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国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 松永 是)超先鋭研究開発部門 高知コア研究所の廣瀬 丈洋 上席研究員、濱田 洋平 副主任研究員らは、京都大学、神戸大学、九州大学、東京大学などと共同で、地球深部探査船「ちきゅう」によって高知県室戸岬沖南海トラフのプレート境界断層近傍から採取されたコア試料*1を分析するとともに、掘削孔から噴出する流体の流量を解析しました。その結果、初めてスロー地震の震源近傍における高圧の間隙水帯の存在を直接確認することに成功しました。
プレート境界で発生するスロー地震*2は、巨大地震の準備過程や発生と密接に関わっていると考えられており、その発生メカニズムの解明が期待されています。これまでの地球物理観測の研究から、スロー地震の発生には岩盤中の空隙を埋める高圧の水(以下、「高間隙水圧帯」という。)が関与していることが示唆されていますが、実際にスロー地震震源域に高間隙水圧帯が存在するのか、これまで確証を得られていませんでした。
本研究では、海洋科学掘削による直接的なアプローチにより、プレート境界浅部のスロー地震震源域近傍で実際に高間隙水圧帯が存在することを初めて直接確認するとともに、その解析の結果、複数の高間隙水圧帯がパッチ状に点在していることを明らかにしました。
本成果は、スロー地震の発生に高間隙水圧帯の存在が関与していることを強く支持するものです。高間隙水圧帯がスロー地震を引き起こすメカニズムが明らかになれば、スロー地震と巨大地震の関連性の解明、地震の発生予測にも大きく貢献すると期待されることから、今後さらに掘削・保管コア試料を用いた室内実験や数値シミュレーションなどを進めていく予定です。
本成果はアメリカ物理学連合が刊行する科学誌「Journal of Geophysical Research; Solid Earth」に6月17日付(日本時間)で報告されました。なお、本研究はJSPS科研費19H02006、19K21907及びJP16H06476の助成のもと行われました。
近年の我が国沿岸域における地震・測地観測網の整備とそのデータ解析により、大地震の発生と密接に関わっていると考えられるスロー地震が、プレート境界地震発生帯の周辺で頻繁に発生していることがわかってきました(2017年6月16日既報、2018年3月14日既報)。地震波探査や地質学研究から、このスロー地震の発生には地下岩盤中の空隙を埋める水(間隙水)が深く関与しており、間隙水の圧力の上昇がスロー地震発生の要因であることが推測されています。しかし、実際にスロー地震の震源域に高間隙水圧帯が存在するのかは確認できておらず、スロー地震発生に寄与する高間隙水帯の実態は謎のままでした。
2016年9月、高知県室戸岬沖約125kmの南海トラフ沈み込み帯先端部(サイトC0023:水深4,776 m)において、地球深部探査船「ちきゅう」を用いた国際深海科学掘削計画(IODP*3)第370次研究航海が実施されました(2016年9月5日既報、図1)。本研究航海は海底下生命圏の温度限界とその地質学的相互作用の解明を目指すものでした(2020年12月4日既報)。本研究航海後、2017〜2018年にかけてこの海域近傍でスロー地震の一種であるスロースリップが発生していることが報告されました。そこで本研究グループでは、採取されたプレート境界近傍のコア試料を分析するとともに掘削孔から流体が噴出する様子を撮影した動画(図2)を解析し、スロー地震震源域における間隙水帯の実態把握を試みました。
本研究航海では、フィリピン海プレートの堆積物からプレート境界断層(海底下758〜796 m)、プレートの基盤である玄武岩(海底下1,180 m)に至るまでを掘削し、スロー地震震源域近傍を掘り抜くことに成功しています。プレート境界断層直下を掘削している際に、掘り進むスピードが低下したことから、一旦ドリルビットを掘削孔から引き上げ、水中カメラを用いて確認作業を行なったところ、掘削孔から地下深部の流体が噴出する様子が観察されました(図2)。本現象は、スロー地震震源域に高間隙水圧帯が存在していることを示しています(水で膨らませた風船にストローを突き刺した状態)。噴出流体の流量の時間変化の解析から、間隙水の圧力は静水圧*4より10〜20%高圧になっていること、そしてこの高間隙水圧帯は水平方向に数百メートル、鉛直方向に数十メートルの拡がりを持つことが数値計算から推定されました(図3)。また、堆積物の間隙率の深さ変化を近傍の掘削孔のデータと比較することによって、プレート境界断層近傍にはこのような高間隙水圧帯がパッチ状に点在していることがわかりました(図4)。このような高間隙水圧帯が、室戸岬沖で発生するスロー地震と密接に関連している可能性が示唆されました。
本研究によって、プレート境界浅部のスロー地震震源域近傍に高間隙水圧帯が実際に存在することを初めて確認できました。しかし、高間隙水圧帯がどのような役割を担ってスロー地震を引き起こすのか、そのメカニズムはまだよくわかっていません。今後、他の沈み込み帯プレート境界においてもパッチ状の高間隙水圧帯が存在するのかを地震波探査データをもとに検証するとともに、高知コアセンターに保管・管理されている地質コア試料を用いた室内実験によって地震発生に対する高間隙水圧の役割を明らかにすることで、スロー地震から巨大地震に至るより包括的な地震発生メカニズムの解明を目指します。
図1. 高知県室戶岬沖の南海トラフ沈み込み帯先端部の掘削試料採取およびデータ取得地点(サイトC0023)。スロー地震の一種である超低周波地震の発生場所を灰色と緑-白円(Asano et al., 2008; Nakano et al., 2018; Takemura et al., 2019)で、スロースリップ領域をピンク色(Yokota and Ishikawa, 2020)で示している。
[画像:図2]図2. 掘削泥と岩盤中の間隙水が混在した流体が、掘削孔(掘削時の海底下深度1,129 m)を通って海底面(水深4,476 m)の掘削ケーシング先端から噴出している様子(動画)。動画から噴出する流体の流量を見積もって数値解析に用いた。
[画像:図3]図3. 噴出流体の流量が、高間隙水圧帯を貫いてから時間とともに減少していく様子を示した数値計算の結果。初期の高間隙水圧帯の大きさ(半径を10、100、1000 mの3つの円盤状の間隙水圧帯を仮定)が大きいほど、時間がたっても流量が小さくならない。半径数百メートルの高間隙水圧帯の拡がりを仮定した場合、11月1日と7日に観測した流量をうまく説明することができる。
[画像:図4]図4. プレート境界浅部のスロー地震発生帯と高間隙水圧帯の分布の概念図。