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国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 松永 是、以下「JAMSTEC」という。)海域地震火山部門の有吉慶介グループリーダー代理らは、米国地質調査所・ワシントン大学のJoan Gomberg氏、国立研究開発法人防災科学技術研究所の地震津波火山ネットワークセンター 髙橋成実副センター長とともに、長期孔内観測装置(※(注記)1)と地震・津波観測監視システム(※(注記)2、以下「DONET」という。)を活用した水圧記録の解析手法を開発し、南海トラフで発生した2020年3月のスロースリップイベントにより収縮の体積歪が生じた領域が、南海トラフ近傍にまで及んでいたことを明らかにするとともに、その領域拡大と終息が黒潮蛇行に影響を受けていた可能性があることを示しました。
スロースリップイベントのような、揺れを伴わない「ゆっくり地震(※(注記)3)」が南海トラフの海溝付近で発生することは世界的に知られており、長期孔内観測装置やDONETによってリアルタイムで観測が行われています。ただ、観測項目のうち海底地殻変動を捉えるのに用いられている間隙水圧(※(注記)4)や海底圧力は、気象や海象の影響を受けることから、「ゆっくり地震」の一つであるスロースリップイベントの発生を短時間で把握困難な場合がある、という問題を抱えていました。
そこで本研究では、長期孔内観測装置の間隙水圧計と、装置近傍にあるDONETの海底水圧計の記録を比較解析したところ、潮汐の影響を軽減させる事に成功し、ナノスケールの体積歪変化を捉えることができるようになりました。
また、近年は黒潮大蛇行(※(注記)5)が発生しており、本観測エリアにも黒潮が出入りしていることから、最新の海中天気予報(JCOPE-T DA)を活用して蛇行した黒潮による影響を解析したところ、海底圧力の変化が認められました。本結果は、黒潮蛇行がスロースリップイベントの領域拡大および終息に対して影響を及ぼしている可能性を示唆します。本成果は、南海トラフのスロースリップイベントと黒潮との関連性を示した初めての研究事例です。
また、間隙水圧を用いた「ゆっくり地震」のモニタリング状況は、政府の地震調査委員会や気象庁の「南海トラフ沿いの地震に関する評価検討会」において月例報告資料として活用されており、本成果は間隙水圧の計測精度向上および気象・海象擾乱(じょうらん)起源のシグナルをプレート境界でのすべり現象によるものと誤認するリスクの軽減につながることも期待されます。
本研究は、JSPS科研費 JP20H02236 と JP20KK0097の助成を受けたものです。
本成果は、「Frontiers in Earth Science」に8月27日付け(日本時間)で掲載される予定です。
近年、地震や地殻変動を高感度かつ広域にわたる観測技術の進展によって、通常の地震に比べて時間をかけて断層が滑るために人間では揺れを感じない「ゆっくり地震」の発生が、日本周辺や世界中のプレート沈み込み帯で知られるようになってきました。この「ゆっくり地震」は、通常の地震に比べて小さい外力によって活動が変化することが知られており、海溝型巨大地震の震源域近傍に分布していることから、南海トラフ沿いの固着状況を把握する上では、重要な監視ツールの一つとなっています。
「ゆっくり地震」は、規模の大きなものからスロースリップイベント・超低周波地震・低周波微動などに大別されており、規模の大きなスロースリップイベントは超低周波地震および低周波微動を誘発する場合があることが知られています。スロースリップイベントは長期孔内観測装置の間隙水圧計、超低周波地震・低周波微動はDONETの広帯域地震計でそれぞれ捉えられています。
しかしながら、間隙水圧を計測する孔内観測機器および海底に設置されたDONETの海底水圧計では、気象・海象擾乱によって影響を受けたりすると、その圧力変化がスロースリップイベントの発生を示すものかどうかを短時間で正しく判断するのが困難な状況となる、という問題を抱えていました。
現状では、「ゆっくり地震」が発生したと客観的に判断できる根拠として、複数の間隙水圧計で同時に変化した場合や、スロースリップイベント発生期間中に超低周波地震・低周波微動が複合的に起きた場合などに限られていました。一方で、スロースリップイベントが発生しても超低周波地震を伴わない場合や、観測点配置の関係で間隙水圧計や地震計で捉え切れない場合もあります。そのため、南海トラフ沿いのプレート間固着の状況についてモニタリング検知能力をさらに向上させる解析手法の開発が求められていました。
本研究グループでは、孔内の間隙水圧記録に含まれる潮汐成分を除去するために孔口に設置された海底水圧計の記録を用いています。本研究では、孔口周辺のDONET海底水圧計も活用することで、従来と比較して潮汐によるノイズを1/4〜1/2以下に軽減させることに成功しました(図2(a))。これにより、2020年3月のスロースリップイベント発生に伴う、ナノスケール(10の9乗分の1)の体積歪変化を検出することにも成功しました(図2(b))。ここまで微小な体積歪変化を南海トラフ沿いで検知できたのは、今回が初めてです。これにより、2020年3月に発生したスロースリップイベントは、南海トラフ近傍までは達していないこと、収縮の体積歪が僅かに増加したことが確かめられたことを意味します。
