へ大きな影響を及ぼしていることが知られています。この大気物質には、植物プランクトンの成長に不可欠な窒素化合物が多く含まれているため、これら大気物質が西部北太平洋に輸送され海表面へ沈着することにより、海洋生態系へ影響を及ぼす可能性があります(図1)。しかしながら、その効果については、大気から海洋への沈着量をもとにした推定のみで、海洋中のプロセスを考慮した定量的な解析は行われていませんでした。

そこで本研究グループでは、東アジア域から排出された窒素化合物が外洋域に輸送され、海表面へ沈着することによる植物プランクトンの応答に対し、これまで個別に運用されてきた大気化学領域輸送モデル(WRF/CMAQ、(注記)2)と海洋低次生態系モデル(COCO-NEMURO、(注記)3)を結合し、「地球シミュレータ」を利用した数値計算実験を行い評価しました。解析は2009年から2016年までのPM2.5を含む大気窒素化合物の西部北太平洋域への沈着量をWRF/CMAQから推定し、結果をCOCO-NEMUROに組み込むことにより、西部北太平洋海域の海洋表層における植物プランクトン量の変化を見積もりました。

3.成果

その結果、亜寒帯域では表層における植物プランクトン量はあまり変化がないのに対し、亜熱帯域では有意な差が得られました(図2)。特に、沖縄から小笠原にかけての亜熱帯海域(20-30°N, 125-150°E)の表層における植物プランクトン量(クロロフィルa)は、大気窒素化合物の供給を考慮しない場合、0.043 mg/m3であったのに対し、考慮した場合、0.10 mg/m3と2.3倍に増加することが明らかとなりました。大気窒素化合物の沈着によって増加する植物プランクトンの7割は小型の植物プランクトンであることも示されており、小型の植物プランクトンを中心とした海洋生態系に強く影響を及ぼすことを明らかにしました。

さらに、この海域では現場の直接観測データがほとんどないため、人工衛星(Aqua-MODIS:Moderate Resolution Imaging Spectroradiometer)で得られたデータを解析することにより、海表面付近の植物プランクトン量との比較を実施しました。この領域の表層植物プランクトン量は、大気窒素化合物の沈着を考慮しない場合は、衛星による結果に対し過小評価でしたが、大気窒素化合物の沈着を考慮した場合は、整合的な結果が得られました(図3)。

そして、この海域への大気からの窒素化合物の栄養塩供給では、PM2.5の主成分である硫酸アンモニウムの湿性沈着((注記)4)や、粒径2.5 ㎛以上のエアロゾル粒子中に含まれる硝酸塩の湿性および乾性沈着((注記)5)が重要な過程であることが示されました。加えて、沈着する窒素化合物の大部分は東アジア域から発生し、さらに、産業活動由来であることが明らかになりました。

これらを総合して、PM2.5に代表される産業活動由来の大気物質中の窒素化合物が西部北太平洋亜熱帯域で植物プランクトンの増幅に大きな役割を担っていることが示唆されました。このことは、地球システム((注記)6)の中で、大気と海洋の物質循環が意外なリンクをもっていることを示しています。

4.今後の展望

本研究の結果は、これまで大気環境に大きな影響を及ぼすとされてきたPM2.5など大気エアロゾル粒子の窒素化合物成分が、西部北太平洋亜熱帯域の植物プランクトンの成長にとって非常に重要な栄養塩の供給源であることを明らかにしたものです。今後は、他の海域でも同じような効果があるか評価を行うとともに、窒素化合物以外の栄養塩(リンや鉄など)や成長阻害物質、窒素固定藻類に関しても同様の評価を進める予定です。また、植物プランクトンの変動に対するその他の波及効果(CO2吸収や動物プランクトン量の変化など)に対しても研究を進めて行く予定です。

さらに、現場観測による実測データも活用して、地域規模から地球全体の数値モデルの精緻化を進めます。このことによって、人間圏と海洋、また陸域と海洋といった地球システムの相互作用を明らかにし、気候変動との関係についても追究していく予定です。

(注記)1
エアロゾル粒子:大気中に浮遊する液体・固体状の粒子のこと。PM2.5はそのうちの2.5㎛より小さいサイズの粒子の総称。
(注記)2
大気化学領域輸送モデル(WRF/CMAQ):領域気象モデル(WRF: Weather Research and Forecasting Model)によって計算された気象情報を用いながら、大気中の物質の化学生成・消滅過程、輸送、沈着などを評価し、大気中の物質濃度と沈着量を算出する大気質モデル(CMAQ: The Community Multiscale Air Quality Modeling System)。PM2.5などの成分把握や起源推定などに利用されている。
(注記)3
海洋低次生態系モデル(NEMURO):海洋中において、植物プランクトン2 グループ(小型の植物プランクトン, ケイ藻などの大型の植物プランクトン),動物プランクトン3 グループ(小型の動物プランクトン、大型カイアシ類、肉食系の動物プランクトン)を組み込んだ窒素循環モデル。North Pacific Ecosystem Model for Understanding Regional Oceanographyの略。
(注記)4
湿性沈着:ガス状又は粒子状の大気微量成分等が降水(雨や雪)などにより大気中から地表(海)面へ降下する現象。
(注記)5
乾性沈着:ガス状又は粒子状の大気微量成分等が、雨や雪などに取り込まれる形ではなく、大気中から直接地表(海)面へ降下する現象。
(注記)6
地球システム:大気圏・水圏・地圏・生物圏・人間圏などで起きている現象がそれぞれ相互に作用し合い、地球環境が変動し維持されるシステム。
[画像:図1]

図1. 海洋表層における栄養塩の供給過程を表す概要図。大気からの栄養塩の沈着による供給と海洋の混合による栄養の供給があり、これらの栄養塩をもとに植物プランクトンの濃度がコントロールされている。本研究では東アジアの産業活動により大気中に放出されたPM2.5などに含まれる窒素化合物(硝酸塩やアンモニウムなど)が栄養塩として西部北太平洋に輸送される過程に着目した。

[画像:図2]

図2. 海洋への大気由来の窒素化合物の沈着過程が無い場合とある場合で計算された西部北太平洋表層の植物プランクトン(クロロフィルa)の濃度(2009年から2016年までの平均値)。高緯度域(亜寒帯)では植物プランクトン量はほぼ変化しないのに対し、低中緯度域(亜熱帯域)では植物プランクトン量が増加している。白点線で囲まれた領域は、本研究で着目した沖縄から小笠原にかけての亜熱帯海域(20-30°N,125-150°E)。

[画像:図3]

図3. 亜熱帯海域(20-30°N,125-150°E)における表層植物プランクトン量の変化(2009年から2016年の平均)と同領域の衛星解析による植物プランクトン量の比較。大気からの窒素化合物沈着が無いモデルでは、衛星解析の結果を過小評価していたが、沈着を考慮した場合、衛星解析結果と整合性が高まることが明らかとなり、大気窒素化合物の栄養塩としての役割が重要であることを示した。

国立研究開発法人海洋研究開発機構
(本研究について)
国立研究開発法人海洋研究開発機構
地球環境観測研究開発センター 地球表層物質循環研究グループ
主任研究員 竹谷 文一
(報道担当)
国立研究開発法人海洋研究開発機構
広報部 報道課長 野口 剛
国立大学法人神戸大学
総務部広報課
国立研究開発法人国立環境研究所
地球環境研究センター 特別研究員 池田 恒平

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