続いて本研究グループは、最新の海中天気予報(JCOPE-T DA)を活用して、気象・海象擾乱による海底圧力変化を解析しました。スロースリップイベントが起きた期間において、黒潮蛇行に起因する海底圧力変化を計算した結果、陸側では増加し、海溝側では減少する傾向が続いていたことがわかりました(図2(c))。海底圧力が減少すると摩擦力が低下するため断層面は滑りやすくなると考えられます。2020年3月のスロースリップイベントは、海溝付近まですべりが到達していることが超低周波地震の活動などから確かめられており、スロースリップイベントの発生領域の拡大を黒潮蛇行が誘発した可能性を示唆します。また、5日程度の短い周期で変動する海洋擾乱成分について調べると、スロースリップイベントが終息したタイミングで海底圧力が増加していました(図2(c))。同程度の大きさの圧力変化を伴う海洋変動とスロースリップイベントが終息するタイミングとに相関があることは、ニュージーランド北島沖のヒクランギ沈み込み帯でも統計的に確かめられており、これらの結果は、黒潮がスロースリップイベントの領域拡大および終息に影響を及ぼしている可能性を示唆します。
間隙水圧を用いた海底地殻変動のモニタリングは、陸域観測網では検知することが困難な南海トラフ近傍での「ゆっくり地震」を捉える上で、有力な観測手段となっています。そのため、間隙水圧の時系列データは、政府の地震調査委員会・気象庁の「南海トラフ沿いの地震に関する評価検討会」において月例資料としてJAMSTECから報告されており、南海トラフ沿いのプレート間固着の状況を把握するための参考資料として活用されています。この結果および手法を過去・今後のスロースリップイベントにも適用した統合解析を行うことで、南海トラフ近傍における体積歪の蓄積過程を時系列として把握できることが期待されます。
一方で、陸域および海底下の体積歪変化は「ゆっくり地震」の他にも、台風や爆弾低気圧などの気象擾乱などにも影響を受けます。また、黒潮蛇行の発生による潮流変化が海底圧力をはじめとする海底地殻変動に及ぼす影響についても調査を進める必要がありました。
本成果は、最新の海中天気予報モデルに基づき気象・海象擾乱の定量的評価を行うことにより、気象・海象擾乱の起源のシグナルをプレート境界でのすべり現象によるものと誤認するリスクを軽減するとともに、「ゆっくり地震」の終息時期の推定精度向上などにもつながるものと期待されます。今後はさらに解析を進め、過去・今後に南海トラフで発生したスロースリップイベントについても同様の検証を行い、小規模の黒潮蛇行や黒潮蛇行以外の気象・海象擾乱との関係についても解析を進める予定です。
【補足説明】
ゆっくり地震 | 低周波微動、超低周波地震、スロースリップなどに代表される、通常の地震よりゆっくりとした断層滑りの総称。 | |
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低周波微動 | 通常の地震とは異なり数十秒〜数分以上継続する微動状の波形として観測され、10Hz程度以下の低周波成分が卓越する。沈み込む海洋プレートに沿って、プレート境界近傍の浅部および深部で発生することが知られている。 | |
超低周波地震 | 通常の地震よりもゆっくりとした断層滑りによる地震と考えられており、放射される地震波は通常の地震と比べて超低周波数の成分(数十秒〜数百秒)が卓越している。紀伊半島から室戸沖ではトラフ軸近傍の付加体の下、巨大地震の震源域であるプレート境界の浅部で発生する。プレート境界の深さ30km付近の深部でも超低周波地震が発生することが知られている。 | |
スロースリップ | 通常の地震と異なり、断層が一日程度以上の期間をかけてゆっくりと滑る地殻変動現象。南海トラフでは、陸上に展開された稠密なGNSS測地網や歪計観測網によって、日向灘や四国〜東海の沈み込むプレート境界の深部で発生することが知られている。プレート境界浅部での発生についてはこれまで知られていなかったが、紀伊半島沖で2011年から2016年の間に8回、8〜15ヶ月間隔で繰り返し発生していたことがJAMSTECの荒木英一郎主任技術研究員らの研究によって明らかとなった(2017年6月16日既報)。 |
2021年9月30日、図1bおよび図4の超低周波地震のメカニズム解の表記を修正しました。
[画像:図1a]図1 (a) (b) 2020年3月に発生したスロースリップイベントの発生域をピンク色(A-1、A-2+)で示す。(青:C0002、赤:C0010、黄:C0006)は、長期孔内観測装置の設置・観測点、緑色のビーチボールは超低周波地震の断層メカニズム解を示す。(c) 南海トラフに最も近い孔内観測点(C0006)の概要図。KMC11、KMD13、KMD16は、孔内観測に近いDONET観測点として本研究で適用した。
[画像:図2-a]図2 2020年3月に南海トラフで発生したスロースリップを捉えた圧力データ(青:C0002、赤:C0010、黄:C0006)。 (a)間隙水圧の変化。2本の縦点線は、スロースリップイベントの開始・終了時刻を示す。青と赤は断層からの距離が近いため、回帰直線分析により地殻変動成分の時系列も求めることが可能である(矢印)。(b)黄: C0006観測点における間隙水圧の拡大図。0.6hPaは、約10ナノストレイン(1/1000000000の体積変化)に相当する。(c)気象・海象擾乱による海底圧力変化。海中天気予報から算出した。①トレンド変化と②短周期変化については、図4を参照。
[画像:図3]図3 JCOPE-T DA で推定された、海面下200mに存在する15℃の暖水域(黄色)と、海面下600mに存在する4℃の冷水域(透過白色)のスロースリップイベント期間中の移動履歴。
徐々に東側から黒潮が観測域にせり出し、南海トラフ近傍で海底圧力の減少をもたらした。
図4 スロースリップイベント・超低周波地震と黒潮蛇行との関係の概念図。黒潮蛇行による海底圧力擾乱のうち①トレンド変化と②短周期変化は、鉛直方向の太・細矢印で示す。白色の両矢印は、体積歪変化を示す